青い大地の果てにあるものオリジナル _2_7_ 悪魔の眼

ひのきの部屋を出てトリトマの足はまっすぐファーの部屋へと向かった。

女の子の部屋を訪ねるなんて初めてなので緊張する。
さっきなずなに託された手の中の菓子とお茶の包みだけが頼りだ。
これで一応訪ねる理由はある。

あとは...自分次第だ。
部屋のドアの前で大きく深呼吸をすると、トリトマはファーの部屋のベルを鳴らした。


「はい?」
さきほど分かれたばかりのファーの声に緊張するトリトマ。

「俺、トリトマだけど...。
なずなからファーに渡してくれって頼まれた物があって...」
声が震える。

心臓が口から飛び出しそうなくらいドキドキしながら待っていると、ガチャっとドアが開いてはしばみ色の頭が中からのぞいた。

あれからも部屋で泣いていたのだろうか。
涙は乾いているものの少し目の赤いファーが出てくる。

「ありがと~。何かな?」

包みを受け取って言うファーに
「今日焼いたクッキーとピーチティだって言ってた」
と答えるトリトマ。

「ああ、ホントだ。いい匂いするね~」
クンと包みに顔を寄せて匂いをかいでにっこりするファーにトリトマは少しほっとした。

「トリトマも良かったら食べてかない?」
機嫌良く言うファー。

「良いのか?」

「うん♪入って」
ファーは言ってトリトマを中にうながした。


「その辺に適当に座っててね~。今もらったピーチティ入れるから♪」
言われてトリトマはソファに腰をかける。

「これ、すっごい良い匂いだよ~♪」

やがてピーチティのポットとカップを二つ盆に乗せてファーが戻って来てトリトマの正面に座った。
そして同じく持ってきた皿にテーブルに置いておいたクッキーをのせる。
サクっと良い音をさせてクッキーをかじると、ファーはトリトマにも勧めた。


「姫の手作りのお菓子はね、すごい美味しいんだよ♪
唯一の治癒能力者だから任務もすごく忙しいんだけど、ちょくちょく作ってお裾分けしてくれるの」

トリトマも勧められるまま一つ手に取って口に放り込む。
甘さ控えめでサクっとした歯触りで美味しい。
その間にファーは手早くピーチティを二人分カップに注いだ。

「さっきはごめんね。いきなりびっくりしたよね」
コトっとカップをトリトマの前において、ファーは苦笑した。

「最近ちょっと色々あって...すごくナーバスになってたから。
本当にトリトマのせいじゃないんだ」
ファーの言葉に言おうか言うまいか悩みつつ、結局トリトマは口を開いた。

「悪い。実は今までひのきの所行ってて...色々全部聞いて来た」
トリトマが言うとファーは一瞬動きを止める。

しかしすぐ
「そっか」
と、息を吐き出した。

「あきれたでしょ。
ずっと兄さんにおんぶにだっこで、ジャスミンにも適わなくて、勝手に色々舞い上がってたりした挙げ句、これだけ鍛錬しても全然成果もなくて...
ジャスティス一のお荷物なんだ、私」
自嘲気味にファーは笑った。

「こんなのと勝手に同じ扱いされたらトリトマも迷惑だよね」
また失敗したのか...とそのファーの様子を見てトリトマは内心ため息をついた。

どうすれば良いんだろうか...。

よくわからないがとりあえずファーのおそらく触れられたくない部分に触れた事は間違いない。
それなら少なくとも自分も相手にそういう部分を見せなければフェアではない、とトリトマはしごく真面目に考えた。

自分が年齢の事とは別に嫌われて避けられて来た理由。
それを知ればファーも自分を嫌うだろうか。

初めてできた友達。嫌われるのは悲しい。
それでも相手を先に傷つけたのは自分なのだ。

「あの...な。ファー。俺、ファーに隠してた事があって...
それ知ったらファーの方が俺の事嫌いになると思う」

手を固く膝の上で握りしめて、それでも勇気を出して口を開いたトリトマをファーは不思議そうに見る。

「隠してた事?」
「...ああ」
言ってトリトマは震える手でぎゅっと目をつむりながら眼帯のヒモをとく。
そして、ハラリと眼帯が取れると、ゆっくり目を開けた。

普段見えている右のグリーンの瞳と反対側の左の瞳は金色だ。

視線が痛い。
ファーが息を飲んで自分を凝視するのを感じる。

左右の瞳の色が違う。
それはトリトマが生まれ育った地方では悪魔の目と言われて忌み嫌われる。
そういう目を持って生まれたトリトマはやはり不吉な者と言われて両親共々村を追われた。

8歳の時に父が、11歳の時に母が亡くなって、15でクリスタルに選ばれた者としてブルースターから迎えが来るまでは、他に身寄りのないトリトマを仕方なく引き取った父方の祖母の村はずれの納屋の中で閉じ込められるようにして育った。

ブルースター内でもコーレアとシランのジャスティスコンビ以外はその目を気味悪がったので多少視界が悪くなる事を圧してでも眼帯をつける事にしたのだ。
トリトマが著しく人付き合いに慣れてないというのは、年齢的なもの以外にもそれが大きな要因となっている。


「綺麗...黒猫みたいだね、トリトマの眼」

緊張のあまり硬直して放心していたトリトマがふと気付くと、顔と顔がくっつきそうなくらい近くにファーの顔がある。

「こっちの目、見えないの?」

左の目元にそっと小さな手を添えてきくファーに

「いや、見える」
とトリトマが答えると、ファーは不思議そうな顔をして小首をかしげた。

「じゃ、どうして眼帯してるの?」
「...悪魔の目...だから」
トリトマの言葉にファーの顔が何故かぱ~っと輝いた。

「すっご~い!もしかして何か光線でたりとかするの?!」
はあ??

