上手くいかない……
何が上手くいかないのかはわからないが、どこか上手くいかない。
そのことに実弥は焦っていた。
幸いにしてその直前まで錆兎について色々を学んだことで周りの評判もだいぶ回復していたので、初めの頃はそれで実弥が落ち着いて今後も強くなれるなら…と、肯定的に対応してくれた人間も少なくはなかったが、最近は全く相手にされない。
なんなら前世の記憶があるというのも嘘だろうと言ってくる者も多く出て来た。
いや、もちろん突拍子もない話で信じない者がでるのも当たり前だが、問題はそこじゃない。
最初は信じているような感じだった知人たちがしばらくたってから軒並み否定してきたのである。
それなら証拠として前世で経験した、未来に起こるであろうことを伝えてみたのだが、何故か記憶通りのことが起こらない。
ひとところではなく、あちこちの事象についてなので、誰かがそれを起こらないように阻止するとかも不可能だ。
そうなると、それで返って実弥が言っていることの信憑性が疑われる結果となった。
義勇の事は確かに嘘なのだが、他は真実のはずだ。
なのにどうしてなんだ?
あれは未来の出来事ではなかったのか?
確かに未来のことであるなら義勇の姉弟子兄弟子がいるのもおかしいし、義勇以外が水柱になるのもおかしい。
まあ義勇が水柱にならない、強くならないという事に関しては、実弥的には自分との力の差を実感してもらえるだろうし良い事ではあるのだが…。
それでも錆兎は実弥が強くなって評判も良くなって周りから見て頼れる頼もしい男と評価されるようになって義勇を幸せにできると思えば、最終的に協力はしてくれると思う。
彼は良くも悪くも平等で偏見のない気のいい男だ。
真菰は…最初の印象が悪かったせいか未だにいい印象は持たれていないようには思うが、それでも少しずつ関係は良くなってきている気がする。
だからこちらも最終的に協力はしてくれなくても、義勇本人がそうしたくて錆兎もそれを良しとしてくれれば、許可くらいはくれるだろう。
だがそれもおそらくは実弥が万人が義勇に相応しい相手と認めるような男になることが条件だ。
だから最低条件は風柱になること!
実弥はそう思って日々任務と鍛錬に勤しんでいる。
実際、前世でもそうだったように、普通にやっていれば17歳くらいで風柱になれるんじゃないだろうか…と、そんな風に思っていたのだが、これも何故か上手くいかない今生での前世の記憶と同じく、イレギュラーが実弥の頭を抱えさせることになった。
──錆兎さん、よろしくお願いしますっ!!
水柱屋敷の裏庭で、今日も匡近の元気な声が響き渡る。
──よしっ!とりあえず打ち込んで来いっ!
──はいっ!!
木刀を持った匡近に対峙するのは水柱…なはずだが、何故か風の呼吸も使うこの屋敷の主である錆兎。
そう、実弥の様子を見にしばしば水柱屋敷に通って来ていた匡近は、どうしてか真菰に気に入られて、いつのまにか水柱屋敷に厄介になる事になっていた。
それだけじゃない。
生来人懐っこくて悪気がない性格の匡近は、厄介になっているからと言って暇さえあれば真菰について回って家事を手伝い、力仕事を請け負っているうちに、やがて一時の実弥のように真菰に修行の計画をたててもらい、その流れで錆兎に稽古までつけてもらうようになっている。
錆兎には実弥の時と同様に呼吸の型については師範にしっかり伝授されていると言われたようだが、それでも
──稽古と実戦はまた違うと思います!なので風の呼吸の使い方だけじゃなく戦い方を学べれば嬉しいですっ!
と一歩踏み込んで頼んで相手をしてもらっているとのことだ。
そのあたりの素直な積極性というのが努力とやる気を貴ぶ錆兎にも気に入られたらしい。
すさまじく忙しい合間を縫って、実戦に役立つノウハウというのを教え込まれている。
おかげで匡近はぐんぐんと腕を上げ、前世では同じくらいの階級だったのが、今は実弥がようやく己になったところだというのに、すでに柱の直前の甲となっていた。
本来なら兄弟子がどんどん出世しているのは祝うべきことである。
だいたいにして匡近の方が早く隊士になっているのだから、早く階級があがっても別に問題はない。
だが実弥にとってはそれが大きな問題なのだ。
万が一…万が一、実弥が追い付かないうちに甲になった匡近が鬼を50体あるいは十二鬼月を倒してしまったら、匡近が風柱になってしまう。
そうなれば年齢的にもそう早くに引退はしないだろうし、実弥が風柱になる可能性はなくなってしまうだろう。
それは困る。
困るのだ!!
自分は義勇に頼れる男と思われるために絶対に柱にならねばならないのである。
この差は絶対に錆兎に鍛えられているかどうかだろう。
自分も鍛えてもらえばもっと早く強くなって階級があがるはずだ。
そうは思うものの、今から鍛えても、先を行く匡近には追いつけない。
実弥が甲になる前に、匡近が風柱になってしまう。
それでは頭を下げる意味がない。
匡近に少し鬼狩りを休むように言おうか…と一瞬思うが、いくら柱以外では最上位の階級の甲になったからといって、一隊士が任務を選べるわけがない。
…とすると…残る方法は……過去には…だが今生では確かに……
そう考えた時に思いついたそれは絶対にダメなやつだとさすがに思う。
実際に今生が過去とこれだけ変わっているのだから、過去にそうだったからと言ってそうなって良いというわけではないはずだ。
それでもグルグルと回る考え…。
いや、過去ほどのひどい事態にならないまでも、少しくらいの怪我をしていくらかペースを落としてくれれば…
実弥は、はぁ…とため息をつく。
何をどう考えたって、怪我をするとかそんなことを実弥がコントロールできるわけがない。
結局、現実は匡近が50体斬るか十二鬼月を斬らないように祈りながら、鬼をとにかくひたすらに多く斬り続けるしかないのである。
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