青い大地の果てにあるものオリジナル _2_9_葛藤

「...なんで...狩衣なんだ?」

舞踏会当日。

ちなみに...狩衣は鎌倉幕府の最高の礼装で、江戸時代の武士の礼服としても使われている平安時代の貴族の服、直衣を簡素にしたような格好である。


愛でる会が更衣室として確保した鍛錬室の一室で用意された衣装を一式身につけて人目よけのついたてから出て来たひのきを見て、一同歓声をあげた。

「素敵~!!」
「苦労した甲斐ありましたねっ!!」

一部感涙にむせながら互いに手を取り合って喜ぶ愛でる会の会員一同の輪をスッと出て、会長がうやうやしくひのきに烏帽子を差し出した。

「これを仕上げにおつけ下さい」
和装には違いないが、今時こんな物を着る人間はまずいない。

頼む相手を間違えたか、と、自分の判断の甘さを悔いながらも、ひのきはもうやけくそでそれを受け取る。


「...すっかり仮装だな...」

ため息まじりに言うひのきに、なずなはクスクス笑いながら

「でも似合ってるよ、タカ。私も十二単でも用意すれば良かったかな」
と、烏帽子をつけるのを手伝いつつ言った。

ですよね!!

その言葉に待ってましたっ!とばかりにいきなりなずなをついたての向こうに引っ張っていく会員達。

「大丈夫っ!姫様の分もちゃんと用意してあるんですっ!実はっ!!」
「ええ~~?!!!ちょ、ちょっと待って下さいっ!!!」

どうやら口は災いの元だったらしい。
あっという間にお雛様のできあがりである。


「すごい格好だな、似合うけど」
ついたてから出て来たなずなを見て、今度はひのきがクスクス笑う。

「写真、良いですかっ?!!」
一斉にカメラが向けられるのに、しかたなく並んで撮影会につきあう二人。

「これって...かなり恥ずかしいよね…」

扇の影でなずなはコソコソささやくが、ひのきは開き直ったのか手の中の扇をパチパチやりながら

「ん~、でもこれで気崩れるとかそいう問題じゃなくてまず踊れなくなったぞ」
と答えた。



やはり愛でる会貸し切りの隣の鍛錬室では、そんなこちらの騒ぎも知らないユリが愛でる会デザインのドレスに袖を通していた。

黒地に金の模様の入ったそのドレスは前は体にぴったりフィットしたタイトスカートだ。
右肩はあいていて左肩には真っ赤なバラの飾り。
そしてそこから流れるようにドレープが広がり、右の腰のあたりにある金の蝶の飾りが布を止め、後ろ全体に襞が広がるようになっている。

手は腕まで黒の手袋で覆われ、スラっと伸びた足を太ももまで覆うストッキングは黒地に金の髑髏模様。
右腕には細い金のブレスレット。
左足首にはお揃いのアンクレットが光る。
そして右太ももに金のベルト。それは銃ホルダーになっていて、色とりどりのラインストーンの入った銀色の銃の飾りが装着されている。


「タマ、カッコいいさ~!」
ついたてから出てくるユリを見てホップが絶賛する。

「ですよね~!頑張りましたもん!!」
「このために私達部長泣き落として休暇げつしましたからっ!!」
「感無量ですぅ~!!」
ホップの言葉にこちらもやはり感涙に泣きむせぶ会員達。

「これで仕上げですぅ~」
と、こちらは副会長のネリネがユリにツルの部分に赤いバラの飾りのついたサングラスをユリに差し出す。

「サンキュ~、感謝」
ユリはそれを受け取ってかけると、ネリネの手を取ってその手に軽く口づける。

「きゃああ~~!!!!」
部屋中から本人をも含めた悲鳴があがった。

「こんな機会をもうけてくれたホップにもね、愛でる会一同からお礼があるのよ♪」
と、ネリネが会員の一人に合図すると、会員が眼鏡ケースをネリネに差し出す。

それを手に取ると、ネリネは中身を取り出した。

「これね、鉄線様のドレスに合わせて用意したグラサン♪」
ホップに差し出したのはツルの所に金の髑髏の飾りのついたサングラスだ。

「ありがと~。嬉しいさ~!」
喜んで受け取ってホップはそれをかける。

「んじゃ、記念撮影会~!」

隣の部屋の会員達も含めて、今日の舞踏会の主役は新しく本部に吸収された北欧支部の人間だという事などみんなすっかり忘れ去っていた。


「おお~~!!」
ホップとユリが舞踏会会場に足を踏み入れると、周りが一斉に歓声をあげた。

「鉄線が女装してるっ!!!」

フリーダムの面々が驚きの目を向け、ファーとジャスミンは
「ユリさん妖しくて素敵っ!」

と目を輝かせ、何も知らない北欧支部の面々は

「双子の子と言いつつ、本部は美女ぞろいでいいよな~!」
と、うっとりする。


「鉄線...ちゃんと女に見える。東洋人て線が細くて中性的な感じするよな」

今日はふんわりとしたロングドレスのジャスミンとは全く別の短いドレスにニーハイのファーの隣にいたトリトマはユリをマジマジと見て感心したように言った。

この場になってもまだユリを男だと思っているがゆえに発言なのだが

「うん。美少年が女装してるって感じもするから不思議だよね~。
それはそれで耽美で妖しくていいんだけど」
と、ファーがうなづく。


「もしかしてさ...僕のとこの女の子達にやたら休暇願いが多かったのはそのせいなのかな?」

誇らしそうにユリの自慢をして回る愛でる会の面々の様子に気付いたシザーが苦笑すると、ユリもさすがに苦笑して

「ああ、そうらしいな。たまにはドレスでも着てみようかと思って調達頼んだんだけど、こんなにおおごとになるとは思わなかったから。悪かったな」
と謝罪する。

「いやいや。まあそれだけの甲斐はあったみたいだし。
ユリ君背高いしモデルみたいだよね。
妹達も姫ちゃんも可愛いタイプだから、ユリ君みたいなドレスってすごく新鮮だよ。
カメラ取ってこようかな。挨拶までまだ時間あるかなぁ...」

ソワソワと時間を気にするシザーにユリはため息をつく。

「そんなん取らないでもいい!」
というユリの言葉にホップがニヤニヤ言った。

「いや、このあとまだお楽しみあるから、取って来た方がいいさ、シザー」
「なに?まだ何かあるの?」
シザーの目がキラリと光る。

ホップはその問いにうんうんとうなづいた。

「タカが和装で来るさ」
「まじか?!」
「本当?!」

ユリとシザーがほぼ同時にホップを見上げると、ホップはにやっと笑った。

「マジマジ。俺和装の手配頼まれて愛でる会に頼んだから間違いなしっ!」
「それは...ぜひカメラにおさめないと!」
シザーがくるっときびすを返す。

「スターチス君!僕ちょっと忘れ物で戻るからっ!
挨拶間に合わなかったら君お願いねっ!」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!部長!!困りますって!!!」
止める間もなく広間の出口へ疾走するシザーにスターチスが叫んだ。


「あ~あ、愛でる会といい、シザーといい、今日の主旨すっかり忘れてるよな」

ユリがあきれて言うと、

「いや、北欧支部の人間も充分目の保養させてもらっているから構わんさ」
と、落ち着いた声がふってきた。

「あ、ども」
振り向くとコーレアとシランが立っている。
ユリとホップが軽く頭を下げると、コーレアは軽く手をあげて応えた。


「タカをもうちょっと線を細く少年ぽくした感じに思ってたが、そうやってドレスを着ると美人なんだな、鉄線は」

「そりゃどうも。コーレアもガタイいいからタキシード似合うね」
ユリの言葉に軽く笑うコーレア。

「まあ...滅多に着ないからどうも落ち着かないんだがな」
シランはファーとトリトマに声をかけている。


「孫に彼女できて喜んでる爺さんみたいだな」

それを見てユリが言うと、コーレアは
「みたい、じゃなくて、まさにその通りだ」
と、やはりそちらにチラっと目をやって言う。
「トリトマは孫みたいなものだから...心配だし、可愛いんだ、シランは」


ジャスミンは早速北欧支部の男性陣に囲まれて談笑中。
ファーの所にも来たそうなのが何人かいるが、チラチラっと隣のトリトマに目をやってはそむけてを繰り返している。
そしてコーレアとホップと談笑中のユリの所にも数人が近づいて来た。

「我々にも本部の美女を紹介して下さいよ」
コーレアに声をかけてくる面々。

「ああ、こちらが鉄線。で、その隣がホップ。二人とも本部のジャスティスだ」

コーレアの言葉に
「よろしく、鉄線。北欧支部のフリーダムで...と言います」
「ミス鉄線。俺は北欧支部ブレインの...です。ぜひ後ほどダンスを...」
と、ワラワラと来る男達に一瞬だけホップが表情を曇らせる。

それもほんの一瞬ですぐ元の笑顔に戻ったがめざといユリはもちろんそれに気付いている。
そして、さてどうするかなぁ...と笑顔の裏で考え込んだ。

「ああ~。もう面倒くせえ!」
ボソリともれたぞんざいな言葉に一瞬引く男達に、あ、そか。と、小声でつぶやいた。

「あのな~、今日はちょっとした余興で女装してるんだが...
そういう趣味あんのか?お前ら」
ユリの言葉に一気にクモの子を散らすように消える男達。

「ア~ハッハ!!」
その見事な切り返しにコーレアが腹をかかえて笑う。

「すごいなっ!鉄線!!」
それと対照的に少し心配そうな顔のホップ。
「タマ、いいんか?」
「あ、何が?平和的解決ってやつだろ?別に嘘ついてないし。
うざい奴らがすっきり消えたし万々歳じゃん?
男と踊るのなんてまっぴらごめんだし」

「俺は?踊ってくれないん?」
ユリの言葉に少しホッとするものの、ちょっと悲しそうなホップからフイっと視線をそらして
「お前は特別なんだろっ」
と、ユリは口を尖らせた。

「タマ~!!!」
その言葉に思わずユリに抱きつくホップを、ユリはやっぱりいつものように
「抱きつくなっ!うざい!」
と、肘鉄を食らわせた。


ユリの所を逃げ出した男達は今度はファーのところへ向かう。
ファーを連れ出そうと必死な面々。

「あのね、私は今日トリトマと一緒だから、また今度」
断るファーになおもしつこく食い下がっている。

やがてしびれを切らした数人がシランの目を気にしながらも
「確かに俺らジャスティスではないけど、そんな不吉な奴といるよりも...」
と口にした瞬間、

あなた達!何下劣な事言ってるのよ?!!
と、いきなり高い声と共に男達とファーの間にスタっと何かが飛んで来た。

「ジャスミン??」
間に入られたファーも周りの面々も驚いている。

「トリトマはねっ、クリスタルに選ばれた人間なんですからねっ!
世界の平和を守るクリスタルに選ばれた人間が不吉なわけないじゃないっ!
私達の仲間をこれ以上侮辱するなら私にも妹にも近寄らないでちょうだいっ!
そんな人達とお話なんて金輪際したくないからっ!」

いつも女の子らしい可愛らしい様子のジャスミンの激昂に、言われた当人達のみならず、本部の面々も驚いて何事かとかけよってくる。

「みんなもよっ!
もし今後トリトマの事不吉なんてひどい事言う人がいたらもう絶交よっ!
嫌いになっちゃうからっ!」
と駆け寄って来た面々に向かってぷ~っと可愛らしく頬を膨らませる。


(か...可愛い!!)

「もちろんさっ、僕らはそんな事言った事も考えた事すらないさっ!」
ワラワラと本部の面々だけでなく北欧組もそれに混じってジャスミンの機嫌を取り始めた。

「さすがアイドル!効果抜群だね」
ユリがそれを見てクックッと笑いをこぼした。

「ジャスミン...昨日と態度が180度違うさ。一体何したらああなったのさ?タマ」
ホップはそれを見てポカ~ンとする。

「トリトマも...すっかり本部ジャスティスには仲良くしてもらっているようだのぉ」
事情を知らないシランは嬉しそうにウンウンとうなづきながら目を細めた。


「ユリさんが...ジャスミンに言ってくれたの?」
すっかり周りの注目がジャスミンにいった所で、ファーがユリにかけよってくる。

「ありがとう...!」
と、ユリを見上げるファーに

「ん~、私はトリトマに対する偏見見てたら悲しい気分になるよね?って言っただけだよ?
ジャスミンも本当はそう思ってたから改めてああいう発言になったんじゃないかな。
ファーの事もね、本当は大好きなんだよ?
ファーが本当はジャスミンの事好きなようにね。
10ヶ月も狭いお母さんのお腹の中で二人きりで熱い時を過ごした仲なんだからさ♪」
とユリはいたづらっぽくウィンクして言った。

「うん、そうだね。
私勝手にジャスミンにコンプレックスもって避けてたのかもしれない。
たった一人のお姉ちゃんだもんね。今度一緒にお茶でもしてみる」
素直なファーはすっかり信じてうなづく。

「うん。ファーは良い子だね。ジャスミンも良い子だけど」
ユリはそういって軽くファーの頭をなでた。

「えへへ。じゃ、トリトマのとこ戻るねっ。ユリさんありがと~」
ブンブンと手を振って駆け出していくファーにユリも軽く手を振る。

「子供は可愛いねぇ...」
クスクス笑うユリに
「確かに...あの素直さは微笑ましいな」
と、コーレアも笑いをもらした。


「おおお~~~??!!!!」

そろそろ挨拶をとなんとか時間に間に合ったシザーが壇上に上がった時、ドアが開いて着物を着た愛でる会の行列が先導してソロリソロリと進むその姿に会場中の歓声が上がった。

「おいぃ...あれはなんだよ?!」
ユリは頭を抱える。

前後のおつきに囲まれて等身大の雛人形がしずしずと広間を進む。

「何かの...サプライズ?!」
「おおっ着物ビューティフル!」

あちこちから声が飛び、壇上のシザーからしてすでに挨拶そっちのけでシャッターを切っている。


「おい...いい加減こっち気にせず挨拶始めろって伝えろ」
と扇で顔を隠しながら、走りよって来たホップに苦々しい口調で言うひのき。
なずなもあまりの会場の反応に恥ずかしそうにうつむいて扇で顔を隠す。

やがてシザーが仕方なくと言った感じで軽く歓迎の挨拶をするが、ほぼ誰も聞いてない。
本人も聞いてようが聞いていまいがどうでも良いようではあるが...。

続いて北欧支部ブレイン部長のルビナスの挨拶があり、乾杯と共にパーティーが始まった。
わ~っと人々に取り囲まれる二人。


「姫すっごく綺麗!!等身大のお人形だよね~」
ジャスミンが感動したように口を開く。

「タカも似合ってるさ」
と言うホップの襟元をぐいっとつかんで、ひのきは
「お前...どういう頼み方したんだっ!」
と、文句をたれる。

「普通に...タカが和装を用意して欲しいらしいって言っただけさ。マジ(汗」
「それがどうやったらこうなるんだ?!」
「知らんてっ(汗」

そんな二人のやりとりをユリはにやにや笑いつつ、周りに着物の説明をしている。

「着物とっても素敵ですっ」
「飲み物はいかがですか?」
「ぜひこちらでお話を...」

なずなの方は北欧支部の男性陣に囲まれそうになって一瞬硬直するが

「お話ならここで。飲み物はわたくし共で用意いたしますのでお気遣いなく。
ご覧になるのは結構ですがお手を触れない様にお願いします」
と、愛でる会会長のタイムがマネージャーよろしくてきぱきと指示をして、会員達にガードさせる。

これなら別に普通の格好で来ても大丈夫だったのではないだろうか、とひのきは後悔するが後の祭りだ。

そして最初の音楽がかかったその瞬間、いきなり警報ベルが鳴り響いた。

「え??!!!」
会場が騒然となる中、フェイロンが会場に駆け込んでくる。

「敵がもう1km先に迫ってるっ!イヴィル2、雑魚10。
すぐ出れそうなジャスティス4~5名即向かってくれ」

叫ぶフェイロンに

「すぐ着替えるっ!」
と、ひのきは戸口を振り向くが、コーレアがそれを制す。

「その時間なさそうだしな。かといってその格好じゃ動けんだろう。
アタッカーは俺とトリトマで行く」

「でも主賓だし...」

「いや、仕事が優先だ。
それに...そのくらいの数ならすぐ終わって戻ってこられるだろう」

コーレアの言葉にシザーは
「申し訳ありませんがお願いします」
と言った後、
「んじゃ、後はタキシード組でホップ君とアニー君かな?」
と二人を見る。
「「了解」」
二人は言ってコーレアにかけよった。

トリトマとアニーの間に少し複雑な空気がただようものの、コーレアが少し厳しい顔で
「仕事だ。二人ともちゃんと割り切れよっ」
と声をかけると二人ともうなづく。


そして広間を出て行く4人を見送って、ひのきが

「あいつら大丈夫か...」
と少し表情をくもらせるのに、シザーは

「まあ後のメンツが大人のコーレアさんと人付き合いのうまいホップ君だからね...なんとかなるでしょ」
と気楽に請け負った。

「...なんだか...嫌な予感がするな。私も向かっておく」
ユリがそのシザーをスルーしてかけだした。

そのユリの言葉に
「...愛でる会、ちょっとついたてになってくれ。んで、なずな袿姿まで脱いでくれ」
とユリを見送ったひのきが言うと、タイムがまた手で合図をし、会員達がさ~っと壁を作る。
すっかり姿が隠れるとなずなは袿という平服になるまで上着を脱いだ。


「たぶん...鉄線が感じる感覚はかなり信用できる。俺達も行く。
移動だけですめば狩衣だから余裕だが戦闘になったら悪い、衣装駄目にする」

なずなの支度がすむとひのきがタイムに言うが、タイムは
「着て頂けただけでわたくし達は満足ですので、お気遣いなく。
お二人ともおきをつけて」
とうなづく。

「ありがとう」
ひのきは言うとなずなを抱き上げて跳躍した。

「私達...どうしよう?」
双子はシザーに指示を仰ぐが、シザーは小さく首を横に振る。

「まあ...ひのき君が行くなら出番ないでしょ。二人ともここで待っておいで」
兄の言葉に双子はちょっと顔を見合わせたが、結局うなづいてその場に残った。


「まあ敵の数と種類ははっきりしてるから、俺とトリトマでイヴィル1人ずつ。
雑魚はホップが機関銃で一掃するって事でいいな?アニーはホップのフォローを」

「「「了解」」」
3人はコーレアの指示に答えてそれぞれ能力を発動する。

「じゃ、俺達がイヴィルに向かったら即雑魚頼む。行くぞっ、トリトマ」
大剣を担いでコーレアがトリトマに声をかけた後跳躍した。
トリトマもそれに続いて跳躍する。


「さて、じゃあ俺も」
機関銃を構えて撃とうとしたホップが不意に硬直した。

「ホップ?!」
雑魚が迫ってくるのを防ぎながらアニーが後ろに声をかける。

「う...そだ。トリちゃん待ってっ!!!」
いきなりアニーの横をすり抜けてイヴィルの一人と対峙するトリトマに向かうホップ。

「うあっ!待った!!」
ザクっとその肩に雑魚の爪が食い込んで肉を切り裂くのにも構わず進むホップを、アニーがあわててガードにむかった。

そのアニーにも雑魚の攻撃は容赦なく向けられるが、さすがに盾。うまく致命傷を避けてホップのガードを再開した。


「トリちゃん!だめだっ!!」
短剣を手に、背中から生えた触手みたいな物でも攻撃してくるイヴィルと鎌で対峙していたトリトマをホップが血まみれの手で後ろから羽交い締めにした。

「お前何すんだっ?!」
一瞬できた隙に短剣がトリトマの腹に迫るが、間一髪
「させませんっ!」
と、アニーがその間に割って入って盾でそれを防いだ。
そして後ろから着いて来た雑魚をとりあえず剣でうけながす。