発想の飛躍に付いて行けずに戸惑うトリトマにファーはきっぱり言う。

「だって...悪魔の目とかいって隠すなら何かすごい攻撃機能もってるものじゃないの?」

「ファーって...発想がすげえ...」
思わずつぶやくトリトマにファーはぷ~っとふくれた。

「あ、馬鹿にしたでしょ~、今!
どうせ私は兄さんとかと違って馬鹿だもん!」

「いや、馬鹿にしたわけじゃなくて...」
トリトマはちょっと困って、小さく息をついた。

「ファー、悪魔の眼って聞いた事ないか?」
「ないっ」

「えと...な。俺が生まれ育ったあたりの地方では俺みたいに左右の瞳の色が違うのは悪魔の眼とか言って縁起の悪いものって事で忌み嫌われてたんだ。」

「え~、なんで??トリトマの眼、絶対に綺麗だしカッコいいよ!
すっごい個性的じゃない!
私なんかなまじ双子で何でも二人一緒くたにされてたから超うらやましい!

社交辞令とかではなく、本心からそう思っているらしいファーにトリトマは思わず笑みをこぼした。

「個性的なんて言われたのもカッコいいなんて言われたのも初めてだ。
...これ見せたら絶対にファーにも嫌われると思ってた」

「そんなこと絶対にない!私トリトマの眼すっごく好きっ。
もうね、私今まではひのきになりたかったんだけど、今はトリトマになりたいかもっ!
そのくらい好き!」

興奮して言うファーにやっぱり
「はあ?」
とぽか~んとするトリトマ。

「私がこんな綺麗な眼もってたらあちこちに自慢しちゃうよっ!
隠すなんてもったいない」

「でも気味悪がられるから...」

「気味悪くなんてないよっ。
ね、明日から眼帯取ろう?
それで朝一で鍛錬して、それから一緒にご飯食べようよっ」
嬉しそうに言うファー。

おそらくファーはそういう迷信とかを知らないし、気にしないのだろう。
だが、基地内の大部分は気味悪がるだろうな、とトリトマは思う。
それでも...ファーが好きと言ってくれるなら良いか、とも思った。

「ああ、そうだな。そうしよう」

トリトマがうなづくと、

「じゃ、明日から、約束ね♪」
とファーが嬉しそうに微笑んだ。


翌朝...ファーと居住区で待ち合わせて鍛錬室に向かうまで、行き交う人々がある者はコソコソとある者は露骨にトリトマを振り返って行く。

北欧支部でもよくあった光景だが隣に嬉しそうに自分を見上げるファーがいる、それだけで心地悪さがかなり減る。
それでも鍛錬室に着く頃には人の視線にかなり疲れているトリトマがいた。

昨日と違って早朝は鍛錬をする人間も多い。
ファーと鍛錬している間も周りがコソコソ噂する声が気になる。

それでも別に無理に接触を持つ必要のないあたりは不快なだけで無視すればいい。
だが、他のジャスティス相手だとそういうわけにも行かない。
下手をすれば任務に支障をきたすのではないだろうか、と、不安になってきた。

