イギリスが部屋を出て行ってしまってから少しあと、スペインもゆっくりと部屋を出てエレベータを目指した。
ロマーノから電話がないということは、まだアーサーは家に戻ってないのだろう。
――会議から帰る頃には戻るようにするから……
と夢の中で言われたアーサーの言葉がクルクル回る。
建物を出てないとは言っても帰り道ではあるのだが……
いやいや、あれは会議から家に帰る頃にはっていう意味や、きっと…。
あの夢自体がほんまただの夢だったとかいうわけやあらへん。
嫌な想像を追い払うように、スペインはプルプルと首を横に振った。
きっとこれから空港に向かって飛行機に乗る頃にはアーサーも家に戻っているに違いない。
そしてその可愛らしさに驚いたロマーノから電話が絶対にかかってくるはずだ。
そんなことを考えながら少し潤みかける瞳の先に、エレベータが見えてきた。
「……っ!!!」
ぼやけた視界に移る金色の塊に、スペインは慌てて袖口でゴシゴシと目元をぬぐって、ぱちぱちと二回瞬きをして、もう一度今度は手の甲で乱暴に目をこすった。
「……あーさー……」
スペインがこんなに動揺しているというのに、あの子猫は呑気に毛づくろいなんかしている。
ああ、でもそんなところこそ間違いない。スペインの大事な大事な可愛い子猫だっ!!
「あぁああ~~~さああああ~~~~!!!!!」
もう拭いてもキリがないくらいであろうくらい溢れ出る涙をぬぐう事なんかとっくに放棄して、会議資料が入っている大事なはずの鞄なんかも放り投げた。
転がるように膝をついて、愛しい愛しい子猫の小さな体を抱き上げると、立ち上がる。
夢でない事を確かめるように子猫のまあるい大きな緑の目と丁度視線を合わせるように、子猫を顔の前あたりに持ち上げると、涙で酷い顔をしているスペインとは対照的に、子猫はいつもの表情で、ただいま、とでも言うように、まお、と一声鳴いた。
「会いたかったっ!会いたかったっ!寂しかったんやでっ!!!」
夢でない。
ちゃんとこれが現実なのだ。
頬ずりをして、可愛らしい顔中にキスを落として、
「アーサーやないとあかんねんっ!世界でいっちゃん大事な大事な親分の可愛え宝物や」
と訴えれば、子猫の方はこれまた呑気な様子で、ま~お、と、鳴くと、スペインの鼻先をぺろりと舐めた。
ざらざらとした猫特有の舌の感覚…鼻孔をくすぐるアーサーの…ミルクと花の匂い。
頬に触れる柔らかい毛並みや肉球の感触。
ああ、戻ってきたっ。スペインの可愛い子猫が本当に戻ってきてくれたのだっ!
嬉しくて嬉しくて、顔いっぱいに笑みを浮かべると、アーサーが、まおぅ…と、まるで勝手に出て行って悪かったなと言い訳でもするような声音で鳴くので、
「うんうん、そうやな。アーサーにやってきっと事情があったんやな。
でもこれからはまた一緒にいたってな」
と、ここ1週間、ずっとそうしたかったように、小さな金色の頭を思う存分撫でまわした。
それに対してゴロゴロ喉を鳴らす様子も可愛いこと!
ついさっき逃げられてしまったイギリスとは違って、アーサーはこうやってスペインの好意、愛撫を素直に受け入れてくれる。
まあでも、確かにであった頃は、この子もあんなふうに肉球キックを食らわしてくれた上で逃げて行ってもうてたなぁ…と、しみじみ思いながら、スペインは自分の手の中ですっかり寛いでゴロゴロ喉を鳴らしている子猫を抱き上げて背広の中に入れて抱きしめた。
でも構って構って可愛がって…そうして今ではこんなに懐いてくれている。
あの子…イギリスも、同じように愛情をもって可愛がってやれば、懐いてくれるやろか…。
片手で放り出した鞄を拾い、片手で子猫を抱いて、エレベータのボタンを押すスペイン。
そしてエレベータを待ちながら、懐の子猫に話しかける。
「あんな、古い知り合いに自分にそっくりの奴がおるんや。イギリスって言うてな、アーサーって言う自分の名前もそいつから取ったんやで?
自分とおんなじ金色のふわふわな毛ぇに、キャンディみたいにくるくる丸いおっきなグリーンの瞳しとってな、性格も瓜二つでめっちゃ可愛えんやで~。
親分な~、そいつにも懐いて欲しいねん。
せや、家つくまで、そいつの事話したるな?
で、そのうち親分絶対にそいつと仲良ぉなって、自分と会わしたるわ。
可愛えアーサーと、可愛えイギリス、二人に囲まれたら楽園やん?」
そんな話をすると、とたんにプルプル震えだした子猫に、なん?寒いん?風邪ひいてもうたか?!と、慌ててポケットからハンカチを出して子猫の身体をさらに包んでやったスペインが当然子猫の真意になど気づくはずもなく、アーサーはスペインの口から、いかにイギリス…自分自身が可愛いかと聞かされるという羞恥プレイを、スペイン宅に着くまで続けられるのであった。
アーサーとイギリス…それが同一であることに、スペインが気づく日はいつか来るのだろうか…。
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