執着
休暇を取ったイギリスが転がり込んだ時のフランスはとても優しかった。
イギリスが心底まいってしまっていたためか、いつものようにからかう事も言わず、おいしい食事と心地良い寝床を提供してくれる。
翌日…夕食後に二人でワインを開けた。
酔いも手伝ってホッとしたところで、イギリスが改めてフランスに礼をいうと、フランスはフと口元にワイングラスを当てたまま考え込んだ。
「うん…まあお兄さんはいいのよ?
坊ちゃんの事は昔からお兄さん秘かにお守りしてたし?」
「守ってねえだろ、攻め入ってきたくせに」
と、それには軽く異議申立て。
「あのね~、あの時分坊ちゃんあのままにしてたら南のペド帝国あたりにパクンて食べられちゃってたからね、絶対」
「なんだよ、それ」
「お前知らないかもしれないけど、お前引き取ってからもしょっちゅうスペインにお前くれって言われてたんだからね」
少し視線が剣呑としてくるフランスに、イギリスは嫌な予感がして黙り込んだ。
「お兄さんだから、無理強いしないで待ってあげられたのっ!
ホントこんなに可愛いまま育っちゃって。
それこそアメリカやスペインやその他の国がお兄さんの立場だったら、お前とっくに頂かれちゃってたんだからねっ」
いやいや、スペインがクレクレ言ったのはもしかしたら本当の事かもしれないが、アメリカのような性的な何かじゃねえだろ?
そんな目で自分を見るのはアメリカくらいだろ?
もしスペインが本当にペドだったらロマーノとっくに食われてるよな?
色々突っ込みどころ満載だが、昔話になった時にフランスの前でスペインの肩を持つような発言はご法度だ。
あの当時、フランスはやたらとスペインをライバル視していたように思う。
単純に小さな子どもが珍しく小動物を構う感覚で小さなイングランドを膝に抱きあげて菓子をくれたスペインの話をしたら、フランスに激怒された気がする。
二度と近づくなと命令され、実際フランスの家にいる間はそれ以来、近づくどころか顔を見せるのも許されなかった。
スペインと上司の婚姻関係で結ばれていた時代もやたらとちょっかいをかけてきたし、その婚姻が消滅した時もなんだか喜んでいたように思う。
それは単純にイギリスが嫌いで、イギリスが他と仲良くするのが嫌だったのかと思っていたが、実は他の国からイギリスを守っているつもりだったのか?
「まあ…今ではお前達お互い嫌い合ってるから接点ないし、お前も育っちゃったからあいつの守備範囲外だろうけどさ…とにかく当時はやばかったのっ!」
フランスの目が少し酔いに据わってきたのに気付いて、イギリスがその手からグラスを取り上げようと伸ばした手は、逆にフランスに掴まれて引き寄せられた。
「お兄さんはね、老若男女OKっていってもお子様はさすがに守備範囲外なの。
でもあれだよね、そろそろ良いよね?
アメリカも人のモンに手だそうなんてしてくるし、もう我慢の限界…」
そのままクルリと体勢を反転させられて、フランスが座ってたソファに押し倒されて、そこでイギリスはようやく危機に気づいた。
「ちょ、待てっ?!お前酔ってるだろっ!」
近づいてくる顔を両手で押しのけてそう言うと、その手をペロリと舐め上げられてイギリスは悲鳴をあげた。
「ん~。酔ってるかもしれない…けど、お前をずっと好きでずっと想ってきたのは本当。
もうしばらくは腐れ縁でいようかと思ったけど、いい加減ちゃんと抱え込んでおかないと、どこぞの若造に無理矢理連れ去られちゃいそうだし…そろそろお兄さんのモノになってよ、モン・シェリ?」
綺麗な顔だと思う。
色気のある声音…女だったら落ちるだろう。
でも今のイギリスには逆効果だ。
自分に過度な好意をぶつけてこられるのも、迫ってこられるのも死ぬほど怖い。
ぶっちゃけ…自分を性的な意味で見てくる相手はみんな恐怖の対象だ。
ほとんど無意識だった。
気づいたらフランスの股間を蹴りあげていた。
その身体の下から抜け出すと、財布の入った上着だけ掴んでフランスの家を飛び出す。
そして適当な店に入って服を着替えると、そのへんの若者にお金を積んでバイクを買い取った。
数ある偽装パスポートの一つを使いバイクで国境を超えてスペインへ。
さして仲の良くはない国だからそのまま通り抜けるという選択も考えたが、逆に皆がそう思っているなら穴場かもしれない。
というか、仲が良くない国だからこそ、フランスのようにはならないかもしれない…
「…そう思うてうちに来たん?」
スペインが呆れ半分感心半分にそう聞いてみると、イギリスはきまり悪げにうなづいた。
「なるほどなぁ……」
スペインは額に手を当てて上を仰いだ。
「まあ…正解やったかもなぁ。
フランスもアメリカも追い返したっちゅう言葉をあっさり信じとったし」
これがもし比較的イギリスと仲の良い日本とかプロイセンとか北欧諸国とかなら、フランスはとにかくとしてアメリカは家探しを強行するくらいの事はやってのけたかもしれない。
「だから…本当に追い返される覚悟で来たんだけど……」
何故助けてくれたんだ?と小さな小さな声で不安げにきいてくるのを安心させてやりたくて、スペインは昔小さなロマーノにしてやったように視線をしっかり合わせてニッコリと微笑みながら
「そりゃあ、俺は親分やからな。頼ってきたもん見捨てたりはせえへんのやで?」
と、頭をなでた。
その言葉にホッとしたようにまた大きな瞳からポロリと涙をこぼす様子が幼い子どものようで痛々しくも可愛らしい。
「ま、親分がなんとかしたるから、安心し?」
そう言ってコツンと額に額を軽くぶつけると、スペインは再び前を向いてエンジンをかけて、車を走らせた。
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