上への階段の裏側。
ずっと物置か何かのドアだと思っていたそれを開けると、なんと下に伸びる階段があった。
ある程度の年になった今ならその時点で危機感を感じるところだが、なにしろ小学1年生だ。
まるで秘密基地のようだとワクワクしながら叔父に抱えられて地下へと降りた。
…というか、一つの広い部屋が暗幕で二つに区切られている。
手前の部屋が撮影部屋のようだ。
ライトやカメラなど、色々な機材が並んでいる。
暗幕の奥は?と聞くと叔父が
──あ~仮眠部屋。上まで戻るのが面倒な時用だよ。
と教えてくれた。
その他には小さなキッチン。
水道とコンロ、冷蔵庫もある。
トイレはもちろん、何か汚れた時用にバスルームもあるので、たいていのことはここで出来そうだ。
そこで起きたこと自体はまあたいしたことではない。
古い毬であるとか人形であるとか、たくさんの小道具を渡されて、言われた通りのポーズで何枚も何枚も写真を撮っただけだ。
義勇としてはせっかく着物を着て祖母にそっくりになって面白いからスマホで一枚パシャリくらいの感覚でいたので、まるで写真館のような機材やあまりに多い小物やセットに驚いてしまったというのはあるが、まあ許容の範囲ではあった。
だが後から考えてみると、機材はとにかくとしても、偶然にしては着物を着た少女に合わせた小道具があまりに多く用意されているのはおかしい。
叔父は寂しいから義勇を家に誘ったのではなく、義勇に着物を着させて写真を撮るために家に連れてきたのだ。
しかしながら当時の義勇は小学生で、そんな不自然さに気付くことはなかった。
そうしてどのくらい時間が経ったのだろうか…
時計もない外の光も入らない部屋の中ではそれもわからない。
でもおそらくずいぶん経ったのだろう。
普段することのない経験で楽しかったが緊張して疲れたのだと思う。
義勇が小さくあくびをすると、
──ああ、そろそろ終わりにしようか。着替えてまたお茶でも一杯飲んだら送って行くよ。
と叔父が苦笑して言った。
義勇はそれにこっくりと頷いて、叔父が上に義勇の脱いだ服を取りに行くという間、撮影にも使った赤いビロードの布張りのレトロなソファに座って待つ。
ふわぁぁとあくびが止まらない。
寝ちゃだめだ…叔父さんに迷惑がかかる…と目をこすりつつ待つが、少しだけ眠ってしまったらしい。
気づけばきちんと自分の服に着替えていつもの上のリビングのソファに居た。
目の前には
──たくさん写真を撮ったから疲れたんだね。
と笑う叔父。
どうやら寝ている間に着替えさせてこちらへ戻してくれたらしい。
広げてあった着物はすべて和室に映されていて、テーブルには淹れてくれたらしい麦茶が置かれている。
そうしてそれを飲んでいる義勇に叔父が言ったのは、今回義勇が叔父の家に来た事は誰にも言わないこと。
──姉さんとまだ仲直りしてないからね。揉めるから、内緒だよ?
母に内緒と言う時点で義勇は戸惑ったが叔父は
「いずれ仲直りしたら僕から言って謝るから。
今勝手に義勇を連れてきた事が知られたら一生仲直りできなくなるかもしれないし」
と、少し眉を寄せる。
母と叔父が自分のせいで仲直りできなくなるかもしれない…そう言われれば義勇は否とは言えなかった。
だってもし自分が蔦子姉さんと喧嘩して一生仲直りできなかったら、ショックなんてものじゃない。
だから渋々頷くと、叔父は
「いい子だね、義勇」
とホッとしたように笑うと、隣に座って義勇の肩を抱き寄せ、額に口づける。
「まだ…まだ、小さくて無理だからね。
お前があの着物が似合う頃になったら迎えに行くよ。
そうしたらずっと一緒だ…。
それまで綺麗な身で居ておくれ…」
まるで耳を食むように耳元でそう言われて、なんだかわからないが全身がゾクリ…と今まで体験したことのないような、よくわからない感覚に襲われた。
叔父の言う意味もなにもかも、はっきりしたことはわからない。
ただ、何か恐ろしい気がした。
ずいぶん時間が経った気がしていたが、外に出るとまだ夕方だった。
叔父に家の近くまで送られて家に帰ると、母と姉が家に居て、いつもよりもだいぶん帰りが遅い義勇を心配していたようだ。
──おかえり、義勇。今日はなぜこんなに遅くなったの?
母に聞かれて、本当のことを言うべきかと悩む義勇の脳裏に
──姉さんには内緒だよ?仲直りできなくなるから…
と言う叔父の言葉が浮かぶ。
自分のせいで仲直りが出来なくなる…それは義勇にとって重すぎる責任で、つい、
「友達と回り道をして友達の家の近くの少しだけ遠くの公園に行ったんだ。
友達とはそこですぐくらいに別れたんだけど、帰り道がわからなくなって迷っちゃってた」
と嘘をついた。
幸い、それを聞いた母は食事の支度の真っ最中で、深く考えなかったらしい。
──そうなの?これからは一人で知らない場所に行っちゃだめよ。
と軽く流す。
義勇はそれに安堵と同時に心細さを感じた。
それ以来、叔父からはなんの接触もなかったが、ただじんわりと何かが侵食してくるような気味悪さはいまだ残っている。
それもこれまでは漠然としたものだったが、こうして両親が亡くなって姉が叔父意外に頼れる相手がいないと信頼しているのがなんだか怖かった。
どうしてだかわからないのだが、とても怖かったのである。
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