それに気付いてギルベルトが寝室から出て来てエリザは見知らぬ相手と2人きりの状況から解放されて、ややホッとして大きく息を吐きだした。
「いえ、徒歩で。ご案内いたしますので、お降り下さい」
と、先に立って降り、そのまま宿に向かって歩き出す。一同それに続く。
菊がそのまま宿に入ってロビーを通ると、フロント係が黙って頭をさげた。そして
「変わりないか?」
と、通りがかりにきく菊に
「はい」
と頭を下げたまま答える。
「まさか…?」
口をひらくギルベルトに、菊は笑顔で小さくうなづいた。
「はい。鉄線は世界各国で宿泊施設を経営しつつそこからも情報を集めてもおります。
ここもその一つです。
もちろん基本的には他の2家どころかここに待機している者以外の鉄線家の者にも内密にしておりますので外にでているのは一族ではなく雇った一般人なのですが、オーナーの私の部屋から通じている隠れ家には見知った顔が大勢おりますよ」
言って菊はまっすぐフロントを通り抜け、事務所を通り抜け、オーナー室に案内する。
そして机の引き出しを開け中敷きを取ると、その下に0から9までのボタンが現れた。
菊が一定の順番でそのボタンを押すと、床の一部が開いて中に階段が現れる。
「どうぞ。お降り下さい」
とうながし、全員が降りると最後に自分も中に入り、中から別のボタンを押して床を閉めた。
丁度建物一階分くらいの階段を降りて下につくと大きなドアがあり、そこにも0から9まで10個のボタンが並ぶ。それをまた菊が押して行くとドアが開いた。
「お館様っ!」
「おお~、お館様だ!いらっしゃいませ」
ドアが開くと数人の鉄線の一族が出迎える。
懐かしい顔ぶれに、それまで少し沈みがちだったギルベルトの顔に笑顔がうかんだ。
「お前ら…懐かしいな、元気かっ」
「はい!10年間、お館様のお役に立てる日を待ち望みつつ、修行にあけくれてましたっ!」
「今回は同行させて頂きたかったんですが、菊様の許可がおりなくて…」
口々に言ってギルベルトを囲む面々に菊は
「当たり前ですっ!そなた達にはそなた達のやるべき事があったでしょう!」
と顔をしかめたあと、
「ところで…アーサー様は?」
と、辺りを見回す。
「あ、はい。あちらの部屋に…」
一人が指差す方向を見て、菊は一瞬硬直して、それから走り出した。
そしてガチャっとドアを開けて中に目をやると、
「そなた達~!!!」
と怒鳴り声を上げる。
「アーサー様に何させてるんですっ?!!!」
その声にギルベルトが鉄線の面々の輪から抜け出し、菊が立ち尽くす部屋にかけだした。
「あ、ぽち、おかえり♪」
笑顔で振り返るアーサー。
そしてその周りには…4~5人の子供がまとわりついていて、そこから少し距離を置いてパシャパシャと写真を取り続ける遠子がいる。
いついかなる時もブレない女性だ。
「…え~と?」
戸惑いながらもまずそちらに声をかけるギルベルト。
すると相変わらず懲りないこの女性は
「許可は取ってますからっ!
撮影の許可は取ってますっ!!」
と、ファインダーから目を離さずに、まず主張する。
自分が死にそうな思いで居た間にこいつは何してやがったんだ…という気持ちはこみあげるものの、誰かがアーサーと一緒にいるという事実が、その自分の緊張を若干でも和らげてくれていたのは事実なので、とりあえず執行猶予だな、と、思いなおし、
「そっちじゃねえよ」
と、今は撮影を咎めているわけじゃないと指摘すると、遠子はやっぱりパシャパシャやりながら
「ああ、基地に居る時は小さな子どもは居ませんでしたからね。
こんな風に聖母み溢れるアーサーさんは私の膨大なアーサーさんコレクション初ですよっ!!
今回は特別サービスでギルベルトさんにもこの写真プレゼントしてさしあげますからっ!」
と、興奮した様子で言った。
本当に通常運転。
まさにいつもの遠子そのままだ。
それが彼女自身と、彼女と一緒にいたアーサーに不自由も変わった事もなかったのだということを教えてくれる。
本当に今回だけは、非常にわかりやすいアーサー厨のこの女に感謝してもいい、と、ギルベルトは珍しく思った。
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