色々と悶着はあったものの、自身の風柱屋敷に弟弟子を保護して数日。
風柱を拝命した粂野匡近は初めての柱合会議に出席。
匡近が個人的に話したことのある二人のうちの一人、水柱の錆兎は忙しいらしく、すでにこの場には居ない。
彼はすでに師範が引退して行方がわからなくなってしまった匡近達の面倒をなにかにつけて見てくれた人物で、今回も初めて会議に出席する匡近に
「会議後は急ぎの用事がない柱達がその場に残って情報交換をしたり色々な話をしているから、匡近も慣れる意味合いもこめて混じってくると良い」
と忠告をしてくれていた。
まあそういう錆兎はと言うと、柱と言うのはみんな他にこなせない任務を最終的に引き受けることになるので忙しいが、それ以上にその他に色々に手を差し伸べているので忙しいらしくこういう時間を滅多に取れないようで、今日も居ない。
その代わりと言っては何だが、足りない分の柱達との間の連絡や情報交換は、会議後に錆兎から報告を受けた上で真菰があちらこちらの柱に挨拶がてらこなしているのを、つい先日まで彼らの館に世話になっていた匡近は知っていた。
ともあれ、錆兎は自分の時間が取れない分、匡近が困らないようにきちんと後を頼んでおいてくれたらしい。
宇髄がちょいちょいと手招きをして呼んでくれたので傍に行くと、予め錆兎に話をされていた柱達が話の輪に入れてくれた。
厳しい…と噂の古参の柱達も居るが、そこは水柱屋敷で剣術だけではなく礼儀作法もきっちり教わってきたので、同僚と言えど先輩、目上として接していけば、意外に親切に色々教えてもらえる。
というか、師範がわりあいとくだけた態度の人だったのと、実弥の事が広く知れ渡っていたのもあって、”あの”元風柱の弟子らしくなく礼儀正しい青年だと驚かれたくらいだ。
そこで宇髄が笑って
「そりゃあ師範が失踪してからこのかた水柱屋敷でやっかいになって、怖い継子の姉ちゃんにきっちり躾けられてきたからな」
と言うと、なるほど、と納得される。
どうやら水柱も頭があがらない姉弟子は柱達とも交流があって有名人らしい。
「あそこはまあ…左近次は弟子達を立派に育てたっ!
全員が腕も良し、態度も良し、心根も良くて、礼儀正しい」
と、先生大好きなきつねっこ達が聞けば大喜びしそうな言葉も飛び交う。
「お前もこれから柱として生きていくのだから、あれを模範にすると良い」
と、まで言われる。
臨時とはいえ色々と鍛えてもらった師範とも言える水柱が褒められるのは匡近も誇らしい気分になるが、そこでふと脳裏をかすめるのは弟弟子のこと…。
彼のなかなかに望み薄な恋愛の成就のためには、頂点に立つ厳しいと言われる古参の柱達からも評価の高い、なんなら現在、お館様に継ぐ鬼殺隊の御旗とまで言われているその優れ者の柱を超えなければならないのだ。
根が楽天的で、さらに弟弟子は可愛いと思っている匡近ですら、もうこれ無理だろう。諦めた方がいいんじゃないか?と思う。
先日弟弟子が自分がお館様から拝領した風柱屋敷に住むために水柱屋敷から出る際に、想い人の水柱の継子、冨岡義勇と少し話させてもらったのを匡近も隣で見ていた。
が、義勇からは、想いが叶う叶わない以前に実弥が居るとその分水柱が時間をとられて自分との時間が減るからさっさと出て行って欲しいという気持ちが駄々洩れていた気がする。
実弥なんか検討する相手にすらなっていない。
…というか、水柱にしか興味が向いていないのだ。
かろうじて可能性があるとすれば、水柱の発言を聞いていると、彼の義勇への想いが恋情ではないのかも?という気がしないでもないことだ。
義勇が大切だという言葉自体は疑いはしないが、恋情というには随分冷めている気がする。
その発言は真菰達が楽しいなら、義勇が望むなら…という感じで、彼自身の感情が今一つ見えてこない。
…というか、彼自身は恋愛的な意味で義勇の事を好きだという言葉は口にしていないんじゃないだろうか…。
そんな風に思い立つと誰かに聞いてみたくなる。
そしてそんな時に錆兎と義勇がずっと転生を繰り返していて恋人同士だったのを見て来たのだという宇髄が目の前にいるのだ。
本当なのか?と聞かずにはいられない。
もう広く知れ渡っているとしてもさすがに実弥の恋愛事情に関わることを公で聞くわけにもいかないので、一通り柱達と話をした後、宇髄に少し話をと時間をとってもらって、聞いてみた。
「あの…錆兎さんと義勇君の事なんですけど……」
とりあえず誘った個室の飯屋で匡近がそう切り出すと、宇髄は
「なんだ、まだ諦めてなかったのか」
と大きく息を吐きだした。
「あそこはもう900年近い年月鉄板の関係だから諦めろとお前の継子に言っとけ」
と言われるまでは想定の範囲内。
「でも…そのわりに、錆兎さんは義勇君を大切にはしているのはわかるんですが、恋情っぽくないですよね?
