青い大地の果てにあるものGA_9

「にいちゃ~ん、俺さっき戦闘から帰ったばっかだよ~。
もう休んでも良いよね?」

アーサーと手を繋いでブレイン本部へと駆け込んだフェリシアーノは開口一番そう言うと、ね~っと小首を傾けて隣のアーサーに同意を求めた。


(…か…可愛い…っ!!!)

それを見て悶える男女のブレイン部員達。


ブレインはブルーアースが指定する大学を卒業していれば最年少で17歳から入隊を認められ、フリーダムに至っては実技の入隊試験の成績が優秀なら学力問わず15歳から入隊を許可される。

が、フェリシアーノは両親が亡くなって唯一の身内である祖父が当時のブレイン本部長だった事もあり、ほんの幼児の頃からブレイン本部に出入りをしていた。

ゆえに年かさのブレイン部員達から見ると、いつまでも小さな子どもの頃のイメージがあるのでなおさら可愛い。

そんな可愛い可愛いフェリシアーノがまるで幼児か小学生のように手を繋いでいる少年も童顔で愛らしくて、ほっこりする。

もう少し若い女性陣もこれまで秘かに極東支部から送られてきたデータを見つつ本部入りを心待ちにしていた萌え対象と今現在の本部のアイドルの2大共演に心の中で絶叫中だ。

さらに元々女性が少ない上に、その女性もブレインのインテリ女性とフリーダムの女傑達がほとんどなので、日々癒しを求めている男性部員にとってもふわふわといつも笑顔のフェリシアーノは大人気だ。

…が、唯一そんなアイドルに遠慮のないのが実兄のロヴィーノで、ふわっと出動を辞退しようとする弟の頭に

「ざけんなっ!」
と、ごつんと軽くではあるがげんこつを落とす。

「ヴぇー、痛いよぉ…」
と、両手で頭を抱えるフェリシアーノ。

それにもあちこちから、フェリちゃん可愛い~の声が沸き起こるが、ブレイン本部長は苦虫をかみつぶしたような顔で弟に断固として出動を要請した。

「今、お前らと梅、それに桜しか本部にいねえんだよっ!
お前らを休ませてやるためにギルとルートとエリザが随分前に出動中なんだぞっ!
あいつらなんて前の戦闘から戻ってすぐに、文句も言わずに自ら戦場へとんぼ返りだ!
とりあえずもう敵が基地からおよそ15キロ圏内に迫ってるから、本部落としたくなければ拒否権はねえっ!
桜は万が一敵が基地に来ちまった時の備えに待機。
梅とフェリとアーサーで対応してくれ」

「え??ルート居ないのっ?!
無理だよ、兄ちゃん!
俺ルートいないと出動なんて出来ないっ!」

「何言ってやがるっ!
3年前まではあいつなしでも出動してただろうがっ!」

「そうだけど…その時にはギルかエリザさんのどちらかが必ず一緒だったもん!」

「近接なら梅がいるだろっ!
ルートなんてお前より2歳も年下でキャリアなんてまだ3年だが、色々な状況下での対応を学びたいとか言って自らイレギュラーなメンツでの戦闘に志願して行ったんだぞ!
少しは見習えっ!
そもそも敵はイヴィル1体と多数の雑魚だから、イヴィルを梅が殺って雑魚はアーサーが殺って、それで終わりだろうよ」

