アーサー視点
二つの救出3
父の母、つまりアリス達の祖母は父が子どもの頃に亡くなったと聞いていたが、正確には父の9歳の誕生日に亡くなったらしい。
元々は良家の子女で、18歳の誕生日にいわゆる政略結婚で親子ほども年の離れた祖父に嫁がされたのだそうだ。
──10年我慢しなさい。10年も連れ添えば、きっと先様に愛情が沸いてくる
と、言われ、嫁いで1年目に父を出産。
その後なにごともなく、夫には尽くし、子どもにも優しく、平穏に暮らしているように見えたが、結婚10年目。
父の9歳の誕生日の日。
学校を終えて帰宅した父が誕生祝いが用意されている広間に駆けこんだ時、祖父が笑顔で迎えてくれたその後方、バルコニーにいた母は言った。
──10年です…
と。
当然父にも祖父にもその言葉の意味は分からなかった。
すると祖母は
「昔…結婚時に両親に言われました。10年は我慢しなさいと。
10年我慢しました。
だから…もう私は自由になります」
そう言ってバルコニーの柵から身を躍らせた。
即死だった。
そう、9歳の誕生日に目の前で母親に死なれたのである。
どこか儚げで少女のようだった美しい母。
いつもいつも優しくて愛されていると思っていた。
それがただ我慢して期限を待っていたのだ。
自分に優しくしていたのも我慢してだったのだ…。
ただ死なれただけでも衝撃的なのだが、その日、その理由は幼い子どもに深い傷を残すには十分すぎた。
その後カウンセリングを受けたり、精神科の治療も受けたりしたが、トラウマは消えることなく、父は結局、実家を捨てて、海を渡ってこの国に来て、母と出会って結婚したらしい。
祖父とは違う国で、財産も何もない、身一つの状態で結婚する。
自分の父親と同じ轍は踏むまい。
万全を期しての結婚のはずだった。
妻は普通に自分を愛してくれている。
普通に会社勤めをし、小さいながらも家も買った。
全ては順調だった。
そうして産まれる待望の子ども。
双子だと言う事も自分との違いにホッとした。
ところが…産まれた子ども達を見て血の気がひいた。
正確には子ども達のうちの片割れである。
春の新緑に揺れる木漏れ日のような、全体的に淡い色合いに、どこか儚げな優しい顔立ち。
それは亡き母に似ている気がした。
いや、似ているどころではない。
生き写しだ
それでもまだ男だから…男の子だから…と、それがギリギリのバリケードだった。
見るのが辛い。
でも自分でせっかく切望した家庭を壊す事はしたくない。
だから母の面影を見ないように、男らしくハキハキとした子に育って欲しかった。
なのに容姿も性格も、成長すればするほどそっくりになっていく。
そんな綱渡りのような精神状態の中、昨夜の出来事が起こったのだ。
それは実父が亡くなった時、資産はそのまま相続を放棄して親族が継いだが、実家にしまわれていた実母の服をその親族はご丁寧に遺品だから欲しいだろうと送ってくれてしまったのだ。
もちろんそれを見たくはないが、どうしてか捨てる気にもならず、送られてきた衣装箱に入れたまま、倉庫に入れておいたのが間違いだったのだろう。
珍しく早く帰れた日、ご機嫌で愛娘に土産をと部屋を訪ねたら、そこに亡き母がいたのだからパニックだ。
何故?どうして?!!
心が壊れていく音がする。
それが実は何故か亡き母の服を身につけた息子だとわかった時、もうダメだと思った。
この息子がいる限り、自分は母の亡霊から逃れられない。
──…そんな風に思っちゃったみたいなのよね……
と、母は心底疲れたようにそう締めくくった。
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