と、そう呼べば当たり前に笑顔で振り向いてくれる。
そう、弓矢も飛んで来なければ、呪いの人形も送られてこない。
それはなんて素敵な事なんだろう……
そんなイギリスのお兄ちゃん認識がここまで世界をパニックに陥れるなんて、本人すら想像だにしていなかった。
それは世界会議を3日後に控えたとある日の事である。
その日は刺繍仲間のリヒテンに自宅に招かれていた。
なので当日、現在刺しかけの力作を見せようとウキウキしてスイス邸に足を運んだイギリスだったが、招かれたリビングで綺麗にラッピングされた包み紙を渡された。
「リヒテン…これは?」
と首をかしげてみれば、少女の姿を取ったリヒテンシュタインの国体は実に愛らしい様子で微笑んで
「日本さんが先日、イギリスさんはお誕生日が決まっていらっしゃらないので3月3日にお祝いしましょうと言ってらしたので。
少し早いのですけれど、お祝いですわ」
と、少女らしい高く可愛らしい声で言った。
その隣にはスイスがいつもよりは若干柔らかいらしい表情――と言ってもその差異はリヒテンにくらいしかわからないが――で座っている。
イギリスはリヒテンシュタインと同じく刺繍が趣味なので、非常に妹を大切にしている彼が妹と交流を持つのを許している数少ない国体ではあるが、それでもリヒテンシュタインを訪ねると、必ずそこに同席するのが常だ。
2人きりにはさせない。
しかし別に敵対心を露わにされたり銃口を突きつけられたりするわけではなく、友人と刺繍やレース編みなど手芸関係を中心におしゃべりを楽しむ妹を温かい目で見守っているだけなので、イギリスも気にしない。
というか、微笑ましい限りだと思う。
「ありがとう。開けて構わないか?」
と、女性に対してということもありツンデレもなりを潜めて素直に礼を言うと、リヒテンシュタインは嬉しそうに頷いて、
「ええ。ぜひっ!お兄様とわたくしからですのよ。ね、お兄様」
と、隣のスイスに微笑みかける。
そして“お兄様”と呼びかけられたスイスはと言うと、うむ!と頷きながらもその視線はイギリスではなく、妹へ。
しかもそれはイギリスですらはっきりわかるくらいに優しい表情を浮かべていた。
その時点でスイス自身は特にイギリスの誕生日に…と思ったわけではなく、妹が刺繍仲間に贈り物をしたいから一緒に、と言いだして、その提案という名のおねだりに乗ってやったんだろうなぁとイギリスも察したが、それに対して特に気を悪く思うでもなく、そんな妹に優しい兄というものを素直に羨ましく思った。
だから思わずぽつりと出た言葉…――リヒテンは優しい兄がいて良いな…
次いで『まあ、確かにリヒテンくらい可愛らしい妹だったら、確かにみんな優しくしたくなるけどな』と言ったのも、深い意味はない。
イギリスにとっての兄と言うのは弟である自分を疎んじて、弓矢を射かけてくるか、呪いの手紙を送ってくるか…とにかくそんな風に攻撃してくる存在だったので、こうして互いに好意を持って過ごしている兄が居ると言う事が、単純に羨ましかっただけなのである。
…そう、本当に深い意味はなかった。
特に”可愛らしい妹だったら”の部分には全く意味はなかった。
リヒテンだから=可愛らしい妹というだけだった。
どちらかと言うと『優しい兄がいて良いな』という主張だったのである。
だが、恐ろしい事に言葉というのはまま独り歩きをするものらしい。
そしてこのやりとりも後に全世界を迷走させる事となったのだ。
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