初めての感触。
「…タマが殺されたって思って…死にたくなった」
あの時の事を思い出すだけでゾッとして身体の震えが止まらなくなる。
俺が幸せになりたいなんて望んじゃいけない事考えたからタマを殺したのかと思って、自分で自分を切り刻みたい気分になった。
本当に後悔したんだっ…」
子供のように嗚咽をもらすギルベルトの背中にそっと腕を回してゆっくりなだめるようにさすると、アーサーが言う。
「悪かった。
でもな、覚えておけよ?
この先何があったとしても…お前と過ごしてる一瞬一瞬が俺の人生の中では結構幸せだからな?
俺も生きてて良いんだって…誰も教えてくれなかった事を教えてくれたのはお前だし、俺はそれですごく幸せになった。
だから何が起こっても出会わなかったよりずっと良かったんだからお前は俺に対して何も負い目感じる必要ない。
大丈夫。ちゃんとみんな幸せになる権利はある。
それはお前が俺に教えてくれたことだろ?」
知らないはずなのにどこか懐かしい母のようなぬくもり。
それを感じながらギルベルトは口を開いた。
「俺、今まで残された奴らの事なんて全然考えてなくてな、俺がいなくなっても弟が自分の代わりに家継ぐんだくらいにしか思ってなかった。
無責任だよな…。
年間ほとんど実家の事思い出す事なんてなくて気ままに自由を満喫してて…奴らが俺の事待ってるなんて思ってもみなかったんだ。
そんな俺の身勝手さが今回みんなをレッドムーンに走らせて…死なせたんだ」
そこまで言ってギルベルトは両腕で目を覆う。
「64名も…。俺が奴らにしてやれる事なんてもう、菊に実家継いでる末のマシューに奴らの名前を一族の墓に刻んでもらうように頼んでもらうよう手配するくらいだ。
あいつらの7年間の思いに対してあまりに軽いよな。
もしマシューが名前刻む事許してくれても墓参りすら多分もう来てやる暇なくて、また性懲りも無く記憶が薄れていくんだぜ、きっと」
こんなに感傷的な気持ちを表に出したのは初めてだ。
今まではこの手の感情が溢れ出そうになるとグッと唇を噛みしめて、1人で部屋の壁を睨むように見つめていたものだった。
しかし今、こうやってそれを受け止めてくれる相手が出来て見ると、それは悲しさや悔恨を上回るレベルで温かい。
…ああ…好きだ…と、ギルベルトが心の底から思っていると、上からはまるで悲観的になることなど何もないのだと言わんばかりのあっけらかんとした声が降ってくる。
「ん~、じゃ、一緒に頼みに行くか。ポチの実家に。
基地攻めは終わったし後は各地に少数の残党を倒すだけだし…
一日や二日お前がいなくても菊も加わったしエリザがなんとかしてくれると思う」
アーサーのいきなりの提案に、ギルベルトは腕をどけてアーサーを見上げた。
「一緒に?タマも?」
「当然だろ。お前のルーツ見てみたいし♪」
アーサーはニコニコうなづく。
アーサーと一緒に帰郷…通常ならそれも楽しいものだったかもしれないが…しかし
「自分で頼みに行くのは確かに良いかもしれねえけど…タマはみんなと残れ」
と、ギルベルトは言った。
確かに戦力的にはアーサーの言う通り一日くらい抜けられるかも知れないし、自分で頭を下げに行く方が筋が通っていていいかもしれない、とギルベルトは思ったが、自分の不始末のために恋人に不愉快な思いをさせるのはいかがなものだろうか。
「一族がバラバラになったのは俺のせいだしな。
…そんな一族を最後に押し付けられたんだ、マシューだって良い気はしてねえだろうし。
一緒に行ったらタマに嫌な思いさせるから。下手すれば門前払いだしな」
顔をゆがめるギルベルトの前髪をそっとかきあげ、アーサーは
「それでも家の周りくらいは見られるだろ?
ポチが過ごした山や川、それに菊が言ってたお前と菊が落とし穴に落ちた場所とかな。
家の中に入れなくてもそれはそれで見所満載だろっ」
と、楽しそうに笑った。
「落とし穴って…例のアレ…か?」
覚えがあるのは一つだけ…。
しかしそれこそ自分が4歳くらいの時の話だが…と、思って伺うようにアーサーを見あげると、アーサーはこっくり頷いた。
「そそ。きいたぞ。
昔、まだお館様にお仕えするとか言う気は全然なくて反抗する気満々だった菊を始めとする次代の跡取りがお前を落とそうとして落とし穴掘って、でも菊自身が落ちかけたのをお前が助けようとして一緒に落ちて骨折ったって。
でも大人にちくらず逆に自分の不注意で落ちたのを菊が助けようとしたんだって言って自分が怒られて、それを知った菊達が謝りにきたのに、
”自分より弱い奴に自分の命を預けられないと思うのは当然の事だ。
ちゃんとそれを考えて行動するお前達は賢いし優秀だ。何も謝る事はない。
むしろ誇っていい。
俺はまだまだ未熟者のガキだから今は上だからとか下だからとか言うな。
俺はもっと精進するから俺が大人になってお前達が認められるくらいの男になった時には力を貸して欲しい。
なるべき時期までに俺がそうならなかった時には無能な大将の下で無駄死にをするな。
遠慮なくお前らの誰かが取って代われ”
なあんて言ったんだってな。
それ聞いて、あいつらはお前を生涯の主として仕えるって決意したんだって言ってたぞ。
てか、5歳児の言葉じゃねえよな、それ」
けらけらと笑うアーサーに、なんとなく深く深く水底に落ちるがごとく落ち込んでいた気持ちが浮上してくる。
「ま、会ってくれなかったらお前の黒歴史の場所巡って、会ってくれたら一緒に怒られてこようぜ」
と、最終的に何でもないことのように言われて、ギルベルトは頷いた。
0 件のコメント :
コメントを投稿