今日でもう3日間、王は後宮に泊まり込んでいた。
そういう事になるのを止めるために医師免許まで取ったはずのギルベルトは、しかしながらもう諦めの境地だ。
止めるどころか自分も後宮の最奥の正妻の離宮に仕事を持ちこむ始末である。
そもそもが今は王は愛しの花嫁から目を離す事ができない。
王に手間を取らせて迷惑をかける事を極度に恐れた花嫁が、強くはない身体の不調を頑なに隠し続けたおかげで、2日前に王が庭で倒れているところを見つけた時にはすでに瀕死状態だった。
そんな最愛の相手を前に、花嫁にこのままもしもの事があったら自分も死ぬと号泣する王。
ギルベルト的には勘弁してくれ、と、思うものの、自分には王の気持ちを動かす事が出来ない以上、もう花嫁の体調の方をなんとかするしかないのだ。
「…アーティ…、アーティ、しっかりしぃや。苦しかったら言うんやで。」
下がらない高熱がどんどん花嫁の体力を奪っている。
小さな身体が一回りも細くなり、やつれて痛々しい。
水だけは王がなんとか飲ませるものの、あとは2,3切れのフルーツをようやく日に2,3回ほど口にするのみ。
薬を飲むためになんとか飲み下している感じだ。
王は涙も枯れ果てた様子で最愛の伴侶の手を握り締めて、時折り額を冷やすタオルをかえつつ声をかける。
生きる…と言う事に非常に貪欲で、自分自身が熱を出そうが大けがを負おうが決してかかすことのなかった食事を、王自身も花嫁が倒れてもう2日も摂っていない。
それが心労と共に王をげっそりとやつれて見せていた。
一体俺様は何をやってるんだ…と、ギルベルトはまたため息をつく。
元々は自国の王族やそれに連なる貴族を嫌っている王が、そのあたりから正妻を取るのを拒んだための非常措置のはずだった。
後ろ盾のない現王が力をつけて、他の貴族達の圧力を跳ね除けられるようになるまでの問題の先送り政策。
なのに今、他国から便宜上の正妻をもらっておさまったはずの王の寵愛騒動が、後宮内で勃発している。
王が正妻に傾倒しきっているからだ。
子を産まぬなら、男なら良いと一旦はおさまっていた側室達が、自らの元を訪れず正妻の離宮にこもりきりの王に…いや、王の気持ちを掴んで放さない正妻に怒気を向けている。
ギルベルトは仕事を取りに王城と離宮を行き来する際に、ひそかになだめたりもしているのだが、大抵の事は上手くこなすギルベルトも実は女性関係は得意ではない。
そんなこんなであちこちでストレスをためつつ胃薬を握り締める日々である。
そして正妻の体調と王の心労、側室達の機嫌と並んでギルベルトを悩ませるもの…それがこの太陽の国の東方にある雲の国の動きだった。
そもそもが前々王が亡くなった時、速効で攻め入ってきて、この国の多くの領土を削り取り、前王が国外に逃げ出すなどという醜態をさらすきっかけになったのがこの国であった。
利に聡く油断のならない国で、自国内の貴族にも秘かにこの国と繋がっている者はいるようだが、尻尾をつかませない。
外だけでなく内にもその息のかかった者がいるかと思うと、本当に気が抜けないのだ。
本当に自分の方が泣きたい…と思いつつ、ギルベルトはまず一番わかりやすく対応できそうな、王の大切な花嫁の容態改善に尽力する。
もう花嫁に何かあれば王が終わり、王が終われば国が終わるのだ。
そう思えば惜しいものなどない。
ありとあらゆるつてをたどり、金にあかせてよさげな物は片っ端から手に入れた。
その甲斐あってか、花嫁の容態は少しずつではあるが良くなってきている気がする。
少しずつ…本当に少しずつではあるが……
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