親分と子猫9

促されてもオロオロと戸惑ったようにフランスに視線を向けるのが何故か気に障って、スペインはフランスからも隠すように移動すると、イギリスと自分の鞄を片手に、イギリスの肩に手をやって、半ば強引に会議室の外へと引きずって行った。

そして、

…追ってこられても面倒やなぁ……
と思って、そのまま出口とは反対側、奥の方にある空き部屋へとイギリスを押し込めるようにして入れると、自分も入ってドアを閉め、鍵をかける。

案の定、少しして、イギリスを呼びながらドタドタと出口の方へと走り去るアメリカの足音が聞こえたが、当然無視だ。


「嫌われてへんで?大丈夫や。自分めっちゃ可愛えもん。
自分いっつもフランスや日本ちゃんやあの糞メタボとおるから、声かけられへんだけで、みんなちゃんと自分の事好きやで?気にしたらあかんよ?」

何が起こっているのかわからず、緊張して大きな目を極限まで大きく見開いたまま固まってしまっているイギリス。

その様子が、なんだかアーサーにそっくりだ…と思うと、全身全霊で優しくしてやりたい気分にかられてきて、スペインはそう声をかけるとイギリスの金色の頭をソッと撫でた。

ああ、なんだか見た目に反して意外に柔らかい髪は、あの可愛い可愛い愛猫のふわふわの毛の手触りに似ている…と、スペインがさらに感動していると、もうこれ以上見開けないのでは?と思っていたまるい目がもう一回りも大きくなって、次の瞬間、その緑の目からぽろりとひとしずく、透明な珠が零れ落ちた。

それはイギリス自身も無意識だったらしく、次の瞬間はっとしたように慌てて袖で目を拭って距離を取ろうとする。

しかしスペインはそれをさせず、その腕を掴んで引き寄せ、もう片方の手を金色の後頭部に回すと、自分の肩に顔をうずめさせた。

「怖がらんでええ。隠さんでええよ。
嫌な事言われたな。可哀想に。我慢せんでええから、泣きたいときは泣き?」

可能な限り優しく言ったつもりだが、そこはそれまでの関係もあってか、イギリスは離れようとジタバタ暴れるが、腕を掴んでいた手を背に回し、そのままあくまで頭を肩に押さえつけていると、やがて無駄だと悟ったのか大人しくなった。

そしてそのまま静かに声もなく泣くイギリスの涙が、スペインの肩を濡らしていく。

ああ、そんな素直になれない甘え下手で、接触に慣れずに抱き寄せていても緊張で身を固くしているようなところも愛猫のアーサーみたいだ。

その不器用ないじらしさが切なくて、スペインは胸がズキズキ痛んできた。
しかも…こうして側にいると、アーサーと同じ花の香りがする。

…あの子みたいや、ていうか、あの子そのものやん?

そう思うと、今までの関係が嘘のように急に愛おしさがこみあげてきて、そのままぎゅうぎゅう抱きしめた。

すると、
――苦しい、離せ、ばかぁ…
と、くぐもった声が聞こえる。

しかし、そんな事を言いながら、その手はぎゅっとスペインの背広を握りしめているあたりが、可愛すぎて転げまわりそうだ。

ああ、もしアーサーが子猫やなくて人間やったらこんな感じやったんか…と、愛らしさに悶えつつ思うスペイン。

しかしイギリスの方はまだネガティブ性質を発揮中らしい。

…お前……何企んでるんだよっ……
と、今度はスペインの行動のせいでまた泣いているらしい。

「企んでへんよ~。泣かんといて」
と、子猫のアーサーによくするように、金色頭にちゅっちゅっとキスを落とすと、イギリスはぴき~んと固まった。


あ…しまった…か?
こいつは俺のアーサーやないんやから、あかんかったか。
とそこで気づいたが、まあ今さらか~と開き直って、また金色つむじにキスを落とす。


「ちょっ!お前やめろよっ!!おかしいだろっ!!お前俺のこと嫌いじゃないかっ!!!」
と、わたわたするのをやっぱり飽くまで離さず、

「嫌いやないよぉ~」
と、今度は後頭部を押さえていた手を頭に置いて、子猫のアーサーによく似た感触のぽわぽわした髪を撫でまわした。

泣きすぎて少し赤くなった頬が可愛えなぁ。
アーサーも人間やったらこんな風にほっぺもちっこい鼻も赤くして綺麗なおめめにいっぱい涙ためてパタパタしとるんやろうか…

そんな想像をすると、なんだか幸せな気分がまた湧き上がって来て、ついつい笑みがこぼれた。


「あんな、なんや自分、今家出中の親分の可愛え可愛え金色子猫にめっちゃ似とるんや~。見かけも性格もそっくりさんで、もうあの子の生まれ変わりなんやない?って思うとるんやけど…。で、それに気づいたら嫌いどころやない。
素直になれんで落ち込むあの子見とるみたいで、可愛いて放っておけへんようになってもうた」

にこにこと満面の笑みでそう言うと、イギリスはぽか~んと口をあけて呆けた。
それを見て、またスペインが声をはりあげる。

「そうっ!そういう表情めっちゃ似とるんやっ!可愛えなぁ」

と、そのまま今度はぷるぷる震え始めたイギリスに、ここでアーサーだったらそろそろ肉球パンチが飛んでくる頃…と思っていると、

「ほ…本人より年上の生まれ変わりなんか居るかぁ!ばかあああぁあああ~~!!!!!」

ガッツ~~ン!!!!!

と強力な頭突きをくれると、イギリスは、目の前にチカチカと星が飛んで自分を拘束していたスペインの手の力が緩んだところで、ものすごい勢いで部屋を飛び出していった。


「突っ込むとこ、そこかいな…」
いったぁ……と、まだ痛む頭を押さえながら、スペインは苦笑する。

…あ~あ逃げられてしもたなぁ…と、少し残念に思うものの、どちらにしても今日は急いで帰宅しなければならない。

帰って可愛い可愛いスペインの子猫に出迎えられて、一刻も早くあれがただの願望が見せた夢だったのでは?という不安から解放されたい。


「来月は…もうちょい懐いてもらえるとええなぁ」

そうだ、来月は会議初日からもう少し構い倒してみよう…そう決意して、スペインは床に放り出したままの自分の鞄を手に取った。





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