『おっかえり~、タマv』
久々に"仕事"をした気分で若干疲れて自室に戻ると、いきなり日本語が振って来た。
昨日の今日じゃないか?勉強するって言ってたの』
満面の笑顔で出迎えるホップを見上げると、ホップはちょっと困った顔をした。
「ああ、挨拶以外はまだわかんないか?」
苦笑するユリにホップはうんうんとうなづいた。
「うん、ごめんな。絶対にすぐ覚えるからっ。
俺そういう意味ではそれほど馬鹿じゃないと思うから2~3ヶ月あれば簡単な会話くらいはいけると思う」
「ん~、別に急ぐ事ないだろ。
無理はすんなよ。任務も忙しくなるし」
ユリはそのまま居間の炬燵テーブルの前の座布団に座る。
「お茶煎れるなっ」
ホップは続いて居間に入り、用意しておいた急須に茶葉をいれ湯を注ぐと、少し置いて湯のみに煎茶を注いだ。
「お前...もしかして茶の煎れ方とか勉強した?」
一口それを口に含んでユリが湯のみに目を落とすと、ホップはうんうんとまた首を縦に振る。
「もちろんさっ。
いわゆる良いお茶ほど低い温度でゆっくり出した方が旨味がでるんだよなっ。
これは良い煎茶だから70度で煎れたっ。
玉露とかなら50~60度、焙じ茶や玄米茶なら100度♪」
「すごいな...」
感心するユリにホップはにっこりと言う。
「だってタマ日本茶好きだろっ。自分で選べる時はいつでも日本茶飲んでるから。
せっかく鍵もらったんだし、帰ってきたタマに美味しいお茶いれてあげたかったんさ♪
そのうちちゃんと日本語しゃべれるようになるから、そうしたらもっとリラックスして過ごせるようにしてあげられるさ♪」
「お前...もしかして居着くつもりか?」
チラっと目を向けて言うと
「だめ?」
と、ホップは主人の指示を仰ぐ犬のような目をユリにむける。
「ダメじゃないけど...」
その視線に負けてついついユリが言うと、ホップはとたんにまたニカ~っと満面の笑みを浮かべた。
「さんきゅ~♪俺さ、この部屋すっげえ好き♪なんかタマっぽくてさっ。
いつか平和になったらさ、一緒に日本行って住みたいなっ♪」
「日本かぁ...」
ユリは感慨深げに少し遠くを見る。
「タマの家族とかさ、会ってみたいし♪あ、俺ん家もさ、一度見て欲しいっ」
「お前の家ってにぎやかそうだよな」
ホップの言葉にユリがちょっと笑うとホップはうなづいた。
「うん♪タマみたいにすごい家じゃないけどみんな勉強だけはできてさっ、でもすごい馬鹿やるのも好きで...
上の兄ちゃんと姉ちゃんが大学教授で、下の兄ちゃんが企業の研究機関で働いてて弟と妹は俺が家でた時はまだ学生だった」
「...って...6人兄弟か?すごいな」
「まあね~。
おかげで俺が15歳でフリーダムの試験受けたいって言っても無問題だったしっ」
「...15でフリーダムの試験受けたって事は...もしかしてお前15の時には大学卒業してたのかっ?!」
通常ジャスティス以外の職員の試験の応募資格は20歳以上だが、ブルースター指定の4つの大学のどれかを卒業した人間に限っては15歳から応募資格が与えられるのだ。フェイロンやシザーもそのクチだ。
「ポチ、お前って実はすっごい頭良かったんだな...」
驚くユリにホップは照れたように頭をかいた。
「上3人がすごい頭良かったから、当たり前に色々教えられて勉強してたからさ。
でも別にガチガチの秀才とかじゃなくて、すごい明るい家だった」
「まあ...お前見てるとな、そんな気はする」
ユリはうなづいた。
「タマん家は?やっぱりすごい家?」
「あ~...日本にしては広い家かな。
今たぶん親父と使用人しかいないけど。兄貴は失踪したらしいし」
ユリが膝を抱え込んでお茶をすすりながら言うと、ホップは目を丸くした。
「失踪って...なんでまた?兄貴って事は跡取りなんじゃ?」
「ん~、鉄線の家の中では本家なんだけど、分家には人いると思うから家自体は続いてく...はず」
「はずって...」
「鉄線の家だけじゃなくてな、河骨の同世代も結構失踪してるらしいし、確かな事はわかんないな」
