2人のプリンセス
2階に上がるとやはり廊下の壁沿いには古びた甲冑が立ち並び、それを壁に掛けられた松明の灯りが明々と照らしている。
それは馬車の時もそうだったが、元々どこか薄暗い雰囲気もあいまって、ひどく閉塞感を感じさせた。
それでも…ギルベルトがいれば大丈夫。
何もかも大丈夫なのだ。
ぎゅっと腕を握る手に力を入れれば、ギルベルトはアーサーを見下ろして一瞬少し考え込むようにアーサーを凝視して、でもすぐ優しく微笑んでくれる。
元々は手助けはしてくれるがなるべく自分の事は自分でするように自立を促すタイプで、他人を無条件に甘やかしたりはしない人間なのだとルートが言っていたが、アーサーには無条件に優しい。
一度そのあたりについて聞いてみた事があるのだが、ギルベルトいわくアーサーはプリンセスだから…という以前に、何でも1人で抱え込んで無理をするので逆に出来る限り色々やってやって自分を頼る事に慣れさせたいのだ…と言われた。
そんな事を言われたのは初めだ。
自宅では出来る限り自分の事は自分で解決しろ、手間暇をかけさせるなと言われて暮らしてきたのだ。
幼い頃…それでも甘える事が出来ていた実母が亡くなった直後はその落差に慣れずに自分自身がとても情緒不安定になっていた自覚がある。
だからこそだ。
今はプリンセスとして大切に甘やかされていても、時期が来てその保護を全て失くした時の落差が怖い。
そんな事を考えつつ、それを言うべきか言わないでおくべきか迷っていると、聡いギルベルトはそんな事もわかってしまったらしい。
『ん~…まああれだ。
お姫さんは俺様が初めて無条件に守るべき事になった相手で、実際にそうしてみるとすごく楽しいし、もしお姫さんが嫌じゃなければ副寮長の任期切れても責任持つぜ?
実際、寮長が外部生っつ~のは稀なんだが、副寮長はたまたま可愛かった外部生ってのもちょくちょくいて、そう言う場合は普通に財閥とか大会社の社長の息子とかの寮長が卒業後もそのまま自分の側に引っ張る事も少なくねえしな。
なんならお姫さんが学校卒業したら、俺様、お姫さんの親父さんに大切にするんでお姫さんを俺様に下さいって挨拶に行ってもいいんだけど…』
などと、本気なのか冗談なのかわからない、まるでプロポーズみたいな話までされて、どう反応して良いやらわからず、ただただ動揺したのだが、まあギルベルトは無責任な事を言う人間ではないので、実際アーサーが望めばずっと一緒にいてくれる気はあるらしい。
そんな諸々もあって、最近ではアーサーもすっかりギルベルトに依存している。
もっとも…ギルベルトに言わせるとまだまだ足りないらしいが……。
まあ、それはとにかくとして、そんなわけでアーサー的にはなるべく頼り過ぎないようにとは思いつつも、何かあってもギルベルトがいれば大丈夫という認識を最近持ちつつあったのだが、今、それもあって最大のピンチを迎えていた。
いや…なんのことはない。
案内人の男に連れて来られたドアの前。
「こちらがプリンセスの控室でございます」
と、恭しい様子で丁寧に…しかし暗にここに来て唯一の頼りであるギルベルトと別々の控室に行けと言われてしまったのだ。
こんな得体のしれない場所で1人きり?
無理だ…絶対に無理だ。
ぎゅっとギルベルトの腕を握り、半分涙目で見あげれば、当然ギルベルトも異議を申し立ててくれる。
「いや…今回は寮長と副寮長の交流イベントのはずだろ?
そもそもが色々と危険な事もあるプリンセスを寮の外で護衛もつけずに1人にするなんてありえねえ」
ぎゅうっとアーサーを引き寄せて腕の中に抱え込んでくれるギルベルト。
その体温にホッとするも、男が淡々と続ける声が聞こえる。
「今回は前年度までとは色々主旨も趣向も変更されております。
安全性に関しましてはご覧の通り他者が入りこめぬよう堀や鉄窓など、色々留意しておりますし、日程を公けに公表したものとずらせたのもそのためでございます」
「変更ってなんだよっ。
そもそも寮長がプリンセスと離れる事に意味なんてあるのか?!」
――それはね…今回は新寮長と新副寮長じゃなくて、金銀の交流も兼ねてるから、らしいよ?
緊張をはらんで高くなるギルベルトの声をさえぎるように、案内されたドアが開いて出て来たのは、ふんわりと花のようなプリンセスだった。
「ちゃおっギルベルト兄ちゃん。
あんまり係の人困らせちゃダメだよ?」
ぴょん、と、部屋の中から出ると、少年…フェリシアーノは優雅な足取りでギルベルトの側に来て、ソッとその腕を取ってアーサーから離すと、両腕でギルベルトの首を引き寄せ、耳元に唇を寄せる。
そうして何か一言二言囁くと、またぴょん、と一歩下がってちょこんと小首をかしげてみせた。
「ね?俺はギルベルト兄ちゃんと仲良くしたいから、ギルベルト兄ちゃんの大切なプリンセスとも仲良くしたいし、意地悪したりしないよ?
大丈夫。ちゃんと返すからいったんは俺に預けて?お願い」
可愛らしい笑みを浮かべるフェリシアーノに、アーサーはほわわ~と見惚れるが、ギルベルトは複雑な表情を浮かべている。
「あのね、確かに学校は色々寮対抗だけど体育祭とかは金銀対抗だから、どちらにしても俺とアーサーは仲良くなっておいた方が良いんだよ?
それがなくてもね、アーサーちっちゃくて可愛いし、俺仲良くしたいなぁ。
アーサーは?俺といるのいや?」
と、珍しく即答せずに難しい顔で考え込むギルベルトから離れて、フェリシアーノはアーサーの方に駈けよってその腕を取った。
本当に不思議な事にフェリシアーノがそこにいるだけで、今までの不気味な雰囲気など霧散して、まるで綺麗な花畑にいるような気分になる。
確かに自分はチビだが、それは去年まではまだ小学生だったからで、いまに大きくカッコよくなるはずだし、フェリシアーノの方がよほど小さくて華奢で可愛いとアーサーは思った。
そう、そんな“可愛い”を体現したようなフェリシアーノと一緒にいるのが嫌なわけがない。
というか…フェリシアーノが1人で平気だと言うのに、自分だけ保護者ギルベルトがいないと怖いなんて言うのはさすがに恥ずかしい。
――……やじゃ…ない…
と、どう答えていいかわからないまま、ぼそりとそう答えると、フェリシアーノはぱあぁ~っと満面の笑みを浮かべて
「だってっ!ギルベルト兄ちゃんっ」
とギルベルトを振り返った。
そうなるとギルベルトも諦めたようだ。
まだ複雑な表情ではあるものの
「…お手柔らかにな……。
くれぐれも頼むぜ?フェリちゃん」
と、何か縋るような視線をフェリシアーノに向けて言った。
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