The escape from the crazy love_5_5

覚醒

「アーティ、アーティ!!しっかりしっ!!」
スペインはイギリスを抱えたまま、泣きながら夜の海岸をひた走った。

意識を失ったままクタリとした身体に青い顔。
このまま何かあったら…と思うと、心臓がズキズキと痛んだ。


あと数日で帰宅予定だった。

帰宅に向けてオーストリアのアドバイス通りプロイセンとロマーノに協力を頼んだら、二人はドイツとイタリアと日本を首尾よく味方につけてくれたらしく、スペイン達が帰宅する時には5人でスペイン宅で待っていてくれるという連絡がロマーノから入っていた。

食後にその事を話して安心させてやろうと、スペインは急いで食器を洗って片付けて、イギリスが刺繍をしているであろうリビングに戻ると、庭へと続くガラス戸が開いて雨が吹き込んでいた。


――まさか、ここがバレたっ?!

一瞬フランスかアメリカにこの場所がバレたのかと思い外に飛び出すが、飛行機はもちろん、クルマやバイクが止まっていた気配はない。

そもそもこちらの裏庭はまっすぐ海岸へとつながっていて、どこからか来てどこかへと行くならば、正面玄関の方向だ。

とりあえずそれでもと、スペインは外に飛び出して海岸へと走ると、砂浜に投げ出されたスリッパに気づく。

――まさかっ?!
嫌な想像に顔を上げて海に目をやると、波間に黄色い頭が浮かんでいる。


「アーティっ!あかんっ!!!」

フラフラとそのまま岸とは反対方向に進むその黄色い頭を追ってスペインもザブザブと波をかきわけ進んでいった。
その歩みを阻むように寄せる波が煩わしい。

――確かあの子泳げへんのに!!

国が溺死するかどうかはわからないが、どう見ても沖へ向かっているところをみると、覚悟の入水なのだろう。
やがて黄色い頭がフッと見えなくなって、スペインの全身から血の気が引いた。

――あかんっ!!!
歩くよりは早いだろうと、スペインも水に潜って泳いで進む。

やがてゆらゆらと波間に揺れる白い塊を見つけると慌てて抱き寄せて、そのまま今度は岸に向かって泳ぎ始める。

やがて水も浅くなってきて、スペインはイギリスを抱きかかえたままザバっと立ち上がると足早に岸を目指した。

幸い救出が早かったせいか、その時はまだうっすらと目を開けていたイギリスに

「なんでこんなアホな真似したんやっ!!」
と、問うと、本当に小さな小さな声で
「………だって………怖かった…ん…だ……」
と答えを返して、イギリスはふぅっと意識を失った。


――怖かった……

その言葉にスペインは胸が締め付けられた。

そうだ、このところ笑みを見せるようになっていたからすっかり忘れていたが、自分の所へ来た時、イギリスはあんなに怯えていたのだ…。
帰ってまた盗聴や盗撮に悩まされたり、追い回されるのが怖いというのは当然ではないか。

何故そのあたりを気遣ってやれなかったのか…と、ひどい悔恨に悩まされたまま、スペインはまた裏庭からリビングへと戻る。

床がドロで汚れるのにも構っていられない。
とにかくバスタオルとバスローブだけ用意するとそのままバスルームへと駆け込んだ。

蛇口を捻ってシャワーを出すと、まずイギリスの全身を軽く流してやり、その後自分も足の汚れなどを洗い流して、そのまま湯船に栓をして湯をためる。

少しでも早くあたたまるようにと湯船に座ってぎゅっとその自分より一回り細く白い身体を抱きしめると、腕の中でイギリスが身動ぎした。

長い金色のまつげがふるふると震えて、パチリと瞼が開くと、澄んだ大きなペリドットがのぞく。

まだ完全に意識が戻ってないのか、ぼ~っと…それでもどこか心細気な泣きそうな目で見上げてくるのに、スペインの親分的何かが限界を告げた。


――あかん…親分、死ぬかもしれへん……。
以前東の島国に教わった、“キュン死に”というやつだ。

「……スペイン…?」
さらに定まらない焦点のまま恐る恐ると言った感じで名前を呼ばれると、親分スイッチ的な何かが連打されて親分ゲージ的なモノがグングン伸びて、限界点を突破した。

「あっか~んっっっ!!!!」

叫ぶなりギュウギュウ抱きしめられてイギリスは一気に覚醒したらしく目を白黒させるが、それに構っている余裕もない。

「守ったるからなっ!!メタボや変態がなんぼのもんじゃいっ!!
親分絶対に自分の事守ったるから、うちで暮らし?
ハルバードとスペインブーツ常備して、あいつらが来たらどついて捕まえて、もう粘着なんてせんかったら良かった思う目に合わせたるわっ!」

いきなり爆発したスペインにどう反応したらわからず固まるイギリスの様子に、スペインはもしかして怯えさせたかと、そこでイギリスの頬にソっと手を当てて優しく微笑むと、少しトーンダウンする。

「心配せんでもええんやで?親分きっちり守ったるさかいな。
なあんも怖い思いなんてさせへんから。
親分のお宝ちゃんになり?」

ああ…いいかもしれない。
手のかかる子分の面倒に追われながらも温かく満ち足りていたあの頃のような生活。

今度は守る相手はトルコからではなくEUを仕切る片割れの変態と新大陸の若造だが…以前とて当時最大の巨大な敵から大事なモノを守りきれたのだ。
今回だってやればできるはずだ!
久々に気分が高揚してきて機嫌よくスペインが見下ろすと、イギリスはやはり不安げにスペインを見上げる。

「…でも……戻ったらお前大切な奴いっぱいいるだろ?……こ、子分とか……」

最後はモニョモニョっと小声になってうつむくイギリスの顎に指をかけて上向かせると、スペインはその頬にチュッと口付けたあと、自らのそれとすりあわせた。

「アホやなぁ。そんなん心配しとるん?
ロマは確かにめっちゃ大事やで?
せやけどあの子は一人立ちしてしもうて、もし手助けしてくれ言われたら出来る範囲でしたるけど、もう親分の手の内で守ったる相手やないねん。
アーティは戻っても親分の腕ん中に抱え込んだ大事なお宝ちゃんやからな。
ないがしろにしたり放ったりせえへんよ」

成人男性とは思えないふんわりすべすべの頬の感触。
ああ、赤ん坊みたいやなぁ…と、笑みが溢れた。

この子は自分だけを頼りにしている…自分に保護される事を望んでいる存在なのだ…そう思うと幸せな気分がじんわりと沸き起こる。

こうして親分スイッチが連打され親分ゲージが満タンになって、長らく封印されていた親分魂がスペインの中に戻ってきた。

――もう相手が誰であろうと、負ける気はしない――


腕の中に宝物を抱えたままニヤリと浮かべるその笑みは、はるか昔、7つの海を制覇した太陽の沈まぬ帝国の頃のそれに戻っていたが、それを知るものはここには誰もいなかった。



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