寮生はプリンセスがお好き2章_10

ヒーローボーイは夢見るアリスに恋をするか?


サラサラと流れる波のようなロングのウィッグ。
太めの眉は前髪で隠れていて、小さな頭の上にはちょこんとピンクのリボンがついた小ぶりのハット。
可愛らしいリボンやフリルで彩られたワンピースはハットと同色。

胸元の膨らみはリアルさとラインの美しさを追求してギルベルトに取り寄せてもらったヌ―ブラである。

さらにきゅっと締まったウェストの下にはパニエを二重にしてふんわりとした膨らみを作っていた。

そして白い長手袋に包まれた手に抱かれたピンクのベアは、もちろんギルベルトから贈られた例の子だ。



そんなふわふわと甘い砂糖菓子のような服を身にまとい、アーサーは制服である燕尾服をきっちりと着こんだギルベルトにエスコートされて数日ぶりに寮を出て、お披露目会場である学校の大ホールへと足を踏み入れた。

もちろんそこまではルートを始めとする銀狼寮の寮生もきっちりガードをしている。


そして新1年生副寮長の控室。

「ここからは俺らも入室禁止なんだ。
お姫さん…1人で心細いようなら寮生に椅子持って来させて廊下でしばらく時間潰すか?」

その前でギルベルトが少し身をかがめて気遣わしげにアーサーの顔を覗き込んだ。

寮を一歩出ればライバルのただなか。
寮からここまでの道のりを色々気遣いながらエスコートしてくれたギルベルトだ。
自分だって本番までは少し休みたいだろうと思う。

「いや、大丈夫。
だって同級生が1人いるだけだろう?」
と暗に同行を辞退すれば、ギルベルトは一瞬迷ったようだが、

「わかった。一応室内では互いに危害を加えるのは絶対禁止のペナルティだし、寮長の控室は隣だから、何かあれば大声で呼ぶなり壁叩くなりしてくれたら駈けつけるから」

と、結局アーサーの意思を優先する事にしたらしくそう言って、それからアーサーの手の中のティディを

「これから本番まではお前がお姫さんの護衛隊長だな」
と、ツンツン突くと、少し笑ってアーサーを部屋の中へとうながした。


こうして銀狼寮のプリンセスが控室入りをした5分後の事である。
実に不機嫌な顔をした2人が控室前に到着した。

「何度も言うけど…自分で望んでなったんしょ?
勘違いしてたのはあんたの勝手。
俺らは王大人の頼みでわざわざ副寮長につかせてあげたんだし、自覚持って欲しい的な?
副寮長は寮の顔的な感じだし?」
と、不機嫌に言うのは金狼寮の寮長。

「そのガニ股なんとかして欲しいし?それなら俺の方がまだマシ」
「そう思うなら変わってくれよ」
「あんた馬鹿?寮長は高1、副寮長は中1。はい、リピートっ!」
「あ~もういいよっ!行くよっ?!」

本当にあり得ないと思う。
メイド服…よりにもよってメイド服だっ!

もう副寮長の件は諦める事にして、アルはギルベルトのように派手めの軍服を希望して、しかし却下された。

ギルベルトがそれでいけたのは当時細身だった体格のおかげであって、もうかなり体格の良くなっているアルが着ると女性に見えないと言うのが理由である。

それでいいじゃないかっ!とアルは思うわけなのだが、副寮長は飽くまでレディらしくなければならないという事で強固に反対され、結局メイド服。

…だが、女性に見えないと言う事はこれでも変わらないじゃないかっ!と、アル的には物申したい。

本当に誰だっ、似合わない女装は正義だなどと言った奴はっ!!
そんな風に憤慨しながら寮長と喧嘩しつつホールに辿りつき、これ以上不愉快な物を目に入れたくはないとばかりに副寮長の控室へと駆け込んだ。


