…ありえねえっ!ありえねえだろっ!俺だぞっ!可愛い子猫じゃねえんだぞっ!
スペインがゆっくり頭突きの痛みから復帰して帰り始めるまでの間、二人きりの部屋から頭突きを食らわせて逃亡したイギリスは、真っ赤な顔でドスドスと紳士としてはあるまじき乱暴な足音をたてながら、エレベータまで急いでいた。
ちきしょうっ!どういう表情だよっ!!そもそも俺がやって可愛い表情なんてねえっ!!!
まるで本当に愛おしいものに向けるような慈愛に満ちた笑み…。
そんなものをスペインから向けられたのなんて、まだフランスの家にいた頃、ほんのチビッ子だった頃くらいだ。
ヘンリーがスペインの王女と結婚した頃には、すでに可愛げがないと言われていた気がする。
それが何故いまさら……ちきしょう、ちきしょう、ちきしょう!!!!
別に今は側に誰もいないわけだが、それでもなんだか顔があげられない。
バシン!と真っ赤になってうつむいたまま、イギリスはエレベータの下りのボタンを押して、壁にこつんと額を押し当てた。
落ち着け、落ち着け、俺!
くそっ、なんで昨夜、子猫になってスペインの夢に忍び込んだ時、会議が終わったらスペインの家に戻るなんて約束しちまったんだっ!
俺のばかあっ!
とにかく…紳士としては約束を違えるわけにはいかないし、猫だから顔色も変わらなければ言葉もしゃべれないから、大丈夫なはずだ。
落ち着けよ、俺。
というか…今またスペインに会っちまったら動揺しすぎておかしな事言っちまいそうだし、もう子猫に戻っておくか。
のぼって来て開いたエレベータをそのまま下に返し、イギリスはステッキを構えて魔法を唱える。
そして消えた英国紳士のあとには金色の子猫。
ま~お…と一声確認するように鳴くと、今度はまじまじと自分の前足を眺める。
スペインがアーサーと命名したあの子猫の姿になっていることをしっかりと確認すると、エレベータの前で毛づくろいを始めた。
ここで待っていれば、もうすぐ額にこぶを作った太陽の国が来るはずだ。
そして、自分の姿をみつけた瞬間、きっと書類とかもはいっている大事な鞄をも放り出して、泣きながら駆けてくるだろう。
「あぁああ~~~さああああ~~~~!!!!!」
2分後、まさに思っていた通りの状態で、子猫のアーサーはスペインに抱き上げられる。
「会いたかったっ!会いたかったっ!寂しかったんやでっ!!!」
と、ぐりぐりと頬ずりをされるのにも、
「アーサーやないとあかんねんっ!世界でいっちゃん大事な大事な親分の可愛え宝物や。」
と、ちゅっちゅっと顔中にキスを落とされるのにも、最初の頃は動揺して逃げ出したものの、今ではこの姿でならすっかり慣れてしまった。
ま~お、とお返しにぺろりとスペインの形の良い高い鼻のてっぺんを舐めるくらいの余裕はある。
そうすると太陽の国はぱ~っと明るい日差しが照らすように笑ってくれるのだ。
俺だってな、会いたくなかったわけではなかったんだからな…
と、聞こえるわけでもないのに、飽くまでまどろっこしい言い方で内心つぶやいて、まおぅ、と、鳴くと、
「うんうん、そうやな。アーサーにやってきっと事情があったんやな。
でもこれからはまた一緒にいたってな」
と、まるで心の内を読み取ったようにうなづいて、スペインは頭を撫でてくれる。
こいつ、ほんと言われているようにKYなのか?!……謎だ……。
と思いつつも、猫になっている時は撫でてもらうともう色々どうでもよくなってしまうくらい気持ちいい。
ついついゴロゴロ喉がなってしまう。
そんなアーサーをスペインは蕩けそうな目で見て、
「ほんま自分可愛えなぁ」
と、潰さないようにそっと抱きしめるのだ。
そう…この姿なら疎まれる事はない。
こうやって慈しんでもらえるのだ。
そんな風に安心すると、力が抜けた。
そんな子猫のリラックスした様子に、スペインが綺麗なエメラルドの瞳を細めて、指先で子猫の眉間を撫でると、もう心地よい気分を隠す気もなくなったアーサーはゴロゴロと喉を鳴らした。
「さあ、親分達のうちに帰ろうな。」
と、そんな子猫の様子にスペインは背広のボタンを外すと、そのままアーサーを背広の内側にくるむように抱っこする。
暖かさとお日様の匂いにホッとして、アーサはそのまま大人しく大きな優しい手に身をゆだねた。
Before <<< >>> Next
0 件のコメント :
コメントを投稿