今ひとつ集中のできない鍛錬を終え、ファーと二人で食堂に行き、それぞれトレイを手に席を探した。


「あ、おっはよ~!」

心の準備をするまでもなく、ファーはブンブンと本部組のジャスティスが固まってるあたりに手を振って、トリトマの腕をひっぱっていく。

「おすっ」
とひのきが、
「おはよう」
とホップ、ユリ、ジャスミンが
「おはようございます」
と、なずなとアニーがそれぞれ挨拶を返す。


「トリちゃん、ファーと一緒だったんか」
ホップがトリトマにも声をかけて、おいでおいでというように手招きをして席にうながす。

「良かった。仲直りできたみたいですね」
と、なずなも二人に笑顔を向けた。

「姫、昨日はクッキーありがと~。とっても美味しかったよ♪」
ファーが満面の笑顔で席につく。
トリトマもその隣に続いた。

「...あ」
トリトマに眼を向けて凍り付くアニーとジャスミン。

おやっ?と言う顔をするのはホップ。
日系トリオは気付いているのかいないのか無反応だ。

最初に行動にでたのはアニーだ。
少し腰をあげて正面でみそ汁をすするひのきをツンツンとつつく。

「ああ?」
めんどくさそうに眼だけあげるひのきに
「きづかないんですか?」
と、ちらっとトリトマを見て小声でささやく。

ひのきはアニーの言葉にチラっと一瞬トリトマに眼をやって、それからまたみそ椀に視線を戻した。

「だからなんだ?」
「だから?、じゃないですよ!」
さらに言うアニーにひのきはわざとらしくため息をついた。

「お前らなぁ...仲悪いのは勝手だが、俺を巻き込むなっ!
俺は朝っぱらから説教なんざしたくねえっ!」

「はあ?」
ぽか~んとするアニー。

「ああ、わかった!言えばいいんだろう!言えば!」
ひのきは不機嫌に手にしたみそ椀をテーブルに置くと、立ち上がってビシっとトリトマを指差した。

「トリトマっ!眼が見えねえとかじゃねえくせに眼帯とかしてんじゃねえぞっ!
視界悪くなって戦闘での動きに影響するし、あんまりやってるとマジで眼、悪くなる!」

一瞬の沈黙。

言われたトリトマ本人すら言葉がなく呆然としている。
次の瞬間沈黙をやぶったのはホップの苦笑まじりの言葉だった。

「タカ~...またそういう脳筋発言を...。
違うって、全然論点ずれてるぽい」

「そうよ、タカ」
それにうなづくなずな。

「眼が悪くなるとかそういう問題じゃなくてね、眼の色の事言ってるんだと思うのよ。
見かけの問題。
左右の色が違うなんてすごく珍しいし神秘的ねって事を言いたいんだと思うわ」

なずなの言葉にファーはうんうん!と大きくうなづいた。

「でしょでしょ~?!隠すのなんてもったいないよねっ」

「いや、なずなもずれてるし...」
二人のやりとりに今度はユリが茶をすすりつつ口を開いた。

「トリトマと仲が悪いアニー坊やが言ってんだよ?褒めるわけないだろ。
左右色が違うなんて不細工すぎってからかいたいんだろ?」

3人目の論点の思い切りずれた答えにアニーは大きく肩を落としてため息をつく。


「なんなんですか?この人達...」
「ん~...他国の文化になじみのない東洋人の団体?

ホップが苦笑した。


「お前は~、馬鹿にしてんのか~!」
ひのきとユリがホップの両隣からホップの左右の頬をぐい~っとつねる。

「いてて!まじいてえって!!」
悲鳴をあげるホップ。

「左右の眼の色が違う事をうちの支部のあるあたりでは悪魔の眼って言うんだよ」
トリトマが自ら説明した。

「ほ~、それすげえな。あれか、眼を見ると石になるとかそういう奴か?」
「いや、タカ、それも違う。それメデューサだし。単に縁起悪いって言われてるだけ」

感心したように言うひのきの見当違いの言葉にまたホップがため息をつく。
東洋組は本当に他国文化にうといらしい。

「なんだ、それだけかよっ。んで?だからなんだ?」
つまらなさそうに言うひのきとユリ。

「いや、だからきになるでしょ?普通」
あわてて言うアニーに
「別に~」
と、声を揃える。

「男の眼の色なんざ気にならん、普通」
と、ひのきが、
「それ言ったらさ、昔日本は単一民族でみんな黒髪だったからアニー坊やみたいな金髪の外国人なんか鬼っていう日本のモンスターだと思われてたんだぞ?」
とユリが言う。

「だいたいさ~、ひのきの言葉じゃねえけど男のくせに男の容姿が気になるなんていうほうがやばいだろ普通」
ユリの言葉にアニーがむせた。

「ゲホッ!!な...なんでそうなるんですかっ?!」
そんなアニーの様子にユリは頬杖をついてニヤニヤ笑う。

「いや、普通男なら男の眼の色よりまず斜め前のお姫さんの首筋のキスマークが気になるのが普通だろっ」

「えっ?!!」
言われてなずなが慌てて両手で首を隠す。

「言われて慌てないとこみると、旦那の方は確信犯?」
振られてひのきはズズ~っと茶をすすった。

「まあ...想像に任せる」

「タカ~っ!」
なずなが真っ赤な顔で眉を吊り上げる。


そこでホップはユリの方のはどうやら知らないわけではなく知らぬふりだったのだという事に気づいて、その意思を汲んでサポートに入る事にする。

隣で軽い痴話げんか、といってもなずなが一方的に怒っているのだが、が始まるとそれをさしてトリトマにニカっと笑いかけた。

「ま、欧州と違って世界中から人集まってるし、見ての通り、割となんつ~か、非科学的な迷信とか興味ないのも多いんさ。
だからトリちゃんも気にすんなよっ。
どうしても嫌なら医務室のレンに言えば視界わるくなる眼帯なんかしなくてもカラーコンタクトとかもらえると思うけど、俺はそれもトリちゃんの個性だと思う。
俺が赤毛だったりタカが黒髪だったりするのと変わらんさ」

「まあ...少なくともブレインのトップは天才科学者様だから迷信なんぞ信じないし、フリーダムのトップは東洋人だから西洋の一地方の迷信なんてクソくらえだし、ジャスティスのエースはあの通り脳筋だから眼の色気にする暇あったら仕事の一つでもしやがれって感じだ、本部は。
だから気にするだけ馬鹿だぞ?」
ユリはそれに被せるように付け加えてポリポリと漬け物をかじりながら肩をすくめた。