「お前どけっ!」
その間にトリトマはホップを引きはがしにかかるが、攻撃特化の身体能力を持ってしてもなかなか引きはがせないくらい必死にしがみついている。

「ホップお願いですからっ!」
前の敵と後ろの雑魚を一身にさばくアニーも必死だ。

二人になんとか攻撃を向けない様にするため自分が血まみれになっていく。

しかも普段ならもうとっくにイヴィルの一人くらい倒してフォローに入っているはずのコーレアの剣も何故か鈍くいまだにもう一人のイヴィルと対峙したままだ。


何か様子がおかしい。
状況が全くつかめないトリトマとアニーはただ焦る。
焦りと前後に分かれるイヴィルと雑魚の対処でアニーが崩れた。

「やばっ!」
雑魚が1匹ホップともみあうトリトマにむかう。

あわてて身を翻すが、前方のイヴィルの攻撃がきて足止めされた。

「トリトマっ、避けて下さいっ。一匹行きます!」
一応声をかけるが、もみあっているトリトマに避ける術はない。

南無三!心の中でつぶやくアニー。

しかしトリトマに向かったはずの敵は逆に血飛沫をあげて絶命した。


「ユリ!」
ホッとするアニー。

「みんな何をしてんだ?!」
闇の中に黒い布を翻してユリが金色に輝く棍をふるう。


「不本意ながら今ほどあなたに会えて嬉しいと思った事はありませんよ」
思わず笑顔をこぼすアニーにユリは苦笑する。

「んで?あっちの仲間割れ組は?」
棍で華麗に敵をさばきながら聞くユリに
「わかりません。
ホップが急にイヴィルと対峙するトリトマを羽交い締めにして...
なんだかコーレアさんの様子もおかしい気がするし」
とアニーが心底困った顔で答えた。

「ふむ...」

ユリはユリで敵味方いりまじってのユリがもっとも苦手とする乱戦状態であと8匹ほど残った雑魚をさばくので他を見る余裕もない。


「ポチ!私だっ、わかるか?!どうしたっ?!」

とりあえず敵をさばきながら声をかけると、ホップがハッと我に返って顔をあげた。

「タマ!なんでここに?!」

「そんなのどうでもいい!何が起こってるんだ?!」
ユリの声にホップはトリトマから手を離した。

「そのイヴィル...本部のフリーダムなんだ...」

「なっ?!」
ホップの言葉に自由になって敵に向かいかけたトリトマとイヴィルに対峙してたアニーが硬直する。


「動きを止めるなっ!」
ユリの声にハッとするアニーの首に敵の触手が迫る。

(うあっ...)
思わず手でガードしようとするアニー。
しかし触手はザシュっという音とともに地面に落ちた。

「油断するなっ!」
低く叫んで白い日本刀が止める間もなくイヴィルの首を切り裂く。

「あああ!!!」
ホップが頭を抱え込んだ。

「ひのき、あの...」
トリトマも戸惑って口をひらきかけるが、
「話は後できく。今は戦闘に集中しろっ!」
と、ひのきはそのまま後ろで雑魚に対峙するユリのフォローに入った。

それと同時に青い光がアニーとホップを包み込んで傷をふさぐ。


「鉄線、ここはいいからなずなの護衛!」
「心得たっ!」
ユリが後方のなずなに走りよる。

「戦う気がないならお前ら帰れ!」
ひのきの叱責で慌ててトリトマが鎌を構え直した。
ホップも武器をライフルに戻して雑魚を掃除する。

そしてアニーがホップの護衛にはいったのを確認すると、ひのきは雑魚を3人に任せてコーレアに走りよった。


「タカ...こいつは元...」
振り向かないままひのきの気配を察知して口を開きかけるコーレアの言葉をひのきはさえぎった。

「今は敵、だな。俺が手伝った方がいいか?」
アニー達の時と違ってまず先にきく。

「いや...確かにそうだ。タカ、俺は自分を見失っていた。もう大丈夫だ。感謝する」
コーレアは言って大剣を構え直し、いっきに敵の胴をなぎはらった。


ふ~っとうつむき加減に息をはくと、あとの3人の方を振り返る。

「あっちは...お前がやってくれたのか」
「ああ」

「俺のミスだな。手間をかけてすまん。助かった」

「いや、礼なら鉄線に。あいつが嫌な予感がするからって言うから来た。
鉄線の家系の嫌な予感はほぼ当たるからな」

「そうだったのか。じゃああとで礼を言わんとな。
...これはどうする?俺らが連れて帰った方が良いのか?」
コーレアは言ってまっぷたつになったイヴィルに目を落とす。

「...だな。近いし。こっち頼む。俺はあっち運ぶから」
ひのきは言って雑魚をそろそろ倒し終わりそうな3人の方へ戻って、切り捨てたイヴィルを抱え上げた。


「鉄線、なずなと先に帰ってくれ。
で、シザーとフェイロンを第4区研究室にたのむ」
と、後方のユリに向かって叫ぶ。

「でも手当は...」
というなずなに、抱えた遺体をなずなに見せたくないのであろうひのきの真意を汲み取って
「大丈夫、後は雑魚だから。先行こう」
となずなをうながした。

ひのきはそのままトリトマの鎌が最後の雑魚に振り下ろされるのを見守る。

そして最後の敵が倒れるのを確認すると、
「行くぞ」
と3人に声をかけた。


「タカ...それ...」
イヴィルを抱えて先を歩くひのきの後ろをとぼとぼ歩きながらホップが口をひらくのにひのきは
「今は敵だ。倒さないと今の時点での味方に被害が出る。
優先順位を間違えるな」
と静かに言い放つ。


「悪い...俺のせいだな、崩れたの」
うなだれるホップの肩をコーレアが軽く叩いた。

「いや、状況判断を誤った俺のミスだ。
ホップはたまたま感知能力が優れてたから先に気付いただけで、俺自身もタカの後押しがなければとどめを刺せずにいた。
躊躇するのも無理はない」


「もしかして...これからまだこんな事が続くんでしょうか...」
アニーがボソボソっとつぶやく。

「ああ、あるだろうな。俺達も肉体だけではなくて精神の鍛錬も重要になってくる」
コーレアの言葉にアニー、ホップ、トリトマの3人が揃って肩を落とした。

「タカ?どうした?」
一人反応せず無言でイヴィルの遺体を担いだまま黙々と前を歩くひのきにコーレアが声をかける。

声をかけられてひのきはやはり黙々と歩きながら
「いや...人選が難しくなるだろうと思ってな」
と小さくため息をついた。

「俺とシランはもう仕方ないが...
若いあたりにはこういう戦いはやらせたくないものだな」
ひのきの言葉にコーレアが苦い顔をする。

5人はそのまま重い足取りで4区の研究室に向かった。



「正直...つらいね、これは」

5人が研究室につくと、すでにシランと双子を含めたジャスティス全員が揃っていた。
他にはシザーとフェイロン、そしてルビナスとレンギョウもいる。

「いったいどうしてこういう事になってるんです?」
レンギョウの問いにシザーは少し迷って、しかしすぐ
「隠してもしかたないね」
と息を吐き出した。

「イヴィルは強化人間という事は知られてるよね。
さらに正確に言うと特殊な形の種子を埋め込まれた人間なんだ。

詳しい方法はわからないけど、一部の人間に限られているって事は空気感染とかそういう簡単な方法ではないとは思うんだ。たぶん簡単な手術なのかな。
体内に埋め込まれた種子が体中に根ざして触手だったり特殊な形態の手や足だったりになるみたいだね。

もし手術だと仮定するとだ...本人の意に沿わない形でイヴィルにされるという事も起こりうるわけだ。
...その後の敵対行動は暗示なのか脳手術なのか、もしくは種子に浸食された事による破壊衝動なのかはわからないけどね...。
ただ確実に言える事は誰でもイヴィルになりうるという事だ」

「この二人はレッドムーンの基地探索中に行方不明になっていた。
この他現在連絡が取れない隊員が5名。
単に連絡が取れない状況にある可能性もなくはないが...捕まってイヴィル化している可能性も高い」
シザーの後を引き継いでフェイロンが秀麗な顔に苦い表情を浮かべながら言う。

「もし...なんでしたら後で報告しますから、少し別室で休まれますか?フェイロン君」

いつになく疲れた表情のフェイロンにシザーが小声で声をかけるが、

「いや、気遣いはありがたいが、大丈夫だ。
一番つらいのはジャスティス達だ。フリーダム本部長が逃げるわけにはいかん」
と、フェイロンは少し表情を柔らかくしてシザーにやはり小声で答えた。

「そうですか。長丁場になりますから、お互い無理はしないようにしましょう」
とそれにシザーが柔らかく微笑む。


本部長同士が小声でそんな会話を交わしてる間に、ルビナスが口を開いた。

「これからはその辺りも踏まえてチームを組んでいかないと駄目ね。
本部組にとっては元仲間が敵になるわけだから...
そのあたりを割り切れる人間だけ外に出す形で。
あとは本部の防衛に回すしかないわね。北欧組は確定って事で後は?」
うながすように視線をむけられてシザーは少し考え込む。

「本当に毎回毎回申し訳ないけどひのき君は確定で...
あとはもう少し考えさせて下さい」

さすがに10代の若者には酷な戦いになるのはわかっている。
シザーも悩んだ。


「シザー、僕も外組でお願いします」
腕組みをして難しい顔で考え込むシザーに、アニーが手を挙げる。
「幸いフリーダムに親しい知り合いいませんしね。盾は必要でしょう?」

「ああ、なら私も外行くよ。まだ来て一ヶ月強だしね。
他に比べれば思い入れも少ないし身内の遺体を見るのにも慣れてる」
ユリも手を挙げる。

「タマが行くなら俺もっ!」
ホップもあわてて言うが、
「ホップ君は駄目。君は元フリーダムだしフリーダムと関係深すぎるからね」
とシザーに即却下された。

「でもタカだってフリーダムと関係深いさっ」

さらにホップは食い下がるが、シザーは少し困った顔でそれでも

「彼は違う子だからね。わかってるでしょホップ君も。
実際今回も急遽こうなって皆が混乱する中事態を納めたのはひのき君だし。
彼は戦えた。君は戦えなかった。
時としてその差が他のジャスティスの生死をもわけるから。
...それに遠隔の君の能力は防衛向きだよ?」
と、やんわり却下した。

言われてホップはうなだれて黙り込む。


「...とりあえず部長レベルと確定組であとの人選をしないか?
外も内も検討段階でいちいちもめてると先に進まない」
そこでひのきが手を挙げて言う。

「ああ、それがいいね。じゃあ部長4名と北欧組、それからひのき君かな?
とりあえず確定は。あとは席を外してくれる?」
それぞれがその発言に不安げな表情で、それでも部屋から出て行った。

そして残された部長4名、ジャスティス4名の計8名。


「ふ~、人数減って少しほっとしたわ。
悪いけどちょっと飲んで良いかしら?酔ったりはしないから」
どこに隠し持っていたのかルビナスがブランデーの小瓶を揺らす。

「どうぞ。お強いらしいですし」
それを見てシザーが小さく笑った。

「俺も少しくれ、ルビナス」
コーレアは棚からビーカーを出してそれを洗うとルビナスに差し出す。

「よくそんな物で飲む気になるわね」
ルビナスは眉をしかめながら、それでもそれにブランデーを注いだ。

「フェイロンもどうだ?」
コーレアはそのビーカーをフェイロンに差し出すが、フェイロンはうつむいて小さく首を横に振った。
シザーがそんなフェイロンに少し心配そうな目を向ける。


「悪い、俺にも少しくれ、ルビナス」
ひのきがやはりビーカーをルビナスに差し出した。

「あら、ひのき君ももう飲む様になったのね。会った時にはまだ子供だったのに」
ルビナスはクスクス笑いながら小瓶を持って近づく。

「俺はほぼ日本酒しか飲まねえけどな。だからほんの少しでいい」
「?」

ひのきの言葉にルビナスは不思議そうにほんの少しブランデーを注いでその様子を伺った。
ひのきはブランデーを片手にシザーに聞く。

「飲ませて構わないか?...最後だからな」
言われてシザーは一瞬不思議そうに目をパチクリさせるが、ひのきの視線の先を追って
「ああ、そうだね。そうしてあげようか」
と柔らかい口調で言った。

「サンキュー」
ひのきは言って手術台に並べられた2体の遺体に歩み寄った。

「お疲れ。今までありがとな」
一人一人に言ってかすかに開いた口にブランデーを数滴流し込む。
みんなそれを無言で見守った。


シン...とする中、突然トリトマが口を開く。

「元仲間ってわかってても迷いなく殺せるのに、一方でそうやって死を悼むんだな」
深く考えずにポロっとつぶやいたトリトマの言葉に一瞬周りが凍り付いた。

「あ、あんたね~!そういう無神経な事言うから嫌われんのよっ!」
次の瞬間飛んで来たルビナスのあきれたような怒ったような言葉に、トリトマは慌てた。

「わ、悪い!俺すごく不思議でっ。
でも無神経だったんだな、ごめんなっ」

コーレアですらさすがに頭を抱える中、ひのきは苦笑しつつトリトマの肩をポンポンと叩いた。

「気にすんな。わかってるから。
あのな、さっきホップに言った通り、イヴィルになって敵対行動取ってる時点でこいつらは多分自分の意志とかもうなくてな、自分や味方に危害を及ぼす敵の傀儡だったから倒したんだ。

こいつらだってさ、自分の意志があったら俺らに攻撃しかけたくはなかっただろうしな。意志の疎通ができれば自分の意志に関係なく敵に操られるくらいなら殺して欲しかったんじゃねえかなって俺は勝手に思ったんだ。
俺がそういう事になったならそう思うしな。

でも敵の操作から解放されたらもう元のダチだろ?
こいつらはこれまで俺達ジャスティスを一生懸命サポートしてくれたんだ。
そのおかげで今の俺達がある。
だからねぎらいの一杯くらいやりたかったんだ」
トリトマはうつむいてしばらく考え込んで、それからひのきに目をやった。

「すごくよくわかった。お前の言ってる事は正しいって俺も思う」
トリトマの言葉にひのきはまたトリトマの肩をポンポンと軽く叩くと、
「んじゃ、本題入ろうぜ」
とシザーを振り返った。

「あ、ああ、そうだね」
その言葉で凍っていた空気が動き出す。


「とりあえずどうしようか...」
シザーはチラっとひのきを伺った。

「ん、まず今の時点でアタッカーが3で支援が1だろ。
だからもうアタッカーは要らねえな。
とりあえず盾。これはアニーで」

ひのきが言うと、シザーは

「ユリ君は?」
と、お伺いをたてる。

「鉄線は内」

「でもさ、ユリ君なら遠隔も盾もこなせるから火力も防御もケースバイケースで補えるよ?
身内巻き込んでのきつい戦闘も実績あるし...」

さらに言うシザーにひのきはきっぱり
「あいつを外で使うのは駄目」
と断言した。

「その根拠は?性別差とかベタな事言って期待を裏切らないでね?」
ひのきの言葉にルビナスがにっこり笑う。

「ルビナス見てればな、性別なんて関係ないのはわかってる。単なる適性の問題だ」
ひのきは妖艶な北欧支部ブレイン部長に答えて言う。

「鉄線は俺の親族でな、本来は情報収集を得意とする家系の出なんだ。
だから正面切って戦う事には向いてない。
さらに言うなら...自分の身を生かすために周りを殺すって言う育ち方も本来はしてきてない。
だから極東での立ち回りはかなり無理してたんだ。
家系的に他人の目をすごい気にするから無理してるとかって見せずに平気なふりするし皆平気だと思っちまうんだけどな。
あれで結構ギリギリなんだ。だから勘弁してやってくれ。
火力足りねえなら俺がなんとかするから」

「ふ~ん?」
ルビナスは腕組みをしてひのきに目をやる。

「ひのき君はどうなのよ?無理してるって言うなら君もかなりしてない?」
「俺?」
「そうよ。君は今の状態で最後までつぶれずにやっていけるの?」

「俺は...な」
ルビナスの言葉にひのきは少し視線を落とした。

「誰を犠牲にしても自分だけは絶対に生き残れって育てられ方してるからな。
そのへんはまあ大丈夫だ。
心配はありがたいが、気持ちだけもらっとく」

「アラアラ」
ルビナスは苦笑した。

「じゃ、私は異論はないわ。これでアタッカーが3、盾1、支援1の5名ね。
あとは?治癒系の子は連れて行くの?」

「姫ちゃんは内組でしょ、やっぱり」

ルビナスの言葉にシザーは首を横に振るが、ひのきは
「いや、ケースバイケースで状況によっては連れてく」
とそれを否定した。

「ええ?!!」
フェイロンとシザーが二人して身を乗り出す。

「それは無茶だろ、タカ」
「そうだよ。本気なの?」
二人の言葉にひのきは続けた。

「体力的に問題があるから、きつい戦闘になりそうな時だけな」
「ちょっと待ってっ。本当にいいわけ?
体力的より精神的にきつい戦闘になるんだよ?
そんなのに君姫ちゃん連れて行けるの?」
本気で心配そうなシザーにひのきは苦笑した。

「ああ、そういう意味ではあれは強い女だから。
むしろギリギリの時に周りを精神的に支えてくれると思う。
つかな、ぶっちゃけ俺がきつい時に頼るから」

「ひのき君が?姫ちゃんに?」

「そそ。なんつーか、俺がぎりぎりになった時に唯一頼れる相手だからな。
腰を据えて支援に徹した時のなずなは世界最強だぞ。
なにしろ...あのきっつい状況の中で5歳の時から11年間も実はメンタル弱くて崩れやすい鉄線を支え続けたんだからな。
それに...ボイスねえと羅刹が使えん」

「なるほど。じゃ、姫ちゃんは普段は内で、きつくなってきたら外って事で...」

「ああ、それがいいな。
当座はなずなは内において他の面々のメンタル面をフォローさせねえとたぶん残った面々は不安でつぶれる」

「それあるね。僕も...正直ホップ君に対するさっきの言い方、あれで良かったのかなぁって未だに気になってるんだ」

シザーは少し表情を曇らせた。

「確かに...大きな挫折知らずにきたからな、奴は。
そっちは、まあ俺がなんとかする。気にするな」

あまり自信はないものの、それでもここでブレイン本部長に負担をかけすぎてつぶれられるわけにも行かない。
ひのきはしかたなく請け負った。

「ひのき君、あんまり聞き分けの良すぎる大人ぶった子供は可愛くないからね。
少しはお姉さんにも甘えなさいよ?」
そこでルビナスが声をかけてくる。

女は勘が鋭いな、と苦笑するひのき。

「まあ俺よりそこの眼鏡の兄ちゃんでもいじっておいてくれ。
俺は手一杯になったらコーレアにでもふるから」
冗談めかしていうと、ルビナスも冗談めかしてふくれてみせる。

「あらつれないのね。
いかつい親父より綺麗なお姉さんの方が良いっていうのが健全な男の子よ?」
ルビナスの言葉にひのきは笑って肩をすくめた。

「健全な男としては...やっぱり彼女怖えしなっ」
その言葉に他からも笑い声がわき、沈み込んでいた空気が少しなごやかなものに変わった。


「んじゃ、とりあえず北欧3人組とひのき君、アニー君でとりあえず遠征始めてみるって事で。
3日後に今確実に場所がわれてるロンドンのレッドムーン基地に出発で良いかな?
遠征期間は1ヶ月くらいになる予定。
日用品は用意するけど愛用品とかあったら各自用意しておいてね」
シザーの言葉にこの場にいないアニー以外の4人はうなづく。

「つらい戦いになるとは思いますが、こちらも精一杯支援させて頂きますのでよろしくお願いします」
最後にシザーはそういって深々と頭をさげた。


ジャスティス4人が部屋を出て行くと、シザーがほ~っとため息をついて椅子に腰を下ろす。

「アニー君にも連絡しないとですね...」
「私がする?シザンサス君ちょっと休んだ方が良くない?」
疲れた様子のシザーにルビナスが声をかけるが、シザーは小さくうつむき加減に首を振った。

「いえ、僕が言わないと。
嫌な宣告だからせめて慣れた人間でね。
文句や愚痴の一つくらいは言わせてあげたいし」

「シザンサス君、ひのき君もフェイロン君も他の子達もだけどね、少しは余裕のある大人にふりなさいね?
可愛い子達に大人になられすぎるとお姉さんだって本当に寂しいんですからねっ」
シザーの言葉にルビナスはは~っと腕組みをしたまま息を吐いた。

「私が嫌ならコーレアにでも良いから。
責任のある立場の人間はね、つぶれない事が一番の仕事なのよ?」
ルビナスの言葉にシザーは少し微笑んだ。
口は悪いが意外に周り思いの優しい女性らしい。

「はい。じゃあもしつぶれそうになったら僕はお姉様の胸で泣かせてもらいに行く事にしますよ」





「さてと。まだまだ時間かかりそうですし、たぶん滅入ってお戻りになるお館様のために腕でもふるいますかっ。
ホップさんも手伝って下さいなっ」
研究室から出ると、なずながサバサバした口調で言った。

