狂愛――ラプンツェルの反乱中編_1

変化


「もう…ほんま、どないしたん?
反抗期なん?」

1人で入浴をする…と言った時のアントーニョの言葉だ。
通常14にもなればそれも全くおかしくないと言うか、その年で保護者と一緒に入浴と言う方が一般的ではないのだろうが、物ごころついてから塔の上でアントーニョとだけ過ごしてきたアーサーは、世間一般の常識と言うものを知りようがない。


初めに変だ…と思ったのは、アントーニョが外に仕事に行くのが嫌だとアーサーがごねて、アントーニョが自宅仕事に切り替えてくれた翌日の朝のことである。

前日は普通に夕食を摂り、その後入浴。
髪を乾かしてもらって、いつものようにアントーニョの懐に潜り込むようにして就寝。
アントーニョが仕事の形式の変更をした事以外、何も変わった事のない日だったはずだ。

なのに翌朝、これもいつものようにおまじないを解くキスがまぶたに降って来て目を覚ましたアーサーは、自身の身体に違和感を感じた。
全体的にひどくだるく、そして、なんだか妙なところに異物感がある。

ベッドの上で半身を起したものの、怪訝な顔で下を見るアーサーに、アントーニョも
「どないしたん?」
と、怪訝な顔をした。

「いや…なんでも……」
と言ったのは羞恥からである。

なんでもなくはない。
でも言えない。
少しだるく痛む腰…までは良いとして、異物感と鈍痛を感じる場所が問題だ。

いくら世間知らずとはいっても、下肢にそんな感覚があるというのは、さすがに恥ずかしくて、たとえアントーニョに対してでも言えたものではなかった。

黙りこくったまま固まっているアーサーに、アントーニョはますます不思議そうに首をかしげる。

そして
「本当にどないしたん?大丈夫か?」
と顔を覗き込んで来るので、アーサーは慌てて首を横に振る。

「き、昨日、トーニョがいなくて退屈だったから少し運動したんだけど、久々だったからやりすぎたみたいで…筋肉痛で…」
と、必死に言い訳をすると、アントーニョは全く疑う事もなく、ふはっと笑って
「しゃあないなぁ。じゃ、今日は特別サービスや。
ここに飯持ってきたるから、ここで食べ。」
と、部屋から出て行った。


パタンとドアが閉まった次の瞬間、アーサーはそっと手で尻に触れてみる。
むずがゆいようなくすぐったいような、不思議な感覚。
実際何かが挟まっているという事は当然ない。
そんな場所に普段意識を向けた事はなかったので、はっきりそれがおかしいかどうかもわからない。

でもアントーニョに言うのは恥ずかしいし、実際に何かあるわけではなさそうなので、違和感もそのうち消えるだろうと、その日は筋肉痛を理由にそのままベッドでゴロゴロして過ごすことにした。

「ほんま、特に体調悪いとか言う事やないんやね?」
と、今まで何でもないのに一日ベッドで過ごした事などなかったので、アントーニョには何度も心配そうに聞かれたのだが、絶対に本当の事など言えないので、飽くまで筋肉痛なだけで心配はいらないと言い張った。

こうしてその日一日放置したら、夜になる頃には違和感もだいぶ薄れ、アーサーもホッとする。
しかしそのホッとしたあとに、事件は起こった。



「熱もなさそうやし、筋肉痛なら少し身体ほぐした方がええね。
今日はゆっくり風呂入り。」
と、就寝前にアントーニョに言われた時には、もう普通に歩くのが辛いと言う事もなかったし、すっきりもしたかったので何も考えずに頷いたのだが、すぐそれを後悔することになる。


自宅の浴室はアントーニョの趣味もあって割合と広い。
脱衣室で服を脱ぎ、脱いだ服はそのままそこにある洗濯機へ。

入浴時はいつもアントーニョが湯を張ってくれていて、アーサーはまずかけ湯をすると、その日によって様々な入浴剤が溶かしてある湯船に身を浸して、アントーニョが身体と髪を洗い終わるのを待っている。

