寮生はプリンセスがお好き3章_1

悩めるカイザーと新米プリンセス


――よし…まだちゃんと寝てんな……

早朝、ギルベルトは目を覚ますとそ~っと腕の中を確認する。
そこにはすよすよと寝息をたてるお姫様…。

そう、ギルベルトの…そしてギルベルトが率いる銀狼寮の大切な大切なお姫様が眠っている。

硬めのマットに清潔ではあるが飾り気のないピシッとしたワイシャツのような薄めのブルーのシーツを敷いたギルベルトのベッドと違い、ふんわりとしたマットレスにふんわりと包み込むような真っ白で柔らかな敷布に埋もれるお姫様の腕の中にはクマのヌイグルミ。

それは以前プレゼントした大きな物と違い、ギルベルトがお姫さんごと抱え込めるように少し小さめの物で、毎日お姫さんがだきしめて眠っている。

本当にそこだけ男子校の男子寮ではなく、ふわふわきらきらしたファンタジーな空間だ。

ギルベルトは毎朝目を覚ますたび、その慣れない柔らかさに動揺しつつも何か浮かれたような華やいだような気分になる。


――自分だけではなく手を伸ばせる範囲にある大切なものも守れるように……

元々父方の遠い先祖は貴人に仕える騎士だったという家系に生まれたギルベルトは、そんな家訓の元、幼少時から厳しい武芸の訓練を施されて育ってきたわけだが、家で唯一の女性で守られるべき存在であった実母は弟を産んですぐ亡くなったため、手を伸ばせる範囲にある大切なものと言えば、同じく文武両道を旨に育てられた3歳年下の弟のみ。

導いてやる必要はあったとしても、さほど守ってやるような必要もない。
そして幼稚舎から小等部、中等部、高等部と男子校である。

一応昨年までの寮長にも何かとフォローを入れてやりはしたが、彼自身も寮長に選出されるだけあって武道をたしなんでいて、やはり物理的には守ってやらねばという対象ではなかったので、こんな風に保護をしてやらなければと思うような小さな存在が手の中にあるのは初めての経験だ。

可愛い、楽しい。
だがあまりに華奢で気をつけないと壊しそうで怖い。

まあ物理的に…ではないが、実際に自分と同じペースの事をやらせると確かに体力的な問題で壊してしまうので、気をつけなければならないのは確かだ。

だからギルベルト自身は毎朝4時には起きて鍛練。
その後シャワーを浴びて朝食を作ってという生活を崩す事はないが、プリンセスはぎりぎりまで寝かせておくことにしている。

体力と疲労を加味した必要な休息時間は人それぞれ。

ギルベルトにはそこまで必要ではなくとも、アーサーには十分な休息が必要である。

ゆえに自分が身を起こすことでアーサーを起こしてしまわないように、ギルベルトは細心の注意を払ってベッドの中から抜け出した。


とにかく、新中学1年生が入寮して早1カ月が過ぎようとしていた。

それはイコール、ギルベルトたち銀狼寮の寮生が新しい副寮長、新しいプリンセスを戴いて1カ月が過ぎたと言う事である。

この1カ月、ギルベルトもそうであったが、銀狼寮の他の寮生達のテンションのあがり方もすごかった。

前年度までの副寮長だった頃のギルベルトは、プリンセスとは名ばかりの、実質寮長であるカイザー菊の近衛隊長だったのだ。

それはそれで憧れのお姉様的な何かとして慕われると言う事もあったのだが、本来のプリンセス制度の主旨である、お守りしたいプリンセスと言うものとは遥かにかけ離れている。

それが今年、小さくて華奢で真っ白な、大きなくりっくりの目の愛らしいプリンセスが現れたのだ。

中学生ももちろんだが、特にギルベルトの同級生からしたら、待ちに待った文字通りの“お姫様”である。
テンションが上がらないわけはない。


全寮あげてのウェルカム満載な空気。

顔見せの時にギルベルトが用意した童話の絵本の中から飛び出してきた少女のような衣装も好評だった。

みんな狂喜乱舞。
なまじ金狼寮の副寮長がモニョモニョだったので、余計に感じる幸せ。

俺ら、銀狼寮で良かったよなっ!なっ!
と、手を取り合う寮生達。

そんな中で歓迎されているのは感じたらしいプリンセスだったが、何故か失望されないためにはさらに努力しなくてはならない…と言う方向に思考が向かったらしい。

それは良い。

ギルベルトは努力は尊ぶ性質だ。
向上心の有る奴は大好きである。

…が、プリンセス、アーサーのそれは少々方向性がずれてしまっていた。

可愛ければ良いのだ。
ただただ愛らしく、寮生にお守りされてくれていれば良い。

そう何度も言っていたのだが、アーサーは前任者であるギルベルトを手本にすべきと何故か思ってしまったようで、文武両道を目指し始めてしまった。

勉強はまだ良い。
元々試験を経て入学してきた外部生でもあるし、頭は悪くはない。

ギルベルトのように全教科トップを取れるかどうかは別にして、教えてやればトップ3くらいには余裕で入れるだろう。

が…武はダメだ。

運動神経うんぬんの問題ではない。
まず基礎体力がない。
身体も出来てないので無理をすれば当然体調を崩す。

それでなくても夜中まで参考書に向かって寝不足なのに、朝はギルベルトと同時刻に起きてギルベルトと同じように走り込みをしようとして、あっという間に貧血で倒れた。


もちろんギルベルトだって止めたのだが、気づけば参考書に向かい、気づけばジャージを身に付けている。

入寮3日目くらいの頃には顔色は真っ白を通り越して真っ青で、寝不足のためか目が充血。
フラフラしていてもそれを止めようとしないあたりでギルベルトは実力行使に出る事にした。

夕食を摂ってゆっくりと風呂に浸かって20時。
勉強はそこから23時まで。
それを過ぎたら有無を言わせずお姫さんをだきかかえベッドに直行。

自分もそのままお姫さんが動けないように添い寝をする。
だき枕のように腕の中に閉じ込めてしまえば、腕力の差は歴然としていて抜け出す事は不可能だ。
こうして灯りを消してしまえば、眠るほかない。

そのまま朝まで眠って自分自身は4時に起きる。
ギルベルトはもう長年の習慣で目覚ましを使わないでもその時間には目覚めるので、目ざまし時計は部屋から撤去。

お姫さんが自然に目覚めなければそのまま寝かせておいて、たまに早く目を覚ましてしまった日には、走り込みを止めてお姫さんを連れてのウォーキングに切り替える事にしていた。





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