若者の主張
「なあ…アメリカ、これ見たって?」
と、手渡されたのは真っ赤なバラの蝋封がされた黒地の封筒。
薄暗い部屋で手渡されたそれは、まさにこのオドロオドロしい空間にピッタリで、アメリカは本気で恐ろしさに泣きたくなった。
現代に置いては自国である合衆国の方がはるかに軍事力も財力も優っているはずなのに、その威圧感に逆らう気が起こらない。
単純な国の大きさ…物理的な物資頼みでは計れない恐ろしさがそこにはあった。
「親分、ちょっと自分に話が聞きたいねん…。
――…なあ……ええやろ…?――」
と低い声でそう言われる。
質問の形式こそ取っているものの、否ということなど許されない…というか、否と言った瞬間に世にも恐ろしいことが起こりそうな…そんな響きのある静かな恫喝…。
物理的な大きさではない……これが単純に国土の広さ頼みではなく同じ条件の多くの国々を制して群雄割拠の世界で頂点にのし上がった大国の恐ろしさだ…。
そんな風に笑うくらいなら仏頂面をしていてくれたほうがまだマシだ…と思うくらい、背筋が寒くなるような冷ややかな笑みから気持ちを逸らしたくて、思わず手にした封筒を開けて中身を取り出したアメリカは、そこで信じられない物を見た…。
「それ…自分の部屋やんな?」
さらに低くなる声に、卒倒するかと思った。
「こ…これは……」
「私物盗むのも盗撮も犯罪やで?」
――犯罪者は……裁かなあかんな?
にこりと底知れない沼のように複雑な色合いの緑の瞳で射抜かれて、ヒィ…とアメリカはすくみあがった。
「ち、違うっ!俺は盗んでなんかいないよっ!!」
もう必死だった。
下手に誤魔化しでもしようとしたら、嬲り殺されるっ!と、アメリカはそれが自分の部屋だということは包み隠さず有罪を認め、しかしその代わりに冤罪を晴らそうと口を開く。
「盗んどらん?」
「ああっ!ちゃんと買ったんだぞっ!俺から頼んだわけでもないっ。
ある日いきなり俺宛にメールがきて……ああ、見せてもいいよっ!!」
アメリカはそう言って自らのスマホでとあるメールを出してそれをスペインに差し出す。
よくある所謂誰でも取れるフリーメールから送られているそれは、イギリスの写真や私物を高額で買って欲しい旨を申し出たもので、イギリスの写真が1枚、見本として添付されている。
アメリカとてこんな展開は予想していなかっただろうから事前に用意したダミーとかではないだろう。
「俺…おれっ…最初はイギリスはプライベートに限っては俺に隠すものなんてないと思ったんだっ。
だからっなかなか会えない間、イギリスを見てたくてカメラやマイク仕掛けたけど、イギリスに怒られてからはちゃんとやめたんだぞっ…。
ちゃんと言われた事は守ったんだぞっ…。
リアルタイムで何かアクション起こされるの嫌みたいだから、誰かが売ってくれる写真とかで我慢したんだぞっ…」
幼子のように泣くアメリカに毒気を抜かれてスペインはため息をつく。
まるで子どもをいじめているようで、おとなげない気がしてきた。
まあ…実際子どもなのだろう。
本人が言うように裏はなさそうだ。
「あのな、これからは売ったる言われても明らかに盗品は買うたらあかんで?」
クシャクシャと頭を撫でてやると、アメリカは鼻をすすりながらコクコクうなづく。
ああ…こうして素直にしとったらちょっとはかわええんやけどな…と、もうアメリカの追求は終了して、スペインはまた考え込んだ。
「なあ…そんなら自分、なんでイギリス追い掛け回しとったん?」
アメリカは最初のマイクとカメラを仕掛けた前科があるからはめられたんだろうが…
「フランスが…イギリスの居場所聞いてきたから…。いなくなったって。
俺が拉致したんじゃないかって言うんだけど、俺じゃないし、もし他に拉致されてるならヒーロとしては見過ごせないじゃないかっ」
――あ~…うん…ヒーロー…な。マドレ(ママ)恋しさに盗聴盗撮するヒーローかい…
口に出したら確実に話がややこしくなりそうなので、これはスペインにしては珍しく空気を読んで心の中だけでつぶやいておいた。
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