「失踪ブーム?」
ホップの言葉にユリは吹き出した。
「ブームっちゃブームだなっ」
「そもそも...考えてみれば"らしい”って言う事は、タマが家出てからの出来事さ?」
ふと不思議に思ってホップが聞くと、ユリはうなづいた。
「ん。私一度逃げ帰ってるからさ。11歳の頃」
「実家に?」
とさらに聞くホップにユリは笑って首を横に振る。
「いや、本家」
「はあ?」
首をかしげるホップ。
「よくわかんないさ、なんで本家に行くん?」
「さっきトリトマに言っただろ。
お館様は頼って来た身内を見捨てたりしないって。
まあ次世代に仕える事になる私らにとってはそれは若様なんだけどさ。
若様なら絶対に助けてくれるって思ってたんだよな」
「で?助けてもらえたん?」
「いや。ちょっと前に私らにとってのお館様はブルースター本部に拉致られて行ったとこで...ろくにそんな教育も受けてない、ただ本家に生まれたってだけの弟様が跡取りになってたからさ、親共々本家に迷惑かけるなってえらく怒られた挙げ句に強制送還されましたが?」
皮肉な笑みをうかべるユリ。
「そんな跡取りだったからみんな失踪したん?」
「ん~...それもあるだろうけどさ...」
ユリは湯のみを手の中でクルクル回す。
「やっぱり私らにとってのお館様はやっぱりブルースターに拉致られてったひのきだったんだよな」
「ひのきって...タカ?」
ホップの問いにユリはうなづいた。
「いくら本家のために命捨てろって言われてもさ、はいそうですかって納得できるわけないじゃん?
だから本来はお館様ってこいつのためなら命捨てても仕方ないなって思える奴じゃないと駄目なんだよ。
そのために本家の嫡男は一族の誰よりも心身ともに強く、物理的にも精神的にも一族を守っていける人材に育てられるんだ。
さっきさ、5歳の時に同年代の子供一同集められたって言ったじゃん。
その時点では相手は本家の偉い人って思える奴もいれば、他人の下につかないといけないのかって辟易としてる奴もいるわけ。
後者の子供は子供だけになった時にひのきに挑んでってことごとく返り討ちにされたわけなんだけどさ。
私の双子の兄貴も後者でな、正攻法じゃ無理ってんでやめときゃ良いのにこっそり落とし穴なんぞ作ってだな、穴を隠してる最中にひのきが通りかかったのに慌てて足滑らせて、助けようとしたひのき巻き込んで穴に落ちるなんて醜態さらしたわけなんだ。
んで大人に助けを求めようとした周りを制して、ひのきの指示でこっそり梯子拝借してきて上ってきたんだけど、まあ怪我もしてたし大人には当然ばれるわな。
でもひのきさ、自分が落ちかけたのを兄貴が止めようとして一緒に落ちたんだって言ってさ、かばったりしてさ。
で、その時はそのままなんとなく終わったんだけど、館帰ったあとな、兄貴軽傷だったんだけどひのき骨を折っててさ、落ちる時に兄貴かばったせいでな。
でもそれ兄貴達には言うなって言ってたらしいんだよね。
おかげでみんな奴がそんな大けがしてるなんて知らなかったんだけど、まあなんつーか好奇心に負けて覗きにいった私のおかげでばれたんだけどな」
最後のユリの言葉にホップは小さく吹き出した。
「んでな、兄貴も他の喧嘩ふっかけた奴らもちと神妙に反省して謝罪に行ったんだけど、その時の奴の言葉が
”自分より弱い奴に自分の命を預けられないと思うのは当然の事だ。
ちゃんとそれを考えて行動するお前達は賢いし優秀だ。何も謝る事はない。
むしろ誇っていい。
俺はまだまだ未熟者のガキだから今は上だからとか下だからとか言うな。
俺はもっと精進するから俺が大人になってお前達が認められるくらいの男になった時には力を貸して欲しい。
なるべき時期までに俺がそうならなかった時には無能な大将の下で無駄死にをするな。
遠慮なくお前らの誰かが取って代われ”
感動した兄貴に腐るほど聞かされたおかげで一言一句覚えちゃったわけなんだけどな…(苦笑)
もうな、5歳児の言葉だぞ?これ。ありえんだろ?