「...なんで俺?」
うつむき加減にうなだれていたホップが力なく顔をあげると、なずなはにっこり
「お料理はね、力仕事なので♪
和食覚えたいっておっしゃってたので丁度良いかな~って」

「うん。確かに。でも今は...気分じゃねえさ」

ユリはおそらく外組で...自分は付いて行く事もできない。
しかもその原因を作ったのは今日の自分の行動で...。

ひのきでもフェイロンでも必要なら手にかけると誓ったはずなのに、昔の同僚一人手にかけられなかったどころか他の戦闘を邪魔した自分があまりに情けなかった。

「ホップさん!気分じゃなくてもやるべき時はやらないとなのですよっ」
またうつむくホップを見上げて、なずなは両手の拳を握りしめてきっぱりと言った。

「精神的にきつい戦いから帰ってきた相手を最高のおもてなしで迎えるっ。
これが大和撫子の心意気ですっ」

「いや、俺大和撫子じゃねえし」
なずなの勢いに思わずホップは小さく吹き出す。

「なくても今はなって下さい♪」
にっこりきっぱり言うなずなに、ホップは
「降参っ!はいはい、何を手伝いましょ?」
と降参を示す様に両手をあげた。

「ん~、まず食堂行って食材をわけて頂いてきて下さい。
要るのはジャガイモ、玉葱、大根、人参.....」
と、食材を列挙するなずな。

「そ、それ全部?」
あまりの数に額に汗を浮かべるホップ。

「だから力仕事って言いましたでしょ?」
「はいはい、わかりました、お姫様」
二人のやりとりをそれまで黙って見守っていたユリがクスクス笑った。

「んで、できた物は私も当然食わしてもらえるんだろうな?」

ユリの言葉になずなはやっぱり
「ん~、ホップさんの働き次第?」
とにっこりする。

「ポチ、死んでも役にたってこいよっ!」
それを聞いてユリがかなり本気で檄をとばす。

「あいあいさ~!」
ホップは敬礼して食堂へ駆け出して行った。

「ユリちゃんも部屋くる?」
ホップを見送ってなずなはクルっとユリを振り返る。

「当然。貰って帰るもんピックアップしたいし」
ユリは思い切り力をこめてうなづいた。



「...って...来る?ってひのきの部屋かよ?」
居住区で当たり前に鍵をあけて入るなずなに、ユリはあせって言う。

「うん♪だって炊事道具もみんなこっちに持って来ちゃったし。
自分の部屋に持って帰るの面倒くさいもん♪」

どうぞ~と、自分の部屋のごとく中へうながすなずなの後に続いておそるおそる中に入るユリ。

「一応ポチにも連絡しといてやらないと。たぶんなずなの部屋行くぞ、ほっとくと」
と、ひのきの部屋集合な事を携帯で知らせた。


「適当にその辺りで寛いでてね~♪」

ユリがソファに落ち着くと、なずなはお茶をだし、ラックの中から適当に雑誌を数冊取ってテーブルに置いて、いったん寝室で普段着に着替えてキッチンへ戻る。

やがてホップが来ると、
「ホップさんはそこのエプロンつけてこっちね~♪」
と用意していたエプロンを指差してキッチンへとうながした。

「まずお米の研ぎ方からかな」
と、基礎から始める。

「ホップさんて...やっぱり器用ですね~」
野菜の皮むきに入ったあたりでなずなは目を丸くした。

「うん♪器用貧乏なんさ」
ハハっと笑いながらホップはクルクルとテンポ良く皮をむいていく。

「愛情もあるし、あとは味覚が確かなら料理は完璧ですねっ」
なずなも並んで包丁を握りながら笑った。

「洋食なら自信あるんで味覚は大丈夫だと思うんだけど...」
「じゃ、あとは鉄線家の味を覚えて下さいな」
なずなの言葉にホップはぷっと吹き出す。

「姫、お姑さんみたいさっ。お義母さんて呼んでいい?」
ホップの言葉になずなはコホンと咳払いした。

「じゃ、お嫁さんはしっかり躾けましょうか?」
「こえ~」
ホップはおおげさに身をすくめて笑う。

「でもね、本当に。
ユリちゃんとうまくやってくには大和撫子にならないとですよ、ホップさん♪」
なずなは切った野菜を水にさらしながら言った。

「どういう事?」
「えとね...ユリちゃんは微妙にね、古き良き時代の日本の男みたいなところがあるから」
「それは...わかりやすく言ったらタカみたいなん?」
「そそ」
ホップのたとえになずなはクスクス笑いをもらした。

「似てるっていうか...ユリちゃんのほうが影響うけて模倣しちゃった感じなのかな?
一言で言うとやせ我慢が美学って思ってるところがあって。
つらくてもつらいって言わないんです。
だから素知らぬ振りで休める空間を提供させて頂くという方向で。
間違っても”つらいんでしょ?"とか言っちゃ駄目ですよ?
ムキになってさらに無理繰り返しますから」

「姫って...実はすごいさ」
「ん~、付き合い長いですし、大和撫子ですからっ♪」
その繰り返されるフレーズにホップは笑った。

「大和撫子っすか」
「ですよ~。
家庭を守りながらご主人様を上手にたてて頑張って仕事して頂く、これがポイントです。
それには美味しい料理は不可欠ですから頑張って下さいね♪」
「了解です、お義母様っ」
ホップが敬礼し、二人で顔を見合わせてまた笑った。

しかしやがてなずなはふと笑うのをやめて自分の左手を前方にかざして言う。

「私は体力も腕力もありませんし、ジャスティスとしても治癒系で戦闘を手伝う事は一切できませんから。
同じ位置に立とうとする事自体が無理ですし、それを望んでもいないでしょうしね。
せめて安らげる場所くらいは提供しないと。
それは美味しい料理だったり楽しい会話だったり相手の話を聞く事だったり、ケースバイケースですけどね」

「それは...タマに対して?タカに対して?」
ホップの問いになずなは少し首を傾けてホップに笑いかけた。

「ユリちゃんに対してそれをするのはホップさんでしょう?」
「でした」
ホップは肩をすくめて笑う。

「姫はさ、タカも無理してると思う?」
「そりゃあもう、思いっきりっ。」
なずなは笑ってうなづいた。

「姫にはタカもそういう話するん?」
「いえ、しませんよ♪」
なずなは小さく首を横に振った。

「逆に私の方からされるのも嫌でしょうから私も触れませんし。
頼られるとつらいけど頼ってこられると頼らせちゃう人なんですよね、困った事に。
だから...頼らないとか無理させないという選択よりは無理しても大丈夫なように少し元気を注入できると良いなと、色々模索中なんです♪」

「それは...大和撫子だからっ?」
クスクスと言うホップになずなはうんうんとうなづく。

「もちろんこれは究極の大和撫子を目指す私達二人だけの秘密ですよ♪」
なずなは人差し指を口にあてて言った。

「了解っ。俺もタマのために究極目指して、安らぎ空間作って待つ事にするさ」
と、ホップもうなづく。

「あ、でも、ユリちゃんはたぶん内組になりますよ。当座は」
「そうなん?」
「ええ。たぶんタカがそうさせてると思います。
つらいって言わなくても本当はすごくつらいって思っているのわかってるから。
まあ本人にはそう言いませんけどね」

「それは...タカ自身もそうだから?」
「ええ」
「タカは...大丈夫なん?」
「大丈夫...にさせます」
なずなは苦笑してうなづいた。

「そのために今日は故郷の味をと」
「なるほど」
話しながらも手際良く料理ができあがっていく。
ホップは手伝いながらも時折メモをとった。

ほぼ料理ができあがると、なずなはユリをキッチンに呼ぶ。

「盛りつける前に欲しいもの持って行って」
と、鍋やフライパンや大皿に入った料理を指してタッパを渡した。

「久々の家の味だ~♪」
ユリは嬉しそうにそれに料理をつめて行く。

「やっぱ嬉しい?」
それを見て言うホップにユリは思い切りうなづいた。

「当たり前だろ~。
食堂でも和食は食えるけどどうしても種類限られるし味付けがな、違うんだよ。
疲れてる時とか滅入ってる時とかさ、これが無性に食べたくなるんだ」

「ホップさん一通り覚えてると思うから、これからは作ってもらってね。」
なずなが少し微笑んでホップに目配せをする。
ホップもそれに目配せを返した。



「さて、休みが3日もあるのか、大サービスだな。」
研究室から廊下に出るとコーレアが伸びをしながら口をひらく。

「シラン、トリトマ、タカ、これからどうする?」
「ワシは...休ませてもらう事にするかのぉ。
1ヶ月も車生活は年寄りにはつらいわい」
シランは腰をトントンと叩きながら言った。

「俺は...」
口を開きかけて赤くなってうつむくトリトマに、なんとなく予測のついたコーレアとひのきが顔を見合わせて小さく微笑んだ。

「タカは?これからホップの所か?俺もつきあうか?」
「いや」
コーレアの言葉にひのきは首を横に振った。

「とりあえず今は気力がないから。まずは部屋帰ってなずなの膝で泣いてくる」
と冗談めかしてため息をつくと、コーレアは
「それはうらやましいなっ」
とハハハっと笑った。

確かにホップに対するフォローは必要だとは思う。

しかし結局殺さずにすんだホップのメンタル面のフォローを殺さなければならなかった自分が何故しなければならないのだろう...と釈然としない気持ちがわいてくる。

自分がフォローをいれて欲しいくらいなのに...どういう理由であれ自分は仲間を手にかけたのだ。

フリーダムの本部で時折開かれるオールナイトの宴会で酒を酌み交わした仲だった。
みんな信頼で結ばれていると信じていた。あの瞬間までは。

何かがこみあげてくるがそれを無理矢理飲み込んでひのきは黙々と歩き続けた。

居住区につくとコーレアとシランは部屋に帰り、トリトマもファーの部屋の前で分かれる。
自分の部屋を前にひのきがポケットの鍵を探ると、ガチャっとドアが開いた。


「おかえりなさい♪」
ドアの中から小柄な人影が笑顔で出迎える。

「今鍵を出そうと思ったとこだったのにすごいタイミングだな」
泣きたい気分でそれでも笑うと、
「なんとなくね、帰ってきた気がしたの。愛よね♪」
と、首に手が回って引き寄せられ、チュっとリップ音をたてて頬にキスが振って来た。

「お帰りなさい、お疲れさま♪」
一番聞きたかった優しい声が耳をくすぐる。

バタン、と後ろ手にドアを閉めて鍵をかけると、ひのきはなずなの小さな体を抱きしめた。
いつもの甘い桃の香りにほっとすると同時に、さっき無理矢理飲み込んだはずのものがまたこみ上げて来た。

何年ぶりかで涙が頬を伝う。


「タカ...ベッド行こうか...」
ひのきの濡れた顔を隠す様に抱え込むと、なずなが耳元でささやいた。

「今...たぶん加減できない」
嗚咽をこらえるひのきの髪を
「いいよ。...タカの好きにして」
と小さな優しい手がなでる。

「いいのか...?」
「...うん」
優しい声に誘われる様にその華奢な体をだきあげると、そのままひのきは寝室へ向かった。

高ぶった感情のままいつになく激しくなずなを抱いた後、一息ついて情事の後始末をすると、ひのきはまたベッドに潜り込み、安らかな寝息をたてている彼女の寝顔にみとれる。

華奢で頼りなげで...なのに全てを受け入れてくれる不思議な存在。


「起きたのか?」
やがて蕾が花開くようにゆっくり開かれる目。

「うん…」
自分の負の感情を全部吸い取って、それでも一片の汚れもない優しい笑み。

「乱暴にして...ごめんな」
いくぶん気分が落ち着いて謝るとなずなはゆっくりひのきの頭を引き寄せた。

「大丈夫。...タカは悪くないからね...」
優しく言ってひのきの髪をなでる。

全てを知っているかのような、いたわるようななずなの手。
言いたくない、でも知って欲しい気持ちを言わなくてもわかってくれる事にホッとする。

「タカ...大丈夫?お腹すいてない?」
やっぱり優しく髪をなでながら聞いてくるなずなの柔らかい胸に顔をうずめたまま
「ん、少し。でもこのまま二人きりでいたいからいい」
と、ひのきは目をつぶった。

空腹も他の全ての欲求もどうでもいいくらいなずなに触れていたい。
このままずっと二人きりでいたい。
他の誰も要らない。

「ご飯...食べるなら作ってあるんだけど...」
ツと髪をなでる手が止まった。

「部屋に?」
「うん。食べてから寝る?」
「ああ、そうする」
急に空腹な気がしてきてひのきは体を起こした。

「じゃ、用意するねっ」
なずなも体を起こしてシーツで体を隠しながら服を拾う。

「別に...全部見てるんだから今更隠さなくても」
ひのきが小さく笑うとなずなは赤い顔で恥ずかしそうにうつむいた。

「してる時以外は恥ずかしいもん」

そういう態度取られるとまたムラムラくるんだが...と内心思いながら、とりあえず先に食事をとひのきはちゃっちゃとクローゼットから普段着を出して着る。
なずなはその間に一足先に寝室から出て行った。


ひのきが着替えて寝室から出て居間に足を踏み入れると、テーブルの上には懐かしい料理がずら~っと湯気を立てて並んでいる。

「これ...」
驚くひのきになずなはにっこりと
「鉄線家の食卓...のレパートリーなんだけど、檜家も似た感じ?」

「ああ、たぶん変わらない。懐かしすぎて涙でそうだ」
と言ってソファにすわった。

白いご飯におから、肉じゃが、きんぴら、白和え、ひじきに豚汁。どれも昔懐かしい慣れ親しんだ味だ。

「...ホッとするな」
思わずつぶやくひのきになずなは微笑んだ。

「味付けとか鉄線家と一緒なら、まだまだレパートリーあるから、また作るね」
「...すげえ嬉しい」
思わぬサプライズに感激していると、なずなの口からはまだまだサプライズが出てくる。

「ホップさんね、心配しなくても大丈夫よ?今日一緒にご飯作ってお話したから。
もしユリちゃんが外組になったとしても、ちゃんとユリちゃんが好きな物作りながらユリちゃんの帰り待てるって」

これから入れようとしていたフォローまで入っていて驚くひのき。

「たぶん...タカの事だからユリちゃん内組になるようにしてるだろうし、余計なお世話かなとは思ったんだけどね」
とちょっと舌をだすなずなにひのきは感心して言う。

「全てお見通しか」
「愛よ?愛♪」
ふふっと可愛らしくなずなは笑った。

「本当に...すごいな。さんきゅ」
と、なずなを抱き寄せると、なずなはひのきを見上げてにっこり笑う。

「放したくなくなった?」
「元々だが...でもこれで余計に絶対に放せなくなった」
と、ひのきはなずなを抱きしめる腕に力をこめた。




「夜遅くにごめんな」
トリトマはファーの居間に通されると、開口一番謝った。

「ううん、あんな話聞いたらどっちにしても寝れそうにないしね」
ファーは苦笑して肩をすくめる。

「トリトマも?」
トポトポとポットから紅茶を注ぎながら聞いてくるファーに、トリトマは少し考え込んだ。

「ん~、ちょっと違うかな、たぶん。
ごめんな、俺この数日色々ありすぎて言いたい事いっぱいでうまく言えないんだけど...。
ここに来たのはファーに会いたかったからなんだ」

まあ会いたいから訪ねるというのは当たり前の事なんだが、このタイミングにこの時間なのは?と思いつつ、ファーはトリトマの次の言葉を待った。

「どうしてかっていうと...ひのきの話聞いてて...女ってすごいんだなって思って...で、確かめたくなった」
「ひのきの?どんな話?」
ファーがうながすと、トリトマはまた考え込んだ。

「俺は今までコーレアが世界で一番強い男だって思ってたんだ。
でも今日の戦闘でみんなが崩れた時に立て直したのがひのきで...。
俺さ、ホップに今日のイヴィルが元フリーダムだって聞いて動揺して次の行動移れなくなってさ、別にそいつと知り合いだったわけでもないのにな。
なのにそいつと知り合いのひのきはちゃんと倒せるんだ。
えと...だから...コーレアと同じくらいすごい奴なんだと思ったんだ」

「うん。ひのきはすごいよ」
ファーがあいづちを打ってくる事に少し安心してトリトマは続けた。

「そのすごいひのきがさ、唯一頼れる人間がなずななんだって。
世界最強だって言ってた。
それがさ腕力とかじゃないことはいくら俺だってわかるしさ、ひのきにとってなんだって言うのもわかるんだ。
それ聞いてさ...俺にとって最強の女はファーなんじゃないかって思った。
俺さ、物心ついた頃から目の事ですごい嫌な思いしてきて、コーレアとかにいくら言われても眼帯外せなかったんだ。
でもファーに俺の目が綺麗だって、隠すのやめようって言われて、眼帯外すのが怖く無くなったんだ」

「うん。それで?」
少しそこで言葉につまるトリトマをファーは静かな声でうながした。

「俺さ...普通に戦うの嫌いじゃないし怖くない。
でもさ、今日あらためてイヴィルも元人間で下手すると自分が知ってる人間だってそうなる事あるんだって知らされて少し怖くなった。
それどころか俺だって絶対にならないとは限らないわけだしさ…
3日後にロンドンのレッドムーンの基地に遠征すんだって言われて、今少し怖い。
でもファーに平気だって言ってもらったら怖くなくなんのかなって...
ごめんな、変だよな」
トリトマは苦笑いをして頭をかいた。
おかしな話をしていると自分でも思う。

しかしファーは馬鹿にするでもなく迷惑な顔をするでもなく、トリトマの言葉を反復しているかのように真面目な顔で考え込んでいた。

「それってさ」
しばらくしてファーは至極真剣な顔でトリトマの顔を覗き込んだ。

「うん?」
「トリトマにとって私が特別って事?」
「うん」
「ジャスミンでもなくてひのきでもなくてコーレアさんでもなくて私が特別?」
「うん!」
思い切りうなづくトリトマにファーはまた考え込んだ。

「特別ってさ...なんなんだろうね?」
唐突にぶつけられたファーの疑問にトリトマも考え込んだ。

「一番...好きって事?」
「でもさ、好きって事なら一番以外にも二番も三番もいるわけじゃない?
特別ってたった一つじゃないの?」
ファーの答えにトリトマは言葉に詰まった。

「そういえばそうだな...。じゃあ...なんなんだろう?」
と、腕組みをして考え込む。

「俺が知ってる限りではさ、ひのきにとってはなずなが特別なんだ」
「私もそう思うよ」
「だから特別ってそういう事だと思う」
「だから...そういう事ってどういう事?」
「どういう事...だろう?」
困った顔をするトリトマにファーは思わず吹き出した。

「ファー?」
不思議そうにファーに目をやるトリトマにファーはまだ笑いを含んだ声でこたえた。

「私さ、こんなに一生懸命物考えたの初めてかも知れないっ。面白いねっ」
ファーの言葉にトリトマも笑った。

「うん!面白い」
さっきまでは面白いとか考えても見なかったがファーがそう口にした瞬間、面白い気がしてきた。

「他の人とやっても普通な事がね、トリトマとやるとすごく面白い気がするっ」
ファーが大発見をしたように手を叩く。

「そうだよっ!これが特別なんだよっ!」
「これ?」
「うん!」
ファーがブンブン首を縦に振った。

「特別な人と何かやるのはね、楽しいし嬉しいし面白いのっ。
他の人とやっても楽しくない事が、その人とやったら楽しいって思える相手がね、特別なんだよっ、きっと!」

「ファー...すっげえ頭いいな!」
トリトマは心底感心したようにうなづく。
言われてファーはとても嬉しそうに笑った。

「私頭良いって言われたの初めてだよっ。
でもね、トリトマが言ってくれるんなら信じるっ」
そういってトリトマに飛びついて首の後ろに手を回した。

「私ね、誰かのついでじゃなくて特別って言われたのも初めてだよっ。
すっごく嬉しい。
トリトマは?」
まっすぐに見つめてくるファーに少し赤くなるトリトマ。

「俺も...!!!」
戸惑いながらも答えると、ファーはトリトマをギュウっと抱きしめた。

「出発まで3日間。二人でいっぱい色々な事をしよう」
「うん!とりあえず...特別な相手だと何すればいい?」
「えとね...とりあえず...キス?」
ファーは言ってトリトマの唇に唇を押し当てた。双方だんだん顔が赤くなっていく。

