お日様と…ムスクか何か香水の匂いがする。
厚い胸板。
アーサーより高い体温。
そこにはなんと信じられない事に8年前に渡した十字架がかかっている。
まだ持っていてくれたことも驚きなら、わざわざ身につけていてくれた事はもっと驚きだ。
もしあの時の事を覚えていてくれたなら…と、アーサーが慌てて小さく暴れると、少し身体が離れて、再び視線が合わせられる。
そこで、とりあえず自分がここに来た理由だけでも説明しようと、口を開いた。
「…あ、あのっ…昔…会った……」
「…へ?」
「…西の都…アルヴィオンの祭りの日……」
と言っても当たり前にピンと来ないようなので、
「…これ……」
と、アーサーが胸元の十字架の十字架に手を伸ばすと、
「あ~!あれ自分やったん?!あんな格好やったから女の子やと思っとったわ」
と、青年は綺麗なエメラルド色の瞳を驚きに丸くした。
ああ、そういえばアルヴィオンの祭りの衣装は男女で色合いが違うだけなので、余所から来た人間にはいつも驚かれる。
「…あれは…祭りの時の民族衣装だから……女はもっと深いグリーンの衣装を身につける…」
と、説明すると、男女差があまりない衣装が面白かったのだろう。
青年は楽しそうに笑って
「なんや~、そんならヴェールめくってみれば良かったわっ!
こんなに可愛え子ぉやったら、そのまま連れて帰ったったのにっ!」
と、またアーサーを抱きしめてその黄色い頭にグリグリと頬を押し付けた。
どうやらそんな冗談が出てくるくらいには機嫌が上昇しているならと、アーサーはここに来たのは悪気じゃなかったと説明を試みる。
「あ、あのっ…だからっ…役にたてればって魔術勉強してっ…」
「うんうんっ」
「伝説の武器ってやつに選ばれてっ…」
「うんうんっ」
「…で、ここまで来たんだけど…魔術師じゃ迷惑ならっ…」
とまで言い募った時に、青年は、あ~!と、声を上げた。
そして、
「さっきのフランとの話やったら、あれは親戚のことやねん。
俺より年上なのに魔術の勉強いう名目の元、なんもせんと他人ん家でダラダラ過ごしとるダメ男やってん。
そのイメージあって偏見もってたみたいや~。
自分のことちゃうよ?堪忍な~。
ていうか、親分のために一生懸命勉強してきてくれたん?嬉しいわ~。
あ~、もう、ほんま可愛えなぁ。これからはずっと一緒やで~」
と、またぎゅ~っと抱きしめる腕に力をこめる。
その暖かさにホカホカと幸せな気分になっていると、離れていく体温。
あ…と、思わず手を伸ばすと、青年はその手を取り、そこにチュッと口付けてウィンクをすると、
「模様替え、チャチャっとやってまうから、待っといてな」
と、綺麗に笑って家具の移動を始めたのだった。
「あ、あの…何も出来ずにすみません、アントーニョ様…」
こうして部屋の家具の設置が全て終わって青年が戻ってきた時、結局みているだけだったので謝罪するアーサーに、青年は、あかんよ~と少し眉を寄せた。
――え?怒らせたっ?!やっぱりああ言われても手伝うべきだったんだっ!!
と、焦って涙目なアーサーの額に、コツンと軽く自分の額を押し当てると、青年は言う。
「様はあかん。パートナーやで?トーニョって呼んだって?」
甘い甘い声で言われて、顔が火照った。
「と…トーニョ…様?」
「せやから…様はあかん。トーニョ」
「…とー…にょ」
「はい、ようできました。これからはそう呼ぶんやで?親分の可愛え天使ちゃん」
おずおずというと、鼻先にちゅっとくちづけが落とされて、ようやく少し離れてくれた。
戦場で助けてもらった時はただただ明るくてまっすぐでキラキラしていただけだが、こうして日常で対峙してみると、それにプラスして優しくて甘くてカッコイイ。
ああ…どうしよう…。
本気で心臓が持たない。
顔が熱い。
クラクラする。
あれ?目の前が揺れ………
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