温泉旅行殺人事件_救出への道のり2

10時半に犯人からの最初の連絡が入るとの事です。
期限は12時半。
まず身代金を持って自室で待つ様に指示があったのでそのようにお願い出来ますか?」

和田の言葉にギルベルトはうなづいて身代金の入ったケースと携帯を手に離れに戻る。
そして1030分、携帯がなる。

「もしもし…」
緊張して出るギルベルト。

『始めの指示だ。今自室だな?カーテンをしめろ』
電話の向こうからは当たり前だが聞き覚えのない男の声。

「ああ」
ギルベルトは言ってカーテンを閉める。
そしてその旨を伝えると、男はさらに言う。

『ではまずお前の携帯を教えろ』
「わかった」
ギルベルトが自分の携帯を教えると、いったん携帯が切れ、自分の方の携帯に電話がかかる。

『まず警察から預かった電話はそのまま押し入れの布団の中にでも入れておけ。
今後はこのお前の携帯へ指示を送る』
ギルベルトは犯人の指示通り携帯を押し入れの布団の中に隠した。

『隠し終わったら金を持って、自分の携帯も目立たない様に持ち、庭の左側の道から露天方面へ向かえ』
「わかった」
ギルベルトは携帯を自分のコートの内ポケットにしまうとスーツケースを持って立ち上がった。


犯人の指示なのか、殺された小澤の離れのあたりは別にして、他の離れの周りには警官がいない。
ギルベルトはスーツケースを手に母屋を抜けると、指示通り左の道を通って露天方面へと急ぐ。

スーツケースを持って走る事10分。電話がなった。

『そのまま露天についたら、外の風よけ小屋にロープが置いてあるからそれを持って真ん中の道を戻れ』
「わかった」
返事をしてまた走る。

その後ギルベルトは露天について風よけ小屋のロープを取ると、今度は真ん中の道を急いだ。
そして走る事10分。また電話が鳴る。

『吊り橋についたらスーツケースの把手にロープを通して、ゆっくり崖下に降ろして下の川までついたらロープを抜け。その後ロープは処分して構わん』
「わかった」

崖下の川に流して下流で受け取るという事か…。
その為に水に浮く設計になっているルイヴィトンのスーツケースなんだな、と、ギルベルトは納得した。


現在11:10分。
吊り橋までおそらく急げば5分くらいだ。
作業で5分くらいか…、それで11:20分。

ということは、タイムリミットまで40分ある。
吊り橋から走れば母屋まで5分くらいだ。
余裕で間に合う。

ギルベルトは走った。

なんのかんの言ってスーツケースは総重量8kgくらいはあるのだろうか…。
それを抱えてもう数十分もかなり足場の悪い道を走り回っている。

ギルベルトは日々鍛錬を欠かさない人間なので許容の範囲だが、一般人なら体力的に結構きついかもしれない。
それでもなんとか吊り橋にたどりつけた…はずだった。


なんだ、これは……
呆然とへたり込むギルベルト。

それもそのはず。
昨日アーサーと一緒に帰った時には確かにあった吊り橋が壊れている。

一瞬放心したが、そこはトラブル慣れしているギルベルトだけあって、急いでロープをスーツケースの把手に通して崖から降ろす。

ここまで走って15分かかった…ということは…露天に戻って15分。
そこから別ルートで走れば20分。かかる時間は35分。
10分以内にこの作業を終えれば間に合うはず。

ギルベルトは急いで…しかし慎重にスーツケースを降ろすと、ロープを引き上げてとりあえず崖の前に置く。
今は少しでも身軽になるため持ってはいけないが、あとで取りに戻れば証拠品になるかもしれない。

作業に予測通り5分かかった。
スーツケースがない分少しは早く走れないだろうか…。


とりあえず再度走り始めて5分。
ギルベルトは異変に気付いた。

進行方向で煙が上がっている。

まさか…

もう少しだけ走って目を凝らすと、遠くの道が燃えているのが伺える。
風下の露天のあたりから付けた火が燃え広がっているっぽい。
今いる場所は風向きが途中で微妙に風上になるのでこちらまでは火はこないと思うが、このままでは露天に戻れない。


