「あの…救難信号みたいなモノは出されてるんですよね?
なんだか流されているように思うのは僕だけですか?」
と、周りが静かになったのを確認して、青年は今度は係員に声をかけた。
その言葉に係員の肩がぎくりと揺れる。
よくは見えないが沈没した船からは遠ざかりすぎたのか、近くなら見えるであろう破片などが見えないばかりか、他の救難ボートの影もない気がする。
「たぶんマジ…流されてっぞ、これ」
と、ギルベルトも青くなる。
「おいっ!なんとかしろよっ!!」
と、今度は英二のイライラの矛先が係員に向けられるが、気の毒な男は小さくなって
「…すみません……でも私にもどうしようも……」
と、すくみあがった。
「ありえねえっ!!もし岸にたどり着いたら、お前らの企業絶対に訴えてやるっ!
マスコミにだって思い切り言ってやるからなっ!!」
(…そうか……それだっ!)
と、ギルベルトは船で感じていた違和感に気づいたが、まあここで言っても仕方ない。
というか…これ以上余計な事を言ったらこの救命ボートにしては頑丈で立派とは言っても所詮はこの大海で身を寄せるには小さなボート内がパニックになりそうなので、言葉を飲み込む。
たぶん…何かあるのかもしれないが、係員が一緒ということは死にはしないだろうし、まずは安全な陸上へ辿り着くことが先決だ。
「なあ…これもしかしてモーター付きやんな?どこに向かっとるん?」
と、そこで言い出したのはアントーニョだ。
ギルベルトと…ぬいぐるみの青年は驚きに顔を見合わせた。
そしてもう一人驚いた顔をしたのは係員である。
「…トーニョ、なんでわかるんだ?」
とギルベルトが聞くと、アントーニョはあっさりと
「やって…モーター音と振動がすんで?」
と答えるが、シートに叩きつける雨音と暴風雨、叩きつける雨や波の振動でよくわからない。
しかし係員が驚いた顔をしたところを見ると事実なのだろう。
「わざわざ…離れたということです?」
とギルベルトが問い詰めると、係員はプルプル首を横に振った。
「いえ、流されたのは本当です。
ただ…このあたりは小島が多くて岩も多いので、それを避けつつ、今大きそうな島に向かってます。
一応大丈夫とは思うんですが、突出した岩とかにぶつかったら大変な事になるので、パニックにならないように安全を確保してから説明しようと思ってました…」
との言葉にさすがに皆不安に声を失う。
いや…数名を除いては…か。
言われて初めて状況を明かした係員のいうことを信用できるのか…と考えこむギルベルト…と、おそらく同じ事を考えている気がしないでもない、読めない笑みを貼り付けたぬいぐるみの青年。
そして…
「そんなん隠しとっても結果は変わらんし、万が一あった時になんも知らされてへんかったらみんな慌てて行動できへんで?
それやったら注意して、暴れる奴おったら沈めたればええねん」
と、相変わらず空気を全く読まずに…しかし一見無茶苦茶に思えるが実はおそらくそれが最善だとギルベルトも納得の提案をかますアントーニョ。
それに口の中でモゴモゴと…すみません…と謝罪すると、係員は
「でも大丈夫です。なんとか大きめの島へ辿り着けそうですっ」
と、前方を指さした。
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