生贄の祈り 第二章_1

「エリザ、手配しといてくれた?」
城へ戻るとアントーニョは階段をかけあがり、女官長のエリザの執務室へ飛び込んだ。

「しといたわよ~。急にトーニョの部屋の側に新しく部屋用意して、極上の調度品、服、その他諸々手配なんて、大変だったんだからねっ!ボーナスはずみなさいよ!」
と、腕組みをして言い放つエリザに
「おおきにっ!助かるわ~。もちろん礼ははずませてもらうでっ」
と、アントーニョは手を合わせた。


そしてその後エリザの隣でコーヒーをすすっているギルベルトに目をやる。

「で?なんでここにギルちゃんまでおるん?俺もしかして邪魔やった?」
「誰がよっ!こいつは急に部屋の配置換えしたから警備の打ち合わせに来てるのよ!」
と言うエリザに、何故かどこからか出てきたフライパンで殴られているギルベルト。

「おいっ!そこでなんで俺様殴んだよっ!言ったのはトーニョだろうがっ!この男女っ!!」
と言うギルベルトの抗議はもっともなのだが、エリザはあっさり
「だって…むかついたからって、もう王様になっちゃったトーニョをフライパンで殴るわけにいかないから仕方ないじゃないっ。」
と言い放つ。

「エリザさん…そこで殴らないって選択は?」
とのギルベルトの言葉にもエリザはきっぱり
「ないっ!」
と答えた。

“王様になっちゃったトーニョを”との言葉通り、エリザは王様になる前のアントーニョを知る人間、幼馴染だ。
ギルベルトと3人一緒に剣を学び、3人つるんでよくいたずらもした。

その後、ギルベルトは近衛隊長に、エリザは女官長に、アントーニョは国王にと対外的には身分を変えたものの、3人でいる時の関係は何ら変わらない。

ゆえにアーサーに会ってアントーニョがまずした事は、この幼馴染の一人にちょっとした融通を聞かせてくれるよう手紙を書く事だった。

「で?行きは怒って出てったと思ったら今度は何?説明くらいは聞かせてもらえるんでしょうね?」
エリザの言葉にアントーニョは満面の笑みを浮かべた。

「そそ、もう聞いたってっ!めっちゃ可愛ええんやっ!今度送られてきた子!」
そう言うアントーニョの脳内には一目で惹かれたあの可愛らしい姿が浮かぶ。

「送られてきた子って…森の国のか?」
いてて、と、頭をさすりながらも起きあがってくるギルベルト。
さすがに幼馴染だけあって、殴られ慣れていて打たれ強い。

「そそ、アーサー言うんやけど、もうなんていうん?世間ずれしてへんで、真っ白で、可愛ええんやっ。あれ可愛ええって言わんかったらこの世に可愛ええもんなんてないわ」

テンション高くそう言うアントーニョにエリザとギルベルトは顔を見合わせる。

「え~と…今更ハニートラップに引っかかったりしてねえよな?」
と疑いに満ちた発言をギルベルトが、
「こんなに女癖悪くて遊びまくってた奴が今更?それともやってみたら思いがけず良くてはまった?」
と女性にあるまじき発言をエリザがそれぞれ口にするのに、アントーニョは
「そんなんやないわっ!てか、エリザ、男のギルよりえげつない発言やめっ!」
と叫ぶ。

「いや、だってお前、身内以外は人類滅亡しても気にしなさそうじゃん。そんな奴が純粋に可愛いからって行動するとは思えねえし…。」
さらに続けるギルベルトに、アントーニョは容赦なく蹴りを入れた。

「そういう発言これからせんといてなっ!誤解されたらかなわんから」
「誤解って…正しくお前を理解してるじゃん、俺様」
蹴られた足を押さえてぴょんぴょん飛び跳ねるギルベルト。
その横で
「まあ…人質と遊んでる分には構わないけど、寝首はかかれないでね。私失業嫌だし」
と、エリザはシビアな発言をする。

「やから、寝首も何もあの子とはそんなんちゃうわっ!」
と、それに対して答えるアントーニョに、また二人は驚いたように顔をみあわせた。
そして
「「手、出してないの(か)?トーニョが?!!」」
と綺麗にはもった。