先に唇を放したのはファーの方だ。

「もうだめっ!」
ゼーゼーと大きく呼吸を繰り返す。

「俺もっ!」
と、トリトマも肩で息をする。

「キスってさ、苦しいんだね。肺活量の問題?」

ゼーゼー言うファーに

「いや、何かコツがあるんじゃね?肺活量とか言ったら個人差あるじゃん。
ひのきとなずななんて倍くらい違いそうだし」
と答えるトリトマ。

「「う~~ん...」」
二人して腕組みをして考え込む。

「特別って...難しいね」
「うん。だから特別なんじゃね?」
「3日間あるからさ、なんとか頑張ろうねっ」
「ああ。ガッツだなっ!」
「うん!」

できたてほやほやの世間知らず脳筋カップルは、こぶしを握りしめてお互い顔を見合わせてうなづいた。





「いよいよだね。初遠征だね」

3日後遠征出発日、本部ブレイン制作の遠征車の前に全ジャスティス及び部長2名、そして副部長となった
元北欧支部部長2名、随行する医療班、フリーダムが勢揃いする。

「手紙書くなっ」
トリトマは涙目のファーに言う。

「うん、嬉しいけど...メールじゃなくて手紙?」
不思議そうに言うファーに、トリトマはうなづいた。

「メールだと他の奴が打ってもわかんないじゃん。
手紙だと俺の字だから絶対に俺だって分かるだろ」

「そか、そだよね♪さすがトリトマ賢いよねっ」
ファーが感心したように笑う。

「ま、メールも手紙もするけどさっ」
トリトマが少し照れたようにボソボソっとつぶやくと、
「私もっ。行き先はっきりしないから手紙は無理だけどメールと電話はするからっ」
と、ファーがチュっとその頬に口づけた。

「あっちは初々しいねえ」
ユリが二人のやりとりを見てクスクス笑いをもらす。

「何を年寄りくせえことを...」
そのユリにひのきが眉をしかめると、ユリは
「お前んとこもすげえよなっ」
と、いきなりひのきのポケットを探って仕事用の携帯を取り上げた。

「何すんだっ!鉄線!返せっっ!」
ひのきが取り返そうとするのを
「ポチ、パスっ!」
とそれをホップに投げると、自分の携帯からピピっと電話をかける。

「ほれっ!」
と自分の携帯をひのきに渡した。
ひのきは不思議そうにそれを耳に当てる。

「あ、ひのき君、もしかして知らなかったんだ?」
その様子にシザーが苦笑した。

どうやら自分の携帯にかけられたらしいが、ホップが手にしている電話からは着信音がしない。
そして手にしたユリの携帯からは聞き慣れた声で留守電のメッセージが流れてくる。

”はい、こちらひのきの携帯です♪
休暇中でも絶対に絶対に伝えないといけない用件のある方だけぴ~っと言う発進音の後にメッセージをお願いします♪”

おそらく...その場にいる大抵の人間が一度はかけているらしく、その様子を見てひのきの様子を伺っている。

「なずな...いつのまに...」

ひのきがは~っと息をついて言うと、

「えとね...留守電入ってなかったっていうことは、大切な用件でかけてくる方もいなかったわけだし」
「...」
「...ごめんね。3日後には1ヶ月会えなくなるし、放っておくと絶対に雑用で3日間終わっちゃうかなと」
両手を胸の前で合わせて見上げるなずなに、ひのきは少し笑ってその耳元に何かささやいた。

「何言ったん?」
ホップから携帯を受け取ってそれを返しつつユリが聞くが、ひのきは
「秘密」
と肩をすくめた。

「まあ...若いわね」
ニヤリと笑ってルビナスが車に私物の入った荷物を放り込む。

「え?ルビナスも来るのか?!」
コーレアが驚いて言うと、ルビナスはにっこりとうなづいた。

「ええ、敵基地内の施設とかね、なるべく現存されている状態の物を研究したいから。
部長のシザンサス君が行くわけにも行かないしね」

ルビナスの言葉にファーがトリトマの腕をぎゅっとつかんで上目遣いにルビナスを見上げた。

「あら?もしかして私警戒されてる?」
少し困った顔で笑うルビナスにファーはすっとトリトマの影に隠れる。

「どうしよう?嫌われちゃったわっ」
ルビナスはコーレアに向かって吹き出した。

「日頃の行い...だな」
コーレアは苦笑する。

「ひっど~い。もしかしてお姫様にも嫌われてるかしら?」
コーレアに軽く文句を言った後、ルビナスの矛先は今度はなずなに向かう。

「なずなに絡むなっ!」
ひのきがあわてて間に入ろうとするが、ルビナスはクスクスと

「ま、ひのき君は彼女怖くて浮気はできないって言ってたから」
となずなの肩に手をおいた。

その言葉になずなはひのきを見上げる。

「ルビナスは鉄線と同じで他人の反応見て楽しんでるだけだから気にするな」
ひのきが言うと、なずなはにっこり笑う。

「浮気...しても良いからね?」
「わおっ!」
ルビナスが大げさに驚いてみせる。

「必要だと思った時はね、どうぞ?でも最終的にはちゃんと戻ってきてね?」
そう言ってひのきの襟元を整えると、クルっとルビナスを振り向いて
「タカの事よろしくお願いします♪」
とにこやかにお辞儀をした。

「...負けたわっ。さすがひのき君をして世界最強と言わしめる彼女ね」
ルビナスは肩をすくめて苦笑する。

「まあ...正妻の余裕?」
ユリがクスクス笑うと、ホップがチッチッチっと人差し指を振った。

「違うさっ。大和撫子だからなのさっ」
「なんだよ、それ?」

ユリがきょとんとするのに、なずながシ~っと言う様に唇に人差し指をあててホップを振り返って笑った。
ホップもうんうんとそれに唇に人差し指をあてて笑う。

「本当にどうしてもつらかったらね、浮気くらいしても良いから、ちゃんと無事で戻って来てね。
まあタカの事だから大丈夫だとは思うけどね」
それからまたひのきをふりかえるなずなに、ひのきは苦笑した。

「誰もなずなの代わりにはならねえから。なずなの方も無理するなよ。
体強くねえんだし」

「だそうだ。まあ、俺も誰もあの子の代わりにはならんと思うがな」
コーレアがルビナスの肩に手をおいて笑った。

「私は...浮気したら怒るからねっ?」
そんなやりとりの横でジャスミンがアニーに言う。

「浮気も絶対にしないで、さらに絶対に無事で戻って来てねっ」
と、アニーの頬に口づけるジャスミンに

「はいはい。頑張ってきます」
と、アニーは苦笑した。

やがて
「じゃ、そろそろ出発いいかな?」
というシザーの声に

「トリトマも...気をつけてね」
と、ファーの目にまた涙がうかんだ。

「ファーもな。がんばれ」
言ってトリトマはすでにみんな乗り込んだ車に最後に飛び乗る。

ジャスティス用に1台、随行員用に1台の車が基地から出て行くのを見送ると、それぞれが無言で駐車場から戻り始める。



「みんなそれぞれ不安だろうなぁ...」
ホップがボソっと隣を歩くユリにつぶやいた。

「まあな。それぞれに彼氏が戦地だしな」
ユリがやはり小声で答える。

もしユリがあの車の中にいたら...と想像してみてホップは正直ぞっとした。
なずなに言われて一度は待つ覚悟はしてみたものの、不安でいてもたってもいられなくなるだろう。

「俺ちょっと姫んとこ行ってくるわ」
ユリに言ってホップは先を歩くなずなにかけよった。

「姫、また和食教えて♪」
気晴らしになればと声をかけると、なずなはちょっと困ったように笑って

「ごめんなさいね。また後日」
と首を横に振った。

「気分じゃない?」
さらに聞くホップにまた首を横に振って
「ファーにちょっとね、何か持っていってあげようかと思って」
と、ジャスミンに抱えられるように歩きながらしゃくりをあげるファーにチラっと目をやる。

「なるほど...俺何か手伝う事ある?」
ホップの言葉になずなは少し考え込んで言った。

「スターチスさんに少しシザーさんにお休みをってお願いしてもらえると...。
あとはユリちゃんにフェイロンさんを鍛錬にでもって誘い出してもらえると嬉しいんですけど。
シザーさんは体力的にフェイロンさんは精神的に疲れていらっしゃるみたいなので」

「了解っ。まかせてっ」
ホップは請け負って敬礼した。

「でもさ、姫も無理すんなよ?なんかあったらさ、俺でもタマでも良いから言って?」

「はい。ありがとうございます。でも私は大丈夫ですよ」
ホップの言葉になずなはにこやかに返す。

そこに
「お話中にちょっとごめんね」
とシザーが駆け寄って来た。

「姫ちゃんにちょっとお願いが...」

「あ、はい。ファーですよね?
昨日のうちにちょっとクッキー焼いておいたので後で様子見に行きますのでご心配なく」
笑みを浮かべて微笑むなずなに、シザーはほ~っとため息をついた。

「さすが姫ちゃん。本当に助かるよ。
こういう事になるとさ、男兄弟は本当に役に立たなくて」

「いえいえ。
遠征組も移動中でしばらくは大きな変化もないでしょうし、シザーさんも少し休んで下さいね。
スターチスさんはホップさんが説得して下さるそうなので」

「ああ、僕の心配までありがとう。
まあ今は僕よりもねフェイロン君がちょっと大丈夫かなって心配なんだけど。
今回こういう形になっちゃったのは彼の部下だしね。
彼は親分肌っていうか...部下とかすごく可愛がる人だから」
と、シザーは端正な顔を曇らせた。

「シザー、いつのまにかフェイロンと仲良くなってたんだな。
ついこの前までは犬猿の仲だったのに」

その様子にホップがちょっと驚いたように言うと、シザーは少し表情を柔らかくして言った。

「僕が一方的に誤解してただけで、彼はすごく良い人だよ。
最近は色々助けてもらってたんだ」

「シザーさんも良い方ですよ。お二人が仲良くなって下さってよかったです♪
フェイロンさんの方はユリちゃんが気晴らしに誘ってくれるそうなのできっと大丈夫ですよ」
なずなが言うと、シザーは少しほっとしたように微笑んだ。

「そうなのか。なんだかジャスティスの皆にばかり気を使ってもらって申し訳ないね」
「いえ、みんなブレインの方々やフリーダムの方々が一生懸命支援して下さってるのはよくわかってますから。
でも本当に無理はなさらないで下さいね」

「ありがとう。姫ちゃんもホップ君も無理しないようにね」
とシザーはまた駆け出して行った。

「んじゃ、俺も一足先にブレイン本部行くさっ」
それを見送ってホップも駆け出して行く。
それをさらに見送ってなずなは小さくため息をついた。



部屋に戻ってクッキーを持ってファーの所に行かなければ...。

居住区に戻ると主不在のひのきの部屋に入り、キッチンにおいてある包みを手にした。
その中には昨日焼いておいたクッキーとカモミールティーのティーバッグが入っている。

それをいったん居間のテーブルに置いて、寝室のクローゼットの中からもう一つ用意していた袋を手にした。
その二つの包みを持って部屋を出ると、なずなはファーの部屋のドアのチャイムを押した。


「...誰?」
「私、なずなです。少し良いかしら?」
なずなが答えるとガチャっとドアが相手涙目のファーが出てくる。

「おはよう。入っていい?」
なずながにっこり言うと、ファーはこくこくうなづいた。

「これね、お土産。一緒に食べましょ」
とクッキーとテーバッグの包みを渡すと、
「ありがと...」
とファーは受け取ってなずなを居間に通すと、カップの用意をする。

「どうぞ」
と差し出されたティーカップをお礼を言って受け取ると、なずなは少しあたりを見回した。

「そういえば...ファーのお部屋にお邪魔するの初めてよね」
「うん。姫いっつもひのきかジャスミンと一緒だったしね」
ファーもお茶を飲みながら答える。

「でもね、一度ゆっくりお話してみたいと思ってたんだ」

「あら、私もよ。
ジャスミンとはね、結構カフェテリアとかで一緒になったりしたんだけど
ファーはいつも鍛錬室だったからなかなか機会がなくて」
ふんわりと笑顔を浮かべるなずなに、ファーも少し笑みを浮かべた。

「うん、そだね。でもね、私トリトマとよく姫とひのきの話してたんだ~。
特にね、この3日間は二人してね、特別について考えてたから」

「特別?」
ファーの言葉になずなは少し首を傾けた。

「うん。あのね、トリトマがね、私の事特別って言ってくれてね、私もトリトマは特別って思ったんだけど二人とも特別ってどういう事だかはっきりわかんなくてね、でね、トリトマはひのきにとっての特別が姫だから、それ考えれば特別って言うのがはっきりわかるんじゃないかって」
ファーの言葉になずなは考え込んだ。

「でね、特別の相手って何するのかなって色々考えて試してみたりとかしてたの、3日間。姫はさ、特別ってどういう事だと思う?」
真剣に聞いてくるファーになずなはあっさり答えた。

「考えた事なかったかも。でもわかる必要もないんじゃないかしら?」

「どうして??」
思いもしなかったなずなの答えに目を丸くするファー。

「だってね、その人にとっての特別の定義って人によって違うんだと思うのよ?」
なずなはにっこり言う。

「姫にとっては?」
聞いてくるファーになずなは人差し指をあごにあてて少し考えこんだ。

「そうねぇ...色々な意味で無条件に信頼できる相手...かな?」
「信頼?でも特別じゃなくても信頼したりしない?」
ファーの問いになずなはにっこり言う。

「普通に信頼する人は他にいてもね、無条件に丸ごと全部信頼できる人って少なくとも私にはいないの」

「無条件に丸ごと全部...?」

「そう。例えばね、タカは私に対して絶対に悪いと思う事はしないし、嘘もつかない。
結果的にそれが悪い結果になったり言った事と違ったりしてもね、少なくともタカが悪意を持ってとか、嘘をつこうと思ってっていう事じゃないのね。適当な事も言わないししない。
任務でも無事に帰ってくるって言ったら帰ってくるでしょうし、別にしてもいいんだけど、本人が浮気しないって言ったからしないんだと思うわ。
相手の言う事、人間性、全部まるごと信じられるの。そういう事」

「それは...絶対に一人なの?他にそういう人でてくる事ない?」
納得がいかないようなファーになずなはクスっといたづらっぽく笑った。

「完全に完璧に信じるっていうのはね、信じる側にとっても力仕事なのよ?
私は一人が限界」

「力仕事?」
ファーが首をかしげる。

「そう。彼が私が信頼する彼でいられるように私の側も多少は努力しないとね。
.彼が大丈夫って言う時は彼はそれを大丈夫にするために最大限努力してるんだけどね、本人だけじゃどうしようもない時もあって、そういう時はね、彼が大丈夫にできるために私も全力でサポートするの。
例えば今回で言えば、彼が一番良い状態で任務に向かえる様にね、食事に気をつけたり、睡眠きちんと取ってもらったり、鍛錬を十分にできる時間作ったりね。
持って行く物を吟味もするし。
自分ができると思う最高のサポートって何人にもできる事じゃないでしょう?」

「さっきの携帯電話も...そのため?」
ファーの質問になずなはにっこり笑って人差し指を唇にあてた。

「他の人には秘密よ?」
「うん!わかったっ、秘密だね」
ファーは真面目な顔でうなづく。

「姫は...偉いなぁ」
ファーはため息をついた。

「私も何か考えれば良かった...」

「えとね、それは私にとっての特別と特別な相手への接し方だから、別にファーはファーのやり方でやれば良いと思うわ」

「ううん。私もそういうのやってあげれば良かった。」
ファーがうなだれると、なずなは笑顔でファーの顔を覗き込んだ。

「じゃ、今からできるとっておきをやってみる?」
なずなの言葉にファーの顔がぱ~っと明るくなった。

「うん!なに?教えてっ!」
なずなはコホンと咳払いをするとファーにいう。

「まずね、沈み込んで相手に心配かけない事。
これは基本ね♪任務以外にきがかりを作っちゃだめよ?」

「うん、あとは?」

「電話でもメールでも泣かない沈んだところ見せない。
ちゃんと帰ってきてくれるのを信じてるからって言ってあげてね?」

「うんうん」
ファーはコクコクうなづく。

「それで物理的にできる事はおしまいっ。
あとはね、とっておきのおまじない教えちゃおうかな♪」

「とっておき?!!」
ファーが身を乗り出すと、なずなは大きな茶封筒の中身をテーブルに広げた。

「綺麗な紙~。これで何かするの?」
色とりどりの和紙にファーが目を輝かせる。

「そう、こうやってね、これで鶴を折るの」
と、なずなは一枚手に取って折り鶴を折った。

「わあ...かっわいい!」
なずなの手の中の小さな鶴を見てファーは歓声をあげる。

「日本ではこの鶴をね1000羽折ると願いが叶うって言われてるのよ」
にっこり言うなずなに、

「1000羽も...戻ってくるまでに折れるかな...」
と、ファーは少し焦る。

「あら、一人で折らないでも時間がある時に少しずつねジャスミンとかも誘ってみんなで折りましょ?お菓子持ち寄って。
でね、帰ってきた遠征組に見せてあげるの♪
トリトマも帰ってきてファーが一生懸命こうやって無事祈っててくれたって知ったら喜ぶわよ?」

「うん!そうだねっ!」
ファーは嬉しそうに笑った。

「じゃ、昼食後、談話室ででも折りましょうか」
なずなの提案にファーは諸手をあげて賛成する。

ファーと昼食後に談話室で待ち合わせる約束をして、なずなはいったんファーの部屋を後にした。
その足でジャスミンを訪ねて同じく待ち合わせをする。


そしてさらにその足でブレイン本部を覗く。



「あ、姫ちゃん部長です?」

即スターチスが声をかけてくるのに
「いえ、休んで頂けたかなぁと...」
と答えるなずなに、スターチスは小さく笑みをこぼした。

「ええ、さっきホップ君に言われて。今部屋で休んでるはずですよ」

「そうですか。スターチスさんも無理なさらないようにして下さいね」

なずなが言うと、

「ありがとう。姫ちゃんもね」
とスターチスは笑顔で答えた。

なずなはそれからいったんひのきの部屋に帰り、魔法瓶にカモミールティーをいれ、クッキーを入れた小袋を持って7区に向かう。


そして鍛錬室を一つ一つ覗いて、ユリとフェイロンが棒を交える一室を見つけると、ユリのタオルが置いてある片隅に"差し入れです、休憩時にでも食べてね"とメモと共に魔法瓶とコップと小袋を置いて鍛錬室を後にした。


「これで一通りかな...」
誰にともなくつぶやきながら部屋に戻る。

主のいない部屋のキッチンで午後用にクッキーとマドレーヌを焼き、片付けを終えると、昨日までの調理で余った食材で簡単に昼食を作った。

一人で昼食をとるのはどのくらいぶりだろう...。

遠征が決まってから色々忙しくてほとんど眠っていないせいで、寂しいと思うよりも静けさで眠気が増し、気を抜くと意識が飛ぶ。
それでも留守番組が少し落ち着くまではのんきに眠っているわけにもいかない。


「シザーさんもこんな感じだったのかしらね...」

自分が日々飛び回っている時は後方支援というとまったりしているイメージがあったが、事態が切迫している状況でのそれは意外にヘビーだ。
戦闘中と移動中というメリハリがあった分、転戦していた頃の方が楽だったかもしれない。

チンというオーブンの焼き上がりの音で、飛びかけていた意識が戻った。


「いけない...そろそろ支度しないと」

独り言が多くなってるな、と自分でも思う。
いちいち口に出す事でなんとか意識を保っているのだ。

ほとんど手を付けてない昼食を片付けると、手早く焼いた菓子を二つの袋につめて行く。
それと千代紙の入った封筒と魔法瓶に入ったコーヒーを大きな布バッグに入れると、なずなは大急ぎで部屋を後にした。

そしてまずなずなは足を3区のフリーダム本部へ向けた。
こちらはこちらで同僚がイヴィルになって色々複雑な状況な上、今ボス不在のはずだ。

「こんにちは♪」
ヒョコっと顔を出したなずなに部員一同歓声をあげる。

「姫だっ!!」
「どうしたんですか?!」
わ~っと部員が集まってくる。

若干その勢いに緊張しながらも、なずなはバッグの中から大量の焼き菓子の入った袋を一つ取り出した。

「今回は色々大変な事態でそれでも頑張って支援して下さってる皆さんに差し入れをと思いまして。
クッキーとマドレーヌなんですけど、甘いものお嫌いじゃなければ皆さん召し上がって下さい♪」

