青い大地の果てにあるものオリジナル _2_6_ コンプレックス

「よおっ、ファー」
「こんばんは、ファー」

食堂で二人並んで食事をしているとすれ違う人がファーと挨拶を交わして行く。
それにまた挨拶を返すファーを見て、トリトマは若干の寂しさを感じるが、それを押し隠してピュ~っと口笛を吹く。


「人気者じゃん、ファー」
トリトマの言葉にファーは逆にちょっと表情を曇らせた。

それまでの屈託のない表情が急に変わった事に少し焦ってトリトマは
「悪い。俺、なんか悪い事言ったか?」
とあわててファーの顔をのぞきこんだ。

「ごめんな。俺人付き合いってあんまりしてこなかったから、わかんなくて。
何か嫌な気分になる事言ったんなら言ってくれ。謝るから」
無言のファーにさらに謝るトリトマにファーはちょっと困った顔で首を横に振った。

「ごめん。トリトマは変な事言ってないよ。トリトマは悪く無い。
ただ...ね、私が人気者なわけじゃないから。
みんなが私に声かけてくるのは、私が兄さんやジャスミンの妹だからなんだ」

「兄さんて...ブレイン本部長か?」

「うん。兄さんは小さい頃から神童って言われてて今ではブレイン本部長だしね、ジャスミンはブルースターのアイドルなの。私はね...二人のついで。」
苦笑いをもらすファー。

トリトマはその横顔を見ながら二人のファーの兄弟を思い出していた。

双子の姉のジャスミンはもちろんのこと、兄のシザーもどことなく妹達に似た端正な顔をしていた。
でも二人ともファーのように屈託なくは笑わない。上品に洗練された、社交辞令に満ちた笑顔を貼付けている。

「俺は...ファーの方がいい。ファーといると楽しい」

「ありがとう。優しいね、トリトマ」
笑顔を浮かべようとしたファーの顔に涙がにじんだ。

「ごめっ。部屋帰るね。また明日鍛錬しようねっ」
ファーはあわてて袖で涙を拭って立ち上がり、止める間もなく走って行った。


ポツネンと食堂に取り残されたトリトマ。

(こんな時...どうしたらいいんだろう...)


いつもなら何かあればコーレアに相談するところだが...なんとなく女の子の事を相談するなど気恥ずかしい。

それに本部の女の子の事など聞かれてもわからないのではないだろうか...と世間知らずなトリトマでもさすがに思う。

他に知っているのは...鉄線...はどうやらファーが好きな相手らしいし、聞きたくない。

あとは...
トリトマは5区の居住区に急いだ。



丁度シャワーを浴びてポットの電源を入れたタイミングでドアのベルが鳴った。

(...またこのタイミングかよ...今度は誰だ)

まだ乾かない髪をタオルで拭きながら、ひのきはそれでもまたなずなを起こさない様に戸口へ急いだ。

ガチャっとドアを開け、そこに立っている人物を見て、ひのきは一瞬反応に迷う。

「あ~...とりあえず入れ」

これは...見捨てるわけにはいかないかもしれない、と、少し体をずらして中にうながした。

「...いいのか?」
「良くなきゃ入れとは言わん。いいから入れ。ただしうるさくはするなよ」
「ああ」

トリトマが中に入るとひのきはドアを閉めて居間にトリトマをうながした。



同世代の人間が側にいた事がなかったトリトマにとって当然同世代の人間の部屋に入るのは初めてだ。
そして初めて入る同世代の人間ひのきの部屋は不思議な空間だった。

すっきりとしたタイルばりのモノトーンの部屋は飾り気がないようでいて、テーブルの上に一輪挿しにさした花、ソファの上に淡いクリーム色のクッション、と、その他ところどころに柔らかい色彩と雰囲気の小物が点在している。

居心地が悪いほど落ち着きがない華やかさでもなく、寒々しいほど飾り気がないわけでもない。

出された茶は刺激が全くない、しかし物足りないわけでもない、コーヒーと紅茶くらいしか知らないトリトマが飲んだ事のないものだ。

全て柔剛がほどよく調和していて、自分とはずいぶん違う。


「これが...お前なのか...」

「ああ?」
トリトマの言葉にひのきは不思議そうに眉をひそめた。

「すごく...色々がバランスがいい」
トリトマの言葉をひのきは噛み締める様に考え込む。
そして慎重に口を開いた。

「そう見えるなら...なずなの影響だな。俺は本来すげえ偏った人間だから。
なずなが来る前の俺だったらお前追い返してたし、万が一部屋に入れてたとしても茶なんかなかったな」

「そう...なのか?コーレアはお前をすごい絶賛してた。
実際本部に来てみても皆がお前に一目置いてる」


わざわざ自分を訪ねてくるというのは、何かあったからなんだろうし、ちゃっちゃと本題に入りたいのはやまやまだが、相手はコーレアが人慣れしていないと言っていたトリトマだ。
そこに行き着くまでには少し時間をかけて話につきあうしかないだろう...
ひのきは腰を落ち着けて話を聞く覚悟を決めた。

