と、今度はフェリシアーノに連れられて目の前のドアをくぐれば、そこは相変わらず薄暗いランプの灯りのみが室内を照らす控室だが、城内に入ってから常にあった甲冑がないせいか、隣にフェリシアーノがいるせいか、それほど不気味な感じもしない。
「ア~サ~、ここ、ふっかふかで気持ちいいよ?隣おいでよっ」
室内に入るなりテテテっと紫の絨毯の上を駆け抜けたフェリシアーノがダイブするのは、おそらく仮眠もできるようにと客室を用意されたのだろう。
大きな天街付きのベッド。
他の家具と同様黒いベッドに黒いシルクのシーツ。
部屋そのものもそのベッドも普通ならどこか薄暗い印象を持つのだろうが、ベッドの上でぴょんぴょんと飛び跳ねるフェリシアーノを見ていると、なんだかそんな色彩も空気も気にならない。
明るく手を振るフェリシアーノにつられて、アーサーもベッドにダイブした。
見た目は別にして、確かにふわふわで気持ちいい。
2人して寝ころぶベッド。
ふと気づけばすぐ隣にある愛らしい顔。
フェリシアーノを良いなと思うのは、顔の愛らしさもさることながら、目が合うとすぐニコッと嬉しそうな微笑みを向けてくれるところである。
いまもそんな笑みを浮かべながら、フェリシアーノはソッとアーサーの手を取って本当に唐突に話し始めた。
「…あのね、俺、ギルベルト兄ちゃんに味方になって欲しいんだぁ」
いきなりすぎて話が見えない。
何かそんな流れがあったっけ?と思っても、フェリシアーノと2人になったのはついさっきだ。
だから仕方なしにきき返す。
「……味方?」
「そそ。味方。別にね、寮をおろそかにして欲しいとかそういう類のものじゃなくてね、寮対抗の時とかじゃない時は仲良くして欲しいし、敵じゃなくて味方になって欲しいの」
よく…わからなかった。
寮対抗戦の時以外、何か敵味方に分かれるような事があるんだろうか…。
意味がわかりません…そう顔に出ていたんだろう。
フェリシアーノはちょっと困ったような顔で身を起こした。
「えっとね、アーサーは外部生だからあんまりそういうのって考えた事無いのかもしれないけどね、うちの学校って各地の色々な面での有力者の子弟が多いのね。
俺ん家は……爺ちゃんは偉い人だったんだけど、俺の父さんは跡取りじゃなかったし、さらに俺は兄弟の下だったから、親戚の配偶者の実家に養子に出されてその家から学校通ってたんだ。
つまり…一般人じゃないけど有力者でもない、そんな感じ。
家もそうだし、そんな政治的な意味合いの強い養子だから引き取り先の父さんともそんなに仲良しってわけじゃなくてね、俺って色々な意味で色々な方面から要らなくなったら切られちゃうような子なんだ。
だから味方って言うのは……そう、嫌ったり意地悪したりせず、出来れば庇ってくれるような人って感じ?
俺の寮の寮長さんは良い人だけど、そういう意味ですごく有力な家の人ではなくて、その人が例え俺の事悪くないって言ってくれても、他の有力な家の人に悪いって言われれば、有力な家同士の繋がりみたいなのがあって、俺が悪い事になっちゃうのね。
その点ギルベルト兄ちゃんはさ、誠実な人で、しかもいわゆる有力者の家の跡取りだからさ。
俺が兄ちゃんに悪い事しなければ意味もなく意地悪もしないし、意味もなく苛められてたら庇ってくれるような人だから。
別に取り入りたいとか、特別何かして欲しいとかじゃなくて…良い先輩で居て欲しい。
味方で居て欲しいんだ。
そういうのって…ずるいかな?」
しょぼんとした目で訊ねられて、アーサーはブンブン首を横に振った。
同じだ…と思った。
アーサーだってそういういわゆる有力な家同士のなんちゃらはないが、家族からは捨てられたも同然の身の上で、寄るべき場所がない寂しさ心細さはよくわかる。
自分の努力だけではどうしようもない人間関係と言う物があると言う事も…
だから
「仲良くしてもらえるように協力してくれる?」
と、縋るような目で言われて迷う事なく頷いた。
別にズルイとか利用されてるとか、そんな風には感じない。
むしろ自分に力があるなら自分が守ってあげたいくらいだ。
アーサーがそう言うと、フェリシアーノはいつも微笑んでいるような目をビックリしたように丸くして、それからふわりと蕾が花開くように笑った。
「ありがとうっ。
俺もね、力があったらアーサーの事守ってあげたいよ?
まあでも…力はなくても俺逃げるのは得意だからねっ。
ギルベルト兄ちゃんがいない時に危ない目にあいそうになったら、一緒に逃げようねっ」
と、そんな言動も可愛らしい。
本当に年上のしかも同性だなんて思えなくて、これが正しいプリンセスの姿だ…とフェリに出会ってから何度も思った事をまた思った。
というか…中等部の頃のギルの話を聞いたり、実際に同じ学年の副寮長のアルに会ったりしても、全くプリンセスという感じではないので、本当にフェリくらいしかプリンセスらしいプリンセスを見ていないのだが、そう言えば他の副寮長達はどうなんだろうか…。
金銀の寮長、副寮長の交流会ということなら、もしかして今中3の銀虎寮のプリンセスも来たりするのだろうか。
そう思いついてフェリに尋ねると、フェリは『ん~ん』と首を横に振って少し苦笑した。
「銀虎寮のプリンセスは体調不良で欠席…という建前だけど、興味ないから来ない感じだね。
普通はダメなんだけどね、おうちがすごく力のある家だから、そんな我儘も許されちゃうんだ。
まあ……素敵だけど少し厳しい感じの人だから、いらっしゃらない方が気楽かな」
なるほど…。
平等に見えても学生の中でも実家の権力がそのまま影響したりするわけか…と、アーサーも内心苦笑する。
そう言えばアルも養父が大財閥の総帥で、どうしてもと頼みこんで副寮長になったと言っていたし、アーサーが知らなかっただけで色々あるのだろう。
「その代わりね、銀虎寮の元プリンセスの先輩が来るらしいよ。
今はもう社会人らしいけど、プリンセス時代のツテで当時の同級生の家の関係のお仕事してるらしい」
「あー、もしかして外部のプリンセスなのか。
ギルが言ってた。
普通の家庭から入学した外部生のプリンセスはしばしば寮長とかの家にそのまま引っ張られる事があるって」
「そそ。今回の人は寮長の家ではないらしいけどね。
そんな感じだよ」
言いながらフェリシアーノはぴょん、とベッドから飛び降りると、テーブルの上のピッチャーから二つのグラスにジュースを注いで戻ってきた。
「はい。
今のうちに少し飲んでおいた方がいいよ」
とグラスを一つアーサーに差し出す。
「今のうちに?」
全員が集まってからは何も出ないのだろうか…
というか、フェリシアーノは今後の予定を知っているのか?
そんな事を思っていると、フェリシアーノは何故かそんなアーサーの疑問を察したように笑った。
「うん…わかんないけどね。
でも例年、寮長と副寮長の耐久レースな事を考えると、今年もこういう風に趣向が変わっているように見えて、実は大どんでん返しで何かやらされる可能性もあるじゃない?
そうすると飲み食いしてる暇はないと言う事もあるかなぁって…」
なるほど。
自身の経験上からくる予測ならしい。
そう言えばギルも例年はそんな感じだと言っていたし、それなら今のうちに休んで水分摂取をしておいた方がいいのかもしれない。
アーサーもそう納得してジュースを飲みほした。
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