するりと頬に添えられる手。
――その代わり…全身全霊、何に変えても絶対に守ったるから…
と、憧れ続けた相手にひどく真剣な顔で切なげに吐息をこぼすようにそう囁かれて、否と言えるはずもない。
アーサーがコクリと頷くと、緊張気味だった顔がふわりと崩れて嬉しそうな笑みに変わった。
静かに…しかし甘く甘く囁かれて目を瞑ると
――挨拶でしたのは、ノーカンな。これはちゃんとした誓いのキスやから。
と、優しい唇が降ってくる。
夢の中のように頭の中がキラキラふわふわして、妙に現実感がない。
これは台本があるわけでもなく、アントーニョの中では当たり前に出てきた行動だというのが、もうすごいというしかなかった。
アイドルになるべくしてなっている人間…。
そんな人間ばかりで構成された世界では、きっと自分みたいな人間の方が異端者で、自分の方が現実感のない夢、簡単に消えてしまう幻のような存在なんじゃないだろうか。
そんな存在のおぼつかなさを感じてふるりと身を震わせると、アントーニョが、ん?というように少し身をかがめた。
「…なん?どないしたん?」
そんな気遣わしげな表情すらやっぱり華があって、ただの一般人の自分との距離を感じる。
「…距離がありすぎて……違う世界の人間の俺なんてすぐ消えてしまう気がする…」
と、思ったままを口にすると、アントーニョが目を見開いて一瞬固まった。
そして吐き出されるため息にアーサーが呆れられたのかとビクッと身をすくめると、次の瞬間にいきなりぎゅうっと思い切り抱きしめられた。
え?ええ???
片手を腰に片手を後頭部に回されて、頭をその逞しい肩口に押し付けられたまま動揺しているアーサーの頭上から笑みを含んだ声がした。
「これでええ?消えへんし、消えさせへんよ。
もう、ほんまなんで天使ちゃん、そんな可愛え事言うん?
どんだけ親分を夢中にさせたら気がすむんや」
まるで爽やかな青春映画の中のようなキラキラしいほど弾んだ声と温かなぬくもり。
ああ、もう可愛えなぁと、更に強く抱きしめられて、頭に頬ずりをされる。
もうどうしてこうなっているのかわからない。
何がそんなにアントーニョの心を刺激したのかもわからない。
すでに言葉がちゃんと通じているのかすら自信がなくなってきた。
しかしそんな混乱極まりない時間は、鳴り響く携帯音で終了を告げる。
「おん、ああ、わかっとるわっ!これから向かうから、切るでっ!」
と、電話に出たアントーニョは少し不機嫌に眉を寄せて言うと、
「じゃ、しゃあない。撮影向かおか」
と、アーサーの肩を抱いて外へと促した。
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