どうせなずなはあと1~2時間は目を覚まさないだろう。


「コーレアが評価してるとしたら、たぶんバランスじゃなくて根性だろう。
俺は11の時に何の予備知識もなしにここに放り込まれて、言葉が通じないところから辞書片手に仕事を始めて、少し慣れた13の時に志願して世界回って各支部のジャスティスから色々学んだから。
コーレアのおっさんに会ったのもその時だ」

ひのきの話にトリトマは呆然とした。

そして誰よりも大きいと思っていたコーレアと同じ類いのものを目の前の同じ歳のはずの人間に感じていた。

「すごいな...だからみんな一目置くのか...」
素直に感嘆するトリトマにひのきは苦笑いする。

「いや、言葉下手すぎて仕事のパートナー怒らせて指示聞いてもらえなくて危うく相手死なせるとこだったり口悪すぎて周り怒らせるなんざしょっちゅうだったし、アニーにはついこの前まで外道扱いされてたしな。
迷ってると進めなかったし、ただもうがむしゃらに周り見ない様にして進んでたから人付き合いの悪い嫌な奴と思われてたぞ、絶対」

「でも...過去形なんだな」
今はそんなところは影も形も見えない、とトリトマは思った。

ところがひのきは軽く首を横に振り
「わからん。ただ言える事は...自分で言うのもなんだが、この部屋結構落ち着くだろ?」
と言って、机の上の一輪挿しを指さした。

「これ、なずなが活けた花。んで...そのクッションもなずなが持参した。
壁のタペストリーも同じ」
部屋の装飾を次々指さす。
そして最後にトリトマのティーカップを指さした。

「その茶、リラックス効果があるカモミールティもそうだ。
実用的な物以外の所に意外に大事な物がある。
なずなと会ってそれがわかった気がする。
それは物だけじゃなくて...人間関係も言えるな。
雑談や一見意味のないような会話をかわす事で色々見えて来たり、必要な事が円滑に進む事もある。
それがわかってから少しだけ他人の話に耳を傾けるようにしたら、周りの評価も多少変わった気はするな」


夜、自室で寛いでいる所だったせいか、目の前で静かな口調で話すひのきは昼間よりもずっと落ち着いて見えた。

コーレアと話しているようで、しかしコーレアよりは自分に近い。
だが、自分よりずいぶん色々知っている。

こいつなら答えてくれるのだろうか...。


「俺...さっきファー泣かした。でもなんで泣いたのか本当にわかんねえんだ」

「ファーを?」
意外な組み合わせにひのきは片方の眉を少しあげる。

「ああ。謝っても俺が悪いわけじゃないって言うだけで...。
でも俺が言った言葉で泣いたんだから俺のせいだと思う。
俺は今まであんまり人付き合いした事ねえから何か悪い事言ったのかもしれないけどそれが何かわかんなくて...」

「それで...俺んとこ来たのか?」
ひのきの言葉にトリトマはうなづいた。

「他に知ってる奴いねえし。
...コーレアが...本部の事で何か分からねえ事、困った事あったらひのきに言えって言ってたし。」

面倒ごとはごめんだ...とは日々言ってるものの、コーレアがそうまで自分を買っていてくれた事は素直に嬉しい。

「当たり前だが本人じゃねえし、分かる事と分からねえ事がある。
でも分かる範囲で答えてやるから、何があったか言ってみろ」

ひのきがうながすと、トリトマはうなづいてファーと鍛錬室で会った時の事からファーが泣きながら食堂から出て行った時の事まで覚えている事を事細かに説明し始めた。

トリトマが全て話し終えると、ひのきは
「なるほどな」
とつぶやいた。


「あいつはなんていうか…家庭環境複雑な分、普段はおおらかなんだがたまに地雷があってな。

ファーの両親は母親は大学の研究員、父親はここのフリーダムだったんだ。
で、兄貴はお前も会ってるブレイン本部長な。
兄貴はガキの頃から神童って言われてて、母親は出来のいい兄貴溺愛して双子の事は放置だったらしい。

んで、あいつらの父親が死んで母親が子供捨てて失踪した時ここで働く事になったんだが、優秀な科学者としての兄貴は歓迎されたけど、ただの子供だった双子はここでも邪魔者扱いされたんだ。

まあ結局双子は1年後ジャスティスに選ばれて堂々とここにいられるようになったんだがな。

で、そのうちに双子もいわゆるお年頃って歳になってきて、周りの男がそういう目で見る様になってきたんだが、まあ...男って所詮馬鹿で単純な生き物だからな、いかにも女の子って感じのジャスミンを好きになるんだ、これが。

