寮生はプリンセスがお好き2章_1

とある護衛の独白


俺は友人と言えるような人間がいない。
記憶にある限りで友人と言えるような人物は実の兄、ギルベルトくらいだった。
もっとも…友情と言うものを持てば兄弟でも友人とカウントして良いなら…だが……。

もともと俺の顔は怖いらしい。
それでいて融通のきかない面白みにかける性格である。
だから俺はせめてもと勉学にも武道にも頑張ってみた。

そうしたら周りに人は増えた。
教師に面倒を見てやる事が必要な生徒達の世話係に任命されたため……

そして日々怯えられながら落ちこぼれた人間の勉強を見て、教え方が厳しいとさらに怖がられた。


顔が怖いなら笑顔で居れば良いじゃないか。
そう思って笑ってみた……つもりだったのだが、何を怒っているのだ?とさらに怖がられた。

ということで…友人と言う存在を諦めたまま小等部を卒業。

今年中等部にあがって、正式発表までは内密にという事ではあるが、兄のいる寮に入る事に決まった。

そして中等部に無事入学を果たし、まずウェルカム寮に宿泊。
当然見知った顔はいても親しく話したりする相手はいない。
が、4分の1ほどは中等部からの外部生なので、1人でいてもひどく目立つ事はない。


こうしてウェルカム寮2日目。

新入生達は外部生はもちろんのこと、小等部組も寮生活は初めてなので、色々が物珍しい。
なので、みんな1人で…もしくは小等部の頃の友人と、初めて足を踏み入れた学校内の生活エリアを見て回っている頃、高等部では一つの決定がなされていた。

副寮長の選出

物理的に優れた高校生がなる寮長と違って中学生がなる副寮長は寮の象徴である。

別に頭が良くなくとも運動が出来なくとも構わない。
ただ美しく愛らしく…そんな象徴を手にし、それを卒業までの3年間、滞りなく守っていく事のできる能力のある学生で構成された寮であると内外に誇示するために選出される存在だ。

だからその護衛の中心を担う高校生が決める事になっていて、いったん決まれば寮長を筆頭に寮生全員で大事に大事にお守りする事になる。

その選出は入学前、各寮に入寮予定の新入生の写真が配布される事から始まり、その後の入学式で実物を確認、そして入学式の夜には全寮生で投票。

その後集計して2日目の昼前には決定。
教師へ人選が伝えられる事になっていた。

その副寮長の人選は弟と言えども発表までは極秘なのだが、俺自身の入寮先については兄から内々に知らされていたのもあり、兄からこれも極秘に依頼がある。

いわく…副寮長として選出されたその瞬間から、その学生は銀狼寮のプリンセスとして他寮から様々な妨害を受ける可能性がある。

だから、発表されしだい接触を取り、側で護衛。
無事、寮長である兄の元まで送り届ける事。

もちろんこれを俺が了承しないわけはない。
兄の依頼という以前に銀狼寮の寮生の責務である。

ある意味…友人を作ると言う面では非常に足かせになった俺の怖すぎるらしい顔や良すぎる体格も、護衛としてなら素晴らしい効果を発揮するだろう。

別に俺の方が他人と関わる事が嫌なわけではなく他人の方から避けられる身としては、なにより…寮に尽くすことで寮生にかかわれるのが嬉しい。


護衛なら何も相手に親しみを持ってもらわないでも信頼さえしてもらえれば出来るだろう。
信頼感…その点においてなら、俺も自信がある。
真面目という面では教師にも同級生にも信頼はされていて、何度も学級委員になっている。

…ということで、俺は他の新入生に負けず劣らずわくわくと名前と寮名が発表されて行くのを聞いていた。

強いて他の学生と違うところをあげるなら、楽しみにしているのが自分の名前ではなく、副寮長に任命される学生の名前と言う事くらいか…。


そしてついに…

――アーサー・カークランド、銀狼寮。副寮長

寮名の次に【副寮長】の言葉が続いた瞬間、ランチルームがざわめいた。
部屋中の視線が各生徒の胸元を飾る名札を走って、一点に止まる。

俺も室内の多数の視線が集まった少年に目を向けて、ああ…なるほど…と思った。

ぴょんぴょんと少し跳ねた小麦色の髪に真っ白な肌。
驚くほど長いクルンと綺麗なカーブを描いた睫毛に縁取られた夢見るように澄んだ大きな丸い瞳は春の新緑のような黄色がかった淡いグリーン。