浴室や脱衣場にある大きな姿見に映した範囲では特に身体も変わった様子もなく、アーサーは初めて嗅ぐ花の匂いのする入浴剤を溶かした湯の中で、シャワーを浴びているアントーニョの均整のとれた体躯をぼ~っと眺めていた。

食べている物もたいして変わりはないし、最近ではアーサーもアントーニョが使っているトレーニングマシンをたまに使わせてもらったりしているのだが、あんなふうに筋肉がつかないのは、まだ成長途上のせいなのだろうか…。
体質とかじゃないといいな…と、湯を弾くアントーニョの褐色の肌を見ながら思う。
やはりいつかはあんなふうに男らしい身体になりたい。

ムキムキとまではいかないが、しっかりとした首から肩の線。
風呂の中でもつけたままの銀色のクロスは厚い胸板の中央でやや鈍い光を放っている。
太くはないが筋肉質な腕にはかなり力がある事を、幼い頃から今でもまだよくその腕に抱きあげられているアーサーは良く知っている。
その先には男らしく骨ばった大きな手。

ぱしゃりと湯から出した自分の手をそれと見比べてみて、アーサーはため息をついた。
大人の女性くらいの大きさにはなったのだろうか…。
でもあんなふうに大きくもなければ逞しくもない自分の手に心底がっかりする。

「アーティ、どないしたん?」
と、いつのまにか洗い終わったらしいアントーニョが、まさにアーサーが憧れているその男らしい手を差し出して来るのにつかまって、アーサーは湯船からあがってシャワーの前に立った。

そのまま仁王立ちでアントーニョに洗ってもらうのも幼い頃からの習慣で、もうそれが当たり前の年齢ではないという事を自覚するきっかけもなかったので、いまだそのままである。

まず髪を洗ってもらい、
「流すから目をつぶっとき~」
と言う声にしっかりと目を閉じると、ぬるめのシャワーのお湯が頭上から降ってくるが、その際に目元を大きな手で覆ってくれるのも、小さな頃の習慣そのままだ。

もう10年以上変わらない生活。
それが急に変わったのは、アントーニョの行動のせいではない。
アーサーの身のうちから起こった事だ。

髪を洗い終わって、
「ほな、次は身体な~」
と言うアントーニョの声も、ボディシャンプーを手にとって泡立てるのも、その手で首から順に触れて行くのも、もう10年以上前からやってきて、変わった事ではないはずである。

なのに…首筋を滑る手の動きにビクリと身体が反応する。
くすぐったいのとは違う気がした。
それでも最初は泡がくすぐったいのだと無理やり納得することにする。

しかし、手が首から肩に向かい、肩から胸へ触れたあたりで、アーサーは飛びあがった。
ぬるりとボディシャンプーでぬめりを帯びた指先が触れた部分が、ジン…と熱を持った気がするだけでなく、何故か触れられていない下肢がむずむずした。

「アーティ、どないしたん?湯あたりで眩暈でもしたん?」

足の力が抜けてへたり込みかける身体を支えてくれたアントーニョが、気遣わしげに顔を覗き込んでくる。
……湯あたり?違う…気がする…。
下肢が…腹の奥がうずうずする…なんだか…熱い…。

どう答えて良いかわからずアーサーが無言でいると、アントーニョは少し困った顔で
「湯あたりで貧血でも起こしたんかいな。
でも泡ついたままやし、洗ってまいたいな。
しゃあない。親分の首に手ぇ回してつかまっとき。」
と、アーサーの手を自分の首に回させた。

アーサーがなんだか頭がぼ~っとしてきて、されるままアントーニョにしがみつくと、ぬるついたアントーニョの手が背筋を滑り降りて行く。

背中を洗っているだけだ…。
全てはいつものように。
なのに身体の奥底から何かがこみ上げて来て、目の前がちかちかした。

荒くなる呼吸。
小さく漏れる熱い吐息と声…。
それが嬌声と言われるものであることなど、アーサーは当然知らない。
それでも恥ずかしくて声を押し殺していたが、背中に回った手がそのまま、今朝がたから異物感を感じていた場所に降りてきて、何度もそこを往復した瞬間、身体の奥底から溢れ出て来たすさまじい感覚に、アーサーは慌ててアントーニョの肩口に顔を押しあてて、悲鳴を飲み込んだ。