「ジャスティス自体が珍しいのと眼の色が違うのが悪魔うんぬんじゃなくて単純に珍しいって事でジロジロ見られるのはあるかもだけど、それは有名税って事であきらめろ。

私やなずなやひのきなんか東洋人のファンクラブなるものにいまだに追い回されてるくらいだから、それに比べればジロジロ見られるくらい甘い甘い」

「ああ。......ありがとぅ…」
無関心な様に見えて意外に暖かい本部ジャスティスの反応にトリトマは少し赤くなってうつむいた。

今まで忌み嫌われていた部分をカミングアウトしてもどうやら受け入れてくれているらしい仲間達に目尻が熱くなってくる。


「あ~、んで、まだ夫婦喧嘩終わんないのか?」
思わず目に涙が浮かびかけた時、ユリはそれから注意をそらすかのように今度はさっと話の矛先をひのきに向けた。

「誰のせいだよ、おいっ!」
一方的に怒られるひのきがジロリとにらむが、ユリはしれっと言う。

「お前の。つけたの私じゃないし。
第一なずなの桃の良い匂いに包まれて眠るのは私だけの特権だったんだ。
それを横取りしやがって少しは嫌な思いしやがれっ」

「桃のって...姫が使ってるシャンプーです?」
それまで黙ってやりとりを聞いていたジャスミンがガタっと立ち上がった。

「うん。昔からシャンプー、リンス、ボディシャンプーセットで使ってるから。
あの匂いすごい好きなんだよね。」

「私も使ってますっ!前姫が部屋泊まった時わけてもらったからっ!」
いきおいこむジャスミン。

「ああ、そういえばそうだよね。
この前街でかけた時あんまり懐かしくも良い匂いだったから、ついつい何度か後ろから抱きしめちゃった」

ユリ!あなたはなんて事するんですかっ!!
アニーがそれを聞いて叫んだ。

しかし即

アニーは黙ってて!
とジャスミンの声が飛んでだまりこむ。

「良かったら今度私の部屋に泊まりに来て下さいっ!」
ジャスミンの言葉にファーとホップがガタっと立ち上がった。

「それずるいっ!姫、それ分けてっ!!」
二人の言葉にひのきが頭を抱えた。

「ファーはともかく...ホップ、お前はそれもらってどうするんだ?」
「もちろん使うっ!タマがそれで抱きついてくれるならいくらでもっ♪」

「男が...桃の香りのシャンプーとか使うのか...」
あぜんとするトリトマにユリがやっぱり頭を抱えて言う。

「あいつは変態馬鹿犬だから。...気にすんな、トリトマ」

それを聞きとがめたホップが
「タマひどいさ~!」
と、ユリに抱きついた。

「昨日は俺の事押し倒したくせに~!」

うそっ!!!!!
双子がホップの言葉に悲鳴をあげた。
他は目を丸くする。

「お前な~」

ユリがホップをひきはがしつつ言うのに、双子が

「うそっ!逆ですよね?!!」
と、はもった。

「逆なら逆で嫌だけど...」
という双子にユリは大仰にため息をついて額に片手をあてた。

「単に...滑って体勢崩した拍子に倒れ込んだだけ。
二人はそんなに私の人間性疑ってる?」

「とんでもないですっ!信じてましたっ!」
二人はあわてて首を横に振ったあと、

「ホップの変態っ!馬鹿ぁっ!!」
とホップに怒りの矛先をむけた。


にぎやかにクルクル変わる話題になかなか着いていけなくて戸惑うトリトマにチラっと目をやるひのき。

「ま、ホップあたりなら適当にいじっても勝手にかわすから多少遊んでも大丈夫だからな。
アニーは根が真面目だからやめとけ」
と声をかけた。

「ひのきは...」
「俺?俺個人で終わる事なら多少ならつきあってやってもいいが、周りは巻き込むなよ」

「いや、そうじゃなくて...ひのきはコーレアに似てるな」
「それは...褒め過ぎ」

自分自身尊敬している大先輩に似ていると言われてひのきはさすがに少し照れて視線をそらして頬杖をつく。

「俺が初めてブルースターに来た時もコーレアがお前みたいに色々フォロー入れてくれたんだ。
シランは...過保護なんだが、コーレアはなるべく俺が自分でできるような形でフォロー入れてくれたから」

なるほど、とひのきは思った。
なるべく自立をうながす方向でのサポートというのは自分の時もそうだった。

「誤解ないように言っておくと...コーレアが全部に手を出さないのは大人の余裕。
俺がそうなのは全部を抱え込む事のできないガキの余裕のなさだ」

「いや、俺もそうだぞ、タカ」
という言葉とともにパフっと上から大きな手が肩にかかった。

「コーレア!」
振り向くとコーレアが立っている。
嬉しそうな表情で見上げるひのきにコーレアが言った。

「タカ、あとで少し時間あるか?ちょっと久々にゆっくり話したいんだが...」
「ああ、えと、じゃあ俺の部屋で?」
言ってひのきはチラっとなずなに目をやった。

「じゃ、お茶の用意だけして私部屋帰るね」

すっかり心得たようになずなが言うと、コーレアは少し驚いたように目を丸くしたが、次の瞬間

「ずいぶん出来た彼女だな」
と笑った。

「なずな君も良かったら話を聞かせてくれないか?」
コーレアの言葉に今度はなずながチラっとひのきを伺う。

「じゃあ、一緒に」
と、それにはひのきが答えた。

「二人はすっかり以心伝心なんだな」
コーレアの言葉に二人は互いに顔を見合わせた。

「任務もいつも一緒だしな。あとは国民性...か?
日本人には結構言わないでも察しろってとこは確かにあるよな」
となずなに言うひのきに、なずなはいつもの柔らかい笑顔で応える。

