温泉旅行殺人事件_天使奪還計画2

ルートが母屋の取り調べ用の部屋につくと、すでにアーサーを伴ったギルベルトが着いている。

「遅くなりました」
とルートは和田に軽く礼をすると、勧められた椅子に腰掛けた。
そこで和田がギルベルトの時と同じく携帯をルートに渡す。

今回は19:00に連絡があるらしい。

一応刻限は21時。それは犯人いわく単純に、警察が何か企むような時間を稼ぐ事態を避けるためだけに設定したらしく、受け渡しが終わった時点で人質を解放するとのことだ。


まあ危険はないだろうと、携帯とスーツケースを手に立ち上がるルートの腕をつかんでギルベルトが
「やっぱり…俺が行く」
と、心配そうな表情をうかべた。

「兄さん…心配し過ぎだ。今回は受け渡しだけのようだし、前回みたいな事はないだろう。
大丈夫だ、すぐもどってくる」

とルートは、自分は平気で下手すると死んでもおかしくないような無理でもやってみせるくせに、身内の事になると小さな怪我でも大騒ぎをするその心配性な兄に笑顔を見せる。

「でも…」
「相手は俺を指定してきたのだ。ただ受け渡すだけなのだから変に刺激しない方がいい」
と、ルートはそれでもなお食い下がろうとする兄を軽く制した。


前回のようなタイムトライアルどころかサバイバルとも言えるような状況になるなら確かに確実を期するためには素直に兄に任せた方がいいとは思うが、今回はただ多少重い荷物を指定された場所に置いて来るだけだ。
たいした事ではない…簡単な作業だ…

…のちに楽観的に考えていた自分を激しく後悔する事になるとも知らず、この時はルートはそう思った。





『まず確認しろ。携帯はマナーモードになってるか?なっていなければマナーモードに設定しろ。
着信音で警察に位置を特定されたくない』
部屋に戻ると携帯が鳴って、まず犯人からそう指示をされる。
ルートは指示に従ってマナーモードに設定し、その旨を告げた。

簡単なはずの役割でもいざ誘拐犯とのやりとりが始まるとなかなか緊張するな、と、ルートは内心苦笑する。
携帯をマナーモードに設定する。その簡単な作業をするだけで手にうっすらと汗をかいていた。


『ではこの携帯を持って左側の道を通って露天方向へと向かえ』
そう言って返事をする間を与えず、携帯が切れた。

ルートはズボンで手の汗を拭くと、少し落ち着こうと深呼吸をして、スーツケースを持ち上げる。
そしてそのまま部屋を出ると母屋を抜けて左の道を進んだ。



暗い…。
普段は電灯が照らしているのだが、今は犯人の指示で切っているらしい。
月明かりをたよりに暗い道を歩いていると、なんだか肝試しでもしているような気分になる。

まあ…ルートはあまり幽霊とかの類いを信じる方ではないので、それですくんだりする事はないのだが。

母屋から外庭にでて10分。携帯が振動する。

「はい?」
ルートが出ると、犯人からの指示。

『露天前の風よけ小屋の椅子にスーツケースを置いてそのまま戻れ。それで終了だ』

(なんだ、簡単ではないか)
ルートはホッとする。


暗くて若干歩きにくいものの、さすがに普通に歩いて30分の道のりが2時間かかるわけはない。
というか…遠く先からは明りが見える。
おそらくここに来るまでに警察に付けられないようにという事で電気を消していたのだろう。
ルートは明りを目指して駆け出した。


…が………
急に目の前がかすむ。
カクンと何かに足を取られた。

(…え…?)
そのまま…前のめりにルートは倒れた。
そこで何が起きたのかもわからないまま、彼の記憶はいったん途切れたのだった。



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