「自分ら~~~」
その幼馴染達の反応に、アントーニョはは~っと大きく肩を落とした。
「いったい俺の事どれだけ節操ない奴やって思ってんねん。」

「いや、だってお前あちこちでご令嬢からマダムから食いまくってたし…」
「あんなぁ…食った事は否定はせんけど、俺自分からは行ってへんで。それにあの子、アーサーはほんまそんな風に手ぇ出してええ子とちゃうねん。そもそも、まだ大人にもなりきれてへんのに下手に手なんか出したら壊してまうわ。」

「ペドきたわ…」
「ああ、ペドきたな」

「ああ、もう!自分らホンマやめてんかっ!!まだ純真な子なんやから、そんな話されたら完全引かれてまうわっ!」
目元に少し唇を寄せたくらいで全身真っ赤にして動揺するくらいの子なのだ。
今までの武勇伝など耳に入れさせたら、本気で逃げられる。

「純真な…ねぇ?」
微妙な顔をする二人に、アントーニョは
「もうええわっ。そうまで言うなら会わせたる。会ったらそんな相手にしたらあかん子やってわかるわ」
とドアに手をかけた。
そしてクルっと振り返り、
「ただし…おかしなこと言わんといてや。特にエリザ!」
と、念を押す。
そこで
「わかったわ。本当の事は言うなってことね」
とうなづくエリザに
「あんなぁ…」
とアントーニョは眉尻をさげた。

こうして二人を後ろにひきつれて、アントーニョは当初森の国の人質用として用意していた部屋に向かう。

「この一帯ももったいないわよねぇ…ほぼ活用されないって…。」
エリザが思わずため息をつく10人ほど泊まれるように用意された一帯。
城の離れに用意されたそこは、一応他国の人質用であったはずなのだが…

「ほんと、トーニョすぐ短気起こして人質殺すから、一室以上埋まった事ねえもんな」
は~っとため息をつくギルベルト。

「そんなんしゃあないやん。いきなり切りかかってくる…くらいはええとして」
「おい、いいのかっ」
「ええやん、その場ではり倒せばええんやから。毒とベッドの中は勘弁やわぁ…。」

「それでも手出してみるお前ってある意味すげえわ。俺なら一度で懲りる」
「いや、せやから俺からは手ぇ出してへんて。」

「確かに…小国の側は必死ですもんね。」
「でもまあ、みんなが気にいられる方向じゃなくて暗殺しに来るのがある意味すげえ嫌われっぷりだけどな。」
そのギルベルトの言葉にスコ~ン!とエリザのフライパンがうなった。

「しかたないわよっ。うちの国が最近また盛り返したのってトーニョの代になってからだもん。頭つぶせばつぶれるとでも思ってるんでしょ。」
と、追い打ちをかけるようにギルベルトを蹴り飛ばすと、
「この馬鹿の言う事なんて気にする事ないわよっ。トーニョ」
と、エリザは今度はアントーニョに声をかける。

「おおきに、エリザ。でもまあ所詮他国のモンやさかい、しゃあないなと思ってるから、それはどうでもええんや。
俺かて他国のモンなんてどうでもええって思ってきたし…。
…あの子が初めてやねん。身内以外で大事やって思ったの。
ギルもエリザもベルも…身内はみんな俺が意識して好いてもらおって思うて気ぃ使うた事ないし、他のモンはどうでもええって思っとったから、初めて好かれたいって思うたら、ほんまどうしてええかわからんねん。」

「あのな…言いにくいんだけど…」
早くもまた復活したギルベルトが口を開く。
「相手はお前に気にいられねえとダメだと思って来てるから、お前の気にいるような行動取ってるだけって可能性あるっていうのだけは念頭においとけよ?」
と、それだけ言うと、ギルベルトはフライパンを警戒して頭をガードするが、今度は衝撃は飛んで来なかった。

「うん。私もそれは思うわ。もちろんうちの国と良い関係を築ければ向こうにだってメリットはあるから必ずしも殺伐とした関係になるとは限らないし、こちらの態度次第っていうのもあるだろうから、応援も協力もしたげるけどね。無理しないで何かあったら言ってよ?」
とエリザは少し真剣な様子で言ったあと、
「トーニョになんかあって失業ってホントごめんだからねっ」
と、最後に少しちゃかした口調で付け加える。