はぁ~っとため息をつく兄に、

「そっかぁ~じゃあ大丈夫かな」
と、こちらも別の意味でため息をついてまた兄にげんこつをくらうフェリ。

「とにかくこれ以上基地に接近しねえうちに急げっ!」

と言われて幸いまだ着替えていなかったこともあって、そのまま第八区の駐車場で車に乗り込んだ。





こうして現場に向かう移動中…

「今回はすごく珍しい組み合わせネ」
と、アーサーが運転する車の後部座席でフェリシアーノと並んで座る梅が言う。

「いつもは必ずエリザさんと一緒だったから…」
と、彼女の表情も硬い。

やはり梅もまたイレギュラーな出動に緊張をしているようだ。

そんな梅に対して、フェリシアーノもまた戦闘怖い病がぶり返したらしい。

「だよねぇ~。心細いよね~。
ルート居ない戦闘なんて俺3年ぶりだよ~。怖いよ~~」

そう言いつつハグ~っと甘えるように女性の梅に抱きついても怒られも引きはがされもしないのはフェリシアーノの人徳だろう。

どうにも愛らしくて異性という気がしない。


「私…頑張るからネ。
でもダメだったら敵引きつけるだけでも引きつけるから、フェリちゃんとアーサー君、その間に撤退してネ?」

よしよしとフェリシアーノの頭を撫でつつも、それでも硬い表情のままの梅。


そんな梅の言葉に

「ヴェ~そんなのダメだよ~。みんな一緒に逃げようよ~」
とフェリシアーノも泣きだし悲壮な空気が車内に漂い始めて、アーサーはため息をついた。

そして言う。

「あ~もう大丈夫だから。
最悪俺が盾役は出来るしイヴィル引きつけられるから、梅とフェリは雑魚を地道に倒して、倒し終わったら3人でイヴィルをふるぼっこだ」

「「へ??アーサー盾できる(の)(ネ)??」」
しっかり抱き合ったまま運転席に目を向ける2人。

それに対して視線はしっかりと前に向けたまま

「出来ると言えば出来る。もちろん専門盾には全然劣るけどな。
雑魚や弱めのイヴィルくらいならいける」

と、淡々と答えるアーサーに

「「なあんだ~~」」
と揃って安堵の息を吐きだす梅とフェリ。


「それなら安心だね♪
俺も雑魚掃除くらいなら出来るよっ」

「私も雑魚掃除得意ネ」
と言う2人にアーサーは内心ため息をついた。


本当は…自分が一番全体攻撃に適しているので、2人の方にペアを組んでイヴィルの相手をして欲しいところなのだが、まあ仕方ない。

本来は組むこと自体がありえないというか…1人はいるはずのベテランか盾が誰も居ないチームだ。

その中ではまだ自分が一番戦闘慣れしているのだから、厄介な奴を任せて失敗されて全部被るよりは自分が厄介な部分だけを受け持った方がましだろう。

「じゃあね、最初は正攻法で。
俺がイヴィルを狙い撃ってアーサーは雑魚を魔法で一掃。
それで何か失敗しちゃったらアーサーが言った通りイヴィルをアーサーが引きつけてる間に俺と梅で雑魚退治。そのあと3人で一体のイヴィルを殺ろう」

「おっけい」
「了解ネ」
と、最終的にフェリシアーノが言って作戦が決定した。




そうしてそう走らないうちに現場について、3人は車から降りる。

「雑魚は最悪こちらに向かってきてもなんとでもなるから、イヴィルを確実にしとめるため、フェリの矢がイヴィルに届くよりもわずかに遅れて着弾するように魔法撃つな?」

それでも緊張した面持ちでジュエルをアームスに変形するフェリと梅に、アーサーもジュエルをロッドにして淡々と言う。

その飽くまで変わらぬ様子にフェリシアーノがホッとしたように頷いた。


「俺は…適当なタイミングで撃って良いのかな?」
「ああ、俺の方がフェリの矢のタイミングに合わせるから、カウントだけ頼む」
「わかった」

フェリシアーノは頷いて、遠隔系の自分達と違って視覚できないであろう梅のために

「およそ500m先に女性系のイヴィル1体とハイエナ…かな?の魔道生物およそ20体ほど」
と、説明をしたあとに、

「ということで…30秒後に矢を放つよ。
30…29…28………」
と、弓に矢をつがえてカウントを始めた。

アーサーも隣でロッドを構えて詠唱の準備に入る。

「……5…4…3…2…1!!!!」

シュッとフェリシアーノの弓から矢が放たれ、それから一瞬遅れてアーサーのロッドから炎が魔道生物の群れに向かって伸びて行く。

完璧なタイミングだった………はず…だった。


「フェリちゃんっ!!」
何かの影がフェリシアーノの前に現れ、梅がとっさにフェリシアーノを庇ってその場に血しぶきがあがる。

目の前にはさっきまで500mほど先にいた女性系のイヴィル。

まさか攻撃系ジャスティスのように一気に跳躍してきたのか?!

…何故……?
と目を見開くフェリ。

アーサーは

――…こいつ…っ?!…まずいやつだっ!!!