次の瞬間…何かが爆発する……意識が飛んだ……




…ティ……アーティ?
遠くで聞こえる声。
聞きなれた…優しい声。

アーサーが重いまぶたをあけると、深いグリーンの瞳が心配そうに顔を覗き込んでいる。

「…と…にょ?」
と、かすれた声をあげれば、少し緊張した様子だった端正な顔が、ホッと崩れた。

「おん。大丈夫か?自分、風呂でいきなり倒れたんやで?
なんや疲れから来た貧血かいな。今日はなんだか朝から体調悪そうやったしな。
気付かんで堪忍な。」
と、優しく頭を撫でる大きな手の感触が心地よい。

ああ、そうか。
貧血だったのか……。
だからおかしな感覚があったのだろう…。

アーサーはホッとして、軽く目を閉じた。
すると、そのまま眠ってしまうと思ったのだろう。
アントーニョが頭を撫でていた手を背に回して、アーサーの半身を起させた。

「……?」
「ああ、寝るならその前に少し水分だけ補給しとき。」

目でのみ問うアーサーに、アントーニョも心得たものでそう答えて、いつものようにレモン水のグラスを渡してくる。

「大丈夫?飲めるか?」
と、グラスを握らせたアーサーの手を自分の手で包むようにして支えて聞いてくるのに、アーサーが小さく頷くと、そっと手を離すアントーニョ。
アーサーが水を飲み干すと、大丈夫そうやね、と、安心したような笑みを浮かべた。

かすかな酸味のある冷たい水は、もやもやとしていた身体に染みわたってすっきりさせてくれる。

そうか、貧血か…と、さきほども思った事をもう一度思うと、なんだか安心したのか眠気が一気に襲ってきた。

ふわぁ~とあくびをするアーサーに、アントーニョは小さく笑う。

「眠いんなら、もう寝ぇや。
ゆっくり休んだら明日は元気になるやろ。」

と、自分もベッドにもぐりこみ、いつものように腕を広げて来るので、アーサーはそこに頭を乗せて、いつものようにアントーニョの胸元に顔を寄せて眠った。




翌朝も…翌々朝も、起きると異物感と鈍痛を感じる日々は続いたが、日を追うごとに慣れて来たのか、そちらはそれほど辛いという感覚はなくなってきた。
それよりも問題は入浴である。

正直に言うと、アントーニョに触れられるのが辛い。
もちろんアントーニョが悪いわけではない。
もう10年以上変わらない方法で普通に洗ってくれているだけだ。
なのに何故だか触れられたところがむずむずとして、身体が自然に熱を持ち、おかしな声が出そうになる。

アーサーはそんな感じでなんだか恥ずかしくて死にそうになって、少しでもその感覚を減らそうとなるべく触れられないように身体を放そうとするのだが、アントーニョは心底鈍感なのか全く気付かない様子で、

「こら、洗えへんやろ。ジッとしとき。」
と、アーサーの身体を容易に拘束すると、いつもの調子で体中に泡を塗りたくっていく。
アーサーが声をあげても気にしない。

「ほんま、なんで急にそんなくすぐったがりになったん?」
と、笑うばかりだ。
子どもの頃にくすぐったがったりしていたのとは全然感覚が違う…そんな事には全く気付いていない様子のアントーニョに、アーサーの羞恥はますます募る。

アントーニョにしがみついて、羞恥で涙目になりながら肩に口を押しつけて塞いで声を押し殺し、ビクビクと震えながらアントーニョが洗い終わるのを待つのは、本当に恥ずかしすぎるし辛い。

何故急にこんな感覚に襲われるようになったのかわからないまま、それでも朝の違和感と同様に、これもいずれ慣れて平気になる日を待つしかないのだろうか…と、アーサーは1人ため息をつくのだった。





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