「おおきに。頼りにしとるわ。とりあえず…ほんま今回初めて他国送られるどころか城出るんが初めてな子やねん。せやから優しゅうしたってな…あ、ギルちゃんは優しゅうしすぎたら締めるけどな」
「お前な~!!」

そんな事を話しながら部屋の前に着くと、アントーニョは部屋のドアをノックした。
「開けるで~?」
と、声をかけてドアを開けると、中からベルがホッとした様子で駆け寄ってくる。

「ああ、親分、良かったわ~。お姫さんは?一緒やないんですか?」
「へ?」
ベルの言葉にアントーニョはぽかーんとする。

「自分と一緒にこの部屋来る事になっとったやん。」
「ええ、でも私、先に親分んとこ行くように言われて探したんやけど、いはれへんかったから、こっちで待っとったんですけど…」

「ちょお待って!俺知らんで!!」
顔色を変えてアントーニョはギルベルトとエリザを振り返る。

「まあ落ちつけよ、少なくとも城の中の事だろ?なんかの手違いかもしんねえし…」
「そもそも誰に言われたの?」
ギルベルトとエリザがそれぞれ言うのに、ベルが
「アルバラードさんですけど…」
と告げると、アントーニョは呼び鈴を鳴らし、
「エルナンを呼べっ!!」
と大声でどなった。

それから高官、エルナン・アルバラードが息をせきって部屋へと飛び込んできたのは数分後。
「陛下…お呼びと伺い…」
と最後まで言わせず、アントーニョは
「遅いわッ!ボケェ!!」
とその腹を蹴り飛ばした。
その勢いで壁まで吹っ飛ばされるアルバラード。

「ちょ、落ちつけ、なっ?!」
慌てて間に入るギルベルトを無言でグイっとどかせて、アントーニョは壁にもたれるようにへたり込んでいるアルバラードの襟首をつかんで、つるしあげた。

「自分、アーサーどこやったん?!あの子どこやったんやっ!!!」
アントーニョの剣幕にアルバラードは真っ青になってパクパクと口を開く。

「…あの森の人間には…陛下がえらい腹立ててはったんで……」
「そんなこと聞いてへんわっ!!!どこやったんっ?!!!」
さらに締めあげるアントーニョの手を
「ちょっと!首締まってしゃべれなくなってるわよっ!!」
と、エリザが慌てて放させた。
ようやく呼吸ができるようになったアルバラードはゲホゲホと咳き込む。

「なぁ、ちゃっちゃと質問に答えた方が良いと思うぜ?でねえとお前、答える前にトーニョに殺されっぞ?」
と、そこですかさずギルベルトがフォローを入れた。

「わ…私はただ…ベルさん間違って人質につけてもうたんで…せめて陛下が怒ってはる相手を言われる前に少し……」
アルバラードはガタガタ震えながら再度口にした言葉を、やはり最後まで言う事はできなかった。
「ざけんなやっ!!!あのこに何したんやっ?!!!!」
アントーニョの強烈な蹴りをまた腹にくらって、アルバラードは声もなく腹を抱えて身体を折り曲げた。ゲホゲホと咳き込んだ口からは血が吐き出される。

「俺聞き出すから、お前トーニョ止めろっ!」
逆だと止められないであろう事を察知して、ギルベルトは慌ててエリザに指示を出し、エリザはうなづいて、アントーニョを止めた。

「おい、マジ余計な事良いから、殺される前に居場所吐け。な?」
その間にギルベルトは駆け寄ってアルバラードに言う。
「ぎ…ぎる…べると…さん…たすけ……」
必死にすがるアルバラードにギルベルトが
「死にたくなきゃとにかく吐いとけ」
とうながすと、アルバラードはガクガクとうなづいて言った。
「に…西の塔に……」

「こ…の、どあほがぁ~!!!!」
エリザが止める間もなく、怒りに全身を紅く染めたアントーニョが渾身の蹴りを加え、
「西行ってくるわっ!こいつは楽には殺さんから、とりあえず生かしとくよう言うといてやっ!」
と、部屋を飛び出る。
「俺達も行くぞ!」
「わかってるっ!じゃ、ベルちゃんあとお願いっ!!」
と、ギルベルトとエリザも慌てて後を追った。






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