なずなが袋を手近な人間に渡すと、おお~~!!っと歓声があがる。

「ありがとうございますっ。ありがたく頂戴しますっ!
姫もご一緒にお茶いかがですかっ!」
少し沈みがちだった雰囲気がワッともりあがった。

「ごめんなさい、今日はこれからファーとジャスミンと約束があるので...
でもご迷惑じゃなければまた時間のある時に寄らせて頂きますね」

「迷惑なんてとんでもないっ!フリーダム一同いつでも歓迎いたしますっ!!」
なずなの言葉にまた部内がわきたつ。

「じゃあ、今日はこれで失礼します。皆さんこれからもよろしくお願いします」
ペコリとお辞儀をして出て行くなずなをフリーダム一同歓声で見送った。

なずなはそれからようやく足を6区の談話室に向ける。
入り口近くの目立つあたりの机に紙皿を置いて焼き菓子を入れ、紙コップと魔法瓶を置く。
それからその隣のテーブルに封筒から出した千代紙を並べた。


「こんなものかな」

丁度したくが終わった頃にファーとジャスミンが珍しく連れ立って来た。

「姫早いね~」
トテトテッとファーが走りよってくる。

「食堂でね、ポテチももらってきたのよ♪」
と、ジャスミンは袋を開けて持参した紙皿に持った。

「んじゃ、始めよっか」
二人は声を揃えてストンと椅子に座る。

「じゃ、折り方教えるわね」
なずなが一枚手に取って折り始めた。

3人で鶴を折っていると道行く人々が何事かと集まってくる。
あっという間に人垣ができて皆でわきあいあいと折り鶴を折り始めた。


「あ、ここだったのか」
ユリがフェイロンと共に人垣をかきわけてくる。

「もしかして千羽鶴か?懐かしいな」
ユリも荷物を放り出すと千代紙を手に取って折り始めた。

「なんだ?それは」
フェイロンが不思議そうに聞くのに

「ん、いや、日本のおまじないみたいなもん。
このな、みんなが折ってる鶴あるだろ、これを1000羽折ると願いが叶うっていわれてんだよ」

ユリの言葉に
「なるほど、それは良いな。俺も折ろう」
とフェイロンも千代紙を手に取ってユリに教わりつつ折り始めた。

フェイロン、なずな、ユリと東洋人3人組が揃って見逃すはずのない愛でる会の会員達がさらに加わる。

「ちょっと...通してくれる?」
一眠りして起きて食事を終えたらしいシザーがあまりの人だかりに何事かと人ごみをかきわけ中心にたどりついた。

「みんな、何してるの?」
と言うシザーに今度はファーが説明を始める。

「それすっごく素敵だねっ!素晴らしいな、僕にも折らせてっ」
シザーが目を輝かせて千代紙を手に取った。
こうして各本部長まで巻き込んで壮大な折り紙大会になる。

「これ...下手すると今日中に千羽いっちゃいそうな勢いね」
なずなが苦笑して折り鶴を折るのをやめて鶴の数を数えつつ糸に通し始めた。

結局その日の夕方まで入れ替わり立ち替わり訪れる人々が折って行った結果、一日目にして千羽鶴が完成する。
わ~っと歓声があがり、それはとりあえず目につく様にと食堂に飾られる事になった。


「せっかくですし、私達は愛でる会一同でまた1セット折りますわ」
と愛でる会会長が言いだすのを筆頭に、ファーやジャスミンも今度は自分達で折ると言いだし、

「まあ、空気がなごんで良いよね。ちょっと周りに勧めてみようかな」
と、シザーまで言い始めるにいたってブルースター基地内ではちょっとした折り鶴ブームがわきおこりそうな勢いだ。

とりあえずその日はそれでおしまいということでお菓子を食べつつ雑談を始める輪からなずなはソッと抜け出した。

ファーもジャスミンもシザーもフェイロンも、少し注意が必要かと思った辺りがどうやら落ち着いてきた事だし、少し寝ようとクラクラする頭で一路居住区を目指す。



ようやく5区に入ったところで

「なずなちゃん、」
と声をかけられ、振り向いたところで景色が揺れる。
遠くで誰かが呼ぶ声がするが、だんだん意識が遠のいた。


気がつくと白い天井が見える。
そしてかすかに薬品の匂い。

そろそろと身を起こそうとすると、横から伸びて来た手がそれを制した。

「もう少し寝とき」
「...レンさん」

「女の子なんやから無理しちゃあかんよって言うたやろ?」
ハ~っとため息まじりの声がふってくる。

「すみません、ご迷惑おかけしました。あの、私どうして...」
おずおずと様子を伺うなずなに

「タカおらへんし無理しとるんやないかなって思うて基地内探してたら案の定あちこちの世話やいてたみたいやね。
5区でフラフラ歩いとったんで声かけたらいきなり倒れたから心配したんやで。
過労やからしばらく寝とき」

なずなの額に機械をあててピッと音がするとそれに目をやり、
「熱は微熱やね」
とレンはつぶやく。

「あの...周りには...」
「言うてへんよ。ちなみにここ俺の仮眠室やから周りにはばれんしな。
そやから安心して休んどき」

「ありがとうございます...」
なずなはホッとしたように息をついた。

「まあなぁ...みんな不安になっとるからどうしても誰かにすがりたくなるんやろうけどな、すがる相手を絶対に間違っとるで。
なずなちゃんも適度に突き放していかんと...体壊したりしたらタカが泣くで?」
椅子に座ってボールペンを指でクルクル回しながらレンが言う。

「えと...この事はタカにも...」
上目遣いに伺うなずなに、レンはまたため息をついた。

「ああ、言わへん、言わへん。言ったら帰ってきよるで、絶対。
そのかわりな、無理せんこと!ええな?」

「はい...たぶん皆さん一通り落ち着いたとは思うので...」
顔半分布団にうずめて言うなずなに

「落ち着いてなくても体調崩すまで他人の世話やかんでええんやからね」
とレンは苦笑した。






「さっきからため息ばかりね。そんなんで大丈夫なの?」

一応部屋はシランとコーレア、ひのきとアニーとトリトマと言う組み合わせになっていたが、今はひのき達の居間に部屋の主以外にルビナスを含めて3名転がり込んで来ている。

ルビナスのあきれたような声に、またトリトマがため息をついた。

「ファー泣いてたし...帰りたいな」

「まだ泣いてもらえるだけ良い気が...」
と若干悲しいアニーの台詞に、ひのきは荷物整理をしながら小さく吹き出した。

「お前ら寂しいとか心配とかねえのか?」

あっけらかんとしている本部組にトリトマが言うと、アニーが
「泣いても貰えない方が寂しいし、心配って言う意味で言うなら、僕が不在中にまたユリのおっかけしてるのかって言う方が心配ですよ」
とやけくそのように言う。

「んで?そこで笑ってるひのき君は?」
若者組の会話が少し面白くなって来たのか聞いてくるルビナス。

「最強の彼女だと心配もないわけ?」

ふられてひのきは
「泣き言言わない分心配っちゃ心配だけどな」
と答えたあと、ふと鞄の中をみて手をとめ
「ちと電話かけてくる。」
と、寝室へと消えていった。

「どうしたのかしら?急に心配になったとか?」
ルビナスは言ってひのきが置いていった鞄をのぞきこむ。

「ルビナス、他人の私物覗いちゃ駄目ですって!」
と慌ててアニーが止めるが、

「固い事言わないのよ、坊や♪」
とルビナスは逆に止めようとするアニーを制す。


しかしそこでコーレアがさすがに
「やめておけよルビナス。
どうしても見たきゃ後でタカに頼め。たぶん隠さんと思うぞ」
とそれをさらに制した。

「それもそうね」
言われてルビナスはあっさり手をひっこめる。

「ひのき君早く戻ってこないかな~♪」
とルビナスは寝室の方にチラチラ目をやるが、一向に戻ってくる気配はなく、時折怒鳴り声がきこえる。

「早くも...彼女と喧嘩?」

目を丸くするルビナスに、アニーは

「あそこに限ってそれはありませんよ」
と、それを否定する。

「でもなんか怒鳴り声が聞こえて来たけど?」
とルビナスが寝室を指差したとき、ひのきが肩をいからせて寝室から戻って来た。

「ひのき、怒鳴り声が聞こえた様ですけどどうしたんですか?
相手、姫じゃないですよね?」

アニーが心配そうに聞くと、ひのきはドスンとその場に座ってくしゃくしゃっと頭をかいた。

「あの馬鹿共がっ!!」
と吐き捨てるひのきに、アニーはため息をつく。

「電話相手は...ユリかホップかシザーあたりです?」
アニーの問いにひのきはムスっと
「レン」
と一言答えた。

「レンて...医師だよな?なんでまた?」
コーレアが不思議そうに聞く。

「なずな多分この3日間ほとんど寝てないぽいから...休ませろって電話してきたんだがすでに手遅れだったらしい」

「というと?」

「ファー、ジャスミン、シザー、フェイロンとフォロー回った後、ご丁寧にフリーダムにまでフォロー入れて、その後ファーとジャスミンのフォローもう一度回って、一人になった所でようやくレンが発見した瞬間に倒れたらしい」

深い深いため息と共にひのきが言うと、

「うあ...」
とアニーが片手を口にやる。

「最強...じゃなかったの?」
と言うルビナスに
「精神力はな」
とまたため息をつくひのき。

「体が強くねえくせに最強の精神力持ってるからまずいんだ。
戻ったらまじ過労死してそうで怖い...」

「あらら...」
とルビナスも口に手をやる。

「レンに言わせるとなんつーか...みんなしてな、当たり前に頼ってるらしくて...
レンがこっそりかくまってる間も何人もに行方知らないかきかれたって」

「ん~でもひのきも悪いですよ。
普通彼女が3日間ほぼ休んでない時点で何か言いますって」

アニーがちょっと非難の目をむけると、ひのきはまた荷物整理をしながら
「...今荷物整理してて初めて気付いた」
と、ボソリと言った。

「何か入ってたの?」
ルビナスが興味津々といった感じでのぞきこんでくると、ひのきは鞄の中から浴衣を取り出した。

「日本の寝間着。鉄線も愛用してるんだけどな。
俺らの家は結構つかかなり古い家で色々が純和式で育ってるの知ってるから。
色々メンタル面できつい戦いになるだろうからってまず打ち合わせから戻ったその瞬間から3日間、毎日慣れ親しんだ純和食が出て来て...これも俺寝てる間に縫ったんだろうな。
他にも日本茶各種全部ティーバッグにして小袋に分かれて入ってる。
それでなくても日々の俺の身の回りの事しながら、内組のな、双子とかがまた大変な事になるだろうからって、フォローのために菓子とか焼いて、遠征中にどのあたりがフォロー必要かとか情報集めにかけずりまわってて...
忙しいんだから俺の事なんか手抜いときゃいいのに...」

「いや、そこで特別な相手に対して手を抜いたら本末転倒なんじゃないのか?
むしろ手を抜くのは他の奴のフォローじゃね?」
トリトマが言うのに、ひのきは苦笑した。

「いや、そっちの手を抜くと遠征組に対しての後方支援に影響出るしな。
後ろがグダグダしてたら俺らが安心して戦えねえって言うのわかってるんだ。
ブレイン、フリーダム各本部が崩れたら情報や物資の供給が遅れるし、双子が滅入ってたらお前らが気になって戦闘に集中できねえだろうし」
ひのきの言葉にトリトマは赤くなってうつむいた。

「僕は...ジャスミンが僕の為に泣いてくれたら気合い入れて頑張りますけど」
アニーの言葉に他の面々が笑いをこぼす。

「みかけはすっごく頼りなさそうで可愛い感じなのに実は彼女って言うより奥さんかお母さんみたいなのね。
ひのき君てすごく男って感じでプライド高そうだからそういうしっかり者の彼女ってすごく意外だわ」
ルビナスが言うと、ひのきは小さく笑いながらカップに鞄に入っていた緑茶のティーバッグを放り込んで湯を注ぐ。

「俺はプライド高くても万能じゃねえから。
ただ可愛いだけの相手じゃつぶれるし、かといってそこで偉そうにされると不機嫌になる。
なずながこっちが弱音吐く前に何も言わずにフォロー入れてくれて、それでいてきちんと男をたてて負担にならない範囲で甘えてくれて、無茶するなとか引き止めたりせずに無茶できるようにちゃんと身の回りを整えたり、留守宅をしっかりまとめて守ってくれる、そういう女だから持ってる。
他の女じゃ代わりはつとまらねえだろ?」

「確かにね...それ聞いたら私には無理だしやってみる気もおきないわ」
ルビナスの言葉にコーレアがハハハっと声をたてて笑った。

「ルビナスだったらまず弱音はいたら怒って、自分をたてて、自分が無茶して相手にフォロー求めて、留守守るよりは守らせるな」

「ひど~い、コーレア」
ルビナスは一瞬ふくれて
「でもま、その通りだわね」
と、あっさり認める。

「そんな都合の良い女がこの世にいるっていうのが驚きよ。
それが必須条件だとしたら賭けてもいいわ。
ひのき君、あの子逃したら一生彼女作れないわよっ。
私が男でも確かにそこまでやってくれるならあの程度の携帯へのいたずらくらいなら笑って許すわね」

「というか、そういう嫁欲しいとか思ってるだろ、ルビナス」
コーレアがやっぱり笑いながら突っ込みをいれた。

「確かにね、こんな仕事してたら理想の嫁よね」
笑ってうなづくルビナス。

「あれ...いたずらじゃねえから。
ほっとくとな、いつも皆してどうでも良いような雑用とか相談をこっちに持ってくるんで、たぶん遠征前に体調整えたり必要な鍛錬する時間作るためにやってる」
しかしひのきは緑茶をすすりながらルビナスの言葉にさらに訂正をいれた。

「別に他が思ってるような独占したいからとかいう理由でそういう事やる女じゃねえから。
この3日間、普通に俺に睡眠、食事取らせて、鍛錬に送り出して、俺に対してのフォロー入れて遠征中の他のフォローいれるための準備して、遠征中の俺の身支度してで休みなく働いてたから、むしろ俺が出かけてる方が楽なくらいだっただろうしな」

「んじゃ、素直に邪魔だからくだらない用事で呼び出すなって言えば良いだけなんじゃない?」
ルビナスの言葉にひのきは大きくため息をついた。

「それ...普段、何百回言ったかわかんねえんだけどな。
何故か誰の耳にも入らないらしくてな...。
遠征前だからって特別余裕ないようなそぶり見せると他が...特に残る奴らがな不安になると思ったんだろうな」

「あらら...頼りにされちゃってるのね、ひのき君。
そいえば今回もシザンサス君が毎回毎回悪いけどって本部組の中では唯一迷う事なく遠征組に組み込んでたし」

「まああれだな、男が仕事できるかどうかは女の度量で決まるし、女が可愛くいられるかどうかは男の甲斐性で決まるよな」

コーレアの言葉に
「真理じゃな」
とシランがうなづいた。

「んで?ひのき君はその出来た彼女様に電話入れなくていいの?」
「なんで?」
「なんでって...今倒れたって言ってなかった?」
不思議そうに聞くひのきに驚くルビナス。

「ああ、でもご丁寧にレンには俺を含めて周りに一切知らせるなって口止めしてるらしいから。
レンがばらした事わかったらレンの所も行かなくなるだろうしな。
まあ...レンがついてれば過労死はねえだろうし」

「徹底してるわね」
感心するルビナス。

「まあな。そうさせてるのは俺なんだろうし、そうしたら俺は後ろ気にしてるよりは戦闘に集中して勝って帰るしかねえだろ」

ひのきはそういってお茶を飲み干すと、
「禅でも組んでくる」
と寝室へ消えていった。



「なんだか...10代のカップルの話じゃない気がしてたのは私だけ?」

それを見送ってルビナスがコーレアを肘でつつくと、コーレアの代わりにそれまで黙って聞いていたトリトマが口を開いた。

「ひのきはお殿様みたいな家系の跡取りで生まれた瞬間から英才教育されてて、5歳の頃にはもう普通じゃないすごい奴だったって鉄線が言ってたから...」

「まあ確かに...11歳で言葉わからない所に放り込まれてジャスティスの仕事こなすだけで普通なら手一杯だろうに、そこで慣れて来たから世界回って勉強しようという発想はわかんな、普通の奴には」
コーレアは腕組みをしてうなづいた。

「それに比べて...あんたは相変わらず赤ちゃんよね」
ルビナスはトリトマの頭をつつく。

「彼女が泣いたくらいで帰りたいとか言ってんじゃないわよ?」
ルビナスの言葉にトリトマはむっと眉間にしわをよせた。

「側にいてやりたいって言うのはそんなにいけない事か?」
「ま、それも一般的な発想の一つではありますけどね」
トリトマの言葉にアニーがすまして紅茶を口に含む。

「アニーは違うのか?」

先日の戦闘とジャスミン効果で若干わだかまりの取れたらしい二人の間に会話がかわされる事に少しホッとするコーレア。

アニーはトリトマの問いにやはりすました表情で答えた。

「そこで帰っても何の解決にもなりませんし。
僕はむしろちゃっちゃと勝って根本的な問題を取り除いた状態で帰って彼女を安心させたいと思いますけど。
まあそれは盾が僕とユリしかいなくて代わりがききにくいって言うのもあるんですけどね」

「どちらにしても本部組はジャスティスになったのが割合早いから、そのあたりの割り切りができてるよな」
コーレアが小さくうなづく。

「ですね。僕は9歳からジャスティスやってますし。
他の世界の年相応の考え方とかって知りませんから」
言ってアニーはカップに顔をうずめた。

「こんな事考えちゃいけないのはわかってるんですけど、たまにね、戦闘がなくなるのが怖くなるんですよね。
ジャスティスって枠を取ったら一般人の経験を積んでこなかった自分には何が残るんだろうって。
平和を望んでいるのは確かなんですけど、でも平和になった時に自分は普通の生活ができるんだろうかって、たまに不安になるんですよね...
普通の生活を経験してきたホップが正直うらやましいです」

アニーの言葉に大人組は顔を見合わせた。

「そっか。そうよね。アニー君まだ16だっけ?」
ルビナスが少し表情を柔らかくして口を開く。

「はい。もうすぐ...7月で17になりますけど」
「そっか。じゃ、お祝いしないとね」
とルビナスは微笑んだ。

「ま、君の不安はもっともだとは思うけどね、大丈夫。
レッドムーンがいなくなったとしても世界から完全に犯罪がなくなるわけじゃないから、警察機能としてのブルースターはなくならないしね。
それどころか機密性が薄くなるからもし健在なら家族に会いに行ったりできるようになるわよ」

「家族に?!」
ルビナスの言葉にアニーの顔がぱっと輝く。

「会いたい人いる?」
その反応を見てルビナスが聞くと、アニーは嬉しそうに答えた。

「はい。妹が二人。
両親は亡くなっているので今叔母の家だと思いますけど...会いたいですね。」

「妹かぁ、可愛くて良いわね。私は弟しかいなかったからちょっとうらやましいわ」

「兄弟いるだけいい...」
ボソボソっと言ってうつむくトリトマの肩をコーレアがポンポンと叩く。

「俺もシランも天涯孤独組だ」

「まあおぬしらはな、まだまだ若いんじゃ。これから家族も作れるじゃろう。」
シランが苦笑しつつ言うと、トリトマは赤くなって黙り込んだ。



なごやかな会話が続く中、コーレアはソッと居間を抜け出した。

「タカ、大丈夫か?」
静かに声をかけて寝室に入ると、ベッドの上で図面を広げていたひのきは図面から目を放しコーレアを見上げた。

「コーレアか。どうした?」
「レッドムーンのロンドン基地の見取り図か?」
「ああ」

コーレアはそのまま中に入って、ベッドの端に腰を下ろす。

「まずアタッカー3人で奇襲かけて敵の主力をひきつけておいて、爺さんとアニーを護衛につけてルビナスに基地内見て回らせるって感じだよな?」
また図面に目をおとしていうひのきの肩をコーレアが軽く叩いた。

「今は他の奴は聞いてないからな、本音を話せよ?タカ。お前大丈夫なのか?」
「適わねえな、コーレアには」
ひのきは苦い笑いを浮かべる。

「なずなの事なら...レンがいるから。
ただな...俺の方が実はちと不安かな。
このところずっとなずなと一緒で羅刹に頼りすぎてたところがあるから。
内組が落ち着かねえとトリトマやアニーが機能しねえから置いて来たんだが、正直ちょっと後悔しないでもない」

