とりあえず運転は翼に任せて居間に落ちつくと、エリザはドスン!とソファに腰を下ろす。
そう、状況は把握しなければだが、宥め役がいない今は、それをギルベルトに聞きに行ってフランソワーズの二の舞にはなりたくない。
となると、聞く相手は目の前の相手しかいないと、桜に似た面差しの青年に声をかけると、彼はにこりと感情の読めない笑みを貼りつけてエリザに向き直った。
まず私達一族の大まかな事はお館様から聞いてます?」
と言う言葉に
「ええ、檜、鉄線、河骨がそれぞれ本家、諜報活動、本家護衛をになってるあたりまでなら」
と、答えると、菊はうなづいて話し始めた。
「ご存じかと思いますが現ジャスティスのギルベルト様は元々は檜の跡取り、つまり一族の長になる方だったんです。
のちに生まれたルートさんも決して凡庸な方ではないんですけどね。
なんて言ったらいいんでしょう……お館様というのは絶対的なカリスマなので、物理的な能力はもちろんですけど、それ以上に特別な雰囲気と言うか…そう、風格のようなものが求められるんです。
それを産まれ持ってきたのが側室の腹の子だったというのが、今の世代の檜の悲劇ですね。
私達にしてみれば、それを持った主君を戴いてしまったあとに、正室に子が生まれたからそちらをと言われても、容易に切り変えられるものではありませんからね。
なにしろお館様という存在には人生をかけてますから。
それでもギルベルト様がこちらにいらした頃は、皆、ルートさんを主と遇するギルベルト様に仕えるという形でなんとなく納得していたんですが、ギルベルト様11歳になられた時、いきなり世界の警察とやらに乞われて異国に連れて行かれると、各家の主だった跡取り達はギルベルト様以外の方をお館様に戴く事に反発しまして、それを不服として失踪する者が続出したんです。
だから河骨も本来の跡取りはさきほど基地で死んだ紫苑ではなく、香というものなんですが、彼もギルベルト様が連れて行かれたあとすぐに失踪中です。
それでも先のお館様が存命のうちはなんとか持っていたんですが、先日そのお館様が病で急死なされると、いきなり一位が元々不満を持っていた一族の有力者をあおって一族あげてブルーアースの敵、レッドムーンに与してギルベルト様を取り戻そうという動きを始めたんです。
跡取りのマシュー様はとてもおっとりとしたお優しい方で、それでもそれをいさめられたのですが、一位はマシュー様が跡取りになられるずっと前から、未来のお館様の正妻となるべく育てられていた気位が高い気の強い女性なので当然きかず、一族はマシュー様に従って里に残る者と、一位に付いていく者に二分されました。
今でも里では残った一族の者達を末弟マシュー殿がまとめて、あそこはあそこでまったりと穏やかに暮らしているんですけどね。
一位達の目的というのは、レッドムーンの力を借りてブルーアースをつぶし、ギルベルト様にもう一度一族の元へ戻って頂いてお館様となって頂く事なんですが…手段がアレではよしんばブルーアースが潰れたとしても、ギルベルト様はお戻りになる事はないということがわからないあたりが、浅はかだと思います。
まあ私は一族の諜報活動を一手に担ってた鉄線の長なのでその辺の情報は入って来ていたんですが。
私としては正直一位達がどうなろうと、レッドムーンがどれだけ悪行重ねようと、ブルーアースが潰れようと全く構いません。
ただ、それがお館様の意向にそぐわない事は明白なので、いざとなった時にお館様のお役に立つため、手勢10数名と共に帰参したふりをして内情を探る事にしたんです。
私は元々ギルベルト様以外のお館様を頂くというのを不服として失踪した身なのであっさり信じてもらえましたし。
で、今回ギルベルト様が日本にレッドムーン討伐においでになると知って、一位がアーサー様の暗殺を企ててたので、私がその任を志願して、こっそりかくまう事にしたんです。
丁度数日前からこのペンダントが捨てても捨てても気がつくと首にまきついてくるなんて事もありましたし」
「捨てたの?!」
菊がペンダントを指先で回して言うのを聞いて、エリザがあきれた声をあげる。
そのエリザの言葉に菊は、あたりまえでしょう?とうなづいた。
「ええ。私の主はお館様もといギルベルト様だけですし。
世界の警察なんて胡散臭いものにしばられるのはまっぴらごめんです。
しかしまあ、考えてみればこれも唯一お館様の敵レッドムーンと戦える便利な道具ですしね。
首にまきついてるのを許してやることにしました」
(そう言えば…この人、ギルのために死ぬのが夢な人間だって桜ちゃんが言ってたわね…)
と、菊の言葉にエリザは苦い笑いを浮かべる。
「まあ、それは良いとして、おかげで一位をだます手段もできた事ですし、とりあえずお館様の大切な方に手荒な真似をするわけにもいきません。
かといっていくらなんでもこの状況で知らない者に黙っていきなりついてきて下さるとも思えなかったんで、私自身がアーサー様に今回一族が関わっている事、一族がお館様を取り戻すためにお館様のブルーアースに対する未練をなくす事を第一の目的にしている事、そのためアーサー様が標的になっている事、そして、そういう状況でお館様がアーサー様をお守りしながら戦う事が非常に困難な事をご説明して、ご同行願いました。
最初はアーサー様も他に内密にという事で躊躇なさっていらっしゃいましたが、私のこの顔を見て桜の兄がお館様や妹に悪しき事をするはずがないと最終的に納得して下さったんです。
まああんな愚妹でもお館様の大事な方の信頼を得る証となれたと言う事は、褒めてやっても良いと思いました」
と当たり前に言う菊の言葉に、やはり以前桜が言っていた
『お館様の特別を死なせるくらいなら、死ぬ可能性があってもお前が向かって助けてから死ね…と』
という言葉が、(あれは本当だったのね…)と、エリザの脳裏をちらつく。
とんでもないギルベルト厨だ。
やれやれと肩をすくめたエリザは
「それより今現在レッドムーンに残っている勢力はどんな感じなのかしら?」
ととりあえず先をうながした。
「ああ、とりあえず一位は逃げたみたいだから一位と、残り40名くらいじゃないかと…。
一位に着いた者の正確な数なら二人を除いて檜32、鉄線21、河骨47の計100名丁度とわかってますが、今日死んだ者の数まではわかりません。
あの乱戦の中ですから」
と、少し首を傾けた。
と、その時、ギルベルトがこもっていた寝室のドアが開いた。
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