ペナルティらぶVer.SBG_3_流されたのは…?

あまりに自然すぎる誘導に、義勇は何がどうなっているのかわからない。
だが気づけば義勇のカバンは錆兎が持っていて、義勇には彼についていくという選択肢しかなかった。

広い通りに出ると彼は当たり前にタクシーを拾い、
「込み入った話なら俺の家でいいか?」
と、返事も聞かずに義勇を止まったタクシーに促す。

え?え?
いきなり初めて知人の家にご招待なんてことになってさらに混乱を深めながらも、義勇は言葉もなくただうなずく。

…いいんだろうか…?
と思うものの、言い出したのは彼の方なのだから問題はないだろう。

「自宅はすぐなんだ。
車だと10分くらい?
話をするのに今から個室とるのも大変だし、自炊も結構するから酒やつまみくらいは用意できる。
だからまあちょっと変わった個室居酒屋とでも思って過ごしてくれ」

という言葉の通り、本当にタクシーで10分と少し走った先で降りる。

──あ…タクシー代……
とそこでハッとして義勇がカバンに手をやると、その手をするっと取った錆兎は

──俺が家に帰るのに乗ったんだから、俺が払うのに何の問題もないだろう?
と、明るく笑った。

──それより、さあ、俺の住処にご招待だっ
と、本当に綺麗な笑みを浮かべて、彼は義勇の手を取ったまま、立派な門構えの和風邸宅の門を開けて中に入る。



ここまでの展開は驚きの連続だったが、義勇はここでさらに驚くことになった。

錆兎は当たり前に入っていくが、門構えだけではなく、中はなんだか立派な和風庭園で、その奥にやっぱり立派な日本家屋。

「鱗滝って…もしかして良い家の人間なのか…」
と思わずこぼせば、彼は笑って

「いや?ここは爺さんの家なんだけど、爺さんは仕事でずっと海外を回っていて、めったに日本に帰れないということで、留守を預かっているんだ。
まあ…両親亡くなっているからここで育ってはいるが、たまたま昔からこのあたりに住んでいただけで、生活自体は普通の家だぞ?
この家は別に俺の名義でも俺の資産でもないから、爺さんがいつか亡くなったら相続人としては従姉もいるし自分で普通にマンションでも借りて住むと思う」
という。

が、これだけの家を維持できる経済力がある家を普通の家とは言わないと思う。

そうこうしている間に中に促され、まず立派な玄関をくぐったあたりで聞かれたことは
「洋室と和室とどちらがいい?」
でまたびっくりしてしまった。

うん、やっぱり本人に自覚がないだけだろう。
一般家庭の人間は客を招いたときにまずそこからは聞かない。
居間なんてあっても一部屋のみだ。

「…わ…和室?」

この場合、どちらでもいいという遠慮はかえって失礼なんだろうなと思った義勇は、ここに来る途中に錆兎自身が言った『少し変わった居酒屋』という言葉を思い出して、それなら和室だろうと思ってそういった。

「了解っ。そうだな、和室なら酔いつぶれてもそのまま寝てしまえるしなっ。
同じ部の煉獄杏寿郎は幼馴染でうちにもよく来るんだが、あいつなんてその前提で和室を選ぶんだ」
と、スリッパを出しながらそんな話をしてくれる。

話を聞くことに集中して気を遣う暇などないくらい何気ない自分の日常の話をしつつ、そのまま義勇を大きく立派な机のある和室へ案内すると、
「ちょっと…そうだな、10分待っててくれ」
といいおいて、彼は部屋を出て行った。

なんというか…ここまでがあまりに状況の変化は怒涛なくせに自然な流れ過ぎて、仕事ができる男というのはこういうものなのか…と義勇は今更ながら感心してしまう。

部屋を出る前に彼が開け放していった障子の向こうには縁側があって、そこからは整えられた木々や池などがある見事な和風庭園が見える。

まあるい月が映る水面も赤々と灯る灯篭も…そしてりぃんりぃんと鳴く虫の音も、どれも涼やかで美しい。

普通ならこんな場所にいるなんて場違いだ…と思ってしまう義勇だが、そんな気持ちも抱かせないほど錆兎はまるで古い友人に対するように当たり前に義勇を迎え入れてくれた。

──綺麗…だな…
と思わず漏れた言葉に

──そうだろ。爺さん自慢の庭なんだ。
と、言う声が降ってくる。

それに振り向くとたった10分でこんなに?と思うほどの飲み物、食べ物の載ったワゴンを押した錆兎が廊下に止めたワゴンから机の上につまみやらなにやらをせっせと並べていた。

「子どものころはよく楽しくて決められた以上の餌を鯉の池に投げ入れて、爺さんに拳骨を落とされたりもしたが」
とおどけて言う彼の言葉に義勇も子どもらしいエピソードだなと小さく笑う。

そんな合間に
「冨岡は…酒とノンアルとどっちがいい?
先にノンアルで要件だけチャチャっと話して、その後酒でもいいが」
と、何でもないことのように聞いてくる言葉で、義勇はようやく自分の目的を思い出した。

そうだ、招かれてくつろいでいる場合じゃなかった。
ここに来た経緯を思い出して、一気に心が冷え切っていった。

今まるで友人のようにもてなしてくれているからまるで彼が親しい相手のように錯覚を覚えているが、彼は宇髄の友人であって義勇の友人というわけではない。

さらに言うならその宇髄も義勇に対する不死川の嫌がらせに加担するということは、義勇の友人である前に不死川の友人ということなのだ。

そう、自分は友人の一人もいない。
不死川いわく好きといっても応えてくれる相手などいないような人間なのである。
それを改めて思い出すとまたジワリと涙がにじんできた。