「まあその点は大丈夫だ。俺もいるし、お前も充分強い」

「だといいんだけどな...
まあ正直コーレアがいてくれて本当にありがたい。
俺も基地攻め初めてだから。
不確定要素多すぎて他のフォローまでする自信がマジない」
言ってひのきはうつむいてしばらく考え込んだ。

「なあ、すげえ本音言っていいか?」
「ああ」
コーレアがうなづくと、他には言うなよ、と念を押してひのきは口を開く。

「前回フリーダムがイヴィルになったの見て思ったんだが...すげえ最悪、それぞれの残してきた家族とかな、同じ事になってる可能性...あるんじゃねえかと」
ひのきの言葉にコーレアもさすがに青くなった。

「可能性は...あるな」
「それをな、覚悟しておけと忠告すべきかどうか迷ってる。
下手に可能性だけで物を言うと戦意が鈍る可能性もあるが、いきなりそういう場面になっちまうとな...戦えねえ奴ほとんどだろうしな」

う~ん...とコーレアはうなって腕組みをした。

「難しいところだな...。
具体的にはその心配があるのはホップ、アニー、鉄線、あとは...タカ、お前か?」

「俺は除外していい」
ひのきはうなづきながらも一部否定した。

「その場では親兄弟でも手にかけられる。そういう風に育ってる」

「無理はするな」
そんなひのきにコーレアは心配そうな目を向けるが、ひのきは首を横に振る。

「無理...するしかねえ時もある。問題はその無理をできるかできねえかだ」

「タカ...その後につぶれたら意味ないんだぞ?」
「いや、つぶれねえから。全く平気じゃねえけど多分な、帰ってなずなの膝で泣く」
目をパチクリするコーレアに、ひのきはクスっと笑った。

「前回も文字通り泣いてきたぞ。んで、今立ち直ってここにいる。だから大丈夫だ」
ひのきの言葉に、コーレアは複雑な表情で笑みをうかべる。

「なずな君は...すごいな」

「ああ、すごい」
ひのきはうなづいた。

「なずながいる限り俺は何度へこんでも立ち直るから。
問題は盾二人。代わりがいねえからな」

「それだなぁ...」
コーレアは考え込んだ。

「タカ、お前的には鉄線の方がやばいと思ってのこの人選だったのか?」
コーレアの言葉にひのきは眉間にしわをよせて言う。

「鉄線はな...親兄弟ならたぶん最悪割り切る。
問題は...本家の人間だった場合で。
聞いてるかどうかわからんが鉄線の家は俺の家の分家で、俺の一族では本家は絶対なんだ。
で、鉄線は分家の人間は本家の人間の為に死ねって言われて育ってるから」

「大変な家だな」
コーレアも眉をしかめた。

「ああ、馬鹿げてる。
本家に生まれたからって分家の奴より必ずしも優れてるわけじゃねえのにな。
でもまあ実際問題な、感情的な物よりもっと強い、自分の根本にあるものを覆すくらいの事だから意志を強く持つとかそういう次元でなんとかなるものじゃねえ」

「例えるなら敬虔な信者に神を殺せって言ってるようなものか」

「ん、そんなとこだな。
だからシザーはああ言ったがむしろホップはな、鉄線がその場に一緒にいればなんとかなると思う。ソロだと駄目だけどな。
逆に鉄線はホップいてもたぶん固まる時は固まる」

「克服は...無理か」

「どうだろうなぁ...家離れたのが7歳だから、どの程度影響うけてるのか微妙っちゃ微妙なんだが」

「タカ...その件は俺に任せてもらってもいいか?帰ったら鉄線にあたってみる。
次回の遠征くらいには結論出す感じで」

「頼む。たぶん俺は渦中にいすぎてな。たぶん冷静な判断を下せない」
コーレアの申し出に正直ひのきはホッとして言った。





「こんにちは~」

遠征組が出発してから数日、戸口からひょっこり顔をのぞかせた人影に、フリーダム本部の部員達は歓声をあげた。

「姫だ、姫だ~!」
「今日も可愛いなぁ~!!」
大騒ぎの部員達の声でフェイロンは立ち上がり、戸口の方まで足を進めた。

「なずな君か、どうした?」
声をかけられてなずなは手にしたバッグを少し持ち上げる。

「えと...差し入れです」
「ああ、悪いな」
フェイロンはそれを受け取った。

「先日も部員達が何かもらったそうで...なずな君も忙しいだろう。
こっちまで気を使わんで大丈夫だぞ」
フェイロンの言葉になずなは顔の前で両手の指先を合わせてうつむき加減に言う。

「私は治癒なのでこれと言った鍛錬もありませんし、内組の中では暇なんです、実は」
そんな会話をかわしてる間にもソワソワとしていた部員達が椅子とお茶を持ってくる。

「たまには少し茶でも飲んで行くか?」
その様子に苦笑してフェイロンが言うのになずなはにっこりうなづいた。

「お邪魔じゃなければ」
「いや、ここで追い返したら部員一同からリコールされそうだ」
言ってフェイロンも椅子をひきずってくる。

「あいつらも来て平気か?」
周りで来たそうにソワソワしている部員達に目をやってフェイロンが言うと、それにもなずなは
「はい。お忙しくなければ」
とうなづいた。

「手が空いてて来たい奴はこい!」
ボスの許可が出てわ~っと部員達が集まってくる。

手が空いている奴と言いつつ、ほぼ全員だ。

「これだけ皆さん揃うと壮観ですねぇ」

なずなの言葉に
「馬鹿な脳筋ばかりが、な」
とフェイロンが笑う。

「そんな事ないですよ~。
私みたいに戦闘力0の最弱ジャスティスから見ると、クリスタルの力はなくても現場で活躍されてる皆さんはかなり頼もしいですよ」

なずなが言うと、おお~~と歓声があがる。

「そういう甘い事言ってるとつけあがるぞ、こいつらは」

「ホントの事ですよ。私なんか本部来てからずっとタカに頼りっぱなしだったから...
一人になるとかな~り心細かったんですけど、これだけ頼もしい方々が揃ってたら本部はまだまだ大丈夫って気がしてきました」
うつむき加減に言うなずなに、部員一同赤くなる。

(姫...可愛いよな、姫)
(うん、可愛すぎっ!)
(ジャスミンも可愛いけど...もっとなんていうか...守ってあげたいってタイプだよな)
(うんうん)

「極東でもフリーダムの皆さんとお仕事する事多かったんですよ。
でも向こうでは犠牲が出るたびユリちゃんに矛先が行っちゃって...
すごくつらい思いで手を下してる上に味方にまで責められてしまって精神的に追いつめられてくのを見てるのがつらいって言うのがあったんです。
でも本部のフリーダムの皆さんは今回のイヴィルになってしまわれた方の件でもちゃんとその辺りを分かって下さってて、大人の対応なさっててすごく...尊敬しちゃいます。
私はただオロオロ動揺しちゃってましたから」

「ひのきは仲間っすからっ。
奴の事もよく知ってますし、俺達その辺はちゃんとわかってますよっ」
「ですですっ。姫はなんにも心配しないで大丈夫っすよ!」
なずなの言葉に口々に言い募る部員達に、やはり苦笑するフェイロン。

正直仲間がイヴィルになった事、それに最終的に仲間であるはずのひのきがとどめを刺した事で若干複雑な空気が漂っていないでもなかった部内の空気が一掃された事に、さすが最終兵器だな、と心中つぶやく。

「タカがいない間、不自由はないか?
俺がついていてやるというのはさすがにできんが、男手が欲しければ部員数人つけてやるぞ」
フェイロンが言うと、なずなが答えるより先に部員達から歓声があがった。

「俺!俺行きます!」
「馬鹿野郎っ!俺だ俺!」
「何を言ってる!俺の方がひのきと親しかったぞっ!」

もみあいへしあいする部員達。

「それはさすがにダメですよっ。皆さんお忙しいのに。
細々した事は最近愛でる会の会長のタイムさんと副会長のネリネさんを始めとして会員の方々が手伝って下さってますし、力仕事は...たまにホップさんが」

「交代制でやれば部員のモチベーションも上がるしな、なずな君が迷惑じゃなければ使ってやってくれ」

あわてて辞退するなずなにフェイロンが言うと、

「さすが部長!話がわかるっ!」
と部員がさらに歓声をあげる。

「そうまで言って下さるなら...ご迷惑じゃなければお願いします…」
「おお~~!!!やったああ!!!!」
なずながペコリと頭を下げると、部内中がすごい大騒ぎになった。




「部長~...ずるいです!!」
「はあ?」
部員の一人が書類を提出がてら言うのに、シザーは少し目を上げた。

「フリーダムばかり楽しい事あって。俺達も研究室に缶詰するより姫のお付きしたいです(泣」

目の下に隈を作りながら泣き言を述べる男性部員に、シザーは苦笑して、また書類に目を落とした。

「うちからはすでにタイム君が常駐してるから無理。
これ以上人員は避けないからあきらめて」

「え~!タイムばっかりずるいです~~(泣」

「彼女が一番姫ちゃんの事わかるから役にたつでしょ。
はい、泣き言言ってる暇に仕事しようね~」

「そんなあ...。フリーダムは3名つけてるんだからうちも3名出しましょうよ~(泣」

しかたないなぁ...とシザーは小さく息をついてまた書類から目を離して部員を見上げた。


「フリーダムが多いだけ。医務もネリネ君一人でしょ?
どうしてもモチベーションがっていうならしょうがない。
午前中だけでもジャスミンに研究室の雑用手伝うように頼んであげるから、それで我慢しなさい」

「おお~!やった~!!」
大喜びで飛び跳ねがら戻っていく部員を苦笑して見送ると、シザーは受話器を取った。

「ジャスミン、僕だけど...」
事情を説明してヘルプを頼む兄に、
「なんで私が...」
と少しむくれるジャスミン。

「ん~、ファーだとね、壊しちゃ行けない研究物壊されそうでね。
頼むよ~、良い子だから」
なんとかジャスミンを説得して受話器を置くと、シザーは立ち上がった。

「じゃ、そういう事で僕食事ついでにフェイロン君と会談だから。
スターチス君、後頼むね」
「了解っ」

普段はシザーが席を立つと不機嫌になるスターチスだが、それまで関係が最悪だったフェイロンとの会談の時だけは諸手をあげて送りだす。

それを良い事にシザーも気晴らしがしたくなるとちょくちょくその名を出す事にしていた。



「もしもし、フェイロン?暇?食事どうかな?」
廊下に出ると嘘を本当にするためにシザーはフェイロンに電話をかける。

「うん。じゃあ食堂で~」
了承が取れるとシザーは食堂に急いだ。


「またうるさい主任のご機嫌伺いか?」
食堂についてトレーを手にすでに窓際の静かなあたりで席を確保しているフェイロンの正面に座るとフェイロンは苦笑した。

「うん。もうあちこちから突き上げがあって大変だよ。
俺様を地で行けるフェイロンがうらやましいね」
シザーはそれに答えて笑う。

酔いつぶれて解放した日以来、シザーも随分うちとけてきた。
妹達以外には誰に対してもかかさない敬称もフェイロンには本人の意向もあって二人きりの時はつけなくなった。

年相応の普通の笑顔で普通に時には愚痴を交えて話すシザーを見て、良い傾向だ、とフェイロンは思う。

「でもないぞ。最近はお前の影響で絡め手を使う事も覚えてきた」
ニヤニヤと言うフェイロンに目を丸くするシザー。

「絡め手?フェイロンが??」
「ああ。今回は...最終兵器様にご登場ねがったし」
「姫ちゃんに?」

これで通じるのも二人がそれだけ仕事以外でも密に接触を持っている事の現れでもある。


「ああ。今回のイヴィルの件はな、俺はタカの事ガキの頃から見てるしそっちに嫌な気持ちがいくわけじゃねえけど、それでも部下がダチに殺されるっていうのは...しかたないとは思っても精神的にきつかった。
タカにフォローいれてやる余裕もねえくらいにな」

「アルコールを限りなく愛してる君が酒断った時点でかなりきてるなとは思ってた」
その時の事を思い出してシザーが少し表情をくもらせた。

「ああ、心配かけて悪かったな。
あの時がピークだったから。俺はもう大丈夫だ」

「いや、浮上できたなら良かったよ」
シザーが笑顔をうかべるのに少しうなづいてフェイロンは話を続ける。

「でもな、部内にどうしてもわだかまりが残ってな。
みんな理屈ではわかってても感情がついていかないというか...。
現場に出る俺達の仕事の性質上、タカに限らず他のジャスティスともこれからそういう事もまた出てくるだろうしなんとかしないとと思ってたところになずな君が差し入れを持ってきてくれたんでちと引き止めてみた。
彼女はすごいな、姫というよりは女神様というか教祖様というか...。
とにかくそれまでのわだかまりを一掃していった。部員一同すっかり信者だ」
フェイロンの話にシザーは軽く吹き出した。

「それでお礼にお付き?」
「いや、どちらかというと今度同じような事が起こった時の予防だな。
彼女でワンクッション置くと部員のジャスティス達へのマイナスの感情がな、綺麗に昇華されるんで。
部員を交代制で付かせて信仰心をな、あおらせてもらってる」

「なるほど」
シザーはまだクスクス笑いながらうなづいた。

「おかげでこっちは大変なんだけどね。フリーダムばっかりずるいって。
仕方ないからこちらは研究室にジャスミンの降臨を願う羽目になったよ。
部長の心部下知らずって奴だね」

「お前はそういう妹いていいな」
フェイロンも吹き出した。

「フェイロンは長男じゃないの?」
「いや、俺は男3人兄弟の末っ子」
「うそ!じゃあなんでそんな俺様なの?!」
シザーが思わず笑うのもやめて身を乗り出す。

「お前なぁ...俺様俺様って...」
その言葉にちょっとあきれたように眉をひそめつつもフェイロンは言った。

「でもまあ、実は末っ子って一番俺様率高いんだぞ。勝負事に強いのも末っ子だ」
「そうなんだ?」
「ああ。上はな、駄目な物は駄目って言われて育つからな、聞き分けが良い代わりに粘りにかける。
末はその点粘れば言う事聞いてもらえる事多いから。あきらめなきゃ意志は通るものだと思って育つ」

「なるほど!」
シザーは心底感心してうなづいた。

「ついでに言うとな、他人の世話を楽しむのも末っ子だ。
上は義務で嫌というほどやらされるからな。やりたいからというよりやらないとならない。
末っ子にとってはあくまで娯楽だからな」

「フェイロンの知識というか認識はすごいな。目から鱗な事ばかりだ」

「そうか?俺にはお前が当たり前に解いてる数式なんて全然わからんぞ。
自分で言うのもなんだが脳筋だからな。
大学も死ぬ気で勉強して卒業したのは良いが、フリーダムの受験資格取るためだけに短期詰め込みでやったから、卒業したとたん覚えた事綺麗さっぱり忘れたしな」

「そこで綺麗さっぱり忘れられるのがうらやましいよ。
僕なんて忘れた方が良い事もずっとクルクル頭を回る人間だから」

覚えているべき事の取捨ができれば楽だろうと、シザーは常々思っていた。
そしてそれが出来ているらしいフェイロンを心底うらやましく思う。

捨てる事ができない物が多すぎて、結局自分は人間として本当に必要な知識を得られないままここまで来てしまったのではないだろうか。

ひのきやホップ、ユリもみんな自分よりもフェイロンに肩入れをするのはもっともだと思う。
自分から見てもどう考えても自分よりフェイロンの方が人間として信頼できるし人としての魅力がある。


「お~ま~え~は~!!!」
思考に沈んでると、いきなりグニ~っと頬をつままれた。

「またくら~~~い事考えてるだろっ!」
「痛いっ、痛いってフェイロン!!」
「うるさいっ!暗い顔してるお前が悪いっ!」
「なんだよそれっ!ほんっとに君は俺様だな~!」

あまりに自己中心的なフェイロンの言い分にあきれながらも考え込むのも馬鹿馬鹿しくなってシザーは笑った。確かに俺様なお子様だ。

「それでよしっ!」
それを見てフェイロンはシザーの頬から手を放すと腕組みをして満足げにうなづく。

「世の中な、脳筋だけだと回らん。
ジャスティスも替えは聞かんかもしれんが、天才って言われるくらい色々頭に置いておける人間も替えはいないんだからなっ。
少しは自分の価値を認識してつぶれないようにしろよっ!」
ピシっと言うフェイロンに驚くシザー。

なんで自分の考えてる事がわかるんだろうか...まさか...野生の勘?!
ふと頭をよぎったその言葉が我ながら妙に壷にはまってシザーは吹き出した。

「何がおかしいっ!コラ!」
む~っとするフェイロンの拳をさけながら、シザーはそのまま笑い転げた。





「んで...この人達は何?」

最初の数日はずっとなずなに張り付いていたものの最近は落ち着いて来て、久々にジャスティスみんなでランチでもと言われて中庭に辿り着いたファーは、目的の人物、なずなの後ろにずら~っと並んだ面々を見て、目を丸くした。

「姫様のおつきでございます」
と、ネリネともう一人の会員を代表してタイムがお辞儀をし、
「姫の護衛っす」
とフリーダムの部員3名が敬礼をする。

「ああ、ファー気にするな。なずなとその付属品だと思っていいから」

ちょくちょくなずなの元を訪れるユリがヒラヒラと手を振るのに、なずなは

「ユリちゃん、失礼よっ!皆さんお忙しいのにおつきあい下さってるんだからっ」
と眉をしかめてユリをたしなめた。

しかし本人達は
「いえ、そう思って下さって結構でございます」
「はいっ!ぜひそのようにっ」
と、双方気にならないようではある。

「今日のランチはね、食材運びとか力仕事はフリーダムの皆さんが、お料理は愛でる会の皆さんが手伝って下さったの」
となずなはにっこりする。

「おかげで俺最近出番ないさ」
その言葉にホップが苦笑いをうかべた。

庭に敷き詰められたレジャーシートの上には大量の料理が並んでいる。

「皆さんも召し上がって下さいね」
と、なずなが微笑みかけると
「毎日恐縮でございます」
「はいっ!いつもありがとうございますっ!」
と、後ろのレジャーシートに控えていた面々がお辞儀をした。

「まあ...久々のジャスティス集合だ。
なずな関係はとりあえず置いておいて皆座って」
ユリが進めると、うなづいて双子とホップが腰をかける。

「んじゃ、遠征組の勝利を祈って...かな?乾杯っ!」
ホップが音頭をとっての乾杯でランチタイムが始まった。

「そいえばそろそろ目的地よね」
「そうだなぁ...」
ペロっとワインをなめながら言うジャスミンにユリが少し空を見上げる。

「もうそんな時期なの?」
紅茶を手に首をかたむけるなずなに、ジャスミンが目を丸くした。

「そんな時期なの?って、姫、もしかして電話とかメールとかしてないの?」
「してない...気が散るからしないでくれって言われてるし...」
紅茶のカップに顔をうずめるなずな。

その言葉に
「タカも厳しいさ」
とホップが苦笑し
「信じらんないっ!!」
と双子が叫ぶ。

「それって真面目にありえないわよっ!
いいわっ、今日アニーに電話かけた時にひのきに代わってもらってあたしが文句言ってあげるっ!」
勢い込んで言うジャスミンになずなは小さく首を横に振った。

「ありがと、ジャスミン。でもいいの。
大事な時期だしね。任務に集中したいんでしょうし」

「姫は寂しくないの?私だったらいくらそう言われても無理っ」

毎日毎日暇さえあればメールと電話を繰り返しているファーが思い切り驚いて言うのに、なずなは少しうつむく。

「本部来てからずっと頼り切ってたから...心細い事は心細いかな、少し。
うん、でもやっぱりそういう理由でかけちゃ駄目でしょ。
お仕事ででかけてるわけだし」


なずなの言葉にホップがコソコソっと
(姫賢いさ...)
とユリに耳打ちした。

(...だな。
たぶん本戦前に限界な誰かさんのためにジャスミン動かす為のランチだぜ、これ)
とユリもコソコソ耳打ちする。


「ま、便りがないのは無事な証拠だしね。
二人ともありがと、でも大丈夫よ。
それよりせっかく久々にジャスティスが全員集合なんだから楽しいお話しましょ」

なずながにっこりと儚げな笑みを浮かべるのを見ながら、ジャスミンは心の中で固く文句を言う決意をかためた。




「いよいよ明日は本戦ね」
道々転戦しながらも遠征組はようやくロンドンにたどりついた。

ルビナスはこれまでの戦闘を収めたビデオの整理をしながらコーレア達の居間でブランデーを傾けていた。

「酒はほどほどにしておけよ。戦闘しないにしてもお前も現場に入るんだからな」
と、さすがに酒は控えてコーヒーを飲みながらコーレアが忠告する。

「わかってるわよ。相変わらず心配性よね。コーレアは。
でも他に気にしないといけないところがあるんじゃないの?」

しぶしぶブランデーの小瓶をしまってコーレアのコーヒーを取り上げて一口含むと、ルビナスはちらっと隣に目をやった。

「ふむ...」
コーレアはまたそのカップを取り返して考え込む。

「デリケートな問題だからなぁ...」
「そう?単に男の見栄の問題じゃないの?」
ルビナスは言って、止める間もなく2号室のドアを開けた。

そこでは若者3人が各々本を呼んだりメールをしたりと好き勝手に過ごしている。

「あんたね~、一日何回メールしてんのよ!」
ルビナスが腰に手を当てて言うと、トリトマは
「うるせえっ!ほっとけ!」
とプイっと横を向く。

追い打ちをかけに行くかと思えば、ルビナスはそんなトリトマをスルーして、今度は雑誌をめくっているひのきをふりむいた。

「あんたは逆!少しは彼女に電話するなりメールするなりしなさいよっ!」
「ほっとけ」
ひのきは雑誌から目を離さず言い放つが、ルビナスはひのきの手から雑誌を取り上げた。

