…王……ちゃんと食べて休んで?
小さな白い手が伸びてきてこけてきた頬に触れる。
ちゃんと動く、意思を持って伸びて来る手の動きに、大切な花嫁がまだ生きている事を実感して、はぁ~っとため息をついた拍子に、アントーニョの瞳から涙がこぼれた。
まるで精巧な人形師が作ったビスクドールのように真っ白で美しい手。
それは触れると人形とは違って温かく柔らかい。
その熱とさわり心地に幸福感が押し寄せて来た。
…ああ……と、その感触を確かめるように軽く目をつむって頬ずりをすると、聞き逃されたのか…と思ったらしく、また、
…ちゃんと食べてちゃんと寝ないと…王が体調を崩すから……
と、小さなか細い声がまたかけられる。
…おん。食事はせなあかんな。親分が倒れたらアーティ守れへんし…。
せやけど、寝るのは無理や。…怖い。
目ぇ放しとる間にまたアーティが死にかけとったら、親分今度こそ気が狂うてまうわ…。
小さな金色の頭をそっと撫でながらアントーニョが言うと、花嫁は困ったように眉を寄せた。
大丈夫だから…と言うには、これまでの経過が経過だ。
あまりに信憑性がない。
…じゃあ……と、恐れ多いと思いつつ、そうしていた時期もあるのだし…と、アーサーは少しベッドの端に寄った。
そして
…隣で眠ったら…何かあっても気づくんじゃ?
と提案してみたら、王は少しびっくりしたように目を丸くして、すぐ、…そうやな、と、優しく微笑んでアーサーの隣にもぐりこんでくる。
その日アーサーは少し熱も下がっていて、風呂にいれてもらってすっきりしていて、その間に取り換えてもらったシーツもサラサラで気持ち良い。
アントーニョも一緒に入っていたのでお互いの体から同じ石鹸やシャンプーの匂いがした。
クン…と腕の中にだき寄せて抱え込んだアーサーの髪に顔をうずめて匂いを嗅ぐ。
すると、確かに同じシャンプーの匂いなのだが、それに混じってかすかにアーサー自身からいつもしている花の匂いがアントーニョの鼻孔をくすぐった。
…ええ匂い……
そのまま髪から耳元、首筋と鼻を寄せ、その香りを思い切り吸い込むと、それはあたかも媚薬のようにアントーニョの心を痺れさせていく。
気づけば匂いを嗅ぎながら唇を寄せ、白く折れそうに細い首筋に思い切り舌を這わせながら、手を寝間着の隙間から中へと忍ばせ、吸いつくような感触のきめ細やかな肌へと這わせていた。
…お、王っ?えっ…あっ……な…ぜ……
腕の中の華奢な身体がビクビクと震え、戸惑ったような声が漏れるが、それも急激に押し寄せて来た劣情をさらに煽る効果しかない。
…堪忍…堪忍な。
…なんや止められへん。
…今めっちゃ自分の事が欲しゅうて気ぃおかしくなりそうやねん…。
今まで愛おしい可愛らしいとしか思っていなかったのに、何故今になって急に本能が爆発してしまったかのような激しい欲情を感じるのか…
アントーニョ自身にもわからない。
ただ…今、本当に今だきたいのだ…と思う。
まだ体調が万全ではないのに…とか、それ以前にまだ色事を行うには幼いのでは…とか、普段なら浮かびそうなそんな考えも、…あぁっ……と、肌を這わせていた指先が緊張にか芯を持ち始めた胸元の突起に触れた瞬間漏れた小さな声の前に、霧散する。
…堪忍…でも今親分のモンにしてもええ?
額に口づけを落としながら、かろうじて口にしたその問いの答えすら待つ余裕もない。
アントーニョはその答えを唯一紡ぎ出せるはずの花嫁の唇を自らのそれで塞いで、深く深く貪り始めた。
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