と、即ロッドに指を置き

「モディフィケーションっ!!」

と、アームスを第二段階のウィップに変形させて、その場に崩れ落ちる梅を支えたままのフェリシアーノに伸びるイヴィルの腕を絡み取った。



「フェリっ!!良いから撤退っ!!!即梅を連れて車で逃げろっ!!!」
「え…でも…っ??」
「急げっ!!!殺すぞっ!!!」
「ヴェっ…ラジャっ!!」

ウィップを振りほどいて向かってくるイヴィルの対応で精いっぱいで梅の様子を見る余裕もフェリを気遣う余裕もない。

わかるのは…今目の前にいるのは今まで何度も対峙してきた“普通のイヴィル”ではないということ。

明らかに強化型…こんなにピリピリと威圧感を感じるイヴィルは初めてだ。

絶対に倒せない…そんな絶望感がヒシヒシとしてくる。

圧倒的な実力差。

緊張でもう色々な感覚がマヒしている耳に、それでも車のエンジン音が聞こえる。

ああ…とりあえず全滅という最悪の事態は回避できた…と、頭の端で思う。



盾役ができる…そう言ったのはアーサー自身だが、それは盾になれるということではない。

ルートのように硬いわけでもなければ傷を負いにくいわけでもなく、ただ敵を引きつけて目くらましを駆使して攻撃を避ける事が出来るというだけだ。

雑魚や今まで出会ったイヴィルならそれでも十分だった。

…が、このイヴィル相手では無理だ。
……格が違う…。

鍛練を積んで立ち回りも血のにじむ思いで鍛えてきたつもりだったが、ローズウィップで散る薔薇の花や葉のめくらましの力を借りてなお、動きを読まれている。

エンジン音が完全に消えた頃…目の前の美しい女性の姿をしたイヴィルは言った。

「味方を逃がしたところでそろそろ殺される覚悟はできたかしら?」

え……?
そう思った瞬間に左肩に走る激痛。

それで悟った。
ここまでもかわせていたわけではないらしい。

おそらく…相手は余裕でフェリ達を逃がして自分の存在が本部に知られてなお問題なしと思ってわざと手加減していたのだろう。

ということは…本部を潰す力があるイヴィル…つまり、これが豪州支部を壊滅させたイヴィルな可能性が高い。

本部に向かわせてはならないやつだ…。

…絶対に……




そうなると…もう使いどきか……

アーサーはすぅ~っと醒めてくる頭でそう思って、イヴィルに視線を向けた。

このイヴィルはここで倒さなければ……


死ぬのは怖くない。

5歳でジュエルに選ばれてジャスティスになってから、死はいつも隣にあった。

何人もの部員を巻き添え死させている自分が穏やかに畳の上で死ねるなんて思った事もない。


「さて、と。ちゃっちゃとやるか…」
覚悟を決めてアーサーが小さくつぶやくと、対峙するイヴィルは余裕の笑みを浮かべた。

「仲間を逃がして玉砕する心つもりかと思ったら、まだ私を倒すつもりでいたの?
敵ながらあっぱれなその戦意に敬意を表して名前を聞いてあげるわ。
私はダチュラ。
これでもレッドムーンの中では最新鋭の処理をほどこされたエリートなのよ?
お前は?可愛らしい坊や?」

「アーサー。アーサー・カークランドだ。よろしくな?レディ」
それに対してアーサーもにこやかに返す。

そして

「自己紹介も終わった事だし、さあ始めようかっ」
アーサーは言って一気に距離を取った。

「まあ、ずいぶんせっかちだこと。
大人の余裕を持てる歳まで生きていたらさぞや良い男になったでしょうに。残念だわ」

ダチュラは言って逆に間合いをつめてくる。

そうして相手が完全に間合いに入る前にアーサーはまた鞭に二本の指を置いた。

「モディフィケーション、ヘブンズストーム」
アーサーの声に応じて鞭は光と共に消え、一面に真っ白な薔薇の花が舞いあがる。

その花びらはいったん主の左肩に吸い寄せられるように集まり、傷口から流れるその血を吸って紅く染まった。

全ての花びらが血の色に染まると、アーサーはすっと白い手を前に差し出す。

それにまた吸い寄せられる様に花びらが細い指の周りをクルクルと舞い始めた。


「オープン・ザ・ヘブンズドア…」

やがてアーサーが静かな声でつぶやくと、花びらが動けずにいるイヴィルに一斉に襲いかかりその身を覆い尽くす。

そして花びらは更に赤みを増し、ハラハラとその場に散って行った。
敵のいたはずの場所にはただ砂がサラサラと舞っている。



第3段階ヘブンズストーム。

術者の血を吸って生命を吹き込まれた薔薇の花びらが敵一体をどんな状況どんな相手でも確実に倒す能力なのだ。

その代償として術者は極度の失血で命を失う。

代々のペリドットジュエルの持ち主…そしてアーサーの親もこの技で命を落としたと伝えられている…

これはもう運命なのだ…と、思い続け…そして今自分もその時を迎えてやはりそう思う。

敵も味方もいなくなった戦場でアーサーはがくりと膝をついた。

死ぬのは怖くない…ずっと覚悟はしてきたし、むしろ死は慕わしいものだったはずだ…

なのに今、悲しく思っている自分が居る。

悲しい…寂しい……
その気持ちの向こうに見え隠れするのは、愛しいと思う気持ち…

そう…たぶん好きだった…

辛い事がいっぱいのジャスティスとしての生活の中でようやく灯った小さなぬくもりに満ちたともしび…

…もう一度…もう一度だけ会いたかったな……ポチ……ギルベルト・……

寂しい…寂しい…
怖くはないけど……寒くて悲しくて……寂しい………

会いたい………

最後に浮かんだのはそんな相手の顔…泣き顔で……

死んだ事知ったら…あいつも泣くのかな……
そんな事を最後に思って、アーサーの意識は暗い闇の中へ落ちて行った……





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