続恋人様は駆け込み寺【呪いになんて負けないもんっ!不憫な青年の事件簿】5

こうして豪華客船の旅のはずが一転、救難ボートで波間をさすらうことになった。

高校生達は雨が振っているためビニールシートを上からかけ、係員だけが外で様子を見つつ、波間を漂っている。

シートを叩きつける雨の音と振動がすさまじい。
テープで貼り付けてあるこのシートのおかげで中まで冷たい雨が入り込まないのだから、文句は言えないわけだが、寒々しい気分にはなってきて、アーサーはため息をついた。

本当は…ずっとずっと片思いをし続けてようやく付き合えた恋人との初めての旅行のはずだった。

幼なじみのフランシスが母親のコネで手に入れたチケット。
有名バイオリニストを囲んでの演奏会みたいなものらしかったが、そんなことはどうでも良かった。

アーサーは泳げないため船旅というのは少し不安ではあったが、とにかく恋人との泊まりがけのお出かけは嬉しい。
素敵な楽しい思い出になるはずだった。
この日のために一緒に服を買いに行ったり色々楽しく支度したのに…。

一応そこそこ丈夫そうな救難ボートではあるものの、何かで転覆したらどうしよう…。
せっかく好きだった相手とつきあえたのに、こんなところで溺死するんだろうか…。
不安で涙が溢れ出る。

寒さと悲しみでふるりとアーサーが身を震わせると、
「アーティ、大丈夫か?寒ない?こっち入り」
と、年上の恋人、アントーニョは上着のボタンを外して腕をひろげた。
アーサーがもそもそとアントーニョの懐に入ると、上着ごとアーサーを抱きしめてくれる。

ガッシリとした頼もしい腕。温かい体温。
単純だ…と思う。
恋人が抱きしめてくれた、たったそれだけのことでこんなに安心する。

「お前…温かいよな…」
ほぅ…と、アーサーがため息をつくと、
「そうやろ?」
とアントーニョは嬉しそうに笑った。


「大丈夫やで?親分泳ぎはめちゃ得意やからな。何かあってもアーティの一人くらい抱えて岸まで泳いだるから、安心し?」
という恋人の言葉はどこをどう聞いても無茶苦茶だ。

だって普通に考えれば昼前に出発してもう8時間くらい船で沖合に来ているのだ。
泳いで帰れる距離なわけがない。
それでもそれが嘘だとも不可能な事だとも微塵も思えないのが不思議だった。

だって恋人はスーパーマンだ。
アーサーが長年粘着されていてどうしようもなかったものを、なんとかしてくれたのだって、まるで奇跡のようにありえないことだったのだ。

恋人の笑顔は太陽のように暖かで明るくて、真面目な顔をすると男らしくて精悍な顔立ちで、アーサーに話しかける声は砂糖菓子のように甘い。
アーサーのものより深い色合いのエメラルドのような綺麗な目で見つめられると、未だドキドキする。
大きな温かい手で髪を撫でられると、もう心地よさに不安なんて霧散していく。

ギュッとアーサーからも抱きしめ返せば、優しい笑い声とともに、つむじに小さなキスが降ってきた。

…ああ…大丈夫だ…アントーニョがいれば全ては問題なくうまくいく。
アーサーはそんな風に思って身体の力を抜くと、恋人の胸に全身を預けた。


そんな恋人達の隣で、ひとり楽しすぎる男、ギルベルト・バイルシュミットはため息をつく。

こんな状況でも馬鹿っぷるは馬鹿っぷるだなぁと感心していると、

「…ギルちゃん……」
と、それを見たフランシスが擦り寄ってきた。

いやいや、まさか?それはねえだろ。あれはアーサーだから許される行動だ…と、

「俺様はしねえぞ。ぜってえやだっ」
と、ギルベルトはずりっと後ろに後ずさって足蹴にして阻止するが、しかしフランシスはめげない。

「え~。だってお兄さんも寒い」
と、さらに迫ってくる。

小学生の時分のように美少女みたいだった頃ならとにかくとして、いくら一般的にイケメンと言われていても今はそれなりにガッシリとした体格の男子高校生だ。
野郎と二人抱き合ってすごすなんて、なんの罰ゲームだと思う。

「俺様はお前にくっつかれる方がさみいぜっ!」
と、断固として拒否をしていると、

「うるさいっ!こんな時に余計にイライラすることすんなっ!!」
と、鋭い声が飛んだ。

「英二、そういう事言わない。ゴメンな、フラン」
と、弟に眉をしかめてみせたあと、加瀬英一は困ったような顔でフランシスに頭を下げた。

それにフランシスも
「あ~、英一、気を使わせてゴメンネ。英二もうるさくしてゴメン」
と苦笑する。

「いや、本当にこんな状況で英二もちょっと気がたってるんだ。気にしないで」
と、有名なバイオリニストにしてはずいぶんと腰が低い英一とは対照的に、英二は高飛車な様子で鼻で笑ってみせた。

「気がたってんのは英一の方だろ?
このところコンクールでもいつも弟の俺に負けてるし。第一線は諦めてフランソワーズ・ボヌフォワの息子にでも媚びて芸能界デビューでも狙う気か?」

「……っ!!!」

その言葉をやっぱり苦笑するのみで流す英一の代わりに、珍しく激昂したのはフランシスだった。
平和主義者の色男にしては珍しく拳を握りしめるが、それをギルベルトが慌てて止める。

「フラン、それはまずい。それでなくてもこういう状況で何かあっても適切な手当なんて出来ねえ中で怪我でもさせたらやばいぞ」
「でもっ!!!」
と、二人が軽くもみ合う中、静かに論争の中に入ってきたのはぬいぐるみの青年だった。

「確かに…最近はコンクールの結果も英二さんが1位が多いですけど…追う側よりも追われる側の方が上がない分キツイし辛いし余裕なくなりますよね」
にこりと…色々な意味に取れるその言葉に下手に突っ込めず、全員が黙りこむ。



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