「とりあえず飯も食ったし、行くか」
「じゃ、皆さん先に失礼します」
ひのきの言葉になずなも他に挨拶して立ち上がる。

そして3人揃って居住区のひのきの部屋に移動した。


「どうぞ」

居間のソファに腰をかけるコーレアと次いでひのきの前になずながお茶の入った湯のみを置く。

「ありがとう」
礼を言って一口それを口にするコーレア。

「玄米茶か」
「タカからお好きだと聞いてましたので」
とにっこり言ってなずなもひのきの隣に腰を下ろした。

「覚えていてくれたんだな」

コーレアが小さく微笑むとひのきは

「当たり前だろ。俺の数少ないダチだし」
と自分も笑みをこぼした。

「数少なくはなさそうだが?
ブレイン本部長殿はお前は本部ジャスティスのリーダーだと言ってた」

「シザーはそう言っておだてて全部面倒ごとこっちに押し付けてくるだけだ」

ひのきが渋い顔で言うと、

「それをこなせる男になったって事だろ」
とコーレアは目を細めた。

「いやいや、全然余裕ねえし。
なずなのフォローがあってなんとか、だな」
ひのきの言葉になずなが少しはにかんだように笑う。


13歳の出会った頃のひのきを思い起こしてコーレアは感慨深く二人に目をやった。

第一印象は強い意志を持った少年という感じだった。
次に礼儀正しい少年だと思った。

まず自分が英語が得意ではないということ、そのため無知からくる非礼があると思うから指摘して欲しいと、綺麗な文法通りの英語で言われた。

そして礼と謝罪はよく口にするものの、話す事による摩擦を避ける為かとても無口だった。

そんなひのきに失敗しても使わないと言葉も覚えないから、ここにいる間に練習しろとなるべく会話をさせるようにしたのはコーレアだ。
自分なら失敗しても指摘をしてやるから、と。

滞在期間は確か1ヶ月。
その間にコーレアに対しては打ち解けて年相応の表情も見せるようになってきた。

そして各国を回ってさらに良い経験をしたようで、本部に戻ったひのきの評判は上々で、ジャスティス最強と言われているのは風の噂で聞いていた。


しかし強い剣ほど折れる時はもろい。

あまり弱い所を出さないひのきにみんな寄りかかりすぎてつぶれないといいが、と、少し心配していたのだが5年ぶりに見る旧友の少年はそんな危うさは微塵も見られなかった。

真面目でまっすぐすぎるその長所でもある短所をやんわりとフォローしてくれる相手をちゃんとみつけたらしい。

状況によっては自分がフォローに入ろうと思いつつ様子を見ていたが、その必要はない、任せても大丈夫だとコーレアは判断して、あらためて依頼する事にした。


「タカ、本題なんだが...任務で大変な所悪いとは思ったんだが、トリトマにはここで何かあったらできるだけお前を頼れと言ってあるんだ。
事後になってすまんが、あれも随分お前を頼りに思ってきたみたいだし、面倒をみてやって欲しい」

「ん...まあ手取り足取りとは行かねえが、出来る限りのフォローは入れる」
頭を下げるコーレアにひのきは言う。

「助かる。トリトマはこれから話すが育ちがちょっと複雑でな。
ほとんど人付き合いをしてこなかったんだ。
これまでは俺やシランが面倒みてきたんだが、いつまでも保護者つきと言う訳にはいかんからな。
できればもっと同じ目線で物を見られる同世代の人間の中で人間関係を積ませてやりたい」


「複雑っていうと...原因は目か?」
ふと食堂でのやりとりを思い出して聞くとコーレアはうなづいた。

「そういえば今日は珍しく眼帯を外してたな。詳細は聞いたか?」
「いや、単に北欧支部のあたりでは縁起悪いって嫌われているって事くらいだな」

「ああ、トリトマは生まれた時にあの目のせいで両親と一緒に住んでた村を追われてな、8歳で父親が11歳で母親が亡くなった後は、15でブルースターから迎えにくるまでは仕方なく引き取った身寄りの村はずれの納屋で閉じ込める様に育ったんだ。

北欧支部に来てからも迷信を信じる奴が多くてな。
支部に来る前は両親だけ、支部にきてからも俺とシラン以外ろくに口をきく相手すらいなかったから、悪気はないんだが人とのつきあい方とか距離の取り方を知らないんだ。

