やっぱり帰るべきだった。
その場に不死川の姿をみかけた時点で帰るべきだった。
宇随と不死川と飲んでいた居酒屋を飛び出した義勇は、つい数時間前にあとにした会社の正面出口横に立ち尽くしていた。
宇随から週末だから飯を食って帰ろうとLineが来た。
義勇は両親が他界後、姉と二人暮らしだったのだが、その姉も義勇が大学を卒業して無事社会人となった年に嫁に行き、一人暮らしすることになった。
それ以来、もともと口下手なこともあって人間関係がうまく作れない義勇は仕事以外ではほぼ人と話す機会がないまま1日を過ごしている。
そんな義勇にとって、宇随は数少ない友人である。
小学校は高校まで一貫校だったので同じで、大学もたまたま同じで、なんと会社も同じだったので、付き合いも長い。
一人になってしまうだけで一人になりたいわけではないので、時折り宇随が声をかけてくれるのは素直に嬉しい。
小学生時代からの友人なので義勇の拙い言葉でも上手に意味をくみ取ってくれるし、なんなら義勇が話すことがない時は向こうが勝手にしゃべっていてくれる。
そんな友人の誘いなのだから断る理由もなく、義勇は喜んで了承し、終業時間を楽しみに待った。
そうしてわくわくしながら約束の店に行くと、そこには宇随以外にもう一人の姿が……
不死川実弥…宇随と同じく小学校時代の同級生だが、こちらはずっと義勇をいじめていた相手だ。
嫌いなら嫌いで他の皆のように放っておいてくれればいいのに、なぜか毎回わざわざ怒鳴ったり殴ったりしにくるので、可能な限り会いたくない。
が、彼も義勇と同じく小学校から会社までずっと一緒なので、宇随とは仲がいい。
なので宇随と飯を食ったりするときはちょくちょく一緒になるが、そのたび色々怒鳴られたり嫌なことを言われたりするので、不死川がいる時は義勇の方が早々に退散することにしていた。
今日も宇随の隣に不死川の姿が見えた時、一瞬、踵を返して帰ろうかと思ったが、露骨にそれをやれば追ってきて殴られる気がするので、少し食べて急用を思い出して帰ることにしようと、義勇は諦めて二人の前に座った。
そうして軽く挨拶。
その後は互いに部が違うので当たり障りのない近況報告。
そのあたりはまだ酒もそれほど入っていなくて平和だった。
だが酒が進むにつれて、不死川の視線が怖くなってくる。
彼にしてみれば、これから計画本番ということでやや緊張していただけなのだが、小学校時代からいじめられ続けてきた義勇にしてみれば実弥の視線が鋭くなってきた時点でもう怖くて帰りたくなった。
そして…とうとう彼のむちゃぶりが始まった。
一番負けた人間はだれかに告白をしてOKをもらってくる。
そんな罰ゲーム付きのカードゲームをすることになってしまったのである。
なぜそんな流れになったのか、緊張しすぎていた義勇にはよくわからない。
が、いつもならあまりに無茶ぶりなら止めてくれる宇随も酒をすごしたのか止めてはくれないどころか、ノリノリで話を進めてくる。
そうして恐れていた通り、義勇が一番負けてしまった。
これは誰が負けるかなんて予測はつかなかっただろうし、義勇に対する嫌がらせではないんだろうが、人見知りの義勇にとっては十分すぎるくらいの嫌がらせになっている。
適当に済ませるなら…と、どうせ酒も入っていることだし宇随にすればいいのか…と思ったものの、そういえばゲームを始める前に宇随は自分はOKは出さないと宣言していた。
つまり…冗談とかではなく、真剣に告白をして、さらにOKをもらってこないとならないということである。
ここは個室なので宇随と不死川しかいないし、だれか告白相手を見つけなければ…と、義勇は仕方なしに外へ探しに行こうと、念のため自分の支払い分の金を置いて個室を出た。
よくいる陽キャの大学生のようにそのあたりでナンパをしろということなのだろうか…
個室を出て店内の客に片っ端から視線を向けてみるが、ナンパどころか声をかける勇気さえわかない。
これは…無理だ。
どうしても無理だからここの勘定を出すということで許してもらおうか…と、早々に諦めた義勇はもう一度宇随達のいる個室の前に立ったが、室内から聞こえてきた不死川の
「…あいつ…どんくせえから告白なんてできそうにねえし、相手もいねえし、いたとしてもOKもらえるようなセリフ吐けるんならあんな風に孤立してねえだろうから、大丈夫だろ。
そのうち『ダメだった』って泣きついてくるだろうから、そうしたら『じゃあ俺に言ってみろ』でいいんじゃね?」
という言葉に、泣きそうになった。
そうか…自分を狙った嫌がらせだったのか。
しかも宇随も今回はグルで助けてくれはしないということか…
不死川に嫌がらせされるのは慣れているが、宇随までグルだったと思うと悲しさがこみあげてきた。
自分がひとりぼっちなのだと思い知る。
誰か…誰か自分の事情を鑑みて告白を受けてくれる人はいないだろうか…と、悲しさで混乱した頭で考えるものの、誰も思いつかない。
当たり前だ。
自分には宇随以外に友達なんて居ないのだから…
本当に泣きそうになって…でも居酒屋で大の男が泣くわけにもいかず、足はかろうじて知人くらいは存在する会社へと向かった。
友達ではなくとも仕事で口をきいたことのあるくらいの人間ならいるし、頭を下げて、なんなら自分にできるような雑用くらいは代わりに引き受けるといって誰かに嘘でも協力してもらえないだろうか…
でも誰に?
