そもそもが小学校の時の児童会長で、この学校に入ってからも中等部のうちはずっと生徒会で副会長を務め、ちょうど高等部進級の時に3年だった会長のあとを継ぎ、5月の生徒会選挙では1年で生徒会長に指名されて引き継いでいた。
なので色々仕切り慣れている。
引っ張りこんだ1年の時から、すでにレギュラーが卒業して迷走状態だったバスケ部を仕切り、年度も半ばの秋口、その時の3年生が引退すると、これも異例の1年での新部長に就任。
生徒会と掛け持ちで忙しい中、精力的に部活をこなし、トレーニングのスケジュールもばっちり組んで、部をあっという間に立て直していく。
そして大会でも以前にも増して良い成績を残すようになり、翌年は入部希望者も増え、仕切りは部長のギルベルトが、実務はマネージャーのエリザがするので、愛しのローデ先生の手を煩わせることなく、本分であるピアノで美しいメロディを奏でることに時間を割いて頂けるようになった。
音楽の時間に拝見するローデ先生の麗しい顔に憂いの表情が浮かぶ事もなくなり、エリザは心の底から安堵していたのだった。
なのに…なのに!!!!
「もうダメだ…俺様死ぬ……」
ある日の朝練の時間に部室に来たギルベルトの第一声がそれだった。
いきなり閉まったドアに激突後、駆け寄ってドアを開けたエリザに対していきなりそれだったので、更衣室は一斉にざわめいた。
何しろこのギルベルトという男、メンタルの強さには定評があり、どんな困難も笑顔すら浮かべて乗り切ってきたことから、部員達は皆頼りにしている。
その主将が目に隈を浮かべて憔悴しきった顔で部室に入ってきたのだ。
部室に動揺が広がる。
「ちょ、ギルベルトどうしたの?」
慌ててエリザが聞けば、その腕をグイッと掴んで引き寄せたギルベルトは、小声でささやく。
「…アルトと距離取ってみたんだが……」
「あ~、ちょっと今日朝練休むってローデ先生に言っといて」
と、鶴の一声。
今度は逆にギルベルトの腕を引きずって部室を出て行く。
明らかに様子のおかしい主将の姿を見て、それを止める部員は誰ひとりとしていなかった。
「…もしかして…また天使ちゃんの事かな?」
「…だろ?あの人がそこまでおかしくなるなんてそれ以外ないだろ」
「なんつ~か…意外な一面だよなぁ」
ギルベルトは隠すつもりは全くなく、また隠すつもりがあったとしても、ギルベルトのブラコンっぷりはギルベルトの元彼女や元彼女候補の口から広まって、実は公然の事実だったりする。
もちろん皆敢えて知らないふりはしているのだが……。
それは顧問のローデリヒとて同様で、部活においては実に使える主将の唯一の問題点との認識の元、その唯一のフォロー役のエリザにはある程度の権限が許されている。
ゆえに今回も非常事態ということで部活を休むことも事後承諾でも許されるのだ。
「で?なんでそういうことになったのよ?
あと、距離取って何か問題が起きたの?」
ギルベルトを連れて更衣室を出て隣の部室に移動してエリザが聞くと、ギルベルトは相変わらず生気のない顔でがっくりと机に手を置いてうなだれた。
「フランの奴がアルトももう中学生だし、あまり構いすぎると可哀想だっつ~んで、この世の全ての害悪、不幸なものから天使を守ることを使命としている俺様がアルトにとって負担になるとか絶対にダメだろ。
でも顔見ると構いたくなるから帰宅してすぐ部屋にこもって、食事したらすぐまた部屋にこもったんだが…
昨日一日ホントにアルトを見てなくてイライラしたり落ち込んだりで、寝る時も隣にアルトがいないと、もし離れている間に強盗か変質者でも入ってきてアルトにおかしな真似したらと思うと心配で一睡もできなくて…もうアルトに構うまいと思うと胃がキリキリ痛んで食欲もねえし……」
……よし、あとでフランは潰す!!
と、心の中で決意してこぶしを握り締めるエリザ。
ギルのブラコン度なんてどうでも良いが、それによって部活に支障が出て、愛しいローデ先生が憂いのため息をもらすなんて事は、麗しいがあってはならないことだっ!
その原因を作ったフランは万死に値する。
そっちはまあ簡単だ。
今日もエリザのフライパンは絶好調だ。
だが、問題は……
――だめだ…こりゃ重症ね…
死んだ魚のような目で虚空に視線をさすらわせるギルベルトに、エリザは額に手をやって小さく首を振った。
とりあえずこれでは到底練習になりそうにないのでギルベルトを教室へと追い立ててた。
とにかくギルベルトの脳内で自分が構う=元の態度に戻る=愛しい弟の負担になると言う構図が出来あがってしまっているので、この認識を突き崩すのはなかなか困難だ。
正直ギルベルトの弟の話は日々聞いていたものの実際会った事があるわけではない。
ただ一般的にはフランが言った事は一理あって、話を聞いているだけでも引いてしまうレベルのギルベルトのブラコン度を考えると、弟の方は案外弟離れしたかのように見える兄にスッキリしてたりする可能性もある。
それを今更また構い倒したら今度こそ兄にはっきりいい加減弟離れしてくれとか言い出すんじゃないだろうか…。
自分で決めて距離を取ってたった一日でここまで死にそうなのに、そんな事を最愛の弟から言われた日には…
エリザは青ざめた。
ギルベルトが再起不能なんて事になれば、バスケ部としてはおおごとどころの話ではない。
これは…真剣に弟君を丸め込んでブラコンになってもらうしかないっ!
今日は放課後部活があるので、それが終わったらバイルシュミット家に同行しようか…いや、ギルベルトがいない時にこっそり丸め込んだ方がいいのだろうか…。
その日一日珍しく殺気立った目で可愛い方法からやばい方法まで色々考え込んでいるうちに放課後の部活に突入。
前半…全く練習にならないギルベルトに監督代理としてタイムスケジュールを管理しているエリザが早めの休憩を取った時、ひょいっと入り口から顔を出した中学生。
どこかで見覚えがある…と思えば自分の知り合いで、しかもなんと問題の弟君の親しい友人らしい。
これを利用しない手はない…と、エリザは心の中でロックオンした。
――逃さないわよ、坊や…。
この少年にバスケ部と自分の安寧がかかっているのだ。
なんとしても協力してもらわなければ…。
「ねえ、フェリちゃん、ギルの弟のアーサー君の事だけど…」
逃げられないようにガシっと腕を掴めば、さすがに怖かったのか少年フェリシアーノの顔がひきつった。
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