だから摩擦も多いと思うし、顔見せの時みたいにお前自身嫌な思いをする事も多いとは思うが、なんとか周りになじめるようにフォローを入れてやって欲しい」


「まあその辺は少なくとも北欧支部の連中よりは楽だと思うぜ、本部の面々は。
ブレインは天才科学者様が率いる理論派集団で、フリーダムはフェイロンが中華系だし構成員は米国人の現実主義者がほとんどだから迷信なんて気にしねえし、必要以上に他人、つか野郎にちょっかいかける物好きも早々いねえからトリトマの方から喧嘩売らねえ限りは手出しはしてこない」

「ジャスティスは...どうだ?」

「ん~、ファーは結構トリトマと仲良くなったらしい。
なずなと俺はまあおいておいて、ホップは元フリーダムで現実主義者だしぶっちゃけ鉄線にちょっかいかけねえ限りは誰とでもそれなりに友好的にやっていく奴。

鉄線は...あれもトリトマと同じで色々偏見で苦労してきた奴だからフォローいれてくる事はあっても悪さしてくる事はねえと思う。
ジャスミンは...まあちょっと引いてたが、あれは鉄線の一言でなんとでもなる奴だから鉄線がなんとかしてくれると思う。

あとはアニーだが...あれはなぁ...ま、人間あきらめも肝心だ。
目の色とか迷信とか関係なくても気が合わねえ奴の一人くらいいるだろ、誰でも」

「ああ、そうだな」
コーレアはひのきの言葉に苦笑した。


「ところで...ファー君は確か女の子だよな?」
「ああ、シザーの妹の双子の片割れ」

「フム...」
コーレアはあごに手をやって考え込んだ。

「女は...やばいと思うか?」
ひのきがきくと、コーレアは困ったような顔で笑った。

「わからん。どうなんだろうな。今までトリトマの周りに女の子がいなかったから」

「う~ん...女はなぁ、できると落ち着く奴と崩れる奴と両極端なんだよなぁ...」
言ってひのきはくしゃくしゃっと頭をかく。

「タカはずいぶん落ち着いたみたいだな。」
コーレアの言葉にひのきは肯定の笑みをうかべた。

「ああ、みんなにそう言われるな。自分でも精神的に随分楽になった気がする」
「トリトマもそうだと良いんだが...」

「ま、それ以前に男女関係まで行くのかわかんねえしな。相手ファーだし。
一緒に鍛錬して鍛錬して鍛錬して終わる可能性もある」

「ああ、それはそうだな。
まあ、まだ起こってもいない事まで心配してもしかたないか」
コーレアはひのきの言葉にうなづいた。


まあとりあえずこれで一通りか、とコーレアが一息ついた時、

「お茶、入れ替えますね」
と、なずながさっと盆を持って立ち上がってキッチンに消えて行った。

その姿を見送ってコーレアは
「なずな君、絶妙のタイミングだな」
と感嘆の息をもらした。
その言葉にひのきもクスっと笑いをもらしつつうなづく。

「色々な、タイミングや発想がすげえんだ、なずなは。
俺がもう自分的に限界って思う時にさりげなくフォローいれてくれる。
守ってやるとか言いつつ、実は男ってすげえ弱い生き物で、女に支えられて守られてるんじゃねえかなって思うときがよくある」

「ああ。なずな君は良いな。
優しくて柔らかい雰囲気で周りをなごませつつ、頭が良くて気がきいて芯が強い。
ああいう子が側にいてくれれば...トリトマも安心なんだが」

「なずなだけは駄目だぞ。いくらコーレアの頼みでも」

「ああ、わかってる」
真剣に返すひのきにコーレアは苦笑した。





ひのき達が食堂から出て行くと、一瞬その場がシンとする。

アニーがそのまま無言で立ち上がった。
ジャスミンもちょっと迷ってそれに続く。

なんとなく気まずい雰囲気の中、口を開いたのはユリだ。

「アニー坊やも根に持つ男だな。
そんなに露骨に嫌わんでも今度の舞踏会では別にジャスミンにちょっかいかけないのに」

パリポリと漬け物を口に放り込みながら務めて気楽な口調で言うユリの真意を酌んで、ホップがやっぱりいつものおちゃらけた調子で

「タマは今回はタキシードじゃねえんだもんな~」
とユリに抱きついた。

「ああ、お前うざいっ!」
いつもの調子でそれに肘鉄を食らわせるユリ。

空気が変わった事にホッとしつつファーが
「タキシードじゃないんですか?」
とおうむ返しに聞くと、ユリはズズ~っと茶を飲み込んだ。

「ん~、いつも同じじゃつまんないしねぇ。
今回は愛でる会が衣装用意してくれるっていうから女装してみようかと」

「ええ~??!!」
ファーと...そしてトリトマも驚きの声をあげる。

女装?女装するのか?そういう席で?つまらないからというだけの理由で??

