「ここが…太陽の国の城……」
そろそろ城につくからと馬車の中で城に移る支度をして、女官ベルと共に降り立ったのは、自国、森の国の城とは大きさも堅固さも全く違う、見た事もないほど荘厳な城だった。
ぽか~んとアーサーが呆けていると、高官の一人が
「こちらに…」
と、アーサーをうながす。
「あ、うちも…」
と、当然それに付き添おうとするベルを高官は制して
「いえ、あなたは陛下の所へ。」
と、別の方へとうながした。
「じゃ、またすぐもどりますんで、ゆっくり休んで下さい」
と、ベルが廊下の向こうに消えると、アーサーは一気に心細くなってきた。
アーサーがそれなりに知っている太陽の国の人間はトーニョとベルだけで、二人とも陽気で明るかったから、そういうお国柄なのかと思っていたが、アーサーを案内して先に立つ高官の眼はなんだか冷ややかで、改めて自分が単なる生贄なのだという気分になってきた。
落ち着かない気分で廊下の窓から外に眼をやれば、外は一面の青い海。
そう言えば…と、アーサーが
「海…本当に近いんだな。まだ水遊びには寒そうだけど…」
と、口にすると、高官はピタリと足を止め、
「あなたは…何を言うてはるんですか?人質がそんな簡単に外に出られるわけありませんわ。おかしな希望は持たへん事です。」
と冷ややかに言い放ち、また歩を進めた。
一気に空気が冷えた気がする。
それ以上口を開かない方がいいと判断したアーサーは黙って高官について行った。
むき出しの石の階段はなんだか暗く恐ろしかった。
塔のようになっていて、吹きさらしの窓からは海風がふきすさび、ヒューヒュー悲鳴のような音をたてている。
まるで処刑台にでも登っている気分だ。
そして登って登って足が疲れてきた頃、ようやく粗末な木の扉が見えてきた。
「ここがこれからあなたの部屋です。」
案内された部屋には粗末な木の椅子とテーブル。
それから大人がようやく一人眠れるくらいの小さな木のベッドが置かれていた。
「食事は時間になったら使用人が持ってきます。」
と言い置いて出て行こうとする高官に、アーサーは慌てて声をかけた。
「あの、ベルは?!」
待遇は多少覚悟はしていたものの、せめて知っている者と話して気を紛らわしたい、そう思ったのだが、その希望はあっさり打ち砕かれた。
「ああ、ベルさんは私が手違いで手配してしまっただけで、本来はあなたのような小国の人間が気軽に話せる人間じゃないんですよ?国王陛下の乳兄弟ですから。身の回りの世話は別の者がしますので」
その言葉にアーサーはヘナヘナとたった一つある粗末な木の椅子にすわりこんだ。
そんな偉い人だったのか…という驚きと、もうあの気さくな女性と言葉を交わす事もできないのかという気落ちで、一瞬言葉がでない。
「他に用がないなら、これで」
と、そそくさと帰りかける高官にアーサーは半分期待しないで声をかけた。
「トーニョ…とも話せないんだよな?」
ここから出られない以上、おそらく無理だろうなと思いはしたものの、やっぱりあの温かい笑顔が恋しかった。
「トーニョ?」
高官は歩きかけた足をピタリと止め、首をかしげる。
「ああ、あの…なんか敵国が襲ってきた時に援軍にかけつけてくれた将軍で…」
アーサーが身体的な特徴を述べると、高官は
「黒い鎧にハルバード持ってはりました?」
と聞いてくる。
「うん、それだ!」
話が通じたらしい事にホッとしたアーサーがそう答えると、高官はクスリと冷笑した。
「ああ…そういう事でしたか」
「…?」
「アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド陛下。うちの国の国王陛下ですわ。」
「国王陛下っ?!」
あまりの事に頭がついていかない。
「ええ。今回森の国の人間のせいでベルさんを危険な目に合わせた言うてめちゃ怒って出ていかれましてん。せやから、あれですな。ちょっとからかってみようと思って身分隠しはったんとちゃいますか?まあその場で殺されんで済んだ事感謝しはった方がよろしいわ。陛下は気性の怖い方ですから」
クスクスと笑いながらそれだけ言うと、また引き止められる前にと高官は部屋を出て、カチャリと外から鍵をかけて去って行った。
とたんに静まり返る部屋。
むき出しの石の壁は寒々しく、これで窓やドアに鉄格子でもあれば、完全囚人を閉じ込めておく牢屋のようだ。
「そっか…そう…だよな。」
一人残された部屋でアーサーはつぶやいた。
心は空虚なものの、不思議に怒りは湧いてこない。
考えてみれば始めからおかしかったのだ。
自分は愛想もなければ可愛らしくもないただの田舎の王族の子供で…自国ですら誰からも優しい言葉の一つもかけてこられた事はなかった。
なのに他国の初対面の人間が、あんなに優しく甘い言葉をかけ、守り慈しんでくれるなんてはずがない。
全て演技だったと言われる方がしっくりとくる。当たり前だ。
そう、自分の身の上を忘れて騙された方が悪いのだ…。
自分は所詮ただの生贄で…人質にすらなれない。
『城についたら船に乗せたろか。海近くやから砂浜で水遊びもできるで?何したい?もうなんでもしたい事させたるわ。』
なのに何故まだ諦めきれずにあの言葉を、笑顔を思い出しているのだろう…。
悲しくみじめになるだけなのに……
ふと風を感じて振り返ると、そこには扉が開いたままのバルコニー。
外に出て見ると、そこには一面の海が広がっていた。
強い風に吹き飛ばされそうになりながら、必死に立ちすくんで、優しい思い出を彷彿させるその景色を眺める。
初めてマジマジと見る海は青くて綺麗だった。
ほとんど無意識だった。
アーサーは低いバルコニーの柵の上に立って、海に向かって手を伸ばした。
強い風がビュービュー音をたてていて、他の音を…頭に残るあの声をもかき消してくれる。
泡になってあの青にとけこみたい…。
そうしたら喜びも悲しみも全てが消えるのだろうか…
海が呼んでいる……
ふわりと身体が宙を舞う感覚がして…そこでアーサーの意識は静かに途切れた。
0 件のコメント :
コメントを投稿