洗脳…覚醒…そのあとに…
ある意味、まるで拷問のようなDVD鑑賞が終わった時にはもう夜だった。
普通に食事、その後、さすがにこんな状態で耐える自信がなかったので、一緒に暮らし始めてから、初めて、1人で入浴すると言い張った。
もちろんアントーニョは驚いて、「アーティ、1人でちゃんと髪とか洗えるん?」とか、色々心配を口にしたが、結局は「そろそろ第二次反抗期のお年頃なんかな…」と、ため息をつきながらも了承した。
そう、アントーニョにとってはアーサーは未だ小さい子供のままで、変な風に意識してしまっているのはアーサーだけなのだろう。
こうして初めて1人で入浴。
それでもアントーニョはちゃんと湯を張って着替えの準備はしておいてくれている。
1人での入浴なら平穏だったのか…と言う事については、結論から言うと否だ。
アントーニョに触れられるよりはまだ体感的には平穏だが、1人きりで注意を向ける相手がいないと、色々と思いだしてしまうし、想像してしまう。
そんな事を考えてしまうと、それが人の手ではなく、シャワーの湯とかでも、敏感な部分に触れると悲鳴をあげたくなる。
身体にどんどん熱がこもって力が抜け、シャワーを放り出してへたり込むと、カタン!と響くシャワヘッドが床に落ちた音に、どうやら心配で脱衣場で待っていたらしいアントーニョが駆け込んできた。
「アーティ?また貧血か?
もう…どうしても1人で入りたい言うんやったらしゃあないけど、体調悪い時は危ないからやめとき。」
きゅっとシャワーを止めると、アントーニョは大きなバスタオルでアーサーを包んで抱えあげる。
そしてそのまま寝室へ。
「ほら、今日はこれ飲んで寝とき。」
と、いつものように水分補給のレモン水を渡されて飲み干すと、アーサーは色々疲れているのか、次の瞬間には猛烈な眠気に襲われて、気を失うように意識を失った。
……やっ……いやっ……
静かな中に響く啜り泣きと水音…そして破裂音…。
ぼんやりと目を開くと、薄暗い空間の中、仰向けに横たわったアーサーの視線の先に画像が浮かんでいる。
――ああ…昼間のDVD……俺…夢を見てるのか……
ぼんやりとした意識の中アーサーは思う。
現実のはずはない。
知らない場所。
身体はだるく動かないが、柔らかな場所に横たわっていて不快感はない。
ただただ薄暗いだだっ広い何もない空間。
天井にあたる部分に映し出される映像。
そんな現実感のない現状に、アーサーはそれを夢であると判断したのだ。
昼間見たのと同じクラシカルな寝室の天蓋付きベッドに押し倒されている女性…。
男にのしかかられている場面から徐々にカメラが悲痛な表情で泣いている女性の顔に近づいて行く。
……?
違う…昼間と違う……
その女性の顔は昼間のブルーグレーの瞳の女性ではなく、黄色がかったグリーンの目の…少女のような幼さを残した容貌……どこかで見た顔…というには、もう見慣れ過ぎた顔。
そう…自分の顔に酷似していた。
アーサーの太めの眉を細く綺麗な三日月形にすれば、まさにそのままの顔である。
のしかかっている男も昼間の中年とは違って、金髪の整った顔の若い男。
誰だ…?
と思って、次の瞬間アーサーは小さく首を横に振った。
誰だも何もない。
これは自分の夢なのだから、現実の人物なわけはない。
男の方はおそらく今までに映画かドラマで見た人物を無意識に記憶していたのだろう。
どちらにしてもひどく気持ちが悪い…。
嫌悪感にじわりと嫌な汗をかき、体温がさがっていく感じがする。
…やだ……やめろ……
と、思わず出るかすれた声が、だんだん高くなる女性の悲鳴にかき消された。
やだ…気持ち悪い…いやだ……
見たくないのに目をそらす事が出来ず、ツ~っと何故か涙が頬を伝う。
身体は相変わらず動かず、昼間のDVDと同様に映像の中のアーサーに酷似した女性が絹を引き裂くような悲鳴をあげて折れそうなくらい背を反らせると、一瞬後、力を失ってピクピクと痙攣をくり返した……と、その直後、映像がプツっと消えた。
明かりを失い、真っ暗になる視界。
黒い空間が広がるのが恐ろしくてアーサーが身を固くしていると、温かい何かがアーサーの頬にふれる。
いつのまにか近づいていたらしい気配。
ゆっくりと覆いかぶさってくる影は、アーサーがよく見知った相手だった。
重なる唇。
嫌悪感はない。
むしろその温かさにホッとする。
しかしそれも一瞬。
普段ならそこで離れて行くはずの唇は、さらに強く押し付けられて、口づけがどんどん深くなっていった。
その間に手はアーサーの体中をたどり、熱をあげさせていく。
それはあたかも先ほどの映像のようで…なのに羞恥心はあれど嫌悪感はない。
――親分に……こうされたかったんやろ?
と揶揄するように耳を食みながら甘く囁かれて、恥ずかしさのあまりアーサーは泣きじゃくるが、それでも不快感はなく抵抗も出来ない。
アントーニョに触れられたところ全てが、おかしくなりそうに気持ち良い。
さきほどの映像の中の女性のようにアーサーは揺さぶられて、こみあげてくる強い感覚に悲鳴をあげて背を反らし……そこでまた意識が途切れた…。
…てぃ……アーティ……
パチっと目を開くと、暗い事は暗いが、そこはいつもの寝室だった。
アントーニョが心配そうにアーサーを見下ろしている。
「…あ…れ……?」
ぱちぱちと瞬きをするアーサーに、アントーニョはホッとした様子で
「なんだか泣きながらうなされとったから、起こしてもうた。」
と小さく笑みを浮かべる。
夢……そうか、夢……だよな。
アーサーはさきほど映像が映し出されていたはずの天井にまず目を向け、そこに普通に照明器具がついている事を確認する。
そこで、まあ当たり前なのだが確かに夢なのだろうと確信した。
先ほどの天井には照明器具はついていなかった。
ああ…それにしてもなんていう夢を見たんだろう…と、アーサーは顔を赤くする。
アントーニョとあんな事を…なんて、自分はそんな願望があったのだろうか。
間違ってもアントーニョにはそんな事を知られるわけにはいかない。
普段通りにしなくては…と思うものの、顔の熱は引きそうになかった。
幸い暗いのでアントーニョもアーサーの顔色までは気づいていないであろう事は幸いだ。
しかし、
「…どないしたん?怖い夢でも見たん?電気つけたろか?」
と、それを暗さに怯えていると取ったのか、アントーニョがそう言ってくるので、アーサーは慌ててブンブンと首を横に振る。
明かりをつけたら気付かれてしまう…。
「眠いからっ!明かり付けたら目が覚めるしっ!」
と、明かりのリモコンに手を伸ばそうとするアントーニョの手をアーサーはあわてて遮った。
するとアントーニョは特に強くそうする気配も見せず、
「そうか?ほな、まだ早いし、眠れそうなら眠り?」
と、手を引っ込めて横になると、いつものようにアーサーを腕の中に抱え込む。
どうにか顔を見られないようにすることに成功して安堵するアーサー。
しかし彼は知らない。
表情を見られないのは自分だけではない。
暗闇の中でアントーニョが意味ありげな妖しい笑みを浮かべている事を……。
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