狂愛――ラプンツェルの反乱中編_2

罠…そして自覚



それは違和感を感じ始めたあの日から、1週間ほどたった頃だった。

「今日な、親分ちょっと忙しいから書斎籠るけど、アーティが見たがっとった映画な、あれのDVDとか含めて、フランが色々送ってきたんや。
食事も作っとくし、他のも適当に見といてええから、適当に過ごしたって。
かまえへんで堪忍な。」

朝食後、いったん書斎に入ってダンボールを手にリビングに戻ってきたアントーニョはそう言ってそのダンボールをリビングにある大きなテレビの横に置いた。

そして
――でもトレーニングはそこそこにしとき?
と、1週間ほど前、筋肉痛を理由に一日ベッドで過ごしたので釘を刺しつつ、そそくさと書斎に戻っていく。

まあ仕事の形態を変えたため、当分は忙しいのだろうな…と、それに関してはアーサーも仕方ないと思うし、あの時の実際は筋肉痛などではなかったわけなのだが、もちろんそんな事を暴露出来るはずもなく、それに無言で頷いてアントーニョを見送った。

そしてリビングに残されたのは、アーサーと封をしたままのダンボール。
適当に見て良いと言われたので、アーサーはびりびりとダンボールに張り付けてあるガムテープをはがして、ダンボールを開けてみた。


その中でまず目に付くのは、図書室にあったイギリスの魔法学校の話のシリーズを映画化したDVD。
本を読破したあと、映画になっていると知ってアントーニョにねだった物だ。
見ると、全8作揃っていて思わず顔がほころぶ。

フランと言うのはアントーニョの悪友らしいが、アントーニョいわくただの変態とのこと。
アントーニョの言う事はいつでも正しいし、アントーニョが変態で危ないから万が一にも近づいてはダメだと言うのだから、実際、そういう人物なのだろう。
それでも全シリーズきちんと送ってくれた事には本当に感謝だ。

魔法学校のDVDのシリーズを取り出し、ふと見ると、他にも様々なDVDが入っている。
フランの趣味なのか、それともフランがアントーニョの好みに合わせていれたものなのだろうか…。

考えてみればアーサーはアントーニョの趣味趣向をあまり知らない。
一緒に暮らし始めた直後の記憶はさすがに定かではないが、アーサーの記憶にあるアントーニョはいつだってアーサーの希望、アーサーの趣味に合わせてくれていたように思う。

もし他のDVDがアントーニョの趣味なのだとしたら……
と、好奇心にかられて、アーサーはDVDを一枚一枚出して確認していった。

中にはSFにサスペンス、コメディまで、色々雑多なDVDが入っている。
もしかしたらこの中で少しくらいはアントーニョの好みのDVDもあるのかもしれないが、これだけジャンルがバラバラだとさすがにわからない。
おそらくこれはフランが思いつく限りのものを入れたのだろう。

アーサーは少しがっかりしながら広げたDVDを戻そうと箱を覗き込んで、ふと視界に飛び込んできた赤に視線を止めた。

パッケージに色々印刷された他のDVDと違って、そのDVDは無地の赤いケースに、ただ、『お兄さんのおススメだよ♡』と、明らかに手書きの文字で入っている。
どうやらフランが書いたのだろう。

おススメ…というからには、アントーニョの好みに合わせた何かが入っているのだろうか…。

アーサーは迷わずそれをDVDプレイヤーに放り込んだ。



ザーッと砂嵐からいきなりプツっと始まる映像。
少しクラシカルな感じのする寝室。
天蓋付きのベッドには、落ち着いた色合いの長い髪の女性が座っている。
どこか思い詰めたような顔…。
長い金色のまつげが震えている。
ノックもなくガチャリと唐突に開くドア。
ビクッっとすくみあがる女性。
部屋に入ってくるのは中年の男。
逃げようとして腕を掴まれ、女性がベッドに引き倒された。

………
………
………

引き裂かれたドレスの残骸…
女性の悲鳴と泣き声…。
半裸にされた女性が男に何をされているのか…知識はなくはっきりもわからないが、なんとなくわかる気もする。

感じたのは羞恥と恐怖…。
ひどく嫌悪感を感じるのに身体が動かず、消すためにリモコンを手に取る事が出来ない。

結局…アーサーが自分で自分を抱きしめるように手を回しカタカタと震えながら、女性が最後、男に押さえつけられながら背を弓なりに反らし、悲痛な悲鳴を上げながら身を震わせたあとにガックリと気を失うまで目をそらす事も出来ずに凝視していると、突然プツっと画面が消えた。


……あ………

そこで呪縛からとけたように動くようになった身体に、ゆっくりとリモコンを握る手の先を辿っていくと、見慣れたグリーンの瞳が少し険しい目で画面を睨み、そしてすぐ、アーサーに優しく微笑みかける。