(だいたい男が女の格好したからって女に見えるわけないじゃないかっ!)
と、バン!とドアを開いて中に入った瞬間、目に入ってくるピンクの塊。

(…え……女の子?…なわけないよね)
目をぱちくりするアルの前で同じく目をぱちくりする相手。

長い睫毛に大きな目。
細い肩に華奢な手足。
ふわふわのピンクのワンピースがありえないほどよく似合っていて、一瞬相手の性別を疑った。

…が、ふと我に返る。
ここは男子校だ。女の子がいるわけはない。
…と言う事は…目の前のこの子も悪趣味な学園の伝統の被害者と言う事か…

怒りが再度こみあげて来た。


「君…銀狼寮の副寮長だよねっ?!」
その怒気を撒き散らしたままつかつかと歩み寄ると、若干身を引く相手。

それでも
「…そう…だけど……」
と返ってくる答えに、何かタガが外れてしまって、アルは一気にまくしたてた。

「君はおかしいとおもわないのかいっ?!
男なのにリボンやフリルなんて気持ち悪いっ!!
どういうセンスしてるんだかと思うよっ!!
おまけにヌイグルミまでって、用意した奴は変態もここに極まれりだよっ!!!」

そう言った瞬間に、それまで戸惑いの色を浮かべていた相手の顔がさ~っと蒼褪めた。

そしてパシーン!!!と言う音。
頬の熱さに、殴られた事に気付いた。

「ギルの悪口言うなっ!!!
ギルは変態じゃないっ!!!!」

てっきり同じ立場の者同士同意してくれるものかと思ったらいきなり平手打ちされて、涙ながらに怒られて、アルは驚いて固まった。

「ちょ…君……」

と、とりあえず落ち着いてもらおうと相手の腕を掴んだところで、それを振りほどこうとした相手の動きのせいで机の脚に足をひっかけて慌てて身を支えようと片手を机に付いたものの、勢いで片手が相手の方へ…。

そして…クマを思い切り押しつぶすような形になるかと思いきや、相手が慌ててクマをかばうように上に避難させ……手がまともに相手の胸部に………


――……え???

いやあああぁぁーーーー!!!!!

相手の悲鳴。

すごい勢いで開かれるドア。
そして…状況を認識する間もなく殴り飛ばされて、壁に向かって吹っ飛んで意識を失った。


「…お姫さん…お姫さん、大丈夫か?
やっぱ側離れるべきじゃなかったな。ごめんな?」

どうやら意識はすぐ戻ったらしい。
目の前ではシャクリをあげるプリンセスをどこかで見た相手が必死の形相で慰めている。

…ギルベルトだ。

あれほど憧れた相手……だが、今のアルは衝撃を受けすぎていて、それに付いて何の感慨も持てないで居る。

「お前…何したの?」
側で呆れたように見下ろしてくる自寮の寮長。

「…うん……俺が悪かったんだ……」
と、あまりに素直に非を認める発言をするアルにぎょっとしたような視線を向けた。

「ちょっ…どっか打ちどころ悪かった??」
初めて心配するような目を向ける寮長に

「いや…俺はどこも?それより謝ってくるよ…」
と、アルはフラフラと立ち上がった。

そして銀狼寮のプリンセスの方へ行くと、ギルベルトがプリンセスを庇うように立ちふさがる。
しかしそれも仕方のない事をしてしまった…と、アルはうなだれて、その場に膝をついて頭を下げた。

「ごめんっ!!足を滑らせてしまって…わざとじゃなかったんだけど、本当に失礼な事をしちゃった。本当にごめんっ!!」

あまりにあっさりと謝罪する様子に警戒の態勢は崩さないもののポカンとするギルベルト。
そしてチラリとアーサーの方を窺う。

視線に気づいてアーサーは

「ギルから預かったティディが…傷つけられちゃうと思ったから…。
わざとじゃないなら良いんだ」
と答えた。


「…だそうだぜ?
お姫さんもこう言ってるし、本当にわざとじゃないってんなら今回だけは不問にしてやる。
次はねえぞ?」

「…うん…本当にごめん。
傷つける気はなかったんだ。
言い訳になっちゃうけど…。
でもこれからは俺も気をつけるし、もし何かあったら頼ってくれよ?」

そしてそこでようやく金狼寮の寮長も間に入って来た。


「悪いね。
もう俺らの年はさ、副寮長これだし?
勝ち目なさそうだから早々に不戦敗っていうか…そっちと争う気はないって感じ?
だからもう迷惑かけないと思うから、平穏に過ごさせてくれればおっけいってことで…」

「…今度やらかしたら容赦はしねえし、寮長の俺を攻撃すんのは良いけど、お姫さんに手ぇ出しやがったら、本気でつぶすからな」

「だから…もう戦わないって。無駄な事すんの趣味じゃないし?
でもりょ~うかいっ!」

寮長同士でも話はついたらしい。

一応寮長と言えど副寮長の控室に入るのはNGなので、2人してこっそり寮長控室に戻って行く。









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