その上に鎮座する眉毛は人形のように愛らしい顔立ちに不似合いな太さだが、それだって整えていないせいでかえってその顔を幼いあどけないものに見せていて、妙な愛嬌を添えている。

唇だって少女達のようにリップを塗っているわけでもないであろうに薄いピンク色で、まさに今、窓から外に視線を向ければ目に飛び込んでくる桜の花びらのようだ。

部屋中の無遠慮な視線に晒されて、ひどく戸惑ったようにこわばる細い肩。
ああ、これは守ってやらねばなるまい…と、兄の依頼とは別に心の奥からそんな気持ちが沸き上がってきて、俺はガタンと席を立ちあがった。

そして少年の前に立つ。

そう…立ったは良いがどうする?
なんと声をかければいいのだ?
俺はそこで初めて気づいた。

いつも怖いと言われる自分だ。
逃げられたらどうすればいい?

少年は俺が目の前に立ったからだろう。
一瞬硬直して視線が逃げるようにテーブルの上のプレートに向けられたまま固まる。
しかしそのまま立ちつくす俺に諦めたのだろうか…
零れ落ちそうに大きなグリーンの瞳がおそるおそる俺を見あげた。

いまだっ!
笑え、笑うのだっ!
俺は苦手ながらも笑みを作ろうとした。

いや、自分では作ったつもりなのだが、失敗したのだろう。
少年は少し複雑な表情を浮かべて俺をみあげている。

ああ…やっぱりだめか……
内心ひどく気落ちしたが、俺には兄に依頼された大義名分がある。
彼を保護するのは俺の責務であり、彼は保護される必要のある人物だ。

彼には俺が彼に危害を加える者全てから彼を守る護衛で味方であると言う事を知らせねばならない。
そう気を取り直して俺は言った。

「ルートヴィヒ・バイルシュミット。
ルートと呼んでくれて構わない。
あなたと同じ銀狼寮の寮生で、今年度の寮長、ギルベルト・バイルシュミットの実弟だ。
プリンセスが寮長の元に辿りつくまで護衛しろと兄から言いつかってきたので、今この時よりあなたを護衛させてもらう。
よろしく頼む」
と、右手を差し出すと、少年は一瞬迷って、しかしすぐに握り返してくる。

それでも相も変わらず複雑な表情のままの少年。

これがもし兄のギルベルトだったら、すぐに馴染んで友人になる事ができるのだろう。
が、俺はその手の才能が絶望的なほどない。
そう思って肩を落としていると、彼の方からおずおずと声をかけられた。

「すまない…。色々聞きたいんだ。
とりあえず座ってもらって良いか?」

その言葉はあまりに意外で、俺が目を丸くして見下ろすと、少年は少しはにかんだような笑みを浮かべて言った。

「俺はアーサーだ。
外部生だからちょっと色々わからなくて……
ルートは内部生なのか?
事情がわかっているなら教えて欲しいんだけど…」

俺は絶句した。
もし精神状態というものが外部に視覚的に現れるとしたら、俺の背後には大量の花が飛んでいるだろう。

なんということだっ!
少年は俺を恐れた様子もなく、頼りたいと言うではないかっ!!

「ああっ!
なんでも聞いてくれて構わないっ」

ガタっと勢いづいて少年の隣に行くと、彼の隣にいた学生が慌てて席を空けてくれた。
…その目に若干の怯えの色があったのは気のせいだろう。

いや、気のせいではなく実際にあったとしても今は気にする事ではない。
俺の任務は一般生徒から自分に対する怯えを取り去る事ではなく、銀狼寮のプリンセスの護衛なのだから。

そう、優先順位は守らねば。

俺はそう決意して、それでも譲ってくれた学生には『すまないな』と声をかけて、プリンセスの隣に座った。

すると…だ、不思議な事に彼からはふわりと花の良い香りが漂ってくる。

全くもってあり得ないことだが、同じ男という性を持つはずの少年なのに、本当に良い匂いがするのだ。


そして俺が隣に座ると、コトンと小首をかしげるように見あげてくる動作があどけなくて愛らしい。



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