寮生はプリンセスがお好き4章_5

あたり一面薄暗い森。

その中にある古城は前述の通り外側を堀で囲まれていて、まるで来訪者を拒絶するような茨がその内側に広がっている。
そんな中で馬車を降りると城までまっすぐに続く石畳の左右には今時珍しく松明の灯り…。

――どうぞこちらに……。すでに何人かの方々が到着してお待ちです…
その道の端に立っていたのはタキシードを着た仮面の男。

低い…低い声…。
肌や声の感じからすると初老くらいだろうか…
恭しくアーサー達に礼をすると、先に立って城の入り口まで誘導する。

足音もなく進む男の後ろを石畳に足音を響かせて続くギルベルト。

その規則正しい靴音だけがこの非現実じみた空間で唯一、当たり前に平和な日常への道しるべのように思えて、アーサーはギルベルトの腕にしがみつく手に少し力を込めた。
ギルベルトはアーサーのそんな小さな変化にも気づいて、なだめるように笑いかける。

3歳の年の差…それが自身もこんな状況に置かれている時に自分だけではなく連れの下級生にさえ気遣える余裕を生むのだろうか…そんな風に漠然とした不安感を追い払うようにアーサーは考えた。

そうして改めて正面を見ると、重々しい鉄の扉。
近づくとそれにも何やら悪魔のようなものをかたどった細工がしてある事がわかる。

本当にどこまで不気味な趣向を追求するつもりなのだろうか…と、ギルベルトが隣に寄りそってくれている事で若干生まれて来た余裕の中で少し腹立たしくなってきた。

が、そんなわずかな余裕もすぐに消えた。

先導する男がその前に辿りついて足を止めると、扉の細工の悪魔の目の部分に埋め込んである金色の石がまるで意志のあるもののようにギラリと光りながら動く。

その不意打ちにアーサーは悲鳴をあげそうになって慌てて飲み込んだ。

しかしながら、先導する男は全く驚く様子がないのは当然としても、隣のギルベルトもピクリともしない。

ただ、やはり隣ですくみあがったアーサーを気遣うように
(…今年は体力じゃなくて精神力に訴える趣向みたいだな)
と、小声で言ってポンポンと頭を撫でてきた。


重厚な扉から一歩館内に足を踏み入れると、すぐ後ろで誰もいないのにギギィ~……と錆び着いた蝶番がきしむような音をたてて閉まるドア。

それにもビクッとすくみあがるアーサーの背にギルがやはりなだめるように手を回した。

室内はやはり壁にかかった松明の灯りで照らされていて、エントランスの左右には古びた甲冑が並び、中央を進むと大きなドア。
そのドアの左右には2階へとあがる階段が伸びている。

先導する初老の男はドアには向かわず階段に足を向けて、そこで初めて立ち止まってアーサー達を振り返った。

そこでギルベルトも足を止めるので、当然アーサーも足を止める。

ぎぃ…と何かがきしむ音がして、振り返った男は一瞬そちらにまるで冷やかに咎めるような視線を向けたが、すぐアーサー達に視線を戻した。

「まだお二人ほどゲストが到着しておりませんので、お二人には控室にてお待ち頂きます」
と、伝えると、男はまた前を向いて今度こそ階段をのぼっていく。

男の視線がなくなったところでアーサーはチラリと後ろを振り返ってみた。
さきほど音がした方を……

入口から左右の壁に4体ずつ並んだ甲冑。
斧…槍…盾…大剣
それぞれ武器を持った甲冑達は今にも動き出しそうに見える。
そして…他にはそんな金属がきしむような音を出しそうな物は一切ない。

冷やり…と背中を冷たい汗が伝った。

考え過ぎだ。
怖い、怖いと思っているから、そんな風に思えるのだ。

そう思い直して前を向き直ると、アーサーもギルベルトに手を取られたまま階段に足をかける。

…が、
ゆらり…と松明の灯りに映し出される影が揺れた気がした。

……っ?!
驚いて振り向くが振り向いた先はなんら変わった様子もなく、今度こそ気のせいだったかと小さく息を吐き出すアーサーに、

――お姫さん、怖がり過ぎ。ま、そんなとこも可愛いけど――
と、小さな笑いが降ってきて、アーサーも考え過ぎだったかとようやく肩の力を抜いた。

こうして2人が男に連れられて階段をのぼりきったあとの事である。

シン…と静まり返ったエントランスで甲冑の目の部分がピカリとかすかに光った…。

ギギィ…とまるで意志を持つ人間のように甲冑の顔が階段を向き、ピカリ、ピカリ、ピカリ…ちょうど3回。
そしてまたゆっくりと正面に戻る。


しかしそこにはすでに人は無く、当然その事に気づく者は誰ひとりとしていない…。




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