寮生はプリンセスがお好き2章_4

まずお姫さまをソファに座らせる。

たぶん…ルートを護衛として受け入れると言う事は、表面上どう言うかは別にして、お守りされる事に異存はないんだろう。
それなら取る行動は一つだ。

ギルベルトはソファに座るお姫さんの前に膝をついて、まだ子どものままの小さな手を取る。
そして若干見あげるような形で視線を合わせた。

幼い貴人に臣従の意を示す護衛の騎士のようなその所作。
まあ確かに実際そんなものなのだろうが…と、ギルベルトは内心苦笑する。

「まず伝えておくことと頼みたい事が何点かある」
そう口にすると、少年の顔に緊張が走ったので、そこで少し笑いかけてやる。

「まあ、そう固くならねえでくれ。
俺様は何度も言うようにルッツの兄貴だし、お姫さんも兄貴だと思ってくれて構わない。
その上で聞いて欲しい」
と言うと、少年はコクンと小さく頷いた。

「まず伝える事な。
ルッツからも少し聞いたかと思うけどな、お姫さんは今の銀狼寮の高1全員の投票で副寮長に選ばれたんだけど、こいつは辞退は出来ない。
だからお姫さんは嫌でもこれから3年間はこの寮の副寮長として暮らしていく事になったわけだ。

で、これがどういうもんかっていうと、寮長は物理的な面で寮を率いてく頭で、副寮長は寮の象徴で寮生の精神的な支えになる。

この学校は何かってぇと寮同士で競わせるから、その象徴ってことは真っ先に他の寮のターゲットになるけど、代わりに全寮生が身を呈してお姫さんを守るからな?
まあ最初のうちは誰が誰だかわかんねえだろうし、学生は全員寮章の携帯が義務付けられてて、これを故意に詐称したら退学処分になるから、こいつを目印にしてくれ。

てことで、何かあったらこの銀の狼の寮章をつけてる奴らになら何でも命じて良い。

もちろん俺様やルッツを含めてな?
で、頼みたい事ってのはそれだ。
何か困った事、不安な事、して欲しい事とかあったら、俺様にまず何でも言ってくれ。

例えば…別に他寮の嫌がらせとかじゃなくて、自寮でちっとばかり好意が行きすぎて困ってるとか言う時でも遠慮なく言ってくれて構わねえ。

俺様はお姫さんの事情を一番に優先して対処してやるからな?
ルッツはお姫さんが所有している一枚の盾、俺様は同じく一振りの剣だ。
例え割れようが、折れようが、絶対に守ってやるから安心しな」

そこまで言って目を大きく見開いたまま固まっている少年の小さな頭を撫でてやると、まだ幼さの残るギルベルトの姫君はふるりと身を震わせてかすかにため息をつく。

「ま、大丈夫。
普段は俺様がおはようからお休みまでばっちりフォローしてやるし、学校ではルッツに離れないように言っておくから。
それより甘いモン好きか?
俺様、菓子作りは数多くある趣味の一つでな、今日は午前中来客だった事もあって少しばかり作り過ぎちまったし、良かったら頑張って食べてくれ」
ギルベルトはそう続けると、少年の正面に座った。

本当は隣に座ってひよこみたいな頭を撫でまわしたいところだが、ずいぶんと緊張してるようなので、正面の方が落ち着くだろう。


そういう事で荷解きの手伝いもしてやりたいところが、とりあえずそれはルートが来てからということにして、色々疲れてるだろうからまずは休憩だ。

ギルベルトは用意しておいたカップにカランカランと氷砂糖の塊を二つほど落として、その上から熱い紅茶を注ぐ。

そうすると氷砂糖がチキチキっと音をたてて融けて行くので、くるんとメロンキャンディのようにまんまるの眼を見開いてそれを眺めている少年に

「この音な、小鳥のさえずりって言うんだぜ?」
と言ってやると、ちっちゃな口がほわぁぁ~丸く開いて感嘆の息を吐きだした。

いちいち反応が可愛いな、おい。
と、内心その愛らしさに悶えるが、根性で表には出さず、

「で、先にスプーンで掻き回して渦を巻いているうちに生クリームを落とすと…だ…」

と、ギルベルトは説明通り銀のスプーンで紅茶を掻き混ぜてピッチャーからクリームを落として、その状態で少年の前にカップを置く。
それを覗き込む少年。

「クリームが薔薇の花みてえだろ?」
と言うと、目を輝かせてうんうんと頷いた。

「ま、学校の事、俺様の事、寮の事、色々わかんねえこと多いと思うけど、何か質問があったら菓子食べながらでも聞いてくれ」

と、クーヘンの皿を少しそちらに寄せてやると、少年は『いただきます』と行儀よく手を合わせて菓子に手を伸ばす。
そしてちびちびと少しずつ口に運ぶ様子は、まさに小鳥のようで可愛い。
今年の寮生の選択…まじ正しかったなと思う。

「…あ…あのっ……」

しばらくお行儀よく可愛らしく菓子を頬張っていた少年は突然ピタっとクーヘンを口に運ぶフォークを持つ手を止めてジ~っと考え込んでいたが、やがて思いきって、と言った風に顔をあげた。

「ん?」
「…えっと…あの……ギルベルト先輩……」
「ギルでいいぞ?」
「ギル…先輩?」
「先輩は要らない」

「じゃあ…ギル?」
ひどく思い詰めた様子で言うので
「なんだ?なんでも遠慮せず言えって言ったろ?」
と、身を乗り出して頭を撫でてやると、少年は小さな小さな声で囁くように言った。

――…これ…残して置いて良い?

何故そこで赤くなる?
ま、可愛いんだけど……などと思いながら

「良いけど?腹いっぱいか?」
と聞くとふるふると首を横に振る。

そして耳まで真っ赤にして

「……美味しいから……全部食べちゃうとなくなっちゃうし、半分あとで食べたくて…」
と言われた瞬間、ギルベルトは不覚にも悶え転がりそうになった。

とっさに赤くなってるだろう顔を隠すためにパシッと自分の顔を片手で覆う。

「…作るから……」
「…え?」
「食いたければいつでもいくらでも作るから、好きなだけ食ってくれ」

もうなんか色々直視出来ねえ。
お姫さん、可愛すぎだろ。
これ狙ってやってんのか?!
そんな事を心の中で絶叫するギルベルトの目の前で、ぱあぁ~っと輝く少年の顔。

「じゃ、これとこれ…あ…これも食べたいっ」
と、嬉しそうに細い指先で指差していく。

なんだろうか…
これが従姉妹のエリザあたりだったら、ギルベルトもにやにやと『良いけど太んぞ、この大食い女』とか言うところだが、その細い身体のどこに入ってるんだ?と思うくらいのクーヘンを幸せそうに平らげていく少年の顔をみてると、もう、可愛いの言葉以外出てこない。


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