兄貴なんかもう将来はひのきのために死ぬんだって張り切っちゃってな。
ちなみに...その時の悪ガキ全員失踪してる」
「なるほど」
ホップが納得してうなづいた。
「そりゃ惚れるな」
「だろ?」
「うん」
「だからさ、私が助けてもらおうと思って訪ねたのは、その若様だったわけ。
そしたらもういねえでやんの」
ユリはトンと湯のみを置くとまた茶を注ぐ。
「まあ...本人的には今はすっかり一般ピープルの生活を満喫してたんだろうけど、結局そういう風に育っちゃってるからさ、どこかにじみ出るものがあって自然にみんな頼ってきちゃうんだよな。
たぶん2年後くらいにフリーダムあたりに20歳になった失踪した面々がひょっこり紛れ込んできたりとかもしそうだし。
...というわけでな」
ユリは唐突にホップを振り返った。
「私もたぶん3つ子の魂なんとやらかもしれない。
別に兄貴みたいにこいつのために死のうとか思ってはいないけど、やっぱりさ、お館様に面倒みようって意思表示されるとさ、なんとなくな、今もそれってお前にとっては不快なのかもって思いつつもジャスミンをちょっとおとしてきたし...手伝っちゃう自分がいるんだよな。
お前は確かに特別なんだけど...でも一番に優先してやれないと思う。
だから...」
「ん、それは全然いいさ」
うつむきかけるユリの言葉をホップはさえぎった。
「タマにとってさ、仕事上の絶対者って事だろ?
俺は別にタマの絶対者になりたいわけじゃねえし。
タマが一番しんどくなった時に俺んとこ戻ってきてくれるなら、それでいい」
「...お前...やっぱり馬鹿だな」
「馬鹿犬なんしょ?」
ホップは昨日と同じ様にユリを抱え込む様にユリの後ろに座って笑った。
「あ、でもタカとキスとかなしなっ」
「だ~れ~がっ!気味悪い事言うなっ!」
あわてて言うホップにユリが本気で気持ち悪そうに言う。
「気味悪いって...」
苦笑するホップ。
「西洋人みたいに誰かれ構わずキスする習慣はないっ!」
「誰かれ構わずって、それ偏見さ。でも...」
そこまで言ってホップは首を伸ばして横からユリの顔をのぞきこんだ。
「俺にはしてくれたよな」
「うるさいっ!」
赤くなってフイっと反対側をむくユリにホップは少し笑いをもらす。
「今度は俺からしていい?」
「...勝手にしろ」
「んじゃ、勝手にする~♪」
言ってホップは少し横にずれたが、そのまま少しユリを眺めたあと、
「やっぱ今度」
と、元に戻った。
「...?」
不思議そうに少しホップを見返るユリの視線を避けるようにユリの肩に額をつけると、ホップは
「うん。自制が効かなくなるとまずいからさ~、今は。
今度レンにスキンもらってきて準備万全にしてから」
と、クスリと笑いをもらす。
「誰がそこまでいいって言ったよ?」
「だめ?ちゃんとスキンつけるけど」
「...だめじゃないけどやったことないから他でやってからな。
そういうので縛んの好きじゃないから」
ユリの言葉に一瞬ポカ~ンとしたホップは次の瞬間大慌てでユリに回した手に力をこめた。
「タマ~!だめだってっ!絶対にその発想おかしいって!!
他の奴とやるとか絶対にだめっ!やだっ!!」
「ん~、でも最初にやったからってだけで縛り付けんのとか嫌じゃん?」
「そういう問題じゃないって!
つか、最初だろうとなかろうと、やろうがやるまいが、俺もうタマの所有物だからっ!
そういう意味では縛り付けられてるしっ」
「そうか?」
「うん!だからお願い、やめて」
わけのわからないその発想に半泣きになりそうなホップ。
「そうまで言うなら...やめとく」
と、腑に落ちない顔でそれでも言うユリの言葉に、ほ~っと肩の力をぬいた。
ひのきも発想がわからない事がよくあったが、ユリはそれ以上だと思う。
他人の気持ちがよくわかっているようでわかっていない。
まあ発想が独特なのはトリトマ同様、一部に避けられていたためそれまでの人間づきあいが著しく偏っていたせいなのだが、さすがのホップもそこまで気が回らない。
しかし大人と子供が同居したようなユリ自身にひどく惹かれる自分を日々実感していた。
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