すでに吊り橋のガケを出てから14分経過。あと27分…。

そのとき携帯が鳴った。
犯人からだ。

わきあがる怒り。

「…お前が…吊り橋を壊したのかっ!しかも露天側に戻る道に火をつけたなっ!」
『ご苦労だった、バイルシュミット君。
今身代金は確かに受け取ったので君の健闘を讃えてお姫様はお返ししよう』

「…ご丁寧に退路たっておいてふざけるなっ!!」

『さあ、なんのことだ?とりあえず…そのままでは戻れないだろうから助けを呼べ。
それとも炎に飛び込んでみるか?下手すると感動の再会のはずがお姫様が君の遺体と涙の再会とする事になるが?』



あと…23分…

「まだ20分以上ある…12時に母屋に電話しろ!
その時にフロントの電話に俺が出なければそこで初めて失敗って事だっ!」

『君の勇気に敬意を表してお姫様を返すのだから、無理はしないほうがいい。
まあ…フロントには一応私から事情を連絡しておこう』

そこで電話は切れた。

それから5分後、警察の和田から連絡が入るが、ギルベルトは今現在の位置は安全なため、手出しをしないように念を押す。



(落ち着け…何か手はあるはずだ…)

ギルベルトは考えを巡らせた。
遠目でも火が強い事は見て取れる。

おおよそだが露天まで1km強くらいが燃えている気がする。
火の勢いは強く、燃え尽きるのを待っていたら時間切れだ。
水で消せるレベルでもない。
第一水なんてこの真ん中の道にはない。

右側の道なら小川があったが……


それだっ!

ギルベルトはクルリと反転した。
崖の方へ戻る事2分。
あの日…アーサーが帰り道にのぼった木までくる。

ギルベルトは迷わず木をよじのぼった。
さらに一番高い位置から崖の上によじのぼる。

あと…13分。
息が切れる。

携帯がなる。

「はいっ、ギルベルト!」
走りながら出る。

『バイルシュミットさん…二次被害につながるようでしたら…』

心配する和田の言葉に

「中央の道は脱出したっ!
今母屋に向かって走ってるからあとにしてくれっ!」
と、ギルベルトは言うと、返事を待たずに携帯を切る。

こちらの道からどのくらいかかるのかわからない。
とにかく走る。

あと…6分。母屋が見えて来た。
警察がズラリと勢揃いしている。
その中に見慣れた背の高い人影も混じってる。

ルートがかけよってくるが、それをギルベルトは振り払った。

「自力で…たどりつかないと」

あと3分…一気に走って母屋に辿り着いて、クールダウンのために屈伸をする。
さすがに若干疲れて息は荒いが、伊達に毎日トレーニングを欠かさないわけではない。


「さ~…あとは電話に出てお姫さんを攫いやがった不届き者にひと泡吹かせるだけだな」
ゼーゼー息を吐き出しながらも、ギルベルトはにやりと笑って言った。

そして12時…みんなが注目する中、フロントの電話が鳴り響く。

オンフックで出るギルベルト。

「俺様は自力で…辿り着いたぜ?約束守れよ…」

ギルベルトは荒い息で言うが、それに対しての犯人の言葉…

『全く…お見事としかいいようがない。
申し訳ないが達成できると思ってなかったので、一人しか返す手段を考えてなかった。
もう一人については後日連絡する』

「ふざけんなっ!今すぐ返せっ!!」

怒鳴るギルベルトに犯人は

『警察がウロウロする中人質を返すのはこちらとしてもかなりのリスクを伴う作業だ。察して欲しい。
とりあえず当初の予定通りお姫様はもう返した。
使用されていない離れでお休み頂いているので確認して欲しい。
そろそろ眠り姫もお目覚めの時間なはずだ。ではのちほど』
と、電話を切る。

その言葉にギルベルトは物も言わずに離れにかけだした。
もちろん警察もその後を追う。




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