炎の城と氷の婚姻_第三章_12

今日も王は昼食を共にすませると隣の宮の妃から預かってきたという見事な花篭を置いて慌しく王宮へと駆け出していく。

それを見送って、アーサーは慌しく部屋に戻り、たった今食べた物を全て吐き出した。


このところ二回に一度はそんな感じで、食事を摂っても戻してしまう。

味覚的には酸味のあるものはすっきりするのだが、もどす時にひどく喉を刺激するため、最近はもどすのに楽なクリーム系などマイルドな味の物を好んで食べるようになった。


もどすのにもなんとなく慣れてきて、そんな風に戻すことを前提に食べるようになってきたくらいだが、戻すこと自体は気持ちのいいものではなく、気分が沈む。


気分転換に庭に出てみようか…と思ったのは、風にあたりたかったのと、今日貰った花篭に、気分が優れないなら、今の季節なら暑くも寒くもないし、少し気晴らしに草木に囲まれて見ると多少気分が良くなるのでは?と書いてあったからだ。


自分のように他国のつまらない子どもにまで、そんな細やかな気遣いをしてくれるなんて、美しいだけでなく優しく素晴らしい妃だと思う。

どう考えてもそれでなくても美しくもなく貧相なのに、体調が優れなくて伏せってばかりいる陰気な自分の相手をしているよりは、美しく聡明で優しい女性の妃と居るほうが愉しくなって、このところ王も彼女の所にいるのだろう。


それでもまだ自分を見捨てずに共にすごしてくれるだけ王は優しいと思う。


そう思いつつも考えれば気分は沈んできたこともあって、アーサーは庭に出た。


確かに暑くもなく寒くもなく、木々や花々を揺らす風が心地いい。

やはりどんなに立派な部屋でも閉じこもっているのはよくないのかもしれない。

庭をぐるりと囲む遊歩道をゆっくり歩きながら花々を愛でていると、気づかぬうちに隣の宮との境界線に来ていたらしい。


そう…後宮に来たばかりのころ、初めて庭にでた時に隣の宮の妃を垣間見て逃げるように離れたあの場所だ。


今日は女性達の華やかな笑い声も聞こえない。

今は誰もいないのか…と、少しほっとするも、突然降ってきた――正妃様――という呼び声に、アーサーはビクッと身をすくめた。


「わたくしはグラッド公の娘、マルガリータと申します。正妃様にお話がございます。」

よく通る凛とした声。


別に威圧的な物言いをされるわけではないが、いつもいつも他人に虐げられてきたアーサーはこういうはっきりした感じの話し方をする相手が少し苦手だった。


まっすぐアーサーをみつめてくる目は強い光を放っていて、その強すぎる視線にアーサーは思わず少しうつむき加減に視線をそらせる。


(大丈夫…怖い人じゃない…怖い人じゃない…)


一応折々色々気遣いを見せてくれている相手なのだから…と、心の中で繰り返すものの、やはりどこか恐ろしい。


ぎゅっと握り締めた手のひらにじっとりと嫌な汗をかきながらアーサーがそのままうつむいていると、柵ごしに隔てられた向こう側から小さく息を飲む音が聞こえた。


…え?向こうも何か緊張してる?
それを意外に思って思わず顔をあげてみると、合った視線が思いがけず厳しく鋭いものだったので、アーサーは恐れおののいて再び視線をそらした。


それでも視線はまっすぐアーサーに突き刺さり続ける。

しばらくつづく沈黙。

それを破ったのは相手、マルガリータの方だった。


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