「鉄線は...面白い奴だな」
北欧支部では考えられない、と、思わず言うトリトマに、ユリはニヤリと笑った。

「人生は...他人の思惑を気にするよりまず自分が楽しまないと損だぞ。
所詮誰しも自分と同じ人間じゃないんだから良かれと思って何かしても相手には大きな迷惑だったりする事もあるしその逆もある。
どうせわかんないなら、少なくとも自分が楽しめれば無駄にはならんだろ?」

「その考え方、いいな」
トリトマは目から鱗が落ちたようだった。

「それで他人が不快に思えば向こうから何かしらのリアクションあるだろうし、それをきくか無視するかもまた自由だ。
ま、それでまずい事になったとしてもフォローはしてやる。
...うちのお館様がな

「自分が、じゃないとこがミソさね、タマ」
ホップのつっこみに、ユリはシレっと言う。

「あったりまえだろ~。
偉そうな代わりに下のもんの面倒はきちっと見る。これが正しいボスの図だ」

「ボスっていうと...お館様ってひのきの事か?」
トリトマの問いにユリはうなづいた。

「他にいないだろ。お館様っつーのは、日本のお殿様の事だ。
ひのきは私の一族のボスの嫡男だったから。
あれはガキん時から上にたつための教育受けてるし、実際ガキの頃からそういう男だったぞ」

「え?タマ、ジャスティスになる前にタカと会ってるん??」
ユリの話にホップが驚いて言う。

「ああ、ボスが5歳になると一度そいつに近い年頃の親族の子は集められるから。
こっちはその他大勢だし、向こうは覚えてないとは思うけどな」

「それ以前に...ユリさんてひのきの親戚だったんですか?」

「ああ、ポチ以外には言ってなかったか。昔な、有名な武将の子孫が3つの家に分かれたんだ。
んで、その3つに分かれた家系のうち二つが檜と鉄線。

ま、色々あって地元に身をひそめてたんだけど、檜が本家で、鉄線ともう一つの河骨はそれぞれ本家のために動く手足みたいなもんだったんだ。
私も物心ついた頃には檜家のために死ねって言われて育ったし」

「げ...そうなん??」
ホップが少し引く。
今のひのきとユリを見ていると、とてもとてもそうは見えない。

「ん。武家ってそういうもんだから。まあ鉄線はさ、元々情報関係を携わる家系で地方プラプラしたり地元にとどまらない事多いから、それでも比較的自由な気質なんだけどな。
いっぽうで河骨は地元で身を呈してでも本家を守れって家系だから固い。
本家の檜の役割は家系の存続。

鉄線、河骨の性質の違う両家の絶対的な信頼を勝ち取れる跡取りを作る事が一番の仕事。
だから、あそこの跡取りはきっついぞ。生まれ落ちたその瞬間から英才教育だ。

私が初めて会った5歳の頃にはもう普通のガキじゃないうちらの家系の人間から見ても圧倒的な"お館様”だったしな。
あれに比べれば今のジャスティスの仕事なんてまだまだ余裕あると思うから少しくらいぶらさがっても大丈夫」

「ジャスティスの仕事が楽って...どういう家さ?」
苦笑するホップにユリは肩をすくめた。

「みんながお館様がいれば大丈夫って思ってる。
んで、何でも大丈夫にしないといけない家。
実際さ今でもブルースターに来て一般ピープルになったはずがシザーあたりはひのきに対してそう思ってるだろ」

あはは...とホップが空虚な笑いを浮かべた。

「少なくとも...お館様は頼って来た身内を見捨てたりしない。
そういう風に育てられてるしそういう風に育ってるから安心して頼れ」
ユリはそういってトリトマに目を向ける。

「そうだね。ひのきは何のかんの厳しい事言ってても最終的に助けてくれてたもんね」
ファーもそう言ってうなづいた。

「だろ?」
とユリはうなづいて、ただし...と付け加えた。

「部屋訪ねる時はあらかじめ電話くらい入れてやれよ?
最終的に追い返しはしないだろうけどあれにも色々都合があるだろうし...」
そしてコホンと咳払いをして少し視線をはずす。

「最中...とかだったらお互い気まずくて嫌だろ。」

「あ...」
ユリの言葉にファーとトリトマは口を揃えて少し赤くなった。

「おい...まさか...もう?」
あきれた声をあげるユリに、二人揃って頭をブンブン横にふる。

「たぶん事後...だと思う」
と、やはり声を揃える二人に、ユリは大きくため息をついた。

「気の毒に...」

「ま、これからきをつけような。」
ホップもにゃははっと笑う。

「つか、言うまでもなく頼ってたか、すでに」
ユリの言葉にトリトマは言った。

「コーレアが...何かあったらひのきを頼れって言ってたから」

「ま、正しい判断だな」
ユリは腕組みをしてうなづいた。

「面倒ごとはひのきのところに持っていっとけ。
でもその他の事なら私かファー、ホップあたりでも声かけてくれれば教えるからな。
あ、あと面倒ごとでひのきが捕まらなかったらフェイロンていう暇な親父がフリーダムにいるから。そいつでもオッケー」

