カイザー ミーツ プリンセス
「ま、素材は悪くねえんだよな」
お茶や茶菓子の準備をしながら、ギルベルトは改めて先日配布された今年の副寮長、プリンセスの写真を思い浮かべる。
子猫のように少し吊り目がちだが大きな丸い眼と広い額のせいだろうが…12歳という年齢にしては幼く見えた。
寮生のための愛らしいアイドルとしては十分合格点だろう。
そんな風にこちら側の条件としてはまあ申し分ないレベルだとして問題は外部生だと言う点だ。
内部生は学園の伝統もわかっていれば、自分がなりたいかどうかは別にして、副寮長の持つ意味合いを知り、ある意味納得して受け入れている。
が、外部生からすればそれは非常に理解しがたく、ともすれば受け入れにくいものだろうと言う事は想像に難くない。
まず愛玩的な意味合いで寮生に奉られる。
行事によっては女装もさせられる。
それだけでも引く人間は引くだろうが、さらに他の寮の寮生から敵対心を向けられ危害を与えられそうになるなどと言うおまけつきだ。
内部生の多い学園に慣れるだけでも手一杯であろう、ついこの前まで小学生をやっていた子どもにとっては、とてつもない災難に思えるだろう。
下手をすればノイローゼまっしぐらだ。
自分も昨年までは副寮長だったとは言っても、ギルベルト自身は小等部からの学生で副寮長の存在自体も当たり前に知って育っているし、それが特異なものという認識もなく、さらに言うなら相手が上級生だろうと軽く張り倒せるだけの体術を身に付けていた上に、寮長の本田は外部生で色々不慣れだったせいもあって、女装と言ってもせいぜいロングヘアのウィッグにやや華美な軍服くらいで済んでいて、庇護される愛らしい姫ではなく、寮長の護衛を兼ねた麗しいやり手の腹心と言った感じだった。
が、実際フリフリのドレスを着ろと言われたらどうだっただろうか…と、悩む。
内部生の自分でも悩むのである。
それでもこんなあどけなくも愛らしい容姿の少年ならば寮生の要望としてはやはり愛らしい格好…なんだろうなぁ…と、ギルベルトもさすがにため息をついた。
寮長と言えども寮生の総意をガン無視する事もできないし、頭が痛い。
まあ…なるようにしかならねえか…と、結局何度も辿りついた結論にまた辿りつき、
「さ~、頑張れ、俺様。
出来る出来ねえじゃねえ。
やれるって強い意志を持つか持たねえかだぞ。
やれる、俺様は出来る子だっ」
パン!!と両手で頬をはたいて気合いを入れると、ちょうどドアがノックされた。
「開いてる。入っていいぞ」
と声をかけてクーヘンとカップの乗ったトレイを手にリビングへと戻ると、
「兄さん、連れて来たぞ」
と、まず見慣れた声が聞こえてくる。
ルートが無事お姫さまを連れて来てくれたらしい。
「ああ、ルッツ、ダンケ。
じゃ、行って良いぞ」
と、ギルベルトはトレイをいったんテーブルに置いてそう言いつつ相手を出迎えに出た。
………
………
………
正直に言おう。
ギルベルトは本来異性愛者だ。
だが可愛いと思う。
かなり可愛い。
写真も可愛らしかったし遠目で見た時も主に大きさ的な意味で可愛らしいと思ったが、間近で目にする少年はさらに可愛らしかった。
驚いた事にその生真面目過ぎる雰囲気と若干良すぎる体格のせいで馴染まれにくいルートとはすでにかなり仲良くなったらしい。
大柄なルートの後ろからちょこんと顔だけ覗かせている様子は、まるで巣からおそるおそる外を窺う子ウサギのようだ。
さらにトドメ…
行くなとばかりにルートのブレザーの裾をぎゅっと掴んだまま
「ルートは…俺の側で護衛してるんだろ?」
と、ルートを見あげて言う。
どうやら人見知られているらしい。
ルートほどではないにしてもギルベルト自身も馴染みにくいキツイ顔立ちをしている自覚はある。
…が、そこでそれでもルートと違うのは、長年の兄貴人生で培った対人スキルだ。
「俺様はギルベルト。ルッツの兄貴だ。
副寮長と寮長は同室になる決まりなんで、これからは学校内はルッツ、それ以外は俺様と、兄弟でお姫さんのナイト役を務めさせてもらう事になる。
よろしくな、アルト」
と、少しかがんで視線を合わせてそう言いながらポンポンとその頭を軽く撫でると、今度はルートに
「お前も荷解きまだだろ?
とりあえず先に荷解きして来い。
その間に俺様が副寮長についての説明しておくから、そのあと一緒にお姫さんの荷解き手伝って、それが終わる頃には一緒に夕飯だ」
と言ってやる。
こんな可愛い感じで縋られると離れがたいだろうが、ルートにも荷解きする時間は必要だし、一つの工程が遅れると次の予定にずれこんでしまう。
それでなくともお姫さまの学校内での護衛役という大任を任されている身だ。
その遅れた工程のせいで十分な休息や睡眠がとれなくなるようでは困る。
もちろんルートは異論を唱える事もなく、
「Ja!」
と短く答えて、その後
「すまんな。すぐ済ませてもどる。
兄は俺よりずっと卒のない出来た人間だから大丈夫だ。
すぐ馴染めると思うし、少し待っていてくれ」
と、少年に言うとクルリと反転。
振り返る事無く靴音を響かせて自室へと戻って行く。
それを若干寂しげに見送るお姫さまは少し可哀想に思うが、まあ仕方ない。
自分にも少し馴染んでもらえば良い話だしなと、そう気を取り直して、
「実は俺様も去年までは銀狼寮の副寮長やってたから色々教えられるし、安心して良いぜ」
と、お茶の準備の出来たリビングへとお姫さまをうながした。Before <<< >>> Next
0 件のコメント :
コメントを投稿