信頼
重ねて言うがスペインの別宅があるのは小さな小さな海辺の街である。
ほとんどが地元民で、よそ者自体が珍しい。
そんな街中で号泣しながら病院を探しまくって、街で一件しかない小さな病院で『この子助けたって』と号泣したよそ者の話は、もう街中に広まっているといっていい。
もちろんそれは嘲笑ではなく、保護者…というには若く見える保護者もどきがあまりに心配していたこともあって微笑ましいという意味での笑みだが、それでもなかなか恥ずかしいものがある。
「お前…何やってるんだ…」
と思わずプクリと膨れて見せると、こちらは微塵も恥とは思っていないスペインが
「やって…このまま死んでまうかと思うてんもん。
ほんま親分の方が心臓止まるかと思ったわ」
と、悪びれずに答える。
こうしてとりあえず目立ちすぎて興味を引いてしまったため、周りには親同士の再婚で兄弟になって、その親が亡くなったので二人暮らしをしている兄弟と説明した。
田舎の人の良い住民達は、そんな二人を微笑ましく思ったらしく、イギリスが元気になるまではと、近所の人間が交代で食材を届けてくれるようになった。
食材を届けるついでに住人達は窓際のベッドで寝ているイギリスに、
「アーサーちゃん、お兄ちゃんに心配かけたらあかんよ~」
などと声をかけながら、窓からオレンジを差し入れてくれたりして、その人懐っこさにイギリスも毒気を抜かれて、さすがスペインが体現している国の人間だな~と感心したりする。
――たぶん自分な、島国やさかい他人との接触にめっちゃ慣れとらんのが、そこまで怖なる原因の一つなんやと思うわ。
ここに来たばかりの時にスペインに言われた言葉は本当だったのだろうか…。
気さくな住人達に囲まれ、スペイン同様何の気のないボディタッチに慣れてくると、怖い夢を見ることもなくなった。
完全プライベートで嫌な事を言われる事もなく、伸び伸びと楽しげに過ごすイギリスに、スペインはホッとしながらも、先を考える。
このままずっとここにいられればいいのだろうが、そうも行かない。
怖がらせてはならないが、フランスやアメリカに対する警戒心は持たせなければならない。
色々が難しい。
「アーティ、何やっとるん?」
そんな事を考えながら食後の後片付けを終え、ソファでせっせと針を動かすイギリスに声をかけると、イギリスは針を動かす手を止め、スペインへと視線を向けてニコリと笑う。
ああ…かわええなぁ…
そんな無邪気な笑みを守ってやるためにはどうしたら良いものか…と思うスペインの内心には当然気づかず、イギリスは
「ああ、アンナおばさんにいつもオレンジくれるお礼にと思って刺繍してるんだ。
この前カタリーナさんがお気に入りのスカートにシミつけちゃって、落ちないって嘆いてたからそこにバラを刺繍してやったらすごく喜ばれたから…」
と、スペインの国家、カーネーションの刺繍を施したハンカチをかざして見せる。
「噂には聞いとったし実際自分の家でもぎょうさんタペストリーとかテーブルクロスにしたもん見たけど、器用なもんやなぁ…」
スペインが感心してみせると、褒められ慣れてないのか
「ね…年季が違うからなっ!当たり前だっ」
とフイっとそっぽを向いて赤くなるのがまた可愛らしい。
「せやけど…まだ無理はしたらあかんよ?治ったばっかやしな」
パサリとカーディガンを羽織らせると、
「お前…おおげさなんだよ、…ったく」
と、イギリスは口を尖らせるが、大人しく袖を通す。
それからまた刺繍途中の布に視線を向けるイギリスに、スペインは話しかけた。
「親分な、自分が過剰に怖がっとるんは慣れてへんからやって言うたんやけどな…」
「…ああ?」
「他の人間はええねんけど、やっぱり実際に危害加えてくるフランスやアメリカはある程度警戒せなあかんと思うんや」
スペインの言葉にまたイギリスの手がピタっと止まる。
いや…完全にとまっているわけではない。
また思い出したのか、かすかに震えている。
不安げな顔をこちらに向けられてスペインは一瞬躊躇するが、結局イギリスの頬をソっとなでて、コツンと最近よくするように、額に額を押し当てた。
「親分が盾になったるわ。アーティの事守ったる。
せやからな、とりあえず付き合おか?」
「へ?」
硬直するイギリスにスペインは苦笑した。
「ああ、ちゃうよ。
別にあいつらみたいな事する言うんやないし、別れたくなったら別れたるよ?
ただ、付き合うとるって事にしといたら、親分の方先になんとかしようとするやろ?
そしたらアーティの方に行く被害が減るやん」
「でも…そんな事してもお前になんにもメリットないだろ?」
緊張が少し解けたのか肩の力を抜いてそう言うイギリス。
メリット?そんなんあるに決まっとるやん。
「アーティ守ったれるってメリットあれば十分や。
親分は親分やさかいな」
ニコリと笑ってそう言ってやると、見る見る間に赤くなっていく顔。
「…お…お前…馬鹿だろっ…」
プルプルと震えるのがかわええなぁと思ってしまうのは仕方ないだろう。
だって真っ白な肌を赤く染めて、大きなグリーンアイで上目遣いに睨んでくる様子は本当に可愛らしい。
しかしこれだと最終的に泣かせてしまうので、そこで最後にもう一言…
「なんや兄弟って事にして暮らしてると、ほんま弟みたいな気ぃになってきたんやからしゃあないやん。
大事な家族やったら守ってやらんとやん?」
そう言ってやると、丸い目が驚きに見開かれて、コロンと零れ落ちそうやな、と、心配になった頃、ぱっと視線が下をむく。
「…お…俺だって……別に弱いわけじゃねえし……お前に何かあったら……助けてやらねえでもない……ぞ?」
と、最後に上目遣い。
うん、もう可愛すぎてあかんわ。
「おおきにな~」
と、スペインはそのままイギリスを抱き寄せて、頭をクシャクシャとなでまわして、頭突きを食らった。
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