実弥が風柱屋敷に移る日にきつねっこさん達と話すのを聞いていたんですが、義勇君は確かに恋情を口にしていましたが、錆兎さんは親愛だか恋情だかわからないような言い方しかしていなかった気がするんです」
と始める匡近に宇髄は飯を食いながら
「どういう会話だったのか、思い出せる限り出来るだけ一言一句違わずに言ってみろ」
と言う。
正直…宇髄は飯を食うその姿だけでなんとなく色気と言うか、女子がきゃあきゃあ騒ぎそうな感じのカッコよさがある。
この人なら恋情はないと言われても、恋情があると勘違いされそうだな…と、匡近は飯を食う宇髄を前にそんなことを思いながら、悪くはない自身の記憶に残るやりとりを極力その時の言葉のまま伝えた。
そうして全てを伝え終わって一息つくのにお茶に手を伸ばす匡近に、それまで黙って飯を食っていた宇髄は一言。
──惚れてるって言ってるじゃねえか。
と言う。
──え?え?ええっ??この会話のどこにそんな言葉が?!!
驚く匡近。
それはなんというか…水柱と親しいと自認している宇髄が彼について思い込んでいるだけなんじゃないだろうか…と、それは失礼なのでさすがに口には出せないまでもそう思って視線を向けると、宇髄は
──とりあえずお前も食える時に食っとけよ。これから俺が話すから
と、時間をとってもらっているので極力自分のことは控えねばと飯に手をつけないままの匡近を気遣ってくれる。
そのあたり、口調は上からで傲慢に見えて宇髄もすごく優しいと思う。
──はいっ。じゃあ失礼して…
とそこでようやく箸をつけ始める匡近を前に宇髄は言った。
──しのぶれど…って言ってんだろ。
──はあ、言ってますね。それが?
──あ~、そうか。これ説明しねえとわかんねえかぁ
ときょとんとする匡近に宇髄は笑った。
「しのぶれどってのは、平安時代の貴族で歌人の平兼盛っつ~おっさんが詠んだ和歌なんだよ。
『しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで』ていうやつの略だ。
で、その意味は
『隠していた恋心が顔に出てしまっていた。まるで恋煩いをしているのかと人に尋ねられるほどに』ってこと。
あ~、すっとぼけてるが、こんなんが無意識に出てくるっつ~ことは、あいつ、記憶持ってやがんな。
山に引き取られた時にはまだこんなん学んでる年じゃねえだろうし…」
え?え?…と匡近は短い話から出てきた情報量の多さに戸惑う。
あの場に居た何人がわかったのかはわからないが、水柱は確かにあの時恋心を明かしていたらしい。
しかも…そんな女子が喜びそうな洒落た言葉で?
凛とした立ち振る舞いに精悍を絵にかいたような人なのに、そんな雅なことにまで通じているなんて、匡近が思い描く同じ年頃の男子とあまりに違い過ぎて唖然としてしまう。
そしてなにより音柱が言う通り、水柱が師範に引き取られた子どもの頃にすでにそんな平安時代の和歌を網羅していたなんてことはないだろうし、山では学べないだろうし、隊士になってからは忙しいのでやはり学べない。
…ということは…前世の記憶?
そうなるともう、音柱の言う、錆兎と義勇は平安時代からずっと恋仲だったというのは事実なんだろう。
と、匡近の理解がそのあたりまで来たところで、宇髄がさらに補足する。
「てことでな?あいつは渡辺の子孫で、俺が独自に調べたところによると今生の義勇は母親が卜部の当主の末妹だ。
父親も結構資産家だし、姉が死んで父方の親族に乗っ取られるまでは金持ちの良い家の坊ちゃんとして育ってるしな。
渡辺も卜部も自身は武将として名を馳せているが貴族の末裔で、今生でも二人は人格形成ができるくらいの年まではそれなりの家で育っている。
今のご時世、別に貴族出身者が平民と恋仲になるなということはねえが、双方あたりまえに常識や考え方が違う。
だからどちらか、あるいは双方がそれをしっかりと認識した上で互いに惚れていて相手を尊重する気がねえと一緒にはなれねえ。
恋情の全てが錆兎に向かってる義勇と義勇の気持ちよりもてめえの気持ちが大切でてめえの考えを曲げられない不死川じゃあまず無理だろ」
宇髄にそう言われて、ああ、これは絶対に無理だ……と、匡近はこれまで何度も思ったことを今度こそ完全に確信した。
相手は大勢の中にいても人目を惹く美しい容姿にお育ちの良さが滲み出ているようなおっとりとした愛らしさの少年だ。
まあ普通でも高嶺の花だったのだろうが、水柱のように強いだけでなく容姿端麗で性格も良い人気者が何度生まれ変わっても大切に大切に寄り添っている相手となれば、実弥の恋が実ることなど絶対にないだろう。
なんとか弟弟子の恋を成就させてやれないか…少しでも可能性を…と思っていた気遣いは、ここで完全に実弥が出来るだけ傷つかないように諦めさせること、暴走させないこと…という方向へと転換する。
それはどう考えてもお似合いで互いに想いあっていて周りにも祝福されている恋仲の二人を引き離して実弥の方へと気持ちを向けさせるのと変わらないくらい困難な道になりそうだな…と思いながら。
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