「彼女の方から連絡来ないなら意地張ってないで自分の方からすれば良いでしょ!!」
ルビナスが言うと、ひのきはその手からまた雑誌を取り戻して言う。

「連絡はよこすなって言ってあるんだ。意地張ってる訳じゃねえ!」
「へ?」
ひのきの言葉にルビナスは目を丸くする。

「なんでよ?」
「...気が散るから」
「ば...っかじゃない?」
「馬鹿でもいい!ほっとけ」
ひのきは言ってまた雑誌に目を戻した。

「ひのき君、近頃あんま寝てないんじゃないのっ?!戦闘にもでてるわよっ!」
「必要な分は寝てる。戦闘って事なら他より貢献してねえって事はないだろうがっ!
敵の半分近くは引き受けてる」

「でもどこか危なっかしいわよっ最近っ。気が散ってる!
トリトマみたいに始終のべつまくなしメールしてんのもみっともないけど、ひのき君みたいに連絡取りたいくせにやせ我慢してんのはもっとみっともないわよっ!!」

「っせえ!!何も知らねえくせにほっとけ!!」

「ほっとけないわよっ!こっちは支援にきてんですからねっ!!」

怒鳴り合う声にコーレアがあわてて飛び込んでくるのとひのきがルビナスに雑誌を投げつけたのはほぼ同時だった。

「勝手な事いうなっ!じゃあお前が代わって戦ってくれんのかっ?!
何かやばい状況になったら結局俺以外誰も戦えねえんだから向こうでなずなが寝込もうが死のうが誰も俺を返してくれるわけじゃねえんだろう?!!
みんなして全部俺に押し付けやがって文句だけ一人前でそれで支援だぁ?!
冗談じゃねえっ!!
そうまで言うなら俺抜きでやれよっ!!俺はもうごめんだっ!!」
ひのきは怒鳴りちらすと、バっと立ち上がって寝室へ飛び込んだ。

「あ~あ...遅かったか」
コーレアががっくりと肩を落とした。

「コーレア...どうしよう。私、失敗しちゃった?」
ルビナスがヘナヘナとその場に崩れ落ちた。

「どうしよう、コーレア」
気丈なルビナスの目からポロポロ涙がこぼれ落ちるのをみて、若者組二人が固まる。

そしてルビナスを含めて3人からすがるような目で見上げられたコーレアは困ったように頭をかいた。

「まあ、予測ついてた俺が先にお前に説明しなかったのが悪かったんだ。
お前のせいじゃない、気にしすぎるな、ルビナス」
コーレアがいった瞬間、いきなり子犬のワルツのメロディーが響き渡った。

「す、すみませんっ!!」
アニーがあわてて携帯に出る。

電話の向こうから聞こえるのは愛しの彼女の声だ。
普段なら大歓迎なのだが、今はさすがにまずい。

「ごめん、ジャスミン。今ちょっと取り込み中で後でかけ直すから...」
受話器に手をあててコソコソつぶやくアニーに、電話の向こうの彼女は可愛くも怒った声で言う。

「アニーが取り込み中でも良いからっ!ちょっとひのきに代わってちょうだい!」

「無理…」
今一番代われない相手の名前を出されてアニーは即答する。

すると彼女はご立腹になったらしく
「無理でも代わってちょうだいっ!
あたしのお願い聞いてもらえないの?!
アニーのあたしに対する愛情はそんなものだったの?!
あたしよりひのきが大事だっていうならひのきとつきあったら?!別れてあげるから!!」

「そんな無茶な...!!」
「別れる?それともひのきに代わる?!」

アニーはかくして17年の人生の中で最大にして究極の選択を迫られて青くなった。

「......代わります。そのかわり僕がもし死んだら骨は拾ってね」
恐怖と愛情、彼の中では愛情が勝ったようだ。

状況がつかめず、しかしアニーのただならぬ様子に不審の目を向ける3人に
「あはは...殺されてきます...」
と空虚な笑いをうかべてアニーも寝室に消えて行った。



「なんだ?」
ベッドにつっぷしたまま言うひのきに、アニーは
「ジャスミンから...なんかすごく怒ってて、ひのきに代われって。
代わらないと別れるって……」
と、おそるおそる携帯をひのきに差し出す。

「...ジャスミンから?」
ひのきは身を起こして、不審げな視線を携帯に送った。

「お願い、出るだけ出て。
ジャスミンはやるって言った事はやる子だから、まじ別れられる!!」

半泣きなアニーにため息をついて、それでもひのきは携帯を受け取り

「俺だが...?」
と耳に当てる。

ひのきの...馬鹿あああ!!!!!!!
いきなりアニーにまで聞こえるジャスミンの絶叫。


うああああ...よりによってこのタイミングで...。
アニーの顔からさ~っと血の気が引いた。

「じゃ、僕居間に戻ってるから!!」
アニーは恐怖にかられて、耳を塞いで居間に逃げ戻った。

バタン!と後ろ手にドアを閉め耳を塞いでへたり込むアニーを居間に残っていた3人は心配そうな目で見守った。


「アニー...大丈夫か?」
トリトマが恐怖で涙目なアニーに落ち着けよ、と紅茶の入ったカップを手渡す。

「ありがとう…」
アニーは震える手でそれを受け取った。

「...誰からだったんだ?」
コーレアの質問に、紅茶を一口飲んで深呼吸をすると、アニーは答えた。

「なんだかわからないけどご立腹中のジャスミンから。
ひのきに即代わらないと別れるって脅されました……」

「それは...なかなか究極の選択だな」
トリトマが同情に満ちた目でアニーをみつめる。

「それだけならまだしも...ひのきが代わるなり僕にまで聞こえるような大声で"ひのきの馬鹿ああ!!”って絶叫を」
青くなってプルプル震えるアニーに真っ青になるトリトマ。

「もう僕殺されますっ、絶対に殺されちゃいますよっ!
コーレアさん、今日そっちの部屋泊まっても良いですか?!」

「それは構わんが...明日どうするかな...」
さすがのコーレアも不安げに眉をしかめる。

コーレアも含めて全員が基地攻めは初めてだ。
この不確定要素が多い状況で、調査員としてルビナスを同行させるのを了承したのは、自分とひのきがいれば何か不測の事態が起こっても対処できると踏んだからだった。

自分だけではさすがに初の基地攻めで敵を蹴散らしながら不測の事態の時に他のジャスティスにフォローを入れつつルビナスを護衛して犠牲なしで帰る自信はない。
下手すれば全滅だ。


「...ルビナス、お前は車に残れ。
タカなしでお前の護衛に人員を割くのは無理だ」

「私が...調査をあきらめればちゃんと勝てるの?」
ペタンと床にへたり込んだまま、ルビナスは涙に濡れた目でコーレアを見上げた。

「努力はする。もし敗退したとしてもそれは俺の力不足だ、気にするな」
コーレアはルビナスを見下ろしていたわるような笑みを浮かべる。

「まあシランはベテランだしトリトマもアニー君もいる。
元々は北欧は三人でやってきたんだ、なんとかなるだろう」
内心の不安を押し隠してコーレアは3人を順に見回して微笑んだ。




いつもオドオドと自分を避けるようにしていたジャスミンのいきなりの絶叫にひのきは怒るよりも先に信じられない思いで絶句した。

「そりゃ仕事だからいつもいつも機嫌取れとは言わないけどねっ、連絡するなって何様?!姫があまりに可哀想じゃない!!
ひのきは確かにジャスティス最強かもしれないけど、か弱い彼女に心細い思いさせて平気なんて男としては最低よっ!!」

「なずなは...元気か?」

あれほど怯えてたジャスミンが友情からこれだけ自分を怒って電話をかけてきたのか、と思うと少し微笑ましくなる。
女の友情は脆いと言うが、なかなか強い絆ではないか。

「教えないっ!自分でかけて聞きなさいよっ!」
ジャスミンの強気な発言にひのきは苦笑した。

「それがわからねえと怖くてかけれねえんだよ」
「?」
「かけて体調崩したとか寝込んでるとか言われても何もできねえからな。
そんな事知っちまうとたぶん俺は戦えなくなるから。...かけらんねえ」

思わず本音が出るひのきに、今度は電話の向こうでジャスミンが苦笑する。

「もしかして...ひのきって結構小心者?」
「もうかれこれ7年越しの付き合いなのに今頃気付いたのかよ」
軽口で返してくるひのきに、ジャスミンはクスっと笑った。

「馬鹿ね。あたしがついてて姫をそんなひどい状態にしておくわけないでしょ?
初日かな?ちょっと行方不明になってた事はあったけど、3日目くらいからはブレインのタイムさんや医務のネリネさんとかがずっとついてて色々面倒見てるみたい。
大丈夫、元気よ。
でも本部来た日からずっとひのきが側にいたから心細い事は心細いって言ってたから、電話かけてあげて?」

「ああ。明日は本戦だしな。これからかけてみる」
「そう、良かった。」

「ジャスミン、ありがとな」
素直に礼を言ってくるひのきにちょっと驚くジャスミン。

しかしすぐ
「いいわよ。姫のためだもん。でもあたしの親友泣かしたら怒るわよ?」
と小さく笑った。

「女って強えな」
電話を切って思わず一人吹き出すひのき。
そして自分の携帯を取って登録してあった番号を押す。


「はい、なずなです」

ずっと聞きたかった何度も夢にまで見たその声に思わず無言になる。

「えと...タカ?」
「ああ。なずなにはかけるなとか言っといてこっちからかけて悪い」
「ううん。声きけてとっても嬉しいよ」

「元気か?」
「うん。ちょっとだけ...寂しいけど」
甘えたような可愛い声で言われて少し笑みがこぼれる。

「ちょっとだけ、か?」
「うそです...すっごく」
「そか。俺も結構限界」
ひのきはクスクス笑いをもらした。

それからフッと笑うのをやめて真剣な声できく。

「体...壊したりしてねえか?」
「うん!それは大丈夫っ。
あのねっ、愛でる会の方々が最近細々した事手伝ってくれるしね、力仕事はね、フェイロンさんがフリーダムの隊員さん貸してくれてる」

「そうか、フェイロンが。帰ったら礼言わねえとな」
(ま、ちょっと妬けるけどな)と、これは口に出さずに内心つぶやくひのき。

「会いたいな...すっげえ会いたい。もう限界」
「うん、会いたいね。でももうちょっとでしょ?
明日基地攻め終わったら帰りは直接帰ってくるんだよね?」
「ああ」
「勝って帰ってきてね?タカの事だから絶対に大丈夫だって信じてるけど」

「ああ。チャチャっと片付けて速攻帰る。
だからそれまで体に気をつけろよ?戦闘より俺はそっちの方が心配だ。」
電話の向こうで可愛い笑い声がきこえる。

「タカ余裕だね。安心しちゃった。
こっちも心配しないで。みんなそのあたりは気を使ってくれてるから」

「そうか。なずな、」
「なあに?」
「...その......愛してる…」

未だに照れるその言葉を、それでもずいぶん自分のせいで寂しい思いをさせたであろう彼女に言うと

「うん!私もすっごく愛してるよっ」
と、こちらは全く照れる事なく口にする。

「早く帰ってなずなを抱きたい...」
と、こちらの言葉には
「もう…!!」
とおそらく電話の向こうで真っ赤になっているであろう彼女の恥ずかしそうな声がした。

「しかたねえだろ、男なんだから。
こっちの方もマジ限界。一ヶ月も触れられないなんてやっぱりありえねえ。
次回からは絶対に連れてく!」

「連れてくって...でも一緒に行ってもみんないるしするのは無理」
「無理じゃねえ。どこか二人になれる所探すかみんな追い出す」
「タカ~!!」

「とにかく...もうこんなのは二度とごめんだ。
なずなを見れない、なずなに触れられない、なずなの声もきけない、その挙げ句に羅刹封印じゃ気が狂いそうだ。
まじちゃっちゃと終わらせて即帰るから」
「うん。待ってるっ」

「ああ。じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみなさい」
電話が切れてからもしばらく携帯を握りしめる。

窒息しそうな憂鬱だった気分がす~っと晴れて、ようやく体内に取り込める様になったように感じる新鮮な空気をひのきは思い切りすいこんだ。



「明日一日で切り上げられれば後二日か...」

寝転びかけて、ふと背中にあたる物に気付いて手を伸ばすと、アニーの携帯が手に当たる。

「あ、そうだった」
ふと思い出してひのきは少し顔をゆがめた。

「思い切りののしったからな、ルビナス、キレてっかな~」
仕方なくアニーの携帯を手にひのきは居間に続くドアに手をかけた。


「ひっ!」
ガチャっとドアを開けてひのきが居間に足を踏み入れると、アニーがすくみあがった。

「アニー、これサンキュー。ジャスミンにはお前からも礼言っておいてくれ」
と携帯を投げると、アニーはポカ~ンと口をあけたまま硬直した。

「...明日は...戦闘に参加してもらえると思っていいか?」

すっかり元通り、というか、このところのイライラの影も消えて落ち着いたように見えるひのきの様子を伺うようにコーレアが言うと、

「当たり前だろ」
と、ひのきは何を言ってるんだ、とでも言わんばかりの口調で言う。

その返答にコーレアがホ~っと大きく息を吐き出して、涙で顔をクシャクシャにしていたルビナスの肩をポンポンと叩いた。

「良かった。
ここまで来て本当にお前に抜けられたらさすがにどうしようかと思ったぞ、タカ」
心底ほっとしたように言うコーレアに、ひのきは気まずそうに謝罪した。

「わりい。ちょっと感情的になってたから...
コーレアもアニーもトリトマも本当に悪かった。
自分一人が戦ってるなんて本気で思ってるわけじゃない。
いくらいらついてても言っていい事と悪い事があるよな。本当にすまん」

深々と頭をさげるひのきにコーレアは笑ってうなづき、アニーは相変わらずぽか~んとし、トリトマは

「でも半分事実だしな。俺はいざという時動けない事もあったし。
ひのきに頼りすぎてたと思う。ごめんな。俺も頑張るから」
と、逆に謝った。

「ルビナスも...悪かった。
お前らの働きがあるから移動もできるし装備もその他色々必須な物が用意されてるのはちゃんとわかってる。
ジャスティスだけで戦ってるわけじゃねえよな。ごめんな」

座り込んだまま泣いてるルビナスの前にしゃがみこむと、ひのきはルビナスの頭を軽くなでた。


「ううん...私こそごめん...
私の方がみっともないわね。
自分で喧嘩売っといて売られたひのき君に謝ってもらっちゃうなんて...
君、やっぱり大人よね。」
しゃくりをあげるルビナスに、ひのきはうつむいてため息をついた。

「いや、原因は俺の内面の問題だから。
戦闘に影響するかもって危惧したルビナスは悪く無い。マジ悪かった」

「で?解決したのか?その問題は」
コーレアがある程度確信をもって聞いてくるのに、ひのきはやはりうなづいた。

「ああ。ジャスミンのおかげですっきり。もう大丈夫だ。心配かけて悪かった」
「ジャスミンの...?」
あの、最初の絶叫からどこをどうやったら?と釈然としないアニー。

「ま、そういう事だ。4人とも悪かったな。俺は明日に備えてもう寝ておく」
せっかく聞いたなずなの声の記憶が薄れないうちに、と、ひのきはちゃっちゃと寝室へ戻る。

パタン...とドアが閉まり、居間に残される4人。



「とりあえず...助かったな」
コーレアが言ってソファーに身を投げ出した。

「やっぱり...実は自信なかった?コーレア」
鼻をすすりながら上目遣いに見上げて聞くルビナスに、コーレアは苦笑いをする。

「最悪の時どうやって撤退するかを考えてた」
「ごめんね、反省してます」

「いや、止めに入るのが遅れた俺も悪かった。
それにまあ...あいつは否定するだろうが確かにタカに頼り過ぎなきらいはあるな。
事実今回もあいつが抜けると考えるだけで非戦闘員を案内できる状況から一気に撤退法考えんとならん事態になるくらいだからな。
あいつもまだ18だ。プレッシャーもすごいだろう」

大人二人がそんな会話を交わしている間、アニーはこそこそ愛しの彼女に電話をいれた。
あの会話から一体何があったのか聞くと、電話の向こうでジャスミンはコロコロ笑う。

「知り合ってから7年間になるけど、初めてひのきが可愛いと思ったわ」

可愛い?可愛い?実はすごい強い女だったのか?
最初の絶叫とあいまって少し恐怖にかられるアニー。

「いったい...ひのきとどういう会話したんですか?」
女性に対する認識が一気にひっくり返るのかと内心青くなるアニーだが、返ってきた答えは意外に普通のものだった。

「ん~?単に姫に電話してあげなさいよって言っただけよ?」
「それだけ...ですか?それで?何が可愛いって?」
「えとね~、怖くてかけられなかった言うから」
「怖くて?」
「うん♪病気とか寝込んでたりとかしてたら動揺して戦えなくなるからと思ってかけられなかったんですって。
ミミズ殴らないだけで激怒する男がよ?