最初は頭良い兄貴が、それに続いて女っぽい双子の姉貴が特別扱いされてちやほやされるの見てて心中複雑だったと思うが、それでもあいつは自分はジャスティスなんだからってグレもせずひたすら鍛錬頑張ってたんだ。

そこに現れたのが鉄線で...あいつはなんつーか悪気はねえんだが考え無しにあちこちちょっかいかける奴でな。
たぶんちっとはファーが可哀想だと思ったのもあるんだろうな、優しくしたらしい。

みんながジャスミンジャスミン言う中で結構ファーを特別扱いするみたいな態度取ってたからファーはすげえ鉄線ファンになったんだ。

ところがつい最近鉄線が任務でちょっとジャスミンと色々あってジャスミンがえらく落ち込んだんで埋め合わせのつもりでジャスミン街に連れ出して色々連れて行った挙げ句、自信取り戻させようと弱めの敵を二人で殺ってきたんだが、その時に偶然ジャスミンが第二段階の武器使えるようになってな...。

それでつい2~3日くらい前、俺、ファーに泣きつかれたんだよな。

まあ、第二段階の事は偶然だったっていうのは、その時鉄線呼び出して聞いたんだが、それでもファーにしたらそれだけはジャスミンに負けないようにって日々努力重ねてた戦闘力で負けて、さらにそいつだけはって思ってた鉄線をジャスミンに取られたって言うのがあるんだろうな。
だから今すげえ自信喪失してるし、人気者っていう言葉は逆につらかったんだろうな。

ってことだから...長くなったが結論を言えば、お前の言葉に問題があったわけじゃない。あくまでファーの側の環境と都合だ」


「そうか...」
ひのきの話を黙って聞いていたトリトマはそう言うとうなだれた。

それでも自分はひどくファーを傷つけた事には変わりはない。

理由を聞けばなおさら自分がひどく無神経な事を言った気がする。
自分みたいな人間に友達になろうと手を差し伸べてくれたのに...

「俺は...どうすればいい?どうすればファーは機嫌をなおしてくれるんだ?」
「それを俺に聞いちゃいかんだろ?」

暗に自分で考えろと言われてるのもそれが正しいというのもわかる。
しかし経験値が少なすぎて本当にどうしたらいいのかわからないのだ。

「わかってる。でも本当にわからないんだ。
俺が馬鹿なせいでこれ以上ファーを泣かしたくないんだ。
教えてくれ、頼む」
藁をもすがる気持ちでトリトマはひのきに頭をさげた。

「ん~...俺にはどうしろとは言えねえが...」
あまりに必死なトリトマにひのきはしかたなく口をひらいた。

「放置しておけば明日には機嫌は治ると思う。
でも泣かせたくねえんならファーが泣きたくなったような事を繰り返すな。
今話した話にでてくるような事をな」
ひのきの言葉にトリトマが神妙な顔でうなづいた時、寝室のドアが開いた。


「タカ?起きたの?」
中から華奢な人影がのぞく。

ソロっと居間に足を踏み入れたなずなは
「きゃっ!」
と小さな驚きの悲鳴をあげて、あわててはにかんだような笑みを浮かべた。

「お客様...だったのね…」

トリトマはトリトマで当たり前のようにひのきの寝室から出て来たなずなを見て少し赤くなる。


「もう...帰る」
というトリトマに軽くうなづくと、ひのきはなずなを振り返る。

「ファーと仲良くなったらしいんだが、ちょっともめたらしくて話きいてたんだ」

ひのきの言葉になずなは
「あらあら...」
と苦笑して、

「トリトマさん、ちょっと待って下さい」
と、トリトマを呼び止めてキッチンに入って行き、しばらくして小さな包みを持ってでてきた。

「はい、これ。
今日ちょっと焼いてみたクッキーなんですけど、あとピーチティのティーバック。
ファーにお裾分けしようと思ってたんです。届けて頂けます?」
と、二つの包みをトリトマに差し出す。

「あ…ああ…」
トリトマは言って包みを受け取った。


パタン、とドアの閉まる音を残してトリトマが出て行くと、居間に戻ったひのきはカップを片付けようとカップを手にキッチンに向かうなずなの後ろ姿に

「なずな...さすがに気が利くな」
と声をかける。

「食後に部屋に戻ってお茶と一緒にと思ったんだけど...
仲直りしに行くきっかけになるならね...
私達の食後のお菓子は食堂で何かテイクアウトすれば良いよね」
キッチンから聞こえる声にひのきは小さく笑みをもらした。

「俺は...食後っていうか...夜のお菓子はなずなでいいんだが...」

笑いながら言うひのきの言葉に

「もうっ!したばっかりでしょ!」
というすねたような可愛い声が返ってくる。
可愛いなぁ...と思うと笑いが止まらない。

「タカ、ご飯。食堂行きましょ」
洗い物を終えて赤い顔をして出てくるなずなを抱きしめると軽く口づけ、

「帰ったら続きな」
と笑いを含んだ声でその赤くなった耳元にささやいた。


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