「トーニョ、これ……」
今日は伝説の武器の使い手…通称聖騎士達の顔合わせがてらアーサー達の歓迎会が開かれるらしい。
それは知っていたのだが、実はアーサーは家出同然…というか、家出そのもので実家を飛び出てきたため、持ち出せたのは最低限の実用品のみで、礼装など持ってきていなかった。
そう、初めてアントーニョに出会った祭りの時に着ていたアレだ。
「ああ、いつか使う事もあるかな思うて取り寄せさせておいてん。
めっちゃ可愛えし、今日それ着てくれへん?」
にこやかに言われて、うわぁ~~と思う。
本当に…アントーニョは本当に優しい。
必要な事は何から何までやってくれる。
「…あ…あの……」
「…ん?」
衣装を握りしめたまま、アーサーが口を開くと、少し屈んで目線を合わせてくれた。
自宅ではこんな風にアーサーを気遣ったりアーサーに構ってくれたりする人間はいなかった。
いつも邪魔にされて邪険にされるか、いないもののように扱われていたので、こういう、まるで大切な者のように扱われる事に未だ慣れない。
言わないと…と思うと焦ってなかなか言葉が出なくて、しかしアントーニョはいつも急かす事もなく不快感を示すこともなく、にこにことアーサーの言葉を待ってくれる。
「助かった…礼服とか持ってこれなかったから…あ…あの……ありがとう…」
つっかえつっかえ、なんとか礼を言うと、
「親分が着て欲しくて用意したんやから、気にせんでええんやで。
でもちゃんと礼言えるのは、ええ子やね」
とまたクシクシと頭を撫でられた。
ええ子…と、ここに来てアントーニョと暮らし始めて何度も言われた。
本当は自分みたいな体力のない魔術師とコンビを組むのは不本意なのに、アントーニョはいつもいつも優しい。
それこそ着いた初日にすでに熱を出して寝込んで1週間の安静なんて言い渡された面倒な自分を、アントーニョはずっと自らが看病してくれていた。
実家では病気になんてなったなら、これで悪化して厄介払いが出来ないものかとそんな視線で見られて、それは仕方のないことなのだが悲しくて、それでも生きているのが申し訳なくて、よく布団の中に潜って声を殺して泣いたものである。
それがここだと本気でふわふわと、まるで天国の雲の上にいるかのように、柔らかく温かい空気で労られるのだ。
熱を出した日…いきなり倒れて気づいたらベッドの中だったので、隠す事も出来ず、これはもう嫌われる、嫌な顔をされると怯えていたら、いきなり優しい言葉をかけられて、添い寝してくれて、食事も食べさせてくれて、あまつさえ体まで拭いてくれた。
それからはもう、まるで幼い子どもにするように――もっともアーサーは実家では幼い子どもの頃からそんな風にされたことはなかったが――優しく優しく何もかも世話をしてくれて、少し熱が下がってくると、少しでも疲れたりしないようにと、抱き上げて風呂まで連れて行って洗ってくれる事さえしたのだ。
『体弱ってもうてるからな。少しでも疲れるようなことせんと養生せな。
大丈夫。アーティの事は全部親分がちゃんとやってやるさかい、心配せんでもええよ』
と、優しく優しく真綿に包むように世話をしてくれる。
生まれてこの方ここまで他人に優しくされたことがなくて、どうしていいのかわからない。
わかるのは、こんなに優しくしてくれる相手に甘えすぎて呆れて嫌になられたら、きっと死ぬより悲しいということだけだ。
だから優しくされても素直に甘えるのは怖くて、でも変な態度を取って嫌われるのも怖い。
とにかく早く回復して迷惑をかけないようにして、役にたたなければ…と、そんな事を考えて少しでもと起きて鍛錬でもと思うと、
「あかんよ。また熱出てまうで。
戦闘なんて親分が全部やったるから、心配せんでもええよ」
と、優しい手で制されてしまう。
とにかく…それでもようやく医者に言われていた安静期間をすぎて、起き上がれるようになっての歓迎会。
アントーニョに迷惑をかけないように、他のメンバーとも上手く打ち解けなければ…と、アーサーは頭の中で挨拶の言葉を反復しながら、礼服に着替えた。
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