もう2ヶ月以上も前の事をまだ根に持っているらしいジャスミンに苦笑しつつアニーが

「で?結局かけたんですかね?」
と聞くと、ジャスミンは
「じゃない?元気よって教えてあげたら、かけるって言ってたから」
と軽く応じる。

「結局姫効果ですか...」
ジャスミンとの会話を終えてつぶやくアニーの言葉を聞きとがめてトリトマが
「姫ってなずな?」
と聞いてくる。

「ええ。結局体調崩してたりとか知っても戻れないから知りたくなくて連絡取れなかったらしいです。
で、ジャスミンが元気だからかけろって言ってかけたっぽいですね」

「たぶん...10分やそこらよね?かけてたとしても」
ようやく落ち着いてきたルビナスがハンカチを手に言うと、アニーはうなづいた。
「ですね」

「それで1ヶ月分のストレスがオールクリア?」
「みたいですねぇ。
でも考えてみれば姫が来る前のひのきはあんな感じの男でしたよ。
だから不思議でもないかもしれません。
最近妙に丸くなったんですっかり忘れてましたが」

「そうなの?」

「ええ。僕の彼女ジャスミンは未だに根に持ってますけど、ミミズの化け物が出て来た時にジャスミンやファーは武器が手や足なので触るの嫌がったら役立たず扱いした挙げ句に倒すの強要しましたもん。
今も彼女の口からその話でましたし」
アニーは言って笑った。

「そんな感じだったので姫来る前は犬猿の仲でしたよ、彼とは。
ま、最終的にはフォロー入れてはきますけど、意味もなく喧嘩腰で協調性もなくて難しい男でした」

「ああ、そういえば本人もそんな事言ってたな」
トリトマもアニーの言葉にうなづいた。

「私が会った頃はまだ子供だったしコーレアが抱え込んでたから...」
ルビナスがコーレアを見上げるとコーレアは困ったような顔で笑った。

「自信ない事を抱え込みたくなくて頼ってこられないように周りを突き放してたんだろうな。
誰でも多かれ少なかれそういうところがあるが、奴は責任感が強い分失敗をすごく恐れる男だから。
それがなずな君に会って自分に余裕がでてきたんだろう。
まあどちらにしても次回の遠征はなずな君連れだな。
タカに崩れられるとさすがに俺も怖い」

「怖かったですね...正直もう終わりかと思いました」
「俺も...」
「最悪ここでとんぼ帰りよね...」
3人3様にうなづいた。




ロンドンの郊外にポツリとたたずむ建物から念のため2kmほど離れた所に車を止め、ジャスティス5名とルビナスは外に出た。

「打ち合わせ通り俺とトリトマがつっこんで敵を引きつけた所でタカの攻撃で道を切り開いてシランとアニーでルビナスを護衛しながら中に突入してくれ。
探索時間はきっかり2時間。
行く先々でその時間に合わせた爆薬をセットしながら進む事になるから、10分前には絶対に外に出ろよ。出口がなければタカ、壁ぶちこわして作ってくれ」
「了解」

「爆薬のセットはシラン頼む。アニーはルビナスの護衛が最優先で」
「まかせておけ」
「了解しました。」

「トリトマは時間まではとにかく暴れろ。
少しでも多くの敵をこちらにひきつけるんだ」
「わかった」

「最後にルビナス。どうしても3人が分かれる事になったらタカに付いて行け。
お前を連れて無事脱出できる可能性が高い。
で、タカ、きつくなりそうならいったんルビナスを脱出させてからまた戻ってくれ」

「わかったわ。ひのき君、その時はよろしくね」
「ああ、了解した」

「まあこんなところか。何か質問はあるか?」
一通り指示を終えてコーレアが5人を顔を見回す。

「万が一...この前みたいな事で戦えない状況になったらどうする?
脱出させるか?それとも連れて行くだけ連れて行くか?」
ひのきが手を挙げて言った。

「それは...僕の事でしたら連れて行くだけは連れて行って下さい。
攻撃はできなくともルビナスの盾にはなりますから。
防戦一方でも一般人のルビナスよりは打たれ強いですし」

「ああ、そうだな。
シランは実際に対峙するのは人形だからそういう心配もないだろうし、タカは...もうお前が戦えない状況なら全員撤退だ」
コーレアは苦笑いを浮かべた。

「トリトマはそういう意味ではしがらみがないし、俺は退かん。と、言う事でいいか?」

コーレアの言葉に全員うなづき
「行くぞ!」
とのコーレアの声を合図に全員アームスを発動させて前進した。




基地、というにはかなり小規模で初陣には丁度良い感じの建物ではある。
それでも建物を囲む塀の門にはみはりが二人、そしてそこから覗く入り口にはやはり見張りが見えている。

「じゃあ俺達が突入してしばらくしたら小型の爆弾を入り口に向かって投げるからそれを合図に探索組は中に突入してくれ」

コーレアは大剣をかつぐと
「行くぞ!」
と、トリトマに声をかける。

「ああ」
と、トリトマもそれに応えて二人は門に向かって跳躍した。

非常ベルらしきものが鳴り響き、建物内からわらわらと兵士と魔導生物がでてくる。
それをコーレアは大剣で、トリトマは鎌でひたすらなぎ払って行った。

その様子をルビナスはすでにビデオに収めている。


「そうやって撮られてると思うとやりにくいな」
ひのきが後ろのルビナスにちらっと目をむけると、
「そうですね」
とアニーも苦い笑いを浮かべた。

「あら、二人ともカッコ良く撮ってあげるから安心しなさいな」
ルビナスがクスクス笑う。

「なんなら彼女にプレゼントしてあげてましょうか?惚れ直すわよ」
というルビナスにひのきは
「やめてくれ」
と嫌そうに言い、アニーは
「ぜひ!」
とかなり本気な様子で言った。

「さっさと片付けて帰りてえな...」
つぶやくひのきにアニーがちょっと慌てる。

「ここに来て帰るとか言わないで下さいよっ?!」
「心配すんな。仕事はやる。単にちゃっちゃと片付けてえって言ってるだけだ」
雑談するくらい余裕があるのは良い事だ、と、二人の会話にルビナスが小さく笑った。




そうこうしてるうちに入り口近くで爆音と共に煙があがった。

「さて、行くか」
チャっと日本刀を構えて
「ついてこいよ?」
とひのきが先に立ってつっこんだ。


「ひのきとルビナスさんの間に人形はさむ形で、シランさんはルビナスさんの後ろお願いします。
僕はしんがりで後ろ固めますので」
とアニーが言うのに応えてシランが人形と自分でルビナスを挟む形で立つ。

そして
「攻撃はひのきに任せて防御モードにしておくかのぉ」
と人形に向かって
「防御!」
と命じると、それまで大きな曲刀を持っていた人形の両手に棍棒と大きな盾がそれぞれ握られた。

「モードによって武器が変わるんですか、面白いですねぇ」
感心するアニーにシランは
「攻撃で曲刀、防御で棍と盾、遠隔物理で弓、遠隔属性でステッキに変わる」
と説明をする。

「完璧じゃないですか」
その多彩さに舌を巻くアニーに
「ま、所詮人形じゃ。それぞれの本職ジャスティスには適わんがな。つぶしはきく」
とシランは笑ってうなづいた。


「んじゃ、行ってくるなっ」
ひのきは突破口を切り開きながら、通りがかりに外で敵をなぎ払うコーレアに声をかける。
「おお、頼んだ」
とコーレアもそれに応える。




「じいさん、人形遠隔にして上の赤外線関係つぶしていってくれ」

次々わいて出る魔導生物をなぎ払いながらひのきが声をかけると、
「了解した」
とシランはうなづいて
「遠隔物理!」
と人形に命じる。すると人形の手から盾と棍棒が消え、今度は弓矢が握られた。
そしてシランの命に応じて天井の赤外線防御システムを弓で次々破壊していく。

「攻撃範囲外を剣圧で攻撃しようとすると下手すると建物ぶっ壊すからな。
加減が難しくてやべえ。やっぱこういうのは遠隔に限るよな」

その様子を見てひのきが笑うと

「もっともじゃな。
まあ攻撃力は今ひとつじゃがこのくらいの機械なら壊せる。まかせろ」
とシランがゆったりうなづいた。

「ああ、頼りにしてる」
それにそう返してまた前方の敵に向かうひのきにルビナスはホッとする。


前回までの戦闘のひのきは確かに強かったし敵を多く倒しているというのもそうだったが、あえて他と連携をせず一人で孤立するような戦い方をしていた。

テンポよくやれているうちはいいが崩れる時にフォローも入りにくいし立て直しもしにくく安定度にかけているのが気になっていたのだが、今回は任せるところは任せてるので不測の事態が起きても対応する余裕がかなりある。

精神的に安定している現れだろう。
ルビナスは安心してビデオ撮影に集中した。


「左、ドアあるな。開けるからその間正面の敵アニー警戒してくれ。
ルビナスとじいさんは安全を確認するまで一歩下がれ」

「了解、どうぞ」
アニーがひのきの横に立ち、正面の敵を防ぎ、ひのきは剣で警戒しながらドアを叩き斬った。
バラバラっと鉄のドアが木屑のように崩れ落ちると、まずひのきが中に入る。

「オッケー。ルビナス入れ、ただし俺より前には出るな」
剣を構えて言うひのきの言葉にルビナスが中に入る。

「ここは...」
青くなるルビナス。

「イヴィル制作室みてえだな。しっかり撮っておけ。
じいさんも入ってアニーは入り口で敵を防げ。
んでじいさん科学者の中で頭良さそうなあたりを一人人形で確保。」
即飛ぶひのきの指示でアニーとシランが動く。


手術台には手足を縛られた女が一人横たわっている。
見たところ丁度手術が終わったところらしい。

「助けてっ!!!」
女は4人を見るとジタバタと身をよじらせた。

科学者達は非戦闘員らしく、怯えた様子を見せている。
シランはその中でも若干他と服装の違う、おそらく責任者らしき男を一人確保した。

「他の奴は手を頭の上にやって後ろを向け」
ひのきが指示すると他は大人しく従う。

「んで?今手術がおわったところか?」
ひのきが聞くと確保した男はこくこくうなづいた。

「今すぐ種子を取り出せば間に合うの?」
というルビナスの言葉には男は首を横に振った。

「いや、種子は体内に入った時点で発芽して細胞と融合する、切り離すのは無理だ」
「そうか」
男の言葉にひのきは即手術台の上で暴れている女の首を切り落とした、

信じられないといった様子で目を見開いたまま、女の首が手術台に転がる。

「ひっ...」
ルビナスが小さく悲鳴を上げた。

「手、止まってる。ちゃんと撮っておけ」
ダランとビデオを持った手を下げたままその場に崩れ落ちかけるルビナスの腕を持ってその体を支えると、ひのきは低い声で言った。

それから科学者の首筋に手刀を落として気絶させる。
科学者の方はそのまま人形に抱えられた。

「アニー、ここから壁に穴開けて出口作ったらじいさんと人形護衛しながら車戻る自信あるか?」

ひのきの言葉にアニーは
「それはどういう意味で?」
と聞き返す。

「このおっさん本部に連れて帰りたい」
「なるほど。僕は大丈夫ですよ。んで、ひのきとルビナスは?」
「俺はルビナス護衛してさらに奥行ってみる。
ま、この姉ちゃんにまだ気力あれば、だが?」

チラっとルビナスに目をやると、ルビナスはまだガタガタ震えている。

「しかたねえ。俺が撮って来てやるからビデオ寄越せっ。
ただし脳筋だからどこ撮れば良いとかわかんねえからな」

ため息をついてビデオに向かって差し出したひのきの手をルビナスはピシっとはねのけた。

「そ、それじゃあ意味ないわよっ。
大丈夫!やるわよっ。しっかり護衛してよ?ひのき君」

まだ震えが止まらない手で気丈にまたビデオを構え直すルビナスに、ひのきは小さく笑った。

「了解っ。じゃ、アニー、というわけだからお前は離脱しろ。
車についたら重要人物だから万が一の事考えてこっち戻らずそのまま車で待機してくれ。じいさんは余裕あれば戻ってコーレア達に事情と作戦変えた事話してくれるとありがたい。爆弾は俺がしかけていくから貸してくれ」
そういってひのきはシランから爆弾の袋を受け取る。

「ちとルビナス後ろ向いてろ」
「え?」
「いいからさっさとしろっ!」
「わ、わかったわよ」

ルビナスが不承不承背をむけて入り口の方をむくと、ひのきは壁際に立っている科学者達に向かってシュっと刀を一閃した。
全員が声もなく首を切り落とされて絶命する。

「ここはもう撮っただろ。そのまま振り返るなよ。さっさと部屋を出ろ」
刀をさっと一振りして血をふるい落とすと、ひのきは入り口に向かって歩き出した。

言われてルビナスはそれでもおそるおそる後ろを振り向いて悲鳴を飲み込む。

「振り向くなって言ったろ」

膝から崩れ落ちそうになるルビナスの腕をつかんで支えると、ひのきは入り口に固まっている敵を片手で一掃する。
そして廊下の壁に向かってまた刀を一閃して壁を壊した。



「んじゃ、アニー頼んだぞ」

やっぱり片手で迫る敵をなぎ払いながらひのきが言うと、アニーはシランとシランの人形を護衛しつつそこから外に消えて行った。



「んで、そろそろ自力で立ってもらえるとすげえありがたいんだが?」
それを見送ってひのきが言うと、ルビナスは
「わ、わかってるわよっ!」
と震える足に力をいれてふんばった。

なんとか一人で立てそうなのを見て、ひのきはルビナスの腕を放すと両手で刀を握る。


「ね、ねえ、さっきの科学者達って...イヴィルじゃなくて普通の人間よね?」
ひたすら敵の魔導生物をなぎ払いながら進むひのきの後ろを離れないように注意しながらルビナスは口を開いた。

「ああ。だから?」
「殺す必要...あったの?」
「あった」
ルビナスの問いにひのきは短く答える。

「どうして?戦闘力は皆無なんじゃないの?気絶させるだけじゃ駄目だったの?」
さらに聞くルビナスにひのきは小さく息をついた。

「理由は二つ。
一つは万が一途中で気付かれて他にこっちの動き連絡でもされるとやっかい。
もう一つは生きてればまたイヴィル作るから。
んでな、お前は歩いてるだけだから気にならんかもしれねえけど、今一応戦闘中だからな。
即必要な質問以外は車に帰ってからにしてもらえるとありがたい。気が散るから」
言われてルビナスもハッとする。

「あ...ご、ごめんね」
「いや、アニーがいれば良いんだけどな。
俺本来アタッカーだからな、防御得意じゃねえから他人守りながらって結構てんぱるんだ。悪いな。」
「ううん。ごめん。黙ってついてくから戦闘に集中して」
「サンキュー」

得意じゃないと言いつつ、前後の敵をルビナスに近づける事なく一掃して進んで行くひのきにルビナスは感心しつつもビデオを回しながらついていく。

基地の中でも規模の小さい物だったらしく、手術室の他は種子のサンプルが保管されている部屋くらいしかめぼしい場所がないまま10分前になり、種子のサンプルをいくつか持ち出して二人は脱出した。




「お疲れ。ここからだと車は北西2.4kmってとこだけど、まだ歩けるか?」

安全なあたりまで来て基地が爆発するのを確認すると、そのまま地面に座り込むルビナスにひのきは声をかけた。

「なに?歩けないって言ったら運んでくれるの?」
冗談まじりに言うルビナスに、ひのきは小さくため息を落とした。

「年寄りは仕方ねえな」
言っていきなりルビナスを抱き上げる。

「ちょ、ちょっとひのき君、冗談よ、冗談!!」
あわてるルビナスに
「舌かむから黙っとけ」
と言うと、ひのきは車の止まってる方向に跳躍した。

「んじゃ、この辺からは歩け。他に見られたらお互い嫌だろ」
遠目になんとか車が確認できるあたりまでくるとひのきはルビナスを下ろす。

先に立って歩き出すひのきの後ろを歩きながらルビナスはクスクス笑い声をあげた。

「ひのき君てさ...」
「ああ?」
「女にもてるでしょ?」
「はあ?」
唐突なルビナスの言葉にすっとんきょうな声をあげて振り向くひのき。

「なんだよ、それ?」
「いや、君ってさ、すごいぶっきらぼうなのに反面優しいから。もてそう」
「馬鹿かっ」
吐き捨てるようにいって、ひのきはまた前を向いて歩き出した。


「お疲れ、タカ。今回は本当にご苦労だったな」
車に戻るとコーレアが笑顔で出迎える。

「全くだ。もう盾なし戦闘はまっぴらごめんだ。めちゃしんどい」
「あら、堂に入ったものだったわよ?」
吐き捨てるように言うひのきの後ろでルビナスが笑った。

「ま、今回は思わぬ収穫もあったしな。堂々の凱旋だな」
ひのきの肩をポンと叩いて笑顔を浮かべるコーレアに
「ああ、やっと帰れるな」
とひのきも笑顔を返した。



「ひのき、今回はお疲れさまでした」
部屋に戻るとアニーが笑顔で言う。

「ああ、アニーもお疲れ。
戻る道々敵大丈夫だったか?おっさん連れては大変だっただろ?」

「いえいえ。ひのきに比べればね。敵もそういないし余裕ですよ」
アニーの言葉にひのきは苦い笑いを浮かべた。

「全く慣れねえ事はするもんじゃねえな。盾なしきつい。
盾様々だと思ったな、今回は」

「まあ...後ろにいるのがルビナスじゃね。あの人大人しくしてくれそうにないし」
ひのきの言葉にアニーが言うと、ひのきは小さく首を横に振った。

「いや、今回はわりとな、黙ってついてきてたぞ。向こうも仕事だしな」

言ってメールを打っていたトリトマにも

「お疲れ、ようやく帰れるな」
と声をかける。

「ああ。長かったな。ひのきもお疲れ」
とトリトマも返す。

「んじゃ、悪いんだが先風呂使わせてもらっていいか?
この通り血だらけで部屋汚しそうだしな」
一通り挨拶をかわすとひのきは肩をすくめた。

「ああ。はい、どうぞ。ごゆっくり」
「ああ、ゆっくり入ってこい」
二人が言うのに軽く手をあげてひのきは下の浴室に向かった。




「ルビナス、お疲れ。初現場はどうだった?」
大人組は任務を終えて居間でゆっくり酒を傾けている。

「正直...びびったわ」
「お前でもびびるのか」
ルビナスの言葉にコーレアが笑った。

「敵じゃなくてね...お子様達に」
言ってルビナスは少し視線を落とした。

「あの子達まだ10代なのにね...すごい環境に身を置いてるのね」
「...何かあったのか?」

ルビナスはこの遠征中資料としていくつかの戦闘に同行してその様子をビデオに収めているので、戦闘自体を目にするのが初めてというわけではない。
今回は何か特殊な事があったのだろうか、とコーレアはルビナスの顔を覗き込んだ。

「...手術室の一件...か?」
黙り込むルビナスに代わってシランが口を開くと、ルビナスはうなづいた。

「手術室の一件?」
不思議そうにきくコーレアにシランがあった事を説明する。

「なるほどな...」
聞いてコーレアがうなづいた。

「あんなに短い間に人間を斬る判断を下してためらいなく斬れるひのき君にも、それを当たり前にうけとめてるアニー君にも驚いたわ」

「まあそれが俺達ジャスティスの仕事だからな...」

「しかしトリトマにはあそこまでできんだろうな...あの小僧はワシもすごいと思う。
お前の若い頃を思い出したぞ、コーレア」
シランが言うのにルビナスは顔を上げてコーレアをみる。

「コーレアも...あんな事してたの?」
ルビナスの問いにコーレアは苦笑した。

「アタッカーはな...しかたないんだ。
ためらえば倒さなかった敵の攻撃は打たれ弱い後方で支援するあたりに向かい、それを守ろうとする盾を下手すると殺す」

「モンスターならともかく、人を殺すのって怖くない?」

「怖いな。少なくとも俺はな。
だが仲間を死なせるのは怖いだけじゃなくつらいからな」
コーレアはブランデーをあおる。

「盾には盾なりの、支援は支援なりのつらさはあるんだろうが、他は戦闘が終わればそのつらさも守るべき者を守れたという達成感に変わる。
だがアタッカーは戦闘後も殺してしまった悔恨と恐怖を抱え込むんだ。
だから...お前にはお前の考えがあるのはわかるがあまり追いつめてくれるな」
コーレアの顔から笑顔が消えた。

「タカは...平気なわけじゃない。
優しいから他につらい役割を負わせないために殺しにくい相手ほど自分が手を汚す。
遠征前のフリーダムがイヴィルになった時なんかな、たった18歳のタカがもう32にもなろうとする俺をかばって元自分の仲間を二人とも手にかけようとしたんだぞ。
俺はその時イヴィルになった相手を知ってたわけでもない。
本当なら俺が二人とも殺ってやるべきだったのに。
俺は今でもその事を後悔してる」
言ってコーレアは両手に顔をうずめた。

「コーレア、ごめん。別に責めてるとか彼らが怖いとかじゃないのよ。
ただ...あんな子供達がそこまで追いつめられるような状況におかれてるのがね...怖かったの。
ひのき君が優しいのはわかってるから。
あの子敵の科学者斬るのに私に後ろむいてそのまま部屋出ろって言ってくれたのよ。
私がそういう場面を見ないでいいように。
まだ18なのにね...
10歳も上の私にそう言って自分はそれを目の当たりにするどころか自ら手を汚すんだなって思ったら、なんだか...ね。やりきれない気分になったわ」
ルビナスは手の中でグラスを回す。

「口は悪いけどね...ずっと気を使ってくれてたのはわかってた。
敵なんて当たり前のように駆除されてたから私はただ歩いてるだけで...
彼は私を護衛しながら敵を駆除して、あまりにショッキングなものはなるべく私の目に触れない様に気を配って、それでも戦闘後は私が疲れてないかって気にしてくれて...そんな忍耐強い優しい子を大激怒させちゃったのね、私って」

「まあ...あれはな、ポイントが絶妙に最悪だったから」
がっくりと肩を落とすルビナスに困ったようにコーレアは頭をかいた。

「あ~あ。これじゃあ支援なんて偉そうに言うなって言われても確かに仕方ないわね。
いっそのことひのき君の彼女にでも弟子入りしようかしらっ」
ルビナスがぐ~っとブランデーを一気に飲み干していうのに、コーレアは笑った。

「それは案外良いかもしれんぞ。
彼女はなんというか……ジャスティスというのを別にしてタカの彼女だというのも別にしても支援の天才だからな。
なにしろ人見知りの強いトリトマですら一瞬で懐いたくらいだから」

「ああ、そういえばそんな事もあったわね」
思い出してルビナスも笑った。



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