「暇な親父...」
ユリの言葉にホップが苦笑いする。

「みんな...良い奴なんだな」
少しはにかんだようにうつむくトリトマにファーがおもいきりうなづいた。

「うん!だからトリトマもね、安心してね。みんな仲間だからねっ」

「そそ。仲間が増えればそれだけみんな楽になるし楽しいしな。
トリちゃんもすぐ仲良くなれるさ」
ホップもその言葉に力強くうなづいた。

「んじゃまあ、私ちょっと調べものあるからポチ、食器片付けといて」
と、ホップに声をかけてユリが立ち上がる。

「おっけ~。あとで部屋行っていい?」
見上げるホップにユリはチャランと鍵を投げ落とした。

あわててそれを受け取るホップ。

「合鍵。持ってていいからお湯わかしておいてくれ。戻ったらすぐ茶飲めるように」

まじまじと手の中の物をみつめていたホップは、続けてふってきたユリの言葉に

「うん!待ってるさっ!」
と満面の笑顔を浮かべて食堂を出るユリを見送った。


「さて、と、どこにいるかなぁ...」
食堂を出て一人つぶやくと、ユリは神経を集中する。

遠距離系のジャスティスの鋭敏な感知能力で音、気配等から目的の人物がどうやら図書室にいる事を知ると、図書室に足をむけた。

「ん...もうちょっと...」
図書室の本棚の上の方の本に一生懸命背伸びして手を伸ばすその影をみつけると、目的の本を取って、

「これかな?」
と渡す。

「あ...ユリさん♪ありがとうございますっ!」
本を受け取って満面の笑顔を浮かべるジャスミン。

「ふ~ん、料理の本て...女の子らしいジャスミンぽいね」
と本の表紙に目をやって言うと
「そんなこと…!」
とジャスミンは赤くなる。

「そんなジャスミンの部屋でジャスミンが煎れてくれるお茶が飲みたいって言ったら図々しいかな?」

意識してにっこりと笑顔を浮かべるユリに、ジャスミンがさらに真っ赤になって首を横に振った。

「とんでもないですっ!ユリさんならいつでも大歓迎です!!」

「そう言ってくれると嬉しいな。これからいい?」
と、口では質問系ではあるが、すでにユリの手はジャスミンの肩を軽く抱いて居住区の方へとうながしている。
もちろんジャスミンもそれを拒むそぶりはない。

「どうぞ!!」
二人はそのままジャスミンの部屋へ。


うながされて中に入るといかにも女の子の部屋といった感じの可愛い居間で、ユリは小さく笑う。

「なんかなずなの部屋みたいだな。...ま、今はほとんど本人不在なんだろうけど」

ユリの言葉に、キッチンからティーポットとカップを持って出て来たジャスミンは不思議そうに聞き返した。

「本人...不在?」
「ああ、なずな最近はほとんどひのきの部屋だから...寂しいね、やっぱり」
ユリは少し伏し目がちに言う、

それが相手にどういう印象を与えて、どういう効果を引き出すかという事を久々に計算している自分があざといな、と内心苦笑するユリ。

そんな事を知らないジャスミンは思った通り、
「姫の代わりにはならないかもしれませんけど、私で良ければいつでも歓迎しますからっ」
とピーチティのカップを差し出しながら、ユリに言ってくる。

「ありがとう」
とそれをいったんスルーしてカップを受け取ると一口それを口にして
「好きなんだ。ピーチティ。...ほっとする」
とカップに視線を落とした。

「滅入った時とかによくなずながいれてくれたな...なずなだけは私を恐れなかったから」
と、静かにつぶやくユリに、ジャスミンが勢い込んで言う。

「私はユリさんの事怖がったりしませんっ!」
ジャスミンの言葉にユリは自嘲するように笑みを浮かべた。

「私は...魔女だよ?
トリトマみたいに迷信じゃなくて本当に敵味方隔てなく破壊する者。
極東では実際にそういわれてたし...」

「でもでもっ本部の人間はみんな私を含めてそんな事誰も思ってませんし、みんなユリさんの事好きですよっ」

半泣きのジャスミンを見てちょっと罪悪感にかられるものの、もっと深い部分で冷静になる自分が目的に向かって言葉をつむぐ。

「ありがとう...でも今トリトマが色々言われるの見てるとさ...なんだか思い出しちゃってね。
あれ見てると結構つらくなってきて...」

言わせませんからっ!
ジャスミンがカップを握るユリの手に手を添えてユリの顔をのぞきこんだ。

「それでユリさんが嫌な事思い出すって言うなら、私がトリトマの事色々言わせませんっ!
だからそんな風に悲しい顔しないで下さいっ」

「ありがとう。ジャスミンは本当に優しいね。
アニー坊やとかの露骨な態度とか見て少しね...滅入ってたんだけど、元気でてきた」

「アニーにだって言わせませんからっ!
ブレインやフリーダムの男の人達だって大抵私の言う事なら聞いてくれるしっ」

「うん、ありがとう。ジャスミンのそういう万人に優しいところがすごく好きだよ」

あ~あ、これでまたアニーに恨まれるかと思いつつも、とりあえず目的を達成して内心ほくそえむユリ。

「やっぱりそういう女の子らしい優しい気遣いに癒されるし、逆にそういうジャスミンだからみんな守ってあげたいって思っちゃうんだろうね」

一応密かにお詫びの意味も込めてリップサービスを交えてしばらく雑談をしてユリはジャスミンの部屋を後にした。


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