「お前…それやめろ。もう俺はお館様じゃなくてただのジャスティスなんだから」
「これは…」
「今日の死者、檜22、鉄線18、河骨24、計64名。
マシューに…一族の墓に名だけでも刻んでもらえるよう頼んでくれないか?
本家の意向に背いて里を出たとしても、これまで一族のために尽くしてくれたんだ。
ああいう風に奴らの判断を誤らせたのは一時的にでも上にいた俺の責任だ。
ギルベルトの言葉に菊は再度和紙に目を落とした。
「かなり…末端の者も多くおりましたが…10年も前に家を出られて一人一人の顔と名を覚えていらしたんですか?」
信じられない思いできく菊に、ギルベルトは和紙の名前を一つ一つ指差しながら言葉をかみしめるようにつぶやいた。
「こいつは…時期になると本家の庭の木の手入れをしてた。
こいつは毎日寒い日も冷たい水で洗った雑巾で拭き掃除してたな。
こいつは…夏になると親について本家の草むしりを手伝いにきてる働き者だった。
こいつは…」
延々とそうやって64人全員について語った後、ギルベルトは大きくため息をついて額に手をやった。
「みんな一族を深く思ってたんだと思う。
下の者の判断を誤らせるのはいつだって全て上の責任だ…。
…家を出るってなった時に…何か言ってやってればまた何か違ったのかもしれない。
そうしたらこいつらはまだ里で平和に暮らしてたのかもな。
…まあ、もう取り返しのつく事じゃねえんだけどな」
少しつらそうに笑って、ギルベルトは
「悪い…ちょっとまた宿に着くまで休ませてもらう」
「もう10年は前の事でしょ。たいした記憶力ね」
パタンとドアが閉まってしばらくシンと静まり返った空気をやぶったのは、ため息まじりのエリザの声だった。
「鉄線の長だった父でもそこまで末端の事まで頭に残ってないと思います。
私も残ってませんでした」
そして大きく息を吐き出した。
「歴代のお館様でもそこまで末端まで見てた方はほぼいないでしょうね」
頭であるお館様にとって他の分家の長で手足、末端なんて虫けら同様の存在です。
虫けらの名前や行動なんて一々把握するわけもない…」
「ギルベルト様が特別なのは記憶力の問題じゃないんです。
むしろそういう中で末端まで気にかけて大切に思って下さる心根の問題なんです。
…だから私はお館様のためなら喜んで死ねるんです」
菊の言葉に、エリザはきまずそうに前髪をかきあげて口をとがらせる。
「まあ…そういう奴だっていうのは私も付き合い長いからわかるけど…
そういう忠誠心てはっきり言ってギルにとっては迷惑だと思うわよ?
…死ぬ気で尽くしますくらいにしといた方がいいわね。
あなたのために喜んで死にますって、あなた死んだらその後なんの役にもたたないし」
自分の身もふたもない言葉に菊がいや~な顔をするのに、エリザは
「ああ見えて情が深い男だしね。
自分のせいで周りが死んだとか言ったら、それなりに落ち込むわよ」
と、笑いかけた。
その後は一族のこと、極東のことなど、とりとめのない会話をしつつ情報交換。
そうしているうちに、やがて車が宿について止まった。
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