可愛い愛しい子猫ちゃん9

「ただいま」

一か月近く留守にしていた自宅に戻ると、イギリスは留守中に庭の手入れなどをしていてくれた妖精たちに声をかけて、ソファに身を投げ出す。

一か月間慣れ親しんだ太陽の国のソファと同様に年代ものだが、手製の綺麗なカバーがかかっているため、こちらの方が古さを感じさせない。

それでも一人きりで座るソファより、スペインと座るあの古びたソファに置かれたクッションの上は随分と居心地が良かったなと、イギリスは小さくため息をついた。


あの一か月前の会議後のスペインでアメリカが言った事は本当だったと思う。

体調の悪さに会議疲れも手伝って発作的に魔法で子猫になってしまった自分。
一定の時間が来るまでは自分でも戻るに戻れないその魔法に途方にくれていたイギリスを拾ったのは、なんと自分の事を嫌っているスペインだった。

その後スペイン宅で飼われる事になるも、子猫の姿になったからと言って早々性格まで変えられるわけではない。
言葉で伝えられない分、動作や行動で伝えねばならないこともあって、最初のうちはスペインもムッとしていた。

それが頂点に達したのはスペイン宅で暮らし始めて10日ほどたった頃。

ムッとした顔をしつつも相手が子猫だからか受け入れてくれていたスペインにだいぶ慣れてしまって、前日遅くて疲れて寝ているスペインをいつも通りに起したら、本気で怒ったらしい。

――自分、そんなんやから可愛ないねんっ!!もうちょお好かれるように出来ひんのっ?!!
――ちょっとくらいちいちゃくて可愛らしい外見しとったって、性悪やったら嫌われるでっ!!
初めて顔の上から乱暴にふり払われてそう言われた瞬間、会議後のアメリカの言葉がフラッシュバックした。

自分は結局何になっても嫌われるのだ…。
本来なら可愛がられ好かれる姿でいるだけに、もう逃げ道がない。

ショックでショックで、そうまでして出してもらったミルクを飲む気も起きず、寝床にかけこんだ。

そうだ…このまま死んでしまおうか…。
今は国体ではなく子猫の身体になっているから、もしかしたら死ねるんじゃないだろうか…。

そんなことまで考えて、そのまま寝床で丸くなっていたら、心配したスペインに動物病院に連れて行かれた。

お前ん家貧乏なんだろ、別に病院なんて連れて行かなくたって放っておけばいいんだ、俺は死んでも構わねえんだから!そう言ってやりたかったが、あいにく猫なので言葉が話せない。
そうこうしているうちに点滴を打たれて、家に帰される。

ああ、可愛げのない自分なんかを拾ったがために、こいつすごい出費ばかりしてんな…と、さすがに嫌な顔をされるかと思ったが、驚く事にスペインは全く嫌な顔をしないどころか、ひどく心配して一晩中看病をしてくれた。

自分は可愛え、嫌われるなんて嘘や、と一晩中頭や背を撫でてくれた事にひどく心を癒された。

そこで感謝くらいはしたいと思ったが、生憎というか幸いというか、子猫なので言葉にして伝える事が出来ない。
仕方ないので頭をすり寄せて、ありがとう、という気持ちを込めて鳴いてみたら、これが大当たりだったらしい。
まるで大好きな子分を前にした時のようにスペインは優しい顔で喜んでくれた。


それからは…多少イギリスが素直になれない態度をとっても、スペインはいちいち優しくなった。
文字通り猫かわいがりをされた一か月だった。

長い時を生きてきて、ここまで誰かに好意を寄せられたのは、幼い頃のアメリカ以来じゃないだろうか…。

子猫の身体なので周りの物はいちいち大きいし、うまく動けないし、何か猫の本能みたいなものなのか、猫じゃらしなどふられた時にはついつい反応せずにはいられないなど、屈辱的な事も多々あったが、それでも幸せな時間だった。

このまま猫として一生を終えるのも幸せなんじゃないだろうか…と一瞬思ったりもしたが、スペインが悪友や子分に来週の世界会議に自分を連れて行って見せてやるとメールを送っているのを見てハッとした。

そうだ。世界会議には出なければならない。
自分の仕事を完全放棄するわけにはいかない…。

すごく名残惜しいが、世界会議まであと丁度1週間となった夜、スペインが寝てるうちにもとに戻る事にして、その日はスペインのベッドにあげてもらった。

最後に感謝の気持ちを込めて少し甘えてやろう。
飽くまで俺が甘えたいわけじゃない。
スペインが甘えられるのが好きだから、礼代わりだ。

そんな事を思いながら、ぺろりとスペインの頬を舐めてやると、案の定スペインはメロメロになって、顔中にキスを降らせた。


そしてしばらく後…スペインが規則正しい寝息をたてはじめる。

ああ…このまま居れたらお互いに幸せだったかもしれないのにな…。
その寝顔を眺めながら、イギリスは最後にパフっとその子猫の小さな手でスペインの頬を撫でて、未練を振り切るようにクルリと反転、ベッドの端に行って人間の姿に戻ると、もう一度、もう二度とみることがないであろう、スペインの穏やかな寝顔を振り返って、杖を振った。

そして瞬きする間にイギリスにある自宅前にたどり着く。

夢のような幸せな時間はこれで終わりだ。
世界会議までの1週間、会議のための支度をしなくては…。
休んでいた分いっぱいいっぱい仕事をしよう。
幸せな時間を穏やかな思い出として懐かしく思えるまで…。






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