すると錆兎はまた義勇の涙を拭いてくれ、そしてシンプルなカップに何かいれて差し出してくれる。

「とりあえず先になんであんな時間にあそこに居たか…からか?
なんだか気持ちが落ち着かないようだし、これでも飲みながらでどうだ?
中身はカモミールティな。
リラックス効果があるらしいから。
うちは結構人が来ることが多い家だから、本当にいろいろ気を使わないでいいからな?
俺も冨岡とはゆっくり話をして少し交流を深めてみたかったし、なんでも話してくれ」

「…交流…を…?」

カップを受け取って中身を一口口に含むと、なんだか優しい味がする。
社交辞令かもしれないから甘えてはいけない…そんな警戒心もそれでなんだか溶けて行ってしまった。

「…俺……好きって言っても…好きって言ってもらえない人間なのに…?」

涙腺が決壊していきなり言われても困るであろうようなことを言っても、彼は少し驚いた様子だが嫌な顔をすることはなく、
「え~っと…もしかして…失恋の話…とかか?」
と聞いてきた。

義勇はそれに首を横に振って、さきほどまでの出来事をぽつりぽつりと語り始める。

宇髄から飲みに誘われたら不死川がいたこと。
小学生のころからずっと苛められていたこともあって、実は不死川が苦手なこと。
露骨に避けるとそれはそれで殴られるので、少しだけ呑んですぐ用事を思い出して帰ろうと思ってたこと。
でも帰る機会を逸しているうちに始まった賭けで負けて誰かに告白してOKをもらって来いと言われたこと。
告白相手を見つけようと外にでたがやはり無理で部屋に戻ろうとしたら、不死川が義勇は告白をしてOKもらえるような人間じゃないし、だから孤立をしている。どうせ挫折して戻ってくるだろうから、そうしたら自分に告白させればいいと笑っていたこと。
それを宇髄も止める様子がなかったこと…
唯一の友人の宇髄も頼れないとなったら、もうあてはなくて、何度か宇髄と一緒に食事をしたことのある錆兎なら頼めばもしかしたら…と思って外で待っていたこと。」

全部正直に話したあと、さすがに迷惑だろうと思って口をつぐんだ義勇に、彼は
「なるほどな。それであそこに居たのか」
と納得したように頷いた。

そしてその後、なぜか
「わかった。じゃ、俺に言ってくれ。好きだって」
という。

その返しは予測していなかった。
義勇はぽかんと目を丸くした。
しかし錆兎は続けた。

「ほら、俺ならちゃんと応えるって思ったから来たんだろう?
応えてやるから言ってみろ」
「…え……」

「ほら、す・き・だろ?」
と、まるで子どもに言葉を教えるようにゆっくり言う錆兎に釣られて義勇が思わず
「…す……き?」
と繰り返すと錆兎は
「よくできたな」
と、頭をくしゃりと撫でた後に
「俺も冨岡の事好きだぞ?」
と晴れやかに笑った。

なんの含みもない善意…。
それにホッとした。

ホッとしすぎて
「これで大丈夫か?」
と、またくしゃりと頭を撫でながら小さな子どもを労わるように言ってくる錆兎に
「大丈夫じゃない…」
とついつい口にする。

「ん?あとはなんだ?」
と、とことん義勇の側の都合に付き合ってくれるつもりらしい。
錆兎はさきほどからずっとそうであるように頭を撫でながら笑みを浮かべて聞いてきた。

もう…遠慮とか諸々考える事もなく、義勇は言う。

「好きって言ったって事は告白したって事だ」
「ああ。そうだよな?」

「鱗滝はそれで自分も俺の事好きだって言ったって事は告白にOKを出したって事だ」
「ああ、そうだな?……それで?」

「…それで………」
そう、だからどうなるんだと言われると悩む。

一応任務は完遂されている気がする…するのだが、錆兎に告白してOKをもらったと言って…不死川は信じるのか?

「告白してOKして欲しかったんだ…」
「ああ、そうみたいだな」
「で…どうすればいいんだ……」
「………」

告白された側がそんな事を尋ねられても困るだろう。

というか、自分で強引にそうだと決め付けたが、あれは告白に入るのか??
しかし、何をどこまですれば条件を達成したことになるのだろうか……。
悩む義勇。

そうやって悩んでいると、またも錆兎が答えを出してくれた。

いわく…
「とりあえず付き合えばいいんだろ?
今から俺は冨岡の恋人な?
恋人で名字呼びっていうのもなんだから、これからは義勇って呼ぶな?
俺のことは錆兎って呼んでくれ」
と具体的に話を進められて、義勇はもうどうしていいかわからなかったのもあって、ホッとして頷く。

思えばこの時、酔いと精神的疲労でボ~っとしていたのだろう。
あれよあれよと進んでいく話に全く疑問もわかなかった。
というか、頭を悩ませていたことがすべて解決して、いろいろショックを受けて悲しかった気持ちも受け入れてくれる相手がいることで和らいで、一気に気持ちがほぐれてしまった。

このあと美味しいお酒に美味しいつまみを堪能して、リラックスしすぎて酔いつぶれて、なんと初めて訪ねたお宅で眠ってしまって泊めてもらってしまいまでした。

こうして義勇はなし崩し的に会社中の憧れの同僚の恋人の座なんて人も羨むものを手にしてしまったのである。






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