「アーティ、大丈夫か?」
と、その声に、ホッとしすぎて堰を切ったように溢れだす涙。

「あ~、堪忍な。フランの事やからもしかしてアホなモンも入れてへんかと思って慌てて来たんやけど、遅かったやんな。」
と、アントーニョがソファの隣に座って、アーサーの頭を引き寄せて自分の肩に押しつける。

「ちょおアーティには早かったな。まだ性教育もちゃんとしてへんのに、変なモン見せられてトラウマにならんとええんやけど…」
「せい……きょう…いく?」
「おん。簡単に言えば大人になってさっきのDVDみたいなことすると、子どもができるとか、そういうことやな。」

「…えっ……」

漠然と…漠然とだが、子どもがキャベツから生まれるとか言う説はさすがに違うと思っていた。
でもテレビも本もDVDも、アントーニョが与えてくれる物以外は見たことがないアーサーにとっては、子どもがどこから来るかと言う知識はそこまでだ。
せいぜい…父親と母親がいるということは、結婚したら出来る…くらいな認識である。

あの、恥ずかしくも恐ろしいような行為で子どもが出来ると言うのは、アーサーにとって衝撃過ぎて、目を見開いたまま硬直する。

「あ~、ちゃうねん。あれはちゃう。」
と、そこでアントーニョはアーサーの動揺を察したのか、慌てたようにそうフォローを入れると、アーサーの前で片手を振った。

「ほんまはちゃんと好きおうたもん同士がすんねん。
好きおうたもん同士ですれば、あんな暴力やなくて、ちゃんと気持ちええ事やねんで?」

「好きな者…同士?」

衝撃的すぎて半ば茫然としていたアーサーの目に光が戻ってきたところで、アントーニョは大きく頷いて見せる。

「おん。みんなほんまはこの世で神様が決めてくれはった唯一の相手がおるんや。
その相手とだけしかな、ああいうことはせんし、したらあかんねんで?
あのDVDは…まあ、変態の変態趣味が暴走した妄想やから、気にせんどき。」

アーサーの頭を撫でながら穏やかに言うアントーニョの言葉はとても納得できて、安心感に満たされる。

了承の意を示す代わりに、アーサーがぎゅっとアントーニョに抱きつくと、アントーニョはチュッとおでこに口づけをしたあと、
「フランのアホは今度締めとくさかいな、気にせんとき。」
と、言った。

ああ、本当にアントーニョは完璧に大人で完璧に優しくて完璧な人間だとアーサーは思う。
そんな自分自身が完璧すぎる人間だから、変態の友人がいるなんて完璧ではない部分があるのかもしれない。
自分はそんなアントーニョのもので本当に幸せだと、アーサーは心の底から思った。




その日はアーサーがかなりのショックを受けたのだと思ったのだろう。
アントーニョは忙しいのであろうに仕事を中断して、アーサーと一緒に魔法学校のDVDを見てくれた。

アントーニョの足の間に座ってアントーニョを背もたれにするようにして見るDVD。
それも子どもの頃から変わらない安心できる時間……のはずだったが、最近身体の感覚がおかしいせいか、あるいはさきほどのDVDの記憶を引きずっているせいなのだろうか…。

後ろからアーサーに腕をまわして包み込むように座っているアントーニョの体温を感じると、妙に落ち着かない。


……もしも…もしもアントーニョがあのDVDのように裸の自分の上の覆いかぶさってきたら……

そんな事を一瞬考えて、アーサーは慌てて脳内で否定した。
ありえない。
アントーニョは家族だし、アーサーの保護者だし、それより何より、あれは神様が決めた唯一の相手とするものだとアントーニョが言ったのだ。
そういう事なら、アーサーはアントーニョだけのものだが、アントーニョはアーサーだけのものではないので、それはありえない。

馬鹿な考えだ…と思って心のうちで何度も否定をするのに、近すぎるアントーニョの体温をやっぱり意識してしまう。
普通に座ってDVDに注視しているアントーニョの息が座ってい体勢上耳元に触れるたび変な声をあげてしまいそうになって、アーサーは唇を噛みしめて堪える。

あんなに楽しみにしていたDVDなのに、内容なんてこれっぽっちも頭に入って来なかった。


…やっ…やっ…いやあぁあーーー

男にのしかかられて揺さぶられながら悲鳴をあげていた女性…
それがいつのまにか脳内でアントーニョにのしかかられた自分の姿になっている…。

しかしDVDを見ていた時はあんなに感じた恐怖心、嫌悪感はなく、ただ身体が熱く疼いていることに、アーサーは羞恥心で居た堪れない気分になった。




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