剣士として完成しきった21歳当時の実力の記憶と、まだ全く未熟な14歳の能力しかない身体という現実。
考えるより前に動く性格の実弥には、それを考えたり理解したりできずにいた。
しかし混乱していても日常は変わらず、任務は容赦なく追ってくる。
今回の任務は最悪だ。
実弥は近隣の村々の安全のためにと鬼の居る山の山狩りをするという任務に繰り出されている。
山の任務は嫌いだ。
意気揚々と臨んで大挫折をした最終選別を思い出す。
あの時…稀血が無ければ実弥は確実に死んでいた。
最弱の部類の鬼に殺されるほど、自分は剣術では弱い人間なのだと思い知らされたのである。
それでも下っ端隊士は当たり前だが任務のえり好みなどさせてはもらえないので割り振られた任務には出るしかない。
そう、
出来るはずの事が出来ない。
簡単に斬れるはずの鬼が斬れない。
そんな風に何故か弱いままの自分にイライラしながらも出るしかないのである。
なので不承不承集合場所へと足を運ぶと、相変わらず偉そうに作戦の仕切りをする甲の隊士がいる。
人数は鬼の居住範囲が広いという事で8名ほど。
わりあいと大掛かりと言える任務のようだ。
その中にはなんと最終選別で始めについてきた同期の一人が混じっていて、なんだか気まずい思いをする。
それだけじゃなく、これまで就いた2,3の任務で一緒になったことのある隊士も居て、そちらは露骨に嫌な顔をしてみせた。
というのも、自分が弱いことに慣れない実弥が強いつもりで突っ走って、結果的に色々迷惑をかけているからである。
(…俺だって好きで弱いんじゃねえっ!)
と心の中で毒づくも、前回の任務で嫌な顔をしてきた隊士に殴りかかって一度処分を受けているので、これ以上の処分はまずいと必死に耐えた。
嫌だろうとなんだろうと実弥にはもう隊士としてしか生きていく術はないし、なにより早く出世して義勇に出会って面倒をみてやって特別な関係になるという目的を果たさなければならない。
それにはこんな所でつまずいている時間はないのである。
ということで大人しく指示を聞いて、とりあえず山に入って鬼を探す。
前世では普通に傍にいたら気づいた鬼の気配が、今は全くわからない。
普通ならわからなくても当たり前でその分気をつけようと思うのだが、一度わかる感覚を味わってしまうと、その弱さを知っているがゆえの用心深さがどうしてもなくなってしまっていて、気づけば危機に陥っていたりするので恐ろしい。
何人もの仲間が近くで鬼を探しているはずだが、月灯りも届かぬ木々の下で、おそらく皆も足音を忍ばせているのだろう。
リィ~ン、リィ~ンという虫の音以外の音は聞こえず気配も感じ取れない。
本当にこの暗闇で1人きりになった気がする。
いや…一人きりならまだいい。
鬼の中に自分ひとり放り込まれている気分だ。
それでもいざとなれば稀血がある。
最終選別だってこれまで就いた任務だって、稀血で鬼を酔わせてギリギリとその首を斬ってきた。
だから大丈夫…今回も大丈夫だ…と、自分を叱咤しながら実弥は木々の間を歩きながら鬼を探した。
しかし不思議なことに鬼にも仲間にも会わずに小一時間。
いったん山を出て集合場所に戻った方がいいのか?…と思い始めた時に、すぐ前でガサっと音がして、黒い隊服が目に入ってきた。
暗い中、ずっと誰にも会わなかったこともあって、いい加減ひねくれた性格の実弥でも味方に出会うとホッとする。
なので、少しばかりの笑みさえ浮かべて、そいつに
「お、どうだった?俺は全然鬼に会わねえんだがァ…」
と声をかけたのだが、なんと目の前の隊士の顔がぐにゃりとゆがんだ。
味方だと思って居た相手に用心を忘れて近づいて、避ける間もなくできる傷。
うげっ!…と、思うが、そこは前世の記憶と気合がモノを言う。
一瞬遅れて刀を抜いて、鬼を酔わせようと鬼の爪に引っかかれて血の出た腕を差し出すが、鬼は酔った様子もなく耳まで裂けた真っ赤な口を開けてにやりと笑った。
そこで実弥は瞬時に気づく。
(これは…今まで選別や任務で対峙してきた強さの鬼じゃねえっ)
今の自分は前世とは違い、稀血が効かない時点で鬼を斬ることは難しい。
ましてや相手は”特別に強い鬼”だ。
そう判断した時点で、取る行動は撤退一択である。
実弥は慌てて逃げ出した。
敵に背を向けるなど悪手だということは重々承知しているが、相手は圧倒的に強者であり、少しでも早く距離を取らないと、あっという間に食われてしまう。
焦る実弥の後ろを鬼は文字通り鬼ごっこでもして遊んでいるように追いついてもあえて横に並び、にやあっと実弥の顔を覗き込んで笑う。
その薄気味悪さに実弥は悲鳴を上げた。
大声を上げれば来るのは味方とは限りない。
鬼に自分の所在を知らせるだけになる可能性もある。
しかし実弥は怖さ以上にその薄気味悪さに一人では耐えられなかった。
その声に何かが近づいてくるように、前方から草が揺れる音がする。
それがいよいよ間近に迫って実弥は息を飲んだ。
さあ、敵が出るか味方が出るかっ!