そう思った瞬間、脳裏に浮かんだのは宇随のもう一人の親しい友人の顔だった。
義勇も何度か宇随と共に食事をしたことがある。
仕事ができて顔がものすご~~く良くて、頭もよくて運動神経まで良いという噂の、おそらく社内でも有数の人気者だ。
なのに一緒にいる時は不死川の暴言からもさりげなくかばってくれたりと、性格まで優しい。
部署が違うから宇随を通してしか会ったことはないが、彼なら事情を話して頭を下げれば助けてくれないだろうか…。
宇随の友達だから…ダメだろうか…。
今日は本来はノー残業デーだったのだが、彼が所属する企画営業部だけは会議があって帰りが遅くなると昼に社食で彼と同じ部の社員が愚痴っていたのを耳にしている。
あるいはもう終わってしまっているかもしれないが、もしまだ残っていたら…そう思って守衛さんに聞いてみると、そろそろ出てくる頃だということなので、玄関で待ってみた。
するとそう経たないうちにガヤガヤとにぎやかな集団がエレベータから降りてくる。
自分達システム部よりもだいぶ華やかな雰囲気のその集団の中心に彼はいた。
…世界が違う……と、義勇は思った。
あんな華やかな集団の中心人物に嘘でも告白をしてOKをするふりをしてくれとは言えない。
いくらなんでも身の程知らずだ…。
はぁ…とため息を一つ。
そして他を探そう…と、重い足取りで今入ってきた玄関に向かいかけた時だった。
「冨岡っ?!冨岡じゃないかっ!
どうした?忘れ物か?」
耳障りの良い声。
近づいてくる足音だけで空気がぱあ~っと華やいだ気がする。
ああ…彼、鱗滝錆兎の半分でも自分がコミュ力があってかっこよくて好ましい存在だったなら、不死川にこんな嫌がらせをされたりしなかっただろうし、されても困ったりはしなかっただろう。
そう思うと悲しくなってきて、
──そ、そうじゃなくて……は…話したいことが……
というのがやっとで、視界がぼやけてきたので慌てて下を向く。
じわり…と涙が頬を伝いかけたが、それが顔を濡らす寸前、目尻に押し当てられたいい匂いの白いハンカチが吸い取っていった。
そうしておいて
「あ~、ちょっと待っててくれ」
と言ったあと、彼はくるりと今さっき飛び出してきた集団の方を振り向いて、
「杏寿郎、悪いっ。
俺、今日約束あったのをうっかり失念していたから、打ち上げパスさせてくれ。
後日埋め合わせはするから」
と、こちらも人気者で有名な同僚、煉獄杏寿郎に向かって手を合わせた。
え~!と残念そうな声を上げる周りの同僚たち。
だが、言われた煉獄の方は何かを察したように
「錆兎は忙しいとたまに抜け落ちるな。
大丈夫、先約を優先させろ。
どうせまたそう遠くない時期に別の案件の打ち上げをすることになるだろうしな。
気にするな」
と、目配せをしてくる。
それに錆兎はもう一度、すまんな、と、手を合わせるとくるりと反転。
義勇が泣きかけているのを隠すように義勇の背に手をやって
「じゃ、行くか」
と、外へと促した。
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