不死川実弥は2度目の除隊勧告を受けるか否かの危機に瀕していた。
連れて来られた水柱屋敷の庭で、目の前には水柱と音柱。
そして例によって隣ですでに匡近が土下座をしている。
廃村に弱めの鬼が数匹住み着いて、迷い込んだ旅人を食らう事があるという情報で、始めは新人を数名送り込もうかということだったのだが、そこまで大人数での移動もおおごとだし、それなら複数体斬れる甲の隊士とあと一人くらいを送り込むか…と言う話になったらしい。
そこで水柱の錆兎がその任務をうちで引き受けると申し出て、甲の匡近とその補佐に自分の代わりに継子の真菰を送ると言い出した。
真菰は飽くまで補佐で、実際は匡近に斬らせるというので、その複数体の鬼で50体になってしまえばもう自分が柱になる機会が失われてしまうと、実弥はどうしてもその補佐につきたいと錆兎に頼み込んだ。
始めは渋い顔をしていた錆兎も、兄弟子の役にたちたいのだと兄弟弟子の絆を前面に出して訴えれば否とは言わず、許可してくれる。
そうして二人で任務地について、そこで初めて匡近に自分が鬼を斬りたいからここで待っていてくれと申し出たが、二人でと言われているからという理由で却下され、その可能性も考えて持ってきた短刀で匡近の利き手である右側の隊服の袖を木に縫い付けて、匡近を村のすぐそばの木の根元に残して、自分だけ鬼がいるという村に駆け出して行った。
そうして村に入ると遭遇する鬼。
確かに噂通り動きも遅くて力も弱く、あっという間に1体の首を切り捨てた……かと思ったのに、ゴロンと地面に転がった頭は砂になって消えたのだが胴体がいつまで経っても消えない。
そしてあろうことか、その胴体からまたにょきにょきと頭が生えてきて、実弥はここで初めて一人で飛び込んできたことを後悔した。
それでも相手は強さも早さもないのでまた首を斬る。
…が、また生えてくる。
と、それを繰り返しているうち、鬼の数が増えて来た。
一体何が起こっているのかわからない。
死にたくなければ必死に斬り続けるしかない。
最初の一体の頃に撤退をすればよかったのだが、数が増えた鬼を相手にしていると撤退する時間もない。
これは…死ぬんじゃないか?と冷やりと冷たい汗が背中を伝った。
そしていよいよヤバい数になって捌ききれないかと思った時、木の上からため息と共に降ってきた助け手。
「これは本体じゃねえからな。本体倒れるまで頑張って相手してるしかねえぞ」
という言葉に、いい加減疲労で息があがりそうだった実弥は地面に倒れこむかと思った。
本体じゃ…ない?
キリがなくて辛いと思いながらも、首を刎ねるたびにこれで何体と数えては、このまま耐えきればあるいはこの鬼達で50体行くんじゃないかと、それを支えに頑張っていたわけなのだが、そう言う意味では全くの無駄だったということか?
そもそも本体は?…と聞きたかったが、それを問う元気もない。
しかしその謎はすぐに解けた。
それから数分もしないうちに、目の前の鬼達が一斉に崩れ落ちて、遠くから
──カアァァ!粂野隊士により下弦ノ参消滅!粂野隊士、下弦ノ参を討伐しせりーー!
という声が聞こえる。
下弦……?
12鬼月を匡近が斬った?
これで匡近が風柱になるのか……終わった……終わってしまった…。
鎹鴉の言葉が指し示すところを察して実弥は目の前が真っ暗になった気がした。
が、悪夢はそこで終わらない。
さらに悪い事態が実弥を待ち構えていた。
今度こそ力が抜けて地面に崩れ落ちかける実弥の襟首をガシッと掴む宇髄。
その視線は冷やりと冷たい。
「くたばるにはまだ早ぇぞ。
これからてめえは反省会だ。
せっかく錆兎が手間暇かけて助けてやったって言うのに、また除隊勧告逆戻りだ」
と、降ってくる氷のような言葉に実弥は一気に青ざめることになった。
そうしてそのまま宇髄に担ぎ上げられて連れていかれた水柱屋敷では真菰と義勇が満面の笑みでなんだか台所と客間を往復していた。
「おう、二人とも精が出るな。粂野の柱就任祝いの飯か?」
と、それにいきなり温度の戻った宇髄が声をかけると、大皿の料理を手にした真菰が一瞬足を止め、
「そう!宇髄さんの分もあるからねっ!
須磨ちゃんもまきをさんも雛鶴さんも今台所で手伝ってくれてるから、家帰っても誰もいないし、ここで食べて行ってねっ」
と、にこやかに言う。
「了解っ!で?大将と粂野は?」
「お館様のお呼び出しで出かけてるっ。
でもそろそろ戻るんじゃないかな?」
「わかった。引き留めて悪かったな」
そんなやりとりを交わしたあと、真菰はまたせっせと料理運びに戻った。
お祝いムード一色の屋敷。
本来なら師範の元で…というところなのだろうが、あいにく師範がもう居ないので、その後に短い間だが師匠として鍛えていた水柱がその代わりに祝いの席をということなのだろう。
本来なら微笑ましいその様子も、実弥にとっては自身の希望と夢の葬式の風景に思えた。
そうしてそう時間が経たずに戻ってくる主役。
飽くまで建物内に入らず庭でそれを待っていた宇髄が
「拝命したのか?」
と声をかけると、本人の代わりに錆兎が
「ああ、拝命してきた」
と答えた。
しかしその誇らしいはずの位を拝命した本人はまるでこの世の終わりのように青ざめていて、庭に完全に足を踏み入れた瞬間、
「一度助けて頂いた身なのにこの体たらくで図々しいお願いだとは思いますが、今回だけっ!本当に最後にもう一度だけ助けて頂けないでしょうかっ!」
と、その場に土下座する。
「…あ~~……」
と片手を額に天を仰ぐ錆兎。
「どうしたんだ、それ?」
と呆れたように問う宇髄。
「えっとな…今回の任務での実弥の行動が…な…」
「…やっぱり除隊勧告再びか?」
「任務地で味方の足止めのために腕を拘束はさすがにまずい…。
そこに鬼が来たら下手すると鬼を前に戦えずに死ぬからな?
鬼殺隊に対する背信行為だと言われれば返す言葉もない。
で、その場で土下座しようとするのを、拝命したてとは言え柱が一隊士のために公の場でそれをやると返って実弥の立場が悪くなるからそれはやめとけ、どうしても土下座したければ屋敷に帰ってからにしろと言ったんだが……」
と、錆兎が心底困った顔で言うと、そんな状況ではないのだろうが宇髄が思わず噴き出した。
しかし実弥にしてみたら、笑い事ではない。
正直…実弥はそこまで考えてはいなかったのだ。
単に裾や足よりも利き手を繋ぎとめる方が自由になるのに時間がかかるという事しか念頭になかった。
だが確かにそこに鬼が来れば、刀を振るうことも出来ずに食われて死ぬしかない。
しかもそれをやらかした理由が自分が少しでも多くの鬼を斬って階級を上げるためなんて、情状酌量の余地なんてかけらもないだろう。
錆兎の言葉で初めてそのことに気がついて、実弥は改めて青ざめた。
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