もうこの状況では運を天に任せるしかない。
実弥は覚悟を決めるが、天は実弥を見放さなかったようだ。
──水の呼吸、壱ノ型:水面斬り!!
ズザザザザッ!!!と草の上をそれは走り抜けて、実弥の目の前に波が広がった。
まるで暗闇を散らすように水をまとった刀が光り、圧倒的な強者のオーラがその場を支配する。
鬼は抵抗する間も避ける間もなくその刀に首を刎ねられ、砂になってサラサラと風に散らされて消えた。
前世での実弥も強かったと自負はしているが、目の前の少年は強いだけではなく、どこか正義の味方であるとか、おとぎ話の勇者であるとか、善の象徴、世界の御旗のような空気を醸し出している。
それが”おキツネ様”とも呼ばれる若き水柱であることは、頭の上に乗せたキツネの面で悟った。
正直悔しいがカッコいい。
皆…特に女性隊員がきゃあきゃあ騒いでいたのも納得だと理性では思うが、感情的には認められない、認めたくない。
──俺が来るまでよく生きていてくれた。
と、爽やかな笑顔で言う水柱の少年。
自分と同い年であるのにどうしてこうも違うのか。
本来は自分がこうなって冨岡を迎えに行ってやるはずだったのに…と思うと、相手が悪いわけでもないどころか、命の恩人であるはずなのに、はらわたが煮えくり返る思いだった。
「余計な真似しやがってっ!俺は稀血だから傷を負ってからが本番なんだァ!
もうちっと鬼を酔わせてから倒す予定だったのによォ!!」
と、ついうそぶいてみれば、
「稀血なんて効かない鬼だったじゃない。
放っておかれたら殺されてたよ?
弱いのに粋がってどうすんのよっ」
と、いつのまにやらそこにいた水柱と同じくキツネの面を頭に乗せた少女が呆れたような顔で言う。
それにも腹がたったのだが、さらに少し間を置いて、とんでもないトドメが降ってきた。
──弱いのは仕方ないにしても、命を助けてもらってお礼も言えないのはどうかと思う。
と、少女のさらに後方からした声に視線を向ければ、彼らと同じくキツネの面を頭に乗っけた、女子とみまごうくらいに愛らしい少年がぷくりと頬を膨らませていた。
まだ幼さが残る少年だが、その美しい容姿は忘れもしない、冨岡義勇である。
もうショックなんてものじゃない!
…弱いって言われた…弱いって言われた…弱いって言われた!!
ガ~ン!!!と頭を思い切り殴られたようなショックを受けて固まる実弥。
今生では強いところを早々に見せた上で優しくして守ってやって好かれて頼られる予定だったのにっ!!
しかも少年期の義勇はめちゃくちゃ可愛い。
頼りなげな弟オーラ全開で…実弥の長男魂に瞬時に火をつける。
なのにその小さく白い手は実弥ではなく水柱の羽織の裾をぎゅっと握って、嬉しそうに見上げているのだ。
そうして笑顔を向けられているのに、水柱の方は少し困ったように、
「真菰も義勇も言い過ぎだ。別に彼は弱いわけではない」
などと、実弥をかばって見せるのが、馬鹿にしてくるよりも苛立たしい。
「え~?だってこの程度の鬼も斬れないんだよ?」
という真菰と呼ばれた少女。
義勇の方も
「まあ錆兎よりも強い隊士なんて居ないから比べる気もないけど、それにしても…女の子の真菰よりもはるかに弱いと思う」
と、傷口にぐりぐり塩を塗りたくるようなことを言う。
それに水柱ははあぁ~~とため息をついて言った。
「彼は新人だ。異能の鬼が斬れなくても弱いという事にはならない。
今の時点では強いとは言えないかもしれないが、生き残っている時点で弱くはない。
あと、義勇。真菰と比べるな。
真菰は正直男より強い。
怖いくらい強いからな?」
「どういう意味よっ!!」
と、なんと少女は恐れ知らずにも水柱に蹴りを入れる。
義勇の方はと言うと、
「わかった。
君、錆兎が弱くないって言うなら、たぶん弱くはないんだろう。
弱いって言ってごめん」
と、すごく嫌な謝り方をしてきた。
悪気はないんだろう。ないだけに堪える。
前世と同じだ。
「っざけんなァ!!俺はなァっ、風柱になる男だァ!!
今はちぃっと調子が出ねえだけで、すぐにそんな女より強くなって、冨岡ァ、てめえを守ってやらぁ!!」
とりあえず…思って居た事は言った…が、今度こそ優しくと思い続けていた事は脳内からふっとんだ。
「あのさ…なんで怒鳴ってるの?怒れる立場じゃないよね?
義勇を脅さないでくれる?」
と、そんな風に怒鳴った実弥から義勇を守るように後ろにかばう真菰。
そしてその後ろからひょこっと可愛らしく顔を出した義勇は
「えっと…俺は守りが必要なら錆兎に守ってもらうし、錆兎が忙しい時は真菰も居るから…」
と、困惑したような顔で言う。
今度こそ…と思ったのに、義勇には頼られるどころか、好意を持たれることすらできないまま。
それどころか、ついつい声を荒げて当たり散らしたことで、今生ではもう義勇だけではなく彼の姉弟子にまで悪い印象を与えてしまったようである。
そう、計画は